上 下
4 / 59
1.思いがけないルームシェア

(4)

しおりを挟む
「彼女は、副社長の秘書よ」

「え!?」


 ふ、副社長の……!?

 私ももちろん驚いた。お兄ちゃんと親友というだけで、私に仕事と住まいを提供してくれた副社長の秘書として働くということを聞かされて。


 驚きのあまり声が出なかった私に対して、驚きの声を上げたのは目の前の専務の秘書をやっている女性の方だった。

 彼女もものすごく驚いている。それどころか、動揺しているようにさえ見える。


 そして私たちの会話が聞こえていた範囲にいた人たちも何やら小声で話しはじめて、その動揺はまるで波紋のように秘書課内に広がっていく。


「え、あの新入りが副社長秘書?」

「うそっ、私だって狙ってたのに……!」

「大丈夫なの? あんな新人よりも私たちの方が経験もスキルもあるはずなのに、何で……」


 中には、決して好意的ではない声まで聞こえて、胸の内に不安が広がる。

 だけど胸の中が不安で埋め尽くされそうになる前に、パンパンパンと手を叩く音がオフィス内に響いた。



「ほら、静かに! 何か言いたいことがある人は私が聞くわ」


 威厳のある凛とした声は、課長のものだ。

 好意的ではない声を出していたであろう人物の方に課長が厳しい表情を向けると、その人たちもそそくさと自分の仕事に戻った。


 すごい……。

 みんな課長の一声で、まるで何事もなかったかのような空気になるのだから。


 それはつまり、それだけ課長が秘書課内で力を持った人だということを示されているようだった。


「さぁ、行きましょう」

「は、はい……」


 次の瞬間にはさっきまでの厳しい表情を引っ込めて、課長は私に軽やかな笑みを浮かべてくる。そのギャップに思わず内心たじろいだのは言うまでもない。


 *


「ここが、副社長室よ」


 課長に連れて来られたのは最上階のフロア。ここは秘書課のある階のひとつ上の階に当たる。見る限り、社長室と副社長室の二つの扉しかない。


「秘書課の田城です。今日から配属の秘書を連れて参りました」


 コンコンとノックして課長がそう告げると、中から「どうぞ」とはっきりとした口調のバリトンボイスが響く。


 いよいよ副社長とのご対面なんだ……!


 私の仕事どころか住みかまで提供してくれた副社長には、絶対お礼を伝えたかった。

 面接のときは副社長にはお会いできなかったし、副社長という役職に就いている以上きっと忙しい人なのだろう。

 まさかこんなに早い段階でお会いすることができるなんて、本当に嬉しい。



「失礼します」


 と声をかけて、課長に背を押される形で私は副社長室内に足を踏み入れる。


 整理された書類がたくさん置かれた幅広いデスクの向こうには、お兄ちゃんと同じ歳くらいの男性が一人座っている。きっと彼が藤崎製菓の副社長なのだろう。

 そのとき「では、失礼します」と課長の声が背後から聞こえるとともに、副社長室のドアは閉められた。


 え、課長、出ていっちゃったの!?

 課長にも仕事があるんだし、普通に考えれは当たり前だ。そもそも課長は私をここまで案内してくれただけなんだし……。


 ドア一枚隔たれてることから、課長が遠ざかる足音がくぐもって聞こえる。いざさっきまで隣に居てくれた頼りになる存在がいなくなると、どことなく不安になった。

 ここからは私一人なんだ。


「はじめまして。本日より秘書を務めることになりました、木下紗和です」

「緊張してるのか?」


 そのとき、クスリと笑う声が聞こえて顔を上げると、副社長と目が合って思わずドキンと胸が跳ねた。


 副社長室に入ったときは、まじまじと副社長の顔を見ていなかったからすぐにはわからなかった。こうして正面から見つめられると、ドキドキしてしまうくらいにかっこいい。

 切れ長の瞳は真っ直ぐにこちらを見据え、整った造りの顔立ちはまるで芸術作品のようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...