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2.副社長と暮らす生活
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翌朝、副社長に初めて振る舞う料理は和食にした。
昨夜寝る前に副社長に会ったとき、何の食べ物が好きか聞いてみたところ、私の作るたまご焼きが食べたいと言われたからだ。
副社長は、特に朝は和食だとか洋食だとかのこだわりはないらしい。
「よしっ」
時間も味も大丈夫。
副社長が起きる時間より少し早く一通りの料理が仕上がって、ホッとする。
さすがに初日から間に合わなかったとか、明らかに美味しくないものができたという事態は避けたかった。
あとは副社長のお口に合ってくれればいいのだけれど……。
メニューは、白ご飯、茄子のお味噌汁、たまご焼き、鮭の塩焼き、ほうれん草のごま和え。
さすがに朝から一通り作るのは大変で、覚悟をして早起きしたものの、朝食を作るだけでくたびれてしまった。
一人で住んでたときも、お兄ちゃんと暮らしてたときも朝は簡単に済ませていたから私としてはかなり凝った方だ。
こんなことなら、もう少し一人暮らしをしていたときに料理の腕をあげておけば良かった。
これから朝晩作るのなら毎日のことだし、ある程度夜ご飯の作り置きやアレンジをする等して工夫していかなければ難しいかもしれない。
副社長に言われていた時刻になると、廊下の方から物音が聞こえて思わず背筋が伸びた。
それから間もなくして副社長がリビングに入ってくる。
「おはようございます」
「おはよう。美味そうだな。寝室まで食欲をそそる良い香りが届いて、目覚めは最高だった」
副社長は片手に持っていた新聞をラックに立て掛けると、ダイニングテーブルの方に歩いてくる。
「朝からこれだけ作るのは大変だったろ。わざわざありがとう」
「いえ。お口に合うかどうかはわかりませんが、どうぞ召し上がってください」
「ああ。木下さんもそんなところに突っ立ってないで、一緒に食べよう」
「はい」
副社長にそう言われて気後れする気持ちがありながらも、私も料理の前に腰かける。
そして、いただきますと手を合わせて副社長とともに朝食を口に運んだ。
だけど、昨夜あれだけの腕を見せてくれた副社長の反応が気になって、口の中のものの味をあまり感じられない。
副社長のリクエストだったたまご焼きを彼が一口口に含むのを見たとき、そこまで平然を装っていたつもりでも思わず私の手は止まった。
バクバクといやに心臓の音が大きく響く。
私の実家のたまご焼きは甘くなく、醤油ベースの味付けになっている。
育った家庭や好みによっては甘いたまご焼きを好む人もいるので、昨夜副社長からたまご焼きのリクエストを受けたときに副社長の好みを聞いた。けれど、副社長は自分の好みは教えてくれず、私がいつも家庭で食べていた味でいいと返してきたのだ。
副社長のリクエストということも重なって、余計にたまご焼きが彼のお口に合うかどうか気になって仕方がない。
「うん」
案の定、副社長はたまご焼きの咀嚼を終え飲み込んだのだろうと思われるタイミングで、口を開いた。
その瞬間、緊張で胸がきゅうっと縮こまるような感覚に襲われる。
「いいな、またこの味が食べられるなんて。ものすごく懐かしい味がするよ」
「……え? 本当ですか!?」
「ああ。また是非作ってくれ」
「はい!」
私に穏やかな笑みを浮かべる副社長を見て、胸をホッと撫で下ろす。
良かった。とりあえずお口に合ったってことなんだよね?
ものすごく懐かしい味がするって言ってたけど、もしかして副社長のお家の味と似ていたのかな?
もしそうなら、とても嬉しい。
残りのメニューも、副社長は美味しいと言いながら食べてくれた。
朝早くから起きて頑張った甲斐があった。
料理を作り終えたときの疲労感なんて、気づいたときにはどこかにいってしまっていた。
私が朝食の後片付けをしていると、朝食後一旦自分の部屋に戻った副社長がビジネスバックを片手に再びリビングに姿を現した。
「先に出ようと思うが、会社までの道のりは大丈夫か?」
「はい。早いんですね」
藤崎製菓の定時勤務は九時から十八時。
ここから会社までは徒歩五分。
私は九時十分前くらいまでに出勤していれば大丈夫と副社長から言われていたけれど、それでも余裕を持って早めに出ようと考えていた。
リビングの時計を確認したところ、その余裕を持って出ようと考えていた時間よりもだいぶ早い。
「ああ。行き帰りをともにしていると、社員に見られる可能性もある。万が一、一緒に住んでいることを嗅ぎ付けられて、変に騒ぎ立てられて仕事がしづらくなるのもお互いに辛いだろうから、出勤時間をずらそうと思うんだ」
確かに副社長の提案には一理ある。
ただでさえ社内の男女が夫婦でもないのに一緒に住んでいるとか格好のネタになるだろうし、その相手が副社長となると尚更だ。
昨日の秘書課の雰囲気から副社長のことを狙っている人が多くいるだろうことは、容易に想像がつく。
もし私と副社長がウワサされるなんてなったら、厚意で私をここに置いてくれている副社長に迷惑をかけてしまうことになる。
昨夜寝る前に副社長に会ったとき、何の食べ物が好きか聞いてみたところ、私の作るたまご焼きが食べたいと言われたからだ。
副社長は、特に朝は和食だとか洋食だとかのこだわりはないらしい。
「よしっ」
時間も味も大丈夫。
副社長が起きる時間より少し早く一通りの料理が仕上がって、ホッとする。
さすがに初日から間に合わなかったとか、明らかに美味しくないものができたという事態は避けたかった。
あとは副社長のお口に合ってくれればいいのだけれど……。
メニューは、白ご飯、茄子のお味噌汁、たまご焼き、鮭の塩焼き、ほうれん草のごま和え。
さすがに朝から一通り作るのは大変で、覚悟をして早起きしたものの、朝食を作るだけでくたびれてしまった。
一人で住んでたときも、お兄ちゃんと暮らしてたときも朝は簡単に済ませていたから私としてはかなり凝った方だ。
こんなことなら、もう少し一人暮らしをしていたときに料理の腕をあげておけば良かった。
これから朝晩作るのなら毎日のことだし、ある程度夜ご飯の作り置きやアレンジをする等して工夫していかなければ難しいかもしれない。
副社長に言われていた時刻になると、廊下の方から物音が聞こえて思わず背筋が伸びた。
それから間もなくして副社長がリビングに入ってくる。
「おはようございます」
「おはよう。美味そうだな。寝室まで食欲をそそる良い香りが届いて、目覚めは最高だった」
副社長は片手に持っていた新聞をラックに立て掛けると、ダイニングテーブルの方に歩いてくる。
「朝からこれだけ作るのは大変だったろ。わざわざありがとう」
「いえ。お口に合うかどうかはわかりませんが、どうぞ召し上がってください」
「ああ。木下さんもそんなところに突っ立ってないで、一緒に食べよう」
「はい」
副社長にそう言われて気後れする気持ちがありながらも、私も料理の前に腰かける。
そして、いただきますと手を合わせて副社長とともに朝食を口に運んだ。
だけど、昨夜あれだけの腕を見せてくれた副社長の反応が気になって、口の中のものの味をあまり感じられない。
副社長のリクエストだったたまご焼きを彼が一口口に含むのを見たとき、そこまで平然を装っていたつもりでも思わず私の手は止まった。
バクバクといやに心臓の音が大きく響く。
私の実家のたまご焼きは甘くなく、醤油ベースの味付けになっている。
育った家庭や好みによっては甘いたまご焼きを好む人もいるので、昨夜副社長からたまご焼きのリクエストを受けたときに副社長の好みを聞いた。けれど、副社長は自分の好みは教えてくれず、私がいつも家庭で食べていた味でいいと返してきたのだ。
副社長のリクエストということも重なって、余計にたまご焼きが彼のお口に合うかどうか気になって仕方がない。
「うん」
案の定、副社長はたまご焼きの咀嚼を終え飲み込んだのだろうと思われるタイミングで、口を開いた。
その瞬間、緊張で胸がきゅうっと縮こまるような感覚に襲われる。
「いいな、またこの味が食べられるなんて。ものすごく懐かしい味がするよ」
「……え? 本当ですか!?」
「ああ。また是非作ってくれ」
「はい!」
私に穏やかな笑みを浮かべる副社長を見て、胸をホッと撫で下ろす。
良かった。とりあえずお口に合ったってことなんだよね?
ものすごく懐かしい味がするって言ってたけど、もしかして副社長のお家の味と似ていたのかな?
もしそうなら、とても嬉しい。
残りのメニューも、副社長は美味しいと言いながら食べてくれた。
朝早くから起きて頑張った甲斐があった。
料理を作り終えたときの疲労感なんて、気づいたときにはどこかにいってしまっていた。
私が朝食の後片付けをしていると、朝食後一旦自分の部屋に戻った副社長がビジネスバックを片手に再びリビングに姿を現した。
「先に出ようと思うが、会社までの道のりは大丈夫か?」
「はい。早いんですね」
藤崎製菓の定時勤務は九時から十八時。
ここから会社までは徒歩五分。
私は九時十分前くらいまでに出勤していれば大丈夫と副社長から言われていたけれど、それでも余裕を持って早めに出ようと考えていた。
リビングの時計を確認したところ、その余裕を持って出ようと考えていた時間よりもだいぶ早い。
「ああ。行き帰りをともにしていると、社員に見られる可能性もある。万が一、一緒に住んでいることを嗅ぎ付けられて、変に騒ぎ立てられて仕事がしづらくなるのもお互いに辛いだろうから、出勤時間をずらそうと思うんだ」
確かに副社長の提案には一理ある。
ただでさえ社内の男女が夫婦でもないのに一緒に住んでいるとか格好のネタになるだろうし、その相手が副社長となると尚更だ。
昨日の秘書課の雰囲気から副社長のことを狙っている人が多くいるだろうことは、容易に想像がつく。
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