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あやかしと"友達"
あやかしと"友達"③
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「……おいしそー。次に来た時、それオーダーするのもありかも」
「ふふ、渉に伝えておくよ。『忘れ傘』のメニューは気まぐれだからねえ。ちなみに秋になると、中身に栗の甘露煮が追加されたりするよ」
「栗まで!? あー、絶対美味しいやつ……! どうしよう、既に秋が待ち遠しいのだけど……うん、やっぱり今のうちにスタンダードな抹茶のロールケーキも楽しんでおくべきね」
「……秋まで通うつもりか」
「え? 秋どころか冬も越えて、来年の春からも楽しみにしているのだけど?」
途端、雅弥は呆れたように双眸を細め、
「アンタ……どれだけ通い詰める気なんだ」
「どれだけって……うーん、私が満足するまで?」
「そーゆーコトなら、彩愛ちゃんに飽きられないように、ボクももっと頑張ろーっと! まだまだ彩愛ちゃんとお話ししたいしね」
「え、私だってまだまだカグラちゃんたちとお話したいし、正直『忘れ傘』に飽きるなんて想像がつかないのだけど……!」
「ふふ、よかったあ。実はちょっと、心配してたんだよね」
「へ?」
カグラちゃんはその笑みに、申し訳なさそうな影を落として、
「結果としては無傷でも、ボクの要求した"対価"のせいで、怖い思いをしたでしょ? もう嫌だってこれっきりにされても、おかしくないからねえ」
「そんな……。私はカグラちゃんのせいだとも、ましてや嫌だなんて、まったく考えてないからね」
「うん。彩愛ちゃんは率直だから、見てればよくわかるよ。……そんな彩愛ちゃんだから、知ってほしいんだ」
カグラちゃんはそっと、パフェへと視線を落として、
「渉がこうやって、この地以外の食材を使ってくれるのはね。ボクがこの家の敷地から、そう簡単には出られないからなんだ」
「……え?」
「ボクはこの敷地に奉られた祠の神狐だからね。祠の元になったのが浅草神社にある被官稲荷神社だから、そこまでなら出れなくもないんだけれど、それでもちょっと大変なんだ。だからボクは、いつだってここにいる」
視線を上げたカグラちゃんが、なんてことないような顔でにこりと笑む。
「だから渉はボクが少しでも退屈しないようにって、いろんな場所の美味しい食材を探してきてくれてるんだよ」
優しい子だよねえ、と。
呟く声には親愛と、慈愛に似た感謝が滲んでいる。
その柔らかな表情に目を奪われていると、カグラちゃんはいつもの笑顔をぱっと咲かせ、
「ま、そんな風にきっかけは確かにボクだっただけど、今となっては半分は雅弥のためって感じかなあ。雅弥、仕事がないと、ほとんど外でないから」
もう、健康に悪いのに! と片頬を膨らませるカグラちゃんに、
「……必要ない」
ロールケーキを咀嚼しながら反論するも、どこか気まずそうに視線を逸らす雅弥。
その姿がどうにも母親に叱咤される子のようで、私は思わず「……ふっ」と噴き出した。
途端、雅弥が不満気に片目を眇める。
「なんだ。……いや、やっぱりいい。どうせ、ろくでもない事を考えているんだろう」
「ろくでもないとは失礼な。……いいなあ、って羨ましくて」
「羨ましい? ならアンタもちょろちょろせず、大人しく家にいたらどうだ」
「ち、が、うっ! 私は雅弥と違って、外の空気吸わないと息が詰まっちゃうタイプだし」
「……回遊魚のようだな」
「だれがマグロよ」
そうじゃなくて、と私は気を取り直して、
「三人とも、それぞれがお互いを信用してて、しかもちゃーんと尊重し合えている関係でしょ? それが羨ましいって言ったの」
心許せる間柄が持つ、独特の温かさ。
この『忘れ傘』に特別な居心地の良さを感じるのは、三人のそうした優しさが漂っているからなのかもしれない。
「あ、安心して。三人の絆に割り入ろうなんて図々しいことは考えてないから。あー、私もお葉都ちゃんと、三人みたいな関係になれるように頑張ろー!」
「えー、ボクは彩愛ちゃんももう、大好きで大切なひとりって思ってるんだけどなあ」
「カグラちゃん……っ! 私もカグラちゃんが大好きで大切よー! 本当、外で必要なものがあったら、何でも言ってね!」
「わーい、さっすが彩愛ちゃん! そーゆーかっこいいトコもボク大好きー!」
きゃっきゃと両手を合わせていると、「あのな……」とくたびれた声。雅弥だ。
納得いかなそうに眉根を寄せて、
「だから簡単に"神"と約束を交わすなと……。ともかく、アンタはアイツの"化け術"が完成したら、いいかげん面倒事に首を突っ込むのは終いに……」
「……え?」
刹那、それまで私たちのやり取りを眺めながらパフェを堪能していた郭くんが、アイスをすくう手を止めた。
驚愕に満ちた目で見上げてくる。
「その、お葉都ってひと、あやかしなの……?」
「そうよ。お葉都ちゃんはのっぺらぼうなの。とっても優しくて、努力屋な子でね。私にとって、初めてのあやかしのお友達」
郭くんはますます困惑を滲ませて、
「……ヒトとあやかしは、友達になれるの?」
「なれるもなにも、郭くんとお爺さんもそうだったんじゃないの?」
「……わからない」
振られた淡い灰色の髪が、さらさらと左右する。
「……話は、沢山した。お菓子も、お茶も……ご飯も一緒に、よく食べた」
けど、と。
郭くんは寂し気に瞳を伏せ、スプーンを持つ手を下げる。
「……友達だって、言ったことはない。僕も、あの人も。だって僕はあやかしで、あの人はヒトだから」
先程までの輝いた瞳はどこへやら。郭くんの周囲に、どんよりとした重い空気が漂う。
その落胆っぷりに慌てつつも、私ははたと気が付いた。
(言われてみたら、私もお葉都ちゃんに"友達"って言ってもらった覚えがない……!)
あんなに全身全霊で、好意を向けてくれているお葉都ちゃん。
それでもたったの一度も、私を"友達"とは――。
(まさか、私が知らないだけで、あやかしとヒトは友達になるのを禁止されてるとか……!?)
「ね、ねえ雅弥……っ! もしかして、あやかしとヒトは友達になったらいけないって掟とかあったりする?」
「……は?」
「ええと、ホラ! よく言ってる、"隠世法度"とかにそんな記載があったりとかしない?」
雅弥は心底億劫そうにフォークを置いて、
「……くだらない」
「ぜんっぜんくだらなくないっていうか、むしろ死活問題なんだけど! どうしよ、私の一歩的な思い込みだったってオチもかなり辛いけど、もしお葉都ちゃんに迷惑かけるような事態になっていたら……!」
「あははー、心配ないよお。お葉都ちゃんも彩愛ちゃんのこと、すっごく大好きだもん」
カグラちゃんはころころと笑って、
「あ、ボクはそろそろ渉の様子見てこなきゃ。好きなだけゆっくり休んでねー」
「まってカグラちゃんお願い! もう少し詳しく教えて……っ!」
「あとは雅弥にバトンタッチー!」
「ああーいかないでー!」
浮かべた涙の甲斐もなく、上り口でさっと靴を履いたカグラちゃんは、空を叩くように手を上げて、颯爽と行ってしまった。
うん、まあ、お仕事中なんだから、仕方ないのはわかってるんだけども。
(……こうなったら、なんとしても雅弥に口を割ってもらわなきゃ)
「ふふ、渉に伝えておくよ。『忘れ傘』のメニューは気まぐれだからねえ。ちなみに秋になると、中身に栗の甘露煮が追加されたりするよ」
「栗まで!? あー、絶対美味しいやつ……! どうしよう、既に秋が待ち遠しいのだけど……うん、やっぱり今のうちにスタンダードな抹茶のロールケーキも楽しんでおくべきね」
「……秋まで通うつもりか」
「え? 秋どころか冬も越えて、来年の春からも楽しみにしているのだけど?」
途端、雅弥は呆れたように双眸を細め、
「アンタ……どれだけ通い詰める気なんだ」
「どれだけって……うーん、私が満足するまで?」
「そーゆーコトなら、彩愛ちゃんに飽きられないように、ボクももっと頑張ろーっと! まだまだ彩愛ちゃんとお話ししたいしね」
「え、私だってまだまだカグラちゃんたちとお話したいし、正直『忘れ傘』に飽きるなんて想像がつかないのだけど……!」
「ふふ、よかったあ。実はちょっと、心配してたんだよね」
「へ?」
カグラちゃんはその笑みに、申し訳なさそうな影を落として、
「結果としては無傷でも、ボクの要求した"対価"のせいで、怖い思いをしたでしょ? もう嫌だってこれっきりにされても、おかしくないからねえ」
「そんな……。私はカグラちゃんのせいだとも、ましてや嫌だなんて、まったく考えてないからね」
「うん。彩愛ちゃんは率直だから、見てればよくわかるよ。……そんな彩愛ちゃんだから、知ってほしいんだ」
カグラちゃんはそっと、パフェへと視線を落として、
「渉がこうやって、この地以外の食材を使ってくれるのはね。ボクがこの家の敷地から、そう簡単には出られないからなんだ」
「……え?」
「ボクはこの敷地に奉られた祠の神狐だからね。祠の元になったのが浅草神社にある被官稲荷神社だから、そこまでなら出れなくもないんだけれど、それでもちょっと大変なんだ。だからボクは、いつだってここにいる」
視線を上げたカグラちゃんが、なんてことないような顔でにこりと笑む。
「だから渉はボクが少しでも退屈しないようにって、いろんな場所の美味しい食材を探してきてくれてるんだよ」
優しい子だよねえ、と。
呟く声には親愛と、慈愛に似た感謝が滲んでいる。
その柔らかな表情に目を奪われていると、カグラちゃんはいつもの笑顔をぱっと咲かせ、
「ま、そんな風にきっかけは確かにボクだっただけど、今となっては半分は雅弥のためって感じかなあ。雅弥、仕事がないと、ほとんど外でないから」
もう、健康に悪いのに! と片頬を膨らませるカグラちゃんに、
「……必要ない」
ロールケーキを咀嚼しながら反論するも、どこか気まずそうに視線を逸らす雅弥。
その姿がどうにも母親に叱咤される子のようで、私は思わず「……ふっ」と噴き出した。
途端、雅弥が不満気に片目を眇める。
「なんだ。……いや、やっぱりいい。どうせ、ろくでもない事を考えているんだろう」
「ろくでもないとは失礼な。……いいなあ、って羨ましくて」
「羨ましい? ならアンタもちょろちょろせず、大人しく家にいたらどうだ」
「ち、が、うっ! 私は雅弥と違って、外の空気吸わないと息が詰まっちゃうタイプだし」
「……回遊魚のようだな」
「だれがマグロよ」
そうじゃなくて、と私は気を取り直して、
「三人とも、それぞれがお互いを信用してて、しかもちゃーんと尊重し合えている関係でしょ? それが羨ましいって言ったの」
心許せる間柄が持つ、独特の温かさ。
この『忘れ傘』に特別な居心地の良さを感じるのは、三人のそうした優しさが漂っているからなのかもしれない。
「あ、安心して。三人の絆に割り入ろうなんて図々しいことは考えてないから。あー、私もお葉都ちゃんと、三人みたいな関係になれるように頑張ろー!」
「えー、ボクは彩愛ちゃんももう、大好きで大切なひとりって思ってるんだけどなあ」
「カグラちゃん……っ! 私もカグラちゃんが大好きで大切よー! 本当、外で必要なものがあったら、何でも言ってね!」
「わーい、さっすが彩愛ちゃん! そーゆーかっこいいトコもボク大好きー!」
きゃっきゃと両手を合わせていると、「あのな……」とくたびれた声。雅弥だ。
納得いかなそうに眉根を寄せて、
「だから簡単に"神"と約束を交わすなと……。ともかく、アンタはアイツの"化け術"が完成したら、いいかげん面倒事に首を突っ込むのは終いに……」
「……え?」
刹那、それまで私たちのやり取りを眺めながらパフェを堪能していた郭くんが、アイスをすくう手を止めた。
驚愕に満ちた目で見上げてくる。
「その、お葉都ってひと、あやかしなの……?」
「そうよ。お葉都ちゃんはのっぺらぼうなの。とっても優しくて、努力屋な子でね。私にとって、初めてのあやかしのお友達」
郭くんはますます困惑を滲ませて、
「……ヒトとあやかしは、友達になれるの?」
「なれるもなにも、郭くんとお爺さんもそうだったんじゃないの?」
「……わからない」
振られた淡い灰色の髪が、さらさらと左右する。
「……話は、沢山した。お菓子も、お茶も……ご飯も一緒に、よく食べた」
けど、と。
郭くんは寂し気に瞳を伏せ、スプーンを持つ手を下げる。
「……友達だって、言ったことはない。僕も、あの人も。だって僕はあやかしで、あの人はヒトだから」
先程までの輝いた瞳はどこへやら。郭くんの周囲に、どんよりとした重い空気が漂う。
その落胆っぷりに慌てつつも、私ははたと気が付いた。
(言われてみたら、私もお葉都ちゃんに"友達"って言ってもらった覚えがない……!)
あんなに全身全霊で、好意を向けてくれているお葉都ちゃん。
それでもたったの一度も、私を"友達"とは――。
(まさか、私が知らないだけで、あやかしとヒトは友達になるのを禁止されてるとか……!?)
「ね、ねえ雅弥……っ! もしかして、あやかしとヒトは友達になったらいけないって掟とかあったりする?」
「……は?」
「ええと、ホラ! よく言ってる、"隠世法度"とかにそんな記載があったりとかしない?」
雅弥は心底億劫そうにフォークを置いて、
「……くだらない」
「ぜんっぜんくだらなくないっていうか、むしろ死活問題なんだけど! どうしよ、私の一歩的な思い込みだったってオチもかなり辛いけど、もしお葉都ちゃんに迷惑かけるような事態になっていたら……!」
「あははー、心配ないよお。お葉都ちゃんも彩愛ちゃんのこと、すっごく大好きだもん」
カグラちゃんはころころと笑って、
「あ、ボクはそろそろ渉の様子見てこなきゃ。好きなだけゆっくり休んでねー」
「まってカグラちゃんお願い! もう少し詳しく教えて……っ!」
「あとは雅弥にバトンタッチー!」
「ああーいかないでー!」
浮かべた涙の甲斐もなく、上り口でさっと靴を履いたカグラちゃんは、空を叩くように手を上げて、颯爽と行ってしまった。
うん、まあ、お仕事中なんだから、仕方ないのはわかってるんだけども。
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