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襲撃と"念"祓い
襲撃と"念"祓い②
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雅弥は注意深く高倉さんの動向を伺いつつも、
「……何にせよ、アンタは素直に頷かないだろうとは思っていた」
「へ?」
「選択肢は、二つだ」
雅弥は構えた刀を高倉さんに向けたまま、
「一つは、本体の行く末は運に任せ、このまま"念"を斬り祓う。もう一つは、"念"を本体から引き剥がし、"念"だけを斬る」
「本体から引き剥がす……? え、それでしょそれ! そんなことが出来るなら、そっちの方法一択よ!」
「なら、アンタが考えろ」
「はい?」
ほんの瞬間だけ寄こされた、試すような双眸。
「"念"を本体から引き剥がすには、本体の感情を強く揺さぶる必要がある。瞬間的に"正気に戻す"といえば、伝わりやすいだろう。一番早いのは執着するモノを見せることだが、俺にはアイツの執着するモノなど検討もつかない」
「執着……」
「……いつもならば、このまま"念"を斬っているんだ。それを阻むというのなら、アンタ自身で、道を作れ」
私が、道を作る。
つまりそれが出来なければ、黙っていろと言いたいのだろう。
(……私が"正解"を引き当てなければ、雅弥はこのまま斬るつもりだ)
言われてみれば、そうだ。
雅弥は"祓い屋"なのだから、"念"とかいうアレが斬れればそれでいいのだろう。
雅弥には高倉さん自身を守るだけの、義理も情もない。
(……急がなきゃ)
雅弥だって、怪我をしたくはないはず。
なのにすっかり人間離れしてしまった高倉さんから私と自分の身を守りつつ、確実に"念"とやらを斬らないといけない。
――もたもたしてられない。おそらくチャンスは、一度だけ。
こちらの会話が聞こえていたのか否か、高倉さんが再びハサミを振り上げ、向かってきた。
それに対峙する雅弥を眼前にしつつ、私は集中して、必死に思考を巡らせる。
(高倉さんの、執着するモノ)
私……は、もうここにいるし、孝彰さんを呼びだして到着を待つだけの余裕もない。
今ここにあるモノで、高倉さんが"正気を取り戻す"ような何か。
目につくいたのは私の鞄。ここ数日間の高倉さんの様子を思い起こしながら、その中身の記憶と照らし合わせていく。
「――そういえば」
力と力でぶつかり合う雅弥と高倉さんは、互いにだけに意識を集中させている。
いまなら。隙をうかがって転がったままの通勤鞄に駆け寄った私は、アスファルトに膝をつき急いでスマホを取り出した。
孝彰さんは、社長だと言っていた。
名前で検索をかければ、写真の一枚でも出てくるんじゃ……!
「早く――あ!」
不意に、両手で操作していたスマホが滑り落ちた。
心臓が跳ねる。が、幸いにも、スマホは開いていた鞄の中へ着地した。
暗い布地を、液晶の光が照らしている。
「っ、せーふ」
割れてなくてよかった。
バクバクと胸を叩く心臓を宥める暇も惜しくて、私は即座に鞄に手を差しこみ――止まった。
鈴の紐が、折り畳んだ手鏡に引っかかっている。
その瞬間。脳裏のどこかで、リン、と軽やかな音が聞こえたような気がした。
(――鏡)
見る度に悲しい現実を突きつけられ、苦悩していたと語ってくれた、お葉都ちゃんを思い出す。
(これだ……っ!)
調和の取れていない、ちぐはぐな服装。癖がついたままの髪。ズレの多いメイク。
どれも高倉さんの望む"美しさ"とはどう見ても真逆なのに、彼女は『自分は美しい』と繰り返していた。
まるで、その姿を"見ていない"かのように。
「――雅弥っ!」
叫んだ私に、雅弥が視線だけを寄こす。
高倉さんの腕を鞘で防ぎながら「……やっとか」と呟いた。
押し負けた草履がアスファルトをざりりと滑ったのは、雅弥の意識が私に向いたから。
これ以上、我儘は言えない。
私は一縷の望みにかけて手鏡を掴み、二人めがけて駆け出した。
途端、雅弥は鋭利な目じりを見開き、
「! 馬鹿が来るなっ! 俺に投げ寄こせ――」
「高倉さん!」
静止の声を遮って、距離を詰めた私は高倉さんに向かって手鏡を開いた。
彼女の"顔"が、鏡に映る。
「よく見て! これが今のあなたの"顔"よ!」
刹那、雅弥が大きくよろめいた。その腕を押していた高倉さんの腕が、だらりと下がったからだ。
彼女の暗く沈んだ双眸は、鏡の中の自分だけをじっと映している。
私はすかさず、
「これが、あなたを取り込ませてまで欲しかった"美しさ"なの!? 冗談じゃない! これなら私を腹黒だなんだって好き勝手罵ってきた時のほうが、人間らしくて美しい"顔"だったわよ!」
「――かお。わたしの、かお」
平坦な音で呟いた高倉さんが、垂れ下がっていた両腕をゆらりと上げた。
「っ、下がれ!」
パシリと手を叩かれ、鏡が地に落ちる。あ、と思ったと同時に強い腕が私の肩に回され、力いっぱい引かれた。
背に当たった感触と、体温。少し高い位置からは乱れた呼吸が落ちてきて、確認せずとも、雅弥に後ろから抱き留められているのだとわかった。
だからこそ、視線は高倉さんを捉えたまま、雅弥に合わせて数歩を下がる。
彼女はあれほど執着していた私になど目もくれず、落ちた鏡を追うようにして、へたり込んだ。
その"顔"は、魂が抜けたよう。
彼女はゆっくりと、ひびの入った鏡を覗き込んだ。
感情の見えない"顔"が、水を垂らされた紙筒のように、じわじわと歪んでいく。
「あ……ああ……っ、うそ、嘘嘘嘘うそよおおおっ!!」
地中に穴を掘る獣のごとく、高倉さんは狂ったように何度も鏡に爪を立てる。
「ウソよだってこんな"かお"ッ! こんなかお私のじゃないこんな醜いかおじゃ愛されないいいいい!!!」
両手で隠すようにして、彼女が"顔"を覆った。
その時だった。
「! "念"が……っ!」
高倉さんを覆っていた黒い"念"が、弾かれるようにして宙に浮いた。
繋がる糸が切れたように、高倉さんが地に倒れこむ。
私が高倉さん! と叫ぶよりも早く、
「――本当に引き剥がすとはな」
「!」
背にあった身体が、するりと横を抜け闇夜に駆けていく。
出来事は、ほんの一瞬。
「…………"散れ"」
端的な命令に、風を裂く音が重なる。
薄明りを紫に反射した刀身が、刹那の曲線を描いた。
その鮮やかな軌跡に目を奪われている間に、宙を漂っていた"念"が四散し、消滅する。
「……祓え、たの?」
あまりに瞬時的な出来事に、頭の整理が追い付かないまま尋ねる。
と、雅弥は刀身を鞘に納め、
「ああ、終いだ」
「……そ、ですか」
「……正確には、宿主の処理が残っているがな」
元の小ささに戻った刀を帯に押し込み、雅弥が地面に突っ伏する高倉さんへと近づく。
そうだ。高倉さん! 私も慌てて駆け寄る。
急いでしゃがみ込み、横を向く顔を覗き込んだ。
意識はないものの呼吸は穏やかで、心なしか先程よりも"人らしい"顔をしている。
「……何にせよ、アンタは素直に頷かないだろうとは思っていた」
「へ?」
「選択肢は、二つだ」
雅弥は構えた刀を高倉さんに向けたまま、
「一つは、本体の行く末は運に任せ、このまま"念"を斬り祓う。もう一つは、"念"を本体から引き剥がし、"念"だけを斬る」
「本体から引き剥がす……? え、それでしょそれ! そんなことが出来るなら、そっちの方法一択よ!」
「なら、アンタが考えろ」
「はい?」
ほんの瞬間だけ寄こされた、試すような双眸。
「"念"を本体から引き剥がすには、本体の感情を強く揺さぶる必要がある。瞬間的に"正気に戻す"といえば、伝わりやすいだろう。一番早いのは執着するモノを見せることだが、俺にはアイツの執着するモノなど検討もつかない」
「執着……」
「……いつもならば、このまま"念"を斬っているんだ。それを阻むというのなら、アンタ自身で、道を作れ」
私が、道を作る。
つまりそれが出来なければ、黙っていろと言いたいのだろう。
(……私が"正解"を引き当てなければ、雅弥はこのまま斬るつもりだ)
言われてみれば、そうだ。
雅弥は"祓い屋"なのだから、"念"とかいうアレが斬れればそれでいいのだろう。
雅弥には高倉さん自身を守るだけの、義理も情もない。
(……急がなきゃ)
雅弥だって、怪我をしたくはないはず。
なのにすっかり人間離れしてしまった高倉さんから私と自分の身を守りつつ、確実に"念"とやらを斬らないといけない。
――もたもたしてられない。おそらくチャンスは、一度だけ。
こちらの会話が聞こえていたのか否か、高倉さんが再びハサミを振り上げ、向かってきた。
それに対峙する雅弥を眼前にしつつ、私は集中して、必死に思考を巡らせる。
(高倉さんの、執着するモノ)
私……は、もうここにいるし、孝彰さんを呼びだして到着を待つだけの余裕もない。
今ここにあるモノで、高倉さんが"正気を取り戻す"ような何か。
目につくいたのは私の鞄。ここ数日間の高倉さんの様子を思い起こしながら、その中身の記憶と照らし合わせていく。
「――そういえば」
力と力でぶつかり合う雅弥と高倉さんは、互いにだけに意識を集中させている。
いまなら。隙をうかがって転がったままの通勤鞄に駆け寄った私は、アスファルトに膝をつき急いでスマホを取り出した。
孝彰さんは、社長だと言っていた。
名前で検索をかければ、写真の一枚でも出てくるんじゃ……!
「早く――あ!」
不意に、両手で操作していたスマホが滑り落ちた。
心臓が跳ねる。が、幸いにも、スマホは開いていた鞄の中へ着地した。
暗い布地を、液晶の光が照らしている。
「っ、せーふ」
割れてなくてよかった。
バクバクと胸を叩く心臓を宥める暇も惜しくて、私は即座に鞄に手を差しこみ――止まった。
鈴の紐が、折り畳んだ手鏡に引っかかっている。
その瞬間。脳裏のどこかで、リン、と軽やかな音が聞こえたような気がした。
(――鏡)
見る度に悲しい現実を突きつけられ、苦悩していたと語ってくれた、お葉都ちゃんを思い出す。
(これだ……っ!)
調和の取れていない、ちぐはぐな服装。癖がついたままの髪。ズレの多いメイク。
どれも高倉さんの望む"美しさ"とはどう見ても真逆なのに、彼女は『自分は美しい』と繰り返していた。
まるで、その姿を"見ていない"かのように。
「――雅弥っ!」
叫んだ私に、雅弥が視線だけを寄こす。
高倉さんの腕を鞘で防ぎながら「……やっとか」と呟いた。
押し負けた草履がアスファルトをざりりと滑ったのは、雅弥の意識が私に向いたから。
これ以上、我儘は言えない。
私は一縷の望みにかけて手鏡を掴み、二人めがけて駆け出した。
途端、雅弥は鋭利な目じりを見開き、
「! 馬鹿が来るなっ! 俺に投げ寄こせ――」
「高倉さん!」
静止の声を遮って、距離を詰めた私は高倉さんに向かって手鏡を開いた。
彼女の"顔"が、鏡に映る。
「よく見て! これが今のあなたの"顔"よ!」
刹那、雅弥が大きくよろめいた。その腕を押していた高倉さんの腕が、だらりと下がったからだ。
彼女の暗く沈んだ双眸は、鏡の中の自分だけをじっと映している。
私はすかさず、
「これが、あなたを取り込ませてまで欲しかった"美しさ"なの!? 冗談じゃない! これなら私を腹黒だなんだって好き勝手罵ってきた時のほうが、人間らしくて美しい"顔"だったわよ!」
「――かお。わたしの、かお」
平坦な音で呟いた高倉さんが、垂れ下がっていた両腕をゆらりと上げた。
「っ、下がれ!」
パシリと手を叩かれ、鏡が地に落ちる。あ、と思ったと同時に強い腕が私の肩に回され、力いっぱい引かれた。
背に当たった感触と、体温。少し高い位置からは乱れた呼吸が落ちてきて、確認せずとも、雅弥に後ろから抱き留められているのだとわかった。
だからこそ、視線は高倉さんを捉えたまま、雅弥に合わせて数歩を下がる。
彼女はあれほど執着していた私になど目もくれず、落ちた鏡を追うようにして、へたり込んだ。
その"顔"は、魂が抜けたよう。
彼女はゆっくりと、ひびの入った鏡を覗き込んだ。
感情の見えない"顔"が、水を垂らされた紙筒のように、じわじわと歪んでいく。
「あ……ああ……っ、うそ、嘘嘘嘘うそよおおおっ!!」
地中に穴を掘る獣のごとく、高倉さんは狂ったように何度も鏡に爪を立てる。
「ウソよだってこんな"かお"ッ! こんなかお私のじゃないこんな醜いかおじゃ愛されないいいいい!!!」
両手で隠すようにして、彼女が"顔"を覆った。
その時だった。
「! "念"が……っ!」
高倉さんを覆っていた黒い"念"が、弾かれるようにして宙に浮いた。
繋がる糸が切れたように、高倉さんが地に倒れこむ。
私が高倉さん! と叫ぶよりも早く、
「――本当に引き剥がすとはな」
「!」
背にあった身体が、するりと横を抜け闇夜に駆けていく。
出来事は、ほんの一瞬。
「…………"散れ"」
端的な命令に、風を裂く音が重なる。
薄明りを紫に反射した刀身が、刹那の曲線を描いた。
その鮮やかな軌跡に目を奪われている間に、宙を漂っていた"念"が四散し、消滅する。
「……祓え、たの?」
あまりに瞬時的な出来事に、頭の整理が追い付かないまま尋ねる。
と、雅弥は刀身を鞘に納め、
「ああ、終いだ」
「……そ、ですか」
「……正確には、宿主の処理が残っているがな」
元の小ささに戻った刀を帯に押し込み、雅弥が地面に突っ伏する高倉さんへと近づく。
そうだ。高倉さん! 私も慌てて駆け寄る。
急いでしゃがみ込み、横を向く顔を覗き込んだ。
意識はないものの呼吸は穏やかで、心なしか先程よりも"人らしい"顔をしている。
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