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1.思いがけないルームシェア
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「彼女は、副社長の秘書よ」
「え!?」
ふ、副社長の……!?
私ももちろん驚いた。お兄ちゃんと親友というだけで、私に仕事と住まいを提供してくれた副社長の秘書として働くということを聞かされて。
驚きのあまり声が出なかった私に対して、驚きの声を上げたのは目の前の専務の秘書をやっている女性の方だった。
彼女もものすごく驚いている。それどころか、動揺しているようにさえ見える。
そして私たちの会話が聞こえていた範囲にいた人たちも何やら小声で話しはじめて、その動揺はまるで波紋のように秘書課内に広がっていく。
「え、あの新入りが副社長秘書?」
「うそっ、私だって狙ってたのに……!」
「大丈夫なの? あんな新人よりも私たちの方が経験もスキルもあるはずなのに、何で……」
中には、決して好意的ではない声まで聞こえて、胸の内に不安が広がる。
だけど胸の中が不安で埋め尽くされそうになる前に、パンパンパンと手を叩く音がオフィス内に響いた。
「ほら、静かに! 何か言いたいことがある人は私が聞くわ」
威厳のある凛とした声は、課長のものだ。
好意的ではない声を出していたであろう人物の方に課長が厳しい表情を向けると、その人たちもそそくさと自分の仕事に戻った。
すごい……。
みんな課長の一声で、まるで何事もなかったかのような空気になるのだから。
それはつまり、それだけ課長が秘書課内で力を持った人だということを示されているようだった。
「さぁ、行きましょう」
「は、はい……」
次の瞬間にはさっきまでの厳しい表情を引っ込めて、課長は私に軽やかな笑みを浮かべてくる。そのギャップに思わず内心たじろいだのは言うまでもない。
*
「ここが、副社長室よ」
課長に連れて来られたのは最上階のフロア。ここは秘書課のある階のひとつ上の階に当たる。見る限り、社長室と副社長室の二つの扉しかない。
「秘書課の田城です。今日から配属の秘書を連れて参りました」
コンコンとノックして課長がそう告げると、中から「どうぞ」とはっきりとした口調のバリトンボイスが響く。
いよいよ副社長とのご対面なんだ……!
私の仕事どころか住みかまで提供してくれた副社長には、絶対お礼を伝えたかった。
面接のときは副社長にはお会いできなかったし、副社長という役職に就いている以上きっと忙しい人なのだろう。
まさかこんなに早い段階でお会いすることができるなんて、本当に嬉しい。
「失礼します」
と声をかけて、課長に背を押される形で私は副社長室内に足を踏み入れる。
整理された書類がたくさん置かれた幅広いデスクの向こうには、お兄ちゃんと同じ歳くらいの男性が一人座っている。きっと彼が藤崎製菓の副社長なのだろう。
そのとき「では、失礼します」と課長の声が背後から聞こえるとともに、副社長室のドアは閉められた。
え、課長、出ていっちゃったの!?
課長にも仕事があるんだし、普通に考えれは当たり前だ。そもそも課長は私をここまで案内してくれただけなんだし……。
ドア一枚隔たれてることから、課長が遠ざかる足音がくぐもって聞こえる。いざさっきまで隣に居てくれた頼りになる存在がいなくなると、どことなく不安になった。
ここからは私一人なんだ。
「はじめまして。本日より秘書を務めることになりました、木下紗和です」
「緊張してるのか?」
そのとき、クスリと笑う声が聞こえて顔を上げると、副社長と目が合って思わずドキンと胸が跳ねた。
副社長室に入ったときは、まじまじと副社長の顔を見ていなかったからすぐにはわからなかった。こうして正面から見つめられると、ドキドキしてしまうくらいにかっこいい。
切れ長の瞳は真っ直ぐにこちらを見据え、整った造りの顔立ちはまるで芸術作品のようだ。
「え!?」
ふ、副社長の……!?
私ももちろん驚いた。お兄ちゃんと親友というだけで、私に仕事と住まいを提供してくれた副社長の秘書として働くということを聞かされて。
驚きのあまり声が出なかった私に対して、驚きの声を上げたのは目の前の専務の秘書をやっている女性の方だった。
彼女もものすごく驚いている。それどころか、動揺しているようにさえ見える。
そして私たちの会話が聞こえていた範囲にいた人たちも何やら小声で話しはじめて、その動揺はまるで波紋のように秘書課内に広がっていく。
「え、あの新入りが副社長秘書?」
「うそっ、私だって狙ってたのに……!」
「大丈夫なの? あんな新人よりも私たちの方が経験もスキルもあるはずなのに、何で……」
中には、決して好意的ではない声まで聞こえて、胸の内に不安が広がる。
だけど胸の中が不安で埋め尽くされそうになる前に、パンパンパンと手を叩く音がオフィス内に響いた。
「ほら、静かに! 何か言いたいことがある人は私が聞くわ」
威厳のある凛とした声は、課長のものだ。
好意的ではない声を出していたであろう人物の方に課長が厳しい表情を向けると、その人たちもそそくさと自分の仕事に戻った。
すごい……。
みんな課長の一声で、まるで何事もなかったかのような空気になるのだから。
それはつまり、それだけ課長が秘書課内で力を持った人だということを示されているようだった。
「さぁ、行きましょう」
「は、はい……」
次の瞬間にはさっきまでの厳しい表情を引っ込めて、課長は私に軽やかな笑みを浮かべてくる。そのギャップに思わず内心たじろいだのは言うまでもない。
*
「ここが、副社長室よ」
課長に連れて来られたのは最上階のフロア。ここは秘書課のある階のひとつ上の階に当たる。見る限り、社長室と副社長室の二つの扉しかない。
「秘書課の田城です。今日から配属の秘書を連れて参りました」
コンコンとノックして課長がそう告げると、中から「どうぞ」とはっきりとした口調のバリトンボイスが響く。
いよいよ副社長とのご対面なんだ……!
私の仕事どころか住みかまで提供してくれた副社長には、絶対お礼を伝えたかった。
面接のときは副社長にはお会いできなかったし、副社長という役職に就いている以上きっと忙しい人なのだろう。
まさかこんなに早い段階でお会いすることができるなんて、本当に嬉しい。
「失礼します」
と声をかけて、課長に背を押される形で私は副社長室内に足を踏み入れる。
整理された書類がたくさん置かれた幅広いデスクの向こうには、お兄ちゃんと同じ歳くらいの男性が一人座っている。きっと彼が藤崎製菓の副社長なのだろう。
そのとき「では、失礼します」と課長の声が背後から聞こえるとともに、副社長室のドアは閉められた。
え、課長、出ていっちゃったの!?
課長にも仕事があるんだし、普通に考えれは当たり前だ。そもそも課長は私をここまで案内してくれただけなんだし……。
ドア一枚隔たれてることから、課長が遠ざかる足音がくぐもって聞こえる。いざさっきまで隣に居てくれた頼りになる存在がいなくなると、どことなく不安になった。
ここからは私一人なんだ。
「はじめまして。本日より秘書を務めることになりました、木下紗和です」
「緊張してるのか?」
そのとき、クスリと笑う声が聞こえて顔を上げると、副社長と目が合って思わずドキンと胸が跳ねた。
副社長室に入ったときは、まじまじと副社長の顔を見ていなかったからすぐにはわからなかった。こうして正面から見つめられると、ドキドキしてしまうくらいにかっこいい。
切れ長の瞳は真っ直ぐにこちらを見据え、整った造りの顔立ちはまるで芸術作品のようだ。
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