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第5章

挨拶(2)

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「今日は、お忙しいところありがとうございます」


 緊張感漂う拓人の声。


「今日はその、お話がありまして……」


 そして、次の瞬間、拓人は勢いよく深く頭を下げた。



「桃華さんと結婚させて下さい。絶対、絶対幸せにしてみせます! お願いします!!」



 その光景に目の前の桃華の両親は、目を大きく見開いた。


 桃華の母親は「あらあら」と声を漏らし、優しい笑みを浮かべて拓人に口を開いた。


「拓人くん、顔上げてもらえるかしら?」


 拓人はゆっくり顔を上げ、揺るぎない真剣な瞳で桃華の両親を見つめた。


「もっと肩の力抜いて大丈夫よ」


「すみません……」


「私達、嬉しいのよ。拓人くんみたいな人と桃華が出会うことができて」


「え……?」


「移植手術を受ける前、あなたが桃華とお付き合いしている時に言ってくれた言葉、ちゃんと覚えてるわよ」


 桃華の母親は拓人にふふっと微笑みかけて口を開く。


「桃華にどのような運命が待っていても、一緒に支えていきたいと思ってる。

桃華が自ら拓人くんを拒まない限りは、いつまでも傍にいたいと思ってる。

そのくらい桃華を愛してるって言ってくれたこと。あなたのその気持ちに変わりはない? 大丈夫?」


「はい。むしろ、今の方がその気持ちは強いです」


 そして、桃華の父親が口を開く。


「桃華は丈夫な身体で生まれて来れなかった。拓人くんも良く分かってると思う。

移植手術を受けて順調に回復した桃華は今は安定している。

でも、薬だって一生飲み続けなければならないし、定期的に検査だって受けなければならない。

それでも、他の女性と比べると今の身体でも長く生きられる訳ではない」


「……はい」


「今は桃華の身体は移植された心臓を受け入れられているけれど、これから先、ずっと受け入れられ続けるかどうかは分からない。

5年後、10年後、どうなるかは誰にも分からないんだ。


もし、桃華の身体が今の心臓を受け入れられなくなる時が来たら、再び移植手術が必要となる。


でも、早々簡単に受けられる手術ではないことは、拓人くんも分かってるよね?


もしかしたら、拓人くんが若かったとしても、桃華が先に命を落とす可能性もある。


それでも拓人くんは、桃華を選んでくれるのか?

桃華を選んだことを後悔しないか?」



「はい」



 拓人は真っ直ぐ桃華の父親を見据えた。


 揺るぎない瞳で──。


 拓人の心に迷いなど微塵もなかった。


 桃華は拓人の後ろで、肩を震わせて泣いているようだった。


 普通の人とほとんど同じ生活を送れるようになった桃華。


 でも、それは“ほとんど同じ”であって“全く同じ”訳ではなかった。


 移植手術に成功したからといって、健康な人と同じくらい生きられるわけではない。

 身体だって健康な人と比べたら弱いだろう。


 それは“普通の人と同じように過ごせる時間が与えられた”と捉える方が、合っているのかもしれない。


 でもだからこそ、その時間は桃華の傍に居たかった。


 だからこそ、桃華の1番傍で、本当の最期まで傍についていてやりたかった。


 何年先かに、哀しい未来が待っている可能性があるとしても……。


 その日が来るまでは、桃華と夫婦になって、寄り添って歩いていきたい。


 愛し貫きたい──。



「桃華さんの身にいつ何が起きようと、俺は一生桃華さんを愛し続けます。

絶対後悔しません。桃華さんにも後悔させません。

だから……。だから、桃華さんを俺に下さい──」



 拓人の一生懸命さに、桃華の父親までもが「ふふふ」と笑った。


「それだけ強い意思があるなら、ワシも安心だ」


「え……」


 拓人は顔を上げる。


「桃華をこんなに愛してくれて、ありがとう。幸せにしてやって下さい」


「いいん、ですか?」


「ええ。桃華のこと、よろしくお願いします。拓人くんのお仕事が忙しい時は、私達もサポートさせてもらうから安心して?」

 桃華の母親も笑顔を向ける。


「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」


 拓人は再び深々と頭を下げた。



「桃華も良かったわね。こんな素敵な方を旦那様にできるなんて」


「うん。本当、幸せ。拓人、ありがとう。感動しちゃった……」
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