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歓迎されない来訪者

歓迎されない来訪者③

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 見惚れていいのか、感心していいのか。

「そ、そうだったんだ……」

 半ば心あらずな状態で呟くと、カグラちゃんが「そうだねえ」と人差し指を頬に寄せて、

「ヒト型を保てるあやかしは、もともと妖力が高いからねえ。おまけに"化け術"を使うにしても、自身の妖力を結晶化するにしても、見合うだけの知識と力がなくっちゃ」

「妖力の結晶化?」

「お葉都ちゃんで言うと、そのかんざしの赤玉だね。それと、彩愛ちゃんの耳についている、あの子の耳飾りもそうだよお」

「え!? これって宝石とかガラスとかそういうのじゃなかったの!?」

「ある程度以上の力を持ったあやかしは、自分の妖力を結晶化して、その"器"に出来る限りの妖力を保存しておくんだよお。術で必要になった時とか、体調が悪いなーって時の補給用にね」

 あやかしはヒトと違って、怪我や病気を薬だけじゃ治せないからねえ。
 肩をすくめて笑むカグラちゃんの横で、渉さんが「あやかしも万能ではないんですね」と顎先に手をやる。

 ――って、ちょっと待って。
 この耳飾りを手放しちゃった郭くんは、妖力の保存も、補給も出来ないってことじゃあ……?

(それであの時、雅弥が本当にいいのかとかなんとか言ってたんだ……!)

「ど、どうしよ! 私、知らないで貰っちゃって……っ! このままじゃ郭くん、体調悪くしても回復出来なくなっちゃう……!」

 あたふたと耳飾りを外そうとした私に、カグラちゃんが「まあまあ」とのんびりほほ笑む。

「あの子が渡していくって置いて行ったモノだし、彩愛ちゃんが気にすることはないよお。もう一つは自分で持っていったしね」

 それよりも、とカグラちゃんは軽やかに立ち上がって、

「今日はお葉都ちゃんの、記念すべきお披露目会だからね! 渉に用意してもらったケーキがあるから、皆で食べようー!」

 コーヒーと紅茶、どっちがいい?
 いつもの調子で尋ねるカグラちゃんに、私も暫し考えてから、思い直す。

(……うん。私は隠世に行けないし、これは、次に郭くんに会えた時に返そう)

 ――もしかして郭くんは、約束を"絶対"にしたくって、わざとこれを私に渡して行ったのかな。

 一瞬、そんな疑問が浮かんだけれど、答えは郭くんしか知り得ない。
 だからこの問いも"次"にとっておこう、と。
 そっと胸中に収めて、耳飾りから手を離す。

「それじゃあ、私は紅茶がいいなー。お葉都ちゃんは?」

 と、渉さんが立ち上がった。

「では俺は、ケーキの準備をしてきますね。最後の仕上げを完成させてきます!」

「それでしたら、私も手伝いに……」

 上り口へと向かう渉さんを追うようにして、即座に立ち上がるお葉都ちゃん。
 気づいた渉さんは「いえ」と足を止めて、

「お葉都さんはこちらで待っていてください。お葉都さんのお祝いなんですから!」

「そーだよお。頑張り屋なお弟子ちゃんの晴れ舞台だもの! 今日は師匠のボクが頑張るから、お店のことはお休みして、ゆっくり楽しんで。彩愛ちゃんにお化粧のこととか聞きたいって言ってたでしょ?」

「カグラ様……それは……っ」

「そうなのお葉都ちゃん? いいわよ何でも聞いて! あ、私にも隠世のお化粧事情、教えてくれる?」

 お葉都ちゃんはぱあと顔に花を咲かせて、

「もちろんにございます……!」

「うんうん。ボクも後で混ざろーっと! それで、お葉都ちゃんはコーヒーがいい? 紅茶がいい?」

 尋ねるカグラちゃんに、「……ありがとうございます、カグラ様、渉様」とお葉都ちゃんは頭を下げてから、

「恐縮ながら、私もお紅茶をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はいはーい! ぱぱっと準備してくるから、またいっぱいお喋りしよーねえ」

 ぱちりとウインクを飛ばしたカグラちゃんと渉さんが、靴を履き、厨房に向かおうと背を向けた。
 瞬間。

「わっ!?」

 声を上げたのは渉さんで、それは彼の隣で突如、ぽんっと白煙が上がったから。
 見ればカグラちゃんに、髪と同じ銀色の狐耳と尻尾が出現している。

「――どうした、カグラ」

 尋ねる雅弥の声に、微かな緊張。
 それもそのはず。カグラちゃんは先ほどから異変を察知した獣のように、廊下の先をじっと見つめていて、微動だにしない。

「カグラ」

 焦れたようにして、雅弥が低い声で重ねる。
 カグラちゃんは相も変わらず廊下の先を睨んだまま、

「――残念だけど、お祝いはいったん小休止だね」

 ピンと立つ銀の耳が、音を拾ったようにふるりと揺れた。
 透き通る金の眼が、不満を乗せてこちらに向く。

「歓迎したくない来訪者だ」

 いつもにはない剣呑さに躊躇した、その時。

「――相変わらず冷たいな、藤狐。ここは茶店であろうに」

 ゆるりと紡がれる、どこかわざとらしい落胆。
 その男の声を"ヒトではない"と直感的に悟ったとほぼ同時に、上り口に姿が現れた。

 肩の位置で結われた、ホワイトブロンドの髪。
 纏っているのは白いシャツに、黒いベストとズボンとスーツの洋服。
 けれども肩にひっかけるようにして、黒地に赤い柄がはいった着物を羽織っている。

「あいにく、今日は臨時休業だよ」腰に手をあて嫌そうに言うカグラちゃんに、
「なんと、それは間が悪い」口先だけで残念ぶる男。と、

「何の用だ――壱袈いちか

 立ち上がった雅弥が、睨むようにして両目を細める。
 刹那、赤い瞳がこちらを向いた。
 お葉都ちゃんのそれとも違う、深くも透き通った、赤い目。

「おお、雅弥。久しいな」

「挨拶はいい、要件はなんだ」

「そうつれなくするな。俺とお前の仲であろう?」

(え、なになに。なんか親密というより、ただならぬ雰囲気なんだけども……!)

 意味ありげな余裕たっぷりの妖しい笑みと、刀なくとも斬り祓えそうな鋭い睨みが見つめ合う。
 雅弥は基本的に、好意を伝えるにも遠回しだし。
 なんなら雅弥にその気はなくとも、この壱袈と呼ばれた彼は、明らかに巨大な矢印を向けているし。

(これはまさか、もしかしてもしかしたりするんじゃ……!)

 二人の知らぬ過去をうっかり妄想しかけた刹那、

「い、壱袈様……っ!」

 どこか怯えるようしてお葉都ちゃんが膝を折り、姿勢を正すと深く頭を下げた。

「おや? そのほうは……」

 ついと座敷に上り、お葉都ちゃんへと歩を進めた彼が、その頭前で足を止める。
 距離を詰めるようにして膝を曲げると、にいと瞳を三日月に緩めた。

「……そうか、とうとう"顔"を得たか」

 のっぺらぼう、と発する声に、お葉都ちゃんがびくりと肩を震わせる。

「いかにも、のっぺらぼうがお葉都と申します。私を、ご存知で……?」

「隠世に馴染みある気配が頻繁に出入りしていたからな。当然、調べている。ああ、そう怯えずとも良い。そのほうに"法度破り"はないとしてある」

 そうだろう、雅弥?
 どこか含みをはらんで、流された視線。
 雅弥は剣呑に双眸を細め、

「そうだ。必要があればそちらに送るか、俺が斬っている。……要件はそれか。なら答えたのだから、帰れ」

「まったく、忙しい身ながら寸暇を惜しんで尋ねてきたというのに、茶のひとつも付き合ってくれんとは」

「忙しいのならば余計に帰れ。下のやつらが不憫だ」

「不憫か。くくっ……思ってもないことを」
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