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1.思いがけないルームシェア
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結局初日のこの日は、主に書類の整理や書類の作成といった事務的な仕事が主だった。秘書としての未知の仕事に不安を抱えていた私としては、正直ホッとした。
「お疲れさま」
定時を過ぎて少しした頃、副社長室の中から繋がっている隣の小部屋に用意してもらっていた私のデスクに、副社長がやって来た。
「お疲れさまです」
「やっぱり秘書が一人居ると違うな。きみを採用して正解だったよ」
「そんな。今日の仕事内容はたまたま私がわかる範囲内のものが多かったので……。明日以降、ご迷惑をおかけしてしまうこともあるかもしれませんが、精一杯頑張るのでよろしくお願いいたします」
頭を深く下げると、副社長は少しおかしそうに笑った。
「健気だなぁ。まぁ頑張りすぎるなよ。じゃあ、帰ろうか」
「え?」
「きみの新しい住まいに案内するよ」
そうだった……! 私が今日から暮らす場所については、まだ聞いていないんだ。
一応新しい住まいには今日の仕事終わりに案内してもらえると聞いていた。
副社長が提供してくれたのだからその場所を知っていてもおかしくないけれど、まさか副社長に案内されることになるとは思わなかった。
「でも、副社長はお忙しいのに案内までしていただかなくても……。住所さえわかれば私一人でも大丈夫ですよ」
新しい住まいはこの藤崎製菓から徒歩五分と聞いている。
わざわざ案内してもらわなくても、住所さえ教えてもらえればスマホの地図アプリを使って移動することも可能だろう。
思い返せば、荷物は今日の日付を指定してお兄ちゃんが送ってくれていた。きっとお兄ちゃんは私が今日から住む場所を知っていたのだろう。
今日からじゃないと新しい住まいの中には入れないし、下見にも行けないからと、お兄ちゃんは詳しいことを教えてくれなかったけど、住所くらい聞いておけば良かった。
当日案内してもらえるからと言われて、安易に構えすぎていた自分も悪いんだけど……。
「大丈夫だ。今日のために仕事は何日も前から前倒しで片づけてあったんだ。幸運にも今日は急な仕事もなかったし、問題ない」
「はい……」
そう言われてしまうと、はいとしか返せない。
しかも考えすぎかもしれないけれど、副社長の言い方だと私のために前倒しで仕事を頑張ってくれたようにも聞こえて、何だか照れくさい。
副社長は会社の地下駐車場まで私を連れていくと、車に詳しくない私でも知っている黒の高級車の前で足を止めた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
鍵を開けたあと、助手席のドアを開けて私を中に誘導してくれる姿はあまりに紳士的でついドキドキとしてしまう。
イケメンで仕事もできてそれでいて紳士だなんて、きっとこの人はものすごくモテるんだろうなと感じる。
そう思えば、私が副社長付けの秘書になったことを聞いた女性の中から好意的ではない声が聞こえたことにも納得してしまう。
とはいえ、どんなに副社長が素敵な人であれ、ついこの前まで仕事も住む場所もなかった私にとっては、住む世界の違う人だということを思い知らされるだけなのだが。
副社長が運転席に座ると、車を発進させる。
地下駐車場から地上に出ると、そこは今朝出勤したときに通った大通りに出たようだった。
「わりと分かりやすい道順だと思うから、明日以降のためにも道をよく見ておいて」
「はい」
「本当なら徒歩圏内だから歩いて案内する方が分かりやすいとは思ったんだが、人目もあるし木下さんにはこっちの方がいいかと思ったんだ」
「いえ、わざわざ案内していただいてありがとうございます」
私を気遣って車に乗せてくれてるだなんて、本当に紳士だ。
でも、私としても副社長が車通勤をされているのなら、変に気を遣われるよりこっちの方が断然いい。
副社長の車は最初の信号を右折して、少し直進したあとにレストランのある通りを左折した。
会社の近辺はオフィス街といった感じだったのに、道を少し挟むと何だか高級そうなマンションが立ち並ぶ区画に入る。
「ここのスーパーの向かいの入り口が、今日からきみに住んでもらう住まいの入り口だ」
「……え?」
思わず耳と目を疑った。
いくらなんでも高級すぎやしないだろうか。
結局初日のこの日は、主に書類の整理や書類の作成といった事務的な仕事が主だった。秘書としての未知の仕事に不安を抱えていた私としては、正直ホッとした。
「お疲れさま」
定時を過ぎて少しした頃、副社長室の中から繋がっている隣の小部屋に用意してもらっていた私のデスクに、副社長がやって来た。
「お疲れさまです」
「やっぱり秘書が一人居ると違うな。きみを採用して正解だったよ」
「そんな。今日の仕事内容はたまたま私がわかる範囲内のものが多かったので……。明日以降、ご迷惑をおかけしてしまうこともあるかもしれませんが、精一杯頑張るのでよろしくお願いいたします」
頭を深く下げると、副社長は少しおかしそうに笑った。
「健気だなぁ。まぁ頑張りすぎるなよ。じゃあ、帰ろうか」
「え?」
「きみの新しい住まいに案内するよ」
そうだった……! 私が今日から暮らす場所については、まだ聞いていないんだ。
一応新しい住まいには今日の仕事終わりに案内してもらえると聞いていた。
副社長が提供してくれたのだからその場所を知っていてもおかしくないけれど、まさか副社長に案内されることになるとは思わなかった。
「でも、副社長はお忙しいのに案内までしていただかなくても……。住所さえわかれば私一人でも大丈夫ですよ」
新しい住まいはこの藤崎製菓から徒歩五分と聞いている。
わざわざ案内してもらわなくても、住所さえ教えてもらえればスマホの地図アプリを使って移動することも可能だろう。
思い返せば、荷物は今日の日付を指定してお兄ちゃんが送ってくれていた。きっとお兄ちゃんは私が今日から住む場所を知っていたのだろう。
今日からじゃないと新しい住まいの中には入れないし、下見にも行けないからと、お兄ちゃんは詳しいことを教えてくれなかったけど、住所くらい聞いておけば良かった。
当日案内してもらえるからと言われて、安易に構えすぎていた自分も悪いんだけど……。
「大丈夫だ。今日のために仕事は何日も前から前倒しで片づけてあったんだ。幸運にも今日は急な仕事もなかったし、問題ない」
「はい……」
そう言われてしまうと、はいとしか返せない。
しかも考えすぎかもしれないけれど、副社長の言い方だと私のために前倒しで仕事を頑張ってくれたようにも聞こえて、何だか照れくさい。
副社長は会社の地下駐車場まで私を連れていくと、車に詳しくない私でも知っている黒の高級車の前で足を止めた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
鍵を開けたあと、助手席のドアを開けて私を中に誘導してくれる姿はあまりに紳士的でついドキドキとしてしまう。
イケメンで仕事もできてそれでいて紳士だなんて、きっとこの人はものすごくモテるんだろうなと感じる。
そう思えば、私が副社長付けの秘書になったことを聞いた女性の中から好意的ではない声が聞こえたことにも納得してしまう。
とはいえ、どんなに副社長が素敵な人であれ、ついこの前まで仕事も住む場所もなかった私にとっては、住む世界の違う人だということを思い知らされるだけなのだが。
副社長が運転席に座ると、車を発進させる。
地下駐車場から地上に出ると、そこは今朝出勤したときに通った大通りに出たようだった。
「わりと分かりやすい道順だと思うから、明日以降のためにも道をよく見ておいて」
「はい」
「本当なら徒歩圏内だから歩いて案内する方が分かりやすいとは思ったんだが、人目もあるし木下さんにはこっちの方がいいかと思ったんだ」
「いえ、わざわざ案内していただいてありがとうございます」
私を気遣って車に乗せてくれてるだなんて、本当に紳士だ。
でも、私としても副社長が車通勤をされているのなら、変に気を遣われるよりこっちの方が断然いい。
副社長の車は最初の信号を右折して、少し直進したあとにレストランのある通りを左折した。
会社の近辺はオフィス街といった感じだったのに、道を少し挟むと何だか高級そうなマンションが立ち並ぶ区画に入る。
「ここのスーパーの向かいの入り口が、今日からきみに住んでもらう住まいの入り口だ」
「……え?」
思わず耳と目を疑った。
いくらなんでも高級すぎやしないだろうか。
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