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2.副社長と暮らす生活

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 だけど……。


「それなら私が先に出勤したのに……」


 本来ならここはどちらかと言わず、部下であり、そうせざるを得なくなった原因でもある私が先に出勤するべきだろう。


 思わず思ったことが声に出てしまったようで、それに気づいたときにはすでに遅かった。

 副社長はきょとんとした顔でこちらを見ていた。

 そんな彼の姿に気づいて、慌てて頭を下げる。


「あ、す、すみません」

「いや。俺もやることがたくさんあるから。なるべく夜も早く帰れるように、ちょっと早く家を出て少しでも仕事を片付けたいんだ」

「そうですか」

「それに俺は朝早くから会社にいることが多かったから、早く出勤したところで誰も不審に思わないよ。きみは俺の心配なんてしてないで、遅れないように会社においで。戸締まりは頼んだよ」


 いってきます、と片手を上げる副社長に、いってらっしゃいと軽く頭を下げる。

 こういうときって、玄関までお見送りに行った方がいいのだろうか?

 だけど恋人ですらないのにそんなことするのは、おかしいような気もする。


 そんな風に悶々と考えている間にも、副社長が玄関のドアから出ていく音が聞こえたのだった。


 *


 私の新しい生活は、可もなく不可もなくといった感じにスタートできたように思う。

 そして早くも数日が過ぎ、初めての土日を迎えた。

 藤崎製菓は基本的には土日祝がお休みのため、今日の土曜日が初めて副社長の家で過ごす休日になる。


「おはようございます」

「おはよう」


 副社長は休日と言えど、いつまでも朝寝ているなんていうことはなく、いつもより少し遅いくらいの時間に起きてきた。

 副社長の部屋の方から物音が聞こえ出したときに熱を入れ始めたこともあり、ちょうど焼きたてのホットサンドをダイニングテーブルに腰かける副社長の前に出す。すると、副社長は少し申し訳なさげに眉を下げた。


「今朝も用意してくれたのか。休みの日の朝くらいゆっくりしてくれてもいいぞ」

「いえ、そんなわけにはいきません。ただでさえ家賃なしで住まわせていただいてるのに。あ、スープも温まってるので、すぐにお持ちしますね」


 今日の朝食は洋食だ。

 ホットサンドと、キャベツと卵のカレー風味のスープにサラダと牛乳。

 相変わらずこんな内容でいいのかと作る度に思ってしまうけれど、残念ながらまだそんなに高い料理のスキルを持ち合わせていないのが現実だ。


「よかったら、先に食べててくださいね」

「いや。これからきみも食べるんだろう? せっかく一緒に食べられるのなら、その方がいいだろう」


 副社長の料理を優先してダイニングテーブルに並べるものの、毎回副社長にはこう言われてしまう。

 私としては、やっぱり冷めないうちに料理を食べてほしいし、お腹を空かせた副社長を待たせるのは申し訳ないという気持ちがある。

 だけど、一緒に食べたいと言ってもらえること自体は悪い気はしない。それに居候の身分としては、自分のことを受け入れてもらえてるような感じがして素直に嬉しい。


 私の分も手早くダイニングテーブルに並べる。

 副社長は私がダイニングテーブルについたのを見てから手を合わせて、料理を口に運んだ。


「うん、美味い」


 そして、副社長は必ずといっていいほど毎回私の粗末な料理を美味いと言って食べてくれるのだ。


「……ありがとうございます」


 決して不味いものを作っているつもりはないけれど、やっぱりそこには副社長の優しさを感じる。

 料理のスキルを持ち合わせていないから仕方ないなんて言ってないで、この休みの間に、なけなしのお金で料理の本を買いにいかないとな……。

 そう思いながら私もホットサンドを口に運んでいると、副社長から思いがけないお誘いがかかる。


「今日、予定がないならちょっと付き合ってもらえないか?」


 今聞こえた言葉が一瞬信じられなくて、思わず副社長の方を見る。


「一緒に買い物に行きたいなと思うんだが」


 だけど、どうやらさっきのは聞き間違いでも何でもなかったらしい。


 予定なんて、もちろんない。

 前の会社の同期とは今ではほとんど繋がっていないし、大学の友達もほとんどが就職時に全国各地に散ってしまったから、そう頻繁に約束が入ることもないのだから。


「はい、特に予定もないので大丈夫です」


 買い物だなんて、食材を買い足しに行くということだろうか。

 それなら昨日の帰りにこのマンションの向かいのスーパーである程度買い足したつもりだったけれど、何か抜けていたものでもあったのだろうか。

 さすがに細かい副社長の好みまではまだ把握しきれていないため、もしかしたら好みの銘柄とかあるのかもしれない。

 そういうのを知るためにも、一度一緒に買い物に行ってた方がいいのだろう。


「じゃあ、朝食が終わって出かける準備ができたら声をかけてもらえるか?」


 私の返事に副社長は少しホッとしたようにそう言った。
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