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2.副社長と暮らす生活
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「お客さま、どうですか?」
そのとき、試着室のカーテンの外からかけられた店員さんの声に、ふと現実に戻る。
いけない、いけない。
ここで私は、やっぱりこのワンピースは買えないと副社長に言わないといけないのだから。
そう強い気持ちを持ってカーテンを開ける。
「わぁ、いいじゃないですか!」
「そうだな。木下さんの持ち味が引き立って、とても魅力的だ。本当によく似合ってる」
だけど店員さんのいわゆるセールス的な誉め言葉だけならまだしも、副社長にそんな風に言われてしまい思わずドキンとする。
「本当ですか!?」
先程までの決心はどこへやら、ドキドキしているせいで震えたようになってしまった声で口から出たのは、そんな言葉。
「じゃあ、これいただけますか?」
私の気持ちが揺らいだ間に、副社長は勝手にそう決めてしまったのだった。
「ありがとうございました」
店員さんに見送られながら、今度こそエレベーターの方へ向かう。
一目惚れと言ってもいいくらいに気に入っていたワンピースが手元にあって嬉しい反面、余計に申し訳ない気持ちになる。
「あの、ワンピースまでありがとうございました」
副社長は“すみません”と言われるのはあまり嬉しくないみたいだったから、その言葉は何とか飲み込んだ。
「ああ。気に入ったのが見つかってよかったな」
「はい。とても可愛いので、着るのが勿体ないです」
「ははは。だからといって着ないのは服が可哀想だろう。だけど、お気に入りを使うことを勿体なく思う気持ちはわかる。それなら、木下さんにとって特別な日にそのワンピースを着たらいいんじゃないか?」
買ってもらっておきながら、気に入りすぎて着るのが勿体ないだなんて、失礼な発言かなと思った。
だけど、副社長はそんな私に優しい笑みでそう言ってくれた。
エレベーターホールに着くと、副社長は駐車場のある上行きのボタンを押す。
その背中に向かって、私は思わず尋ねていた。
「……あの、ひとついいですか?」
「何だ?」
「どうして私にここまでいろいろしてくださるのですか?」
私を藤崎製菓で雇ってくれただけでなく、一緒に住まわせてくれて、あんなに素敵な部屋まで用意してくれて、さらには服まで買ってくれて……。
優しい副社長のことだから、きっと親友の妹だからとか言われてしまうような気はしていた。
だけどやっぱり、親友の妹っていうだけで普通ここまでできない気がして思わず聞いてしまった。
「……どうしてだと思う?」
だけど返ってきたのは、想定外の質問返し。
「え……?」
じっと私の瞳を真っ直ぐに見つめる副社長の瞳は、どういうわけか憂いを帯びているように感じて、逸らすことができない。
私と副社長の間に流れる異様な空気に、思わず鼓動が加速した。
だけど、だからといって私がどんなに考えても、私が副社長にこれだけのことをしてもらえるような理由は思い浮かばない。
そうしている間に上行きのエレベーターは到着して、副社長の視線から解放される。
「何でもない。ちょっと言ってみただけだ。木下さんも知ってると思うが、きみのお兄さんは俺の大切な親友だ。その親友の妹が困ってるときは、できる限り力になりたいと思ってる」
そう言ってエレベーターの中に乗り込む副社長はすでにいつもの感じに戻っていて、さっきのは一体何だったのだろうと思ってしまう。
もしかしなくても、からかわれただけなのだろうけれど。
だけど、私は一体どんなこたえを期待していたというのだろう?
“親友の妹だから”そう言われるのは想像通りなのに、いざはっきりそう言われるとどことなく突き放されたような感じがして寂しく思うのだった。
そのとき、試着室のカーテンの外からかけられた店員さんの声に、ふと現実に戻る。
いけない、いけない。
ここで私は、やっぱりこのワンピースは買えないと副社長に言わないといけないのだから。
そう強い気持ちを持ってカーテンを開ける。
「わぁ、いいじゃないですか!」
「そうだな。木下さんの持ち味が引き立って、とても魅力的だ。本当によく似合ってる」
だけど店員さんのいわゆるセールス的な誉め言葉だけならまだしも、副社長にそんな風に言われてしまい思わずドキンとする。
「本当ですか!?」
先程までの決心はどこへやら、ドキドキしているせいで震えたようになってしまった声で口から出たのは、そんな言葉。
「じゃあ、これいただけますか?」
私の気持ちが揺らいだ間に、副社長は勝手にそう決めてしまったのだった。
「ありがとうございました」
店員さんに見送られながら、今度こそエレベーターの方へ向かう。
一目惚れと言ってもいいくらいに気に入っていたワンピースが手元にあって嬉しい反面、余計に申し訳ない気持ちになる。
「あの、ワンピースまでありがとうございました」
副社長は“すみません”と言われるのはあまり嬉しくないみたいだったから、その言葉は何とか飲み込んだ。
「ああ。気に入ったのが見つかってよかったな」
「はい。とても可愛いので、着るのが勿体ないです」
「ははは。だからといって着ないのは服が可哀想だろう。だけど、お気に入りを使うことを勿体なく思う気持ちはわかる。それなら、木下さんにとって特別な日にそのワンピースを着たらいいんじゃないか?」
買ってもらっておきながら、気に入りすぎて着るのが勿体ないだなんて、失礼な発言かなと思った。
だけど、副社長はそんな私に優しい笑みでそう言ってくれた。
エレベーターホールに着くと、副社長は駐車場のある上行きのボタンを押す。
その背中に向かって、私は思わず尋ねていた。
「……あの、ひとついいですか?」
「何だ?」
「どうして私にここまでいろいろしてくださるのですか?」
私を藤崎製菓で雇ってくれただけでなく、一緒に住まわせてくれて、あんなに素敵な部屋まで用意してくれて、さらには服まで買ってくれて……。
優しい副社長のことだから、きっと親友の妹だからとか言われてしまうような気はしていた。
だけどやっぱり、親友の妹っていうだけで普通ここまでできない気がして思わず聞いてしまった。
「……どうしてだと思う?」
だけど返ってきたのは、想定外の質問返し。
「え……?」
じっと私の瞳を真っ直ぐに見つめる副社長の瞳は、どういうわけか憂いを帯びているように感じて、逸らすことができない。
私と副社長の間に流れる異様な空気に、思わず鼓動が加速した。
だけど、だからといって私がどんなに考えても、私が副社長にこれだけのことをしてもらえるような理由は思い浮かばない。
そうしている間に上行きのエレベーターは到着して、副社長の視線から解放される。
「何でもない。ちょっと言ってみただけだ。木下さんも知ってると思うが、きみのお兄さんは俺の大切な親友だ。その親友の妹が困ってるときは、できる限り力になりたいと思ってる」
そう言ってエレベーターの中に乗り込む副社長はすでにいつもの感じに戻っていて、さっきのは一体何だったのだろうと思ってしまう。
もしかしなくても、からかわれただけなのだろうけれど。
だけど、私は一体どんなこたえを期待していたというのだろう?
“親友の妹だから”そう言われるのは想像通りなのに、いざはっきりそう言われるとどことなく突き放されたような感じがして寂しく思うのだった。
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