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第5章

海辺の音色の中で(1)

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 少し肌寒い午後の昼下がり、白いコートに身を包み、お気に入りの茶色のブーツを履いて拓人を待つ。


 今日は桃華の誕生日。そして、これから待ちに待った拓人とのデート。


 少し早く出てきたのもあり、まだ拓人の車は見えない。


 見上げると、2つのフワフワした白い雲が、青空の中寄り添うように浮かんでいた。



(あの大きい方の雲が拓人で、小さい方の雲が私……なんてねっ)

 桃華は1人そんなことを考えて、「ふふふ」と笑った。



 約束の時間5分前くらいに、拓人の黒い車が桃華の家の前に到着した。


 桃華が拓人の車に乗り込み、シートベルトを着けると、静かに車は走り出す。


「寒かったろ。ごめんな?」


 拓人が申し訳なさそうに桃華を見る。


 桃華は、助手席にいつも置いてある、桃の形のビーズクッションを抱きしめながら首をブンブン横に振る。


「ううん。私が早く出て来てるだけだしっ!」



 向かう先は、桃華の大好きな水族館。

 桃華が移植手術を終えて再び拓人と付き合いだしてからも、何回かこの水族館には来ていた。


 拓人は、たまには他の場所じゃなくていいのか聞いたが、桃華はやっぱり水族館がいいと言ったのだ。


 それには、水族館が好きという理由以外にも、“拓人と初めてデートした場所”という、2人にとって思い出深い場所という理由もあった。



 水族館が見えてくると、桃華は車の窓に両手をついて、明るい声を上げる。


「わぁっ! 何度来てもすっご~いっ!!」


「だから毎回聞くけど、門しか見えてねぇ時点でどうすごいんだよっ!!」


 拓人の鋭いツッコミも、「えへへ」と桃華お得意の可愛らしい笑顔で返されてしまう。



 水族館内では、お決まりのようにいつものコースを回る。


 魚のトンネルに、イルカショー。


 何回来ても初めて来たかのようにはしゃぎ、拓人の手を引く桃華。


 拓人は「はいはい」と言いながらも、そんな桃華の可愛らしい姿を見るのが好きだった。


「拓人~、前来た時こんなのあったっけ~?」


「何々、白熊餌やり体験? おもしろそうじゃねぇか。行ってみるか」


 『あちら』と書かれた矢印に添って拓人と桃華は進む。


 薄暗い洞窟を模して作られた通路を抜け、辿り着いた先は白熊の楽園のようだった。


 氷でできた地面に、白熊が泳ぐ水が張られた池。


 他の場所と違って、部屋全体はひんやりとしていた。


「寒~いっ!!」


 隣で寒そうにする桃華に、拓人はさりげなく自分の着ていたジャンパーを羽織らせ、桃華が水族館内では外していたマフラーを着けてあげた。


「身体、大丈夫か? 寒すぎるなら出るけど」


「ううん、大丈夫。ありがとう。餌やり体験、あっちみたいだねっ!」


 桃華が指さした先には、白熊の餌売り場があった。

 その近くには係の人と思われるおじさんが数人立っている。


 餌売り場まで行き、拓人は2人分の餌を購入する。


「ほらっ、桃華」


「ありがとう~」


 安全対策用の柵の外から、桃華が思いっきり餌を投げると、ノッシノッシと白熊が歩いて来てそれを食べた。


 拓人が投げた餌にはどの白熊も見向きもしない。


「みんな桃華の餌がいいって」


 拓人がその様子を見て、プッと笑った。


「えぇーっ!! 私は拓人からもらえるなら、何でも嬉しいのにっ!! 白熊さんたちは変わってるね~」

 桃華がおかしそうに笑いながら餌を投げると、また傍に居た白熊がその餌を食べた。


「俺、完全に嫌われてるしっ!!」


 拓人の投げた餌が無残に転がる様子を見て、拓人は大笑いしていた。



「兄ちゃん、姉ちゃん、ごめんな。今日は遠足でここを訪れる団体さんが多くてな、白熊たちもお腹いっぱいなんじゃろ」


 後ろから飼育係の年配の男性が現れてそう言った。


 その飼育係の男性に聞いてみたところ、この『餌やり体験』は今年になってから新しくオープンしたらしい。


 水族館としては、イルカショーと並ぶメインイベントにしたいそうだ。



「今度来た時は、白熊もお腹空かせてるといいな。また来てな」


「はい、ありがとうございました」


 そう言って、餌やり体験の場を後にした。
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