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第2章

花火大会(1)

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 外ではセミの大合唱がうるさく鳴り響き、家の前の住宅地の道路を公園の方へ楽しそうに駆けていく子ども達の声が聞こえる。

 8月末──。

 外で鳴り響くセミの鳴き声に、ツクツクボウシの鳴き声が混ざりだし、夏の終わりを感じさせられる。



 桃華はこの前発売されたばかりの、先月行われたNEVERのドームライブのDVDを眺めていた。


 いつも本物のTAKUに会ってるっていうのに

 本物のTAKUの恋人だっていうのに

 NEVERの映像が流れるテレビ画面の前の桃華は、TAKUの大ファンの女性の1人。


 昔、拓人に買ってもらったイルカのぬいぐるみを抱きしめながら、テレビに映る愛しい彼の姿に見入っていた。

(やっぱり拓人が1番かっこいい……)

 桃華がうっとりしていると、下から母親が呼ぶ声が聞こえた。


「桃華ー! 拓人くんから電話よー!」

「はぁいっ!」


 桃華はムクッと立ち上がると、自分の部屋の外、2階の廊下に置かれた電話機の子機に手を伸ばした。


「もしもし? 拓人?」


『桃華か? 今大丈夫?』


「うんっ!! 拓人は? 今、大丈夫なの?」


『今休憩時間なんだ。でな、本題に入るんだけど、明後日の夜って、桃華大丈夫?』

 拓人の話し振りに、時間があまりない中、わざわざ電話をかけてくれてるんだなと感じた。


「え? うん。前もってお母さんに言っておけば大丈夫だと思う」

(どうしたんだろう……?)


『良かったらさ、花火見に行かない?』


「え!? いいの!?」


『ああ、その日の夜の予定が変更になってオフになったんだ。ちょうどその日、海辺の方で花火大会やってるからさ、一緒に見よう? 人が来なくて綺麗に見える、いい穴場知ってるんだ』


「うんっ! 絶対行く!」

(拓人と花火とか、夢みたい……)


『良かった。じゃあまた明後日の夜迎えに行くから』


「楽しみにしてるねっ!!」


『おぅ! あ、そろそろ戻らねぇと……せわしなくてごめんな』


「ううん、忙しい中わざわざありがとう」


 そして、桃華がお仕事頑張ってね、と言おうとした時だった。


『桃華……愛してる』


「え!? えぇっ!! う、うん……私も、愛してるよ」

 拓人の突然の愛の囁きに赤面して、あたふたする桃華に、拓人が楽しそうに笑う声が聞こえた。


『じゃあまた明後日な』


「うん……お仕事頑張ってね」



 電話が切れ、子機を置きに行きながら桃華は思う。

(花火大会かぁ……。病院の窓越しにしか見たことなかったから、生まれて初めてかも)


 それも、この心臓のおかげだなって、桃華は自分の左の胸元に感謝の気持ちを込めて両手を当てた。



 桃華は早速1階へ降り、母親に浴衣があるかどうかを尋ねた。


 ──浴衣を着て花火大会。


 今まで叶えられなかった願いが、またひとつ現実になる、それだけでも嬉しいのに

 大好きな拓人とだなんて、桃華はワクワクして花火大会の日を待ち望んだ。







 花火大会当日。


 桃華は母親から借りた紺色の桜の模様の入った大人っぽい浴衣に身を包み、肩まで伸びた黒い髪は母親に可愛くアップにしてもらった。

 首元には昔、拓人からもらったハートに縁取られたネックレス。



「桃華! 素敵じゃないっ!!」


「ありがとう、お母さん! 拓人、喜んでくれるかな?」


「きっと喜んでくれるわよ! 楽しみね」


 桃華の母親は、1番に桃華の恋を応援してくれる。


 拓人と知り合ってからの桃華が、以前よりずっと明るくなったことや、昔、桃華の母親に拓人が桃華への真剣な想いを告げ、それが伝わっていることから、桃華の母親も拓人のことを気に入ってくれていたんだ。


「夜遅くならないようにするのよ?」

「うん! 早く帰るから、拓人がいいって言ってくれたら、帰りに連れて来てもいい?」


 母親は「まぁ」っと一言漏らして

「あまり迷惑かけないようにするのよ」

 と言った。



 ──ピンポーン。


 しばらくして玄関のチャイムが鳴る。


 桃華は満面の笑みを浮かべ、浴衣とお揃いの布で作られた巾着を持ち、家を出た。



「拓人っ!! お待たせっ!!」


 桃華の姿を見るなり、拓人の目は奪われる。


「も、桃華……」


 拓人は自分の手の届く位置まで近づいて来た桃華をグイッと抱き寄せ、桃華の耳元で

「今日の桃華、すごく綺麗……」

 と囁き、チュッと耳にキスをした。



「あらあらっ」

 後ろから楽しそうにその光景を見ながら出て来た桃華の母親に、拓人は硬直した。


「あ、す、すみません……こんばんは」


「こんばんは。いえ、いいのよ。若いっていいわね。今日は桃華をよろしくお願いします」


「いえ、そんな。こちらこそ、ありがとうございます」

 拓人は相変わらず、決まりが悪そうに頭を下げた。


 2人が車に乗り込むと、拓人の車は静かに出発した。
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