私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

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前世の記憶

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 それぞれの席に戻った私達は、すっかり冷めてしまった紅茶を淹れなおして、緩やかなお茶の時間を再開した。
 開けるだけ開けて放置されていたクルミっ子を、はくりと一口食む。
 しっかりとしたキャラメルバターの食感に、クルミのザクザクとした軽い爽やかさが合わさる。

 濃厚な甘さ。だけれども、上品なほろ苦さとたっぷりのクルミのおかげか、まったくくどく感じない。
 なんなら、甘さが控えめのようにさえ思えてしまう。

「こんな美味しいお菓子があるんですね。とろっとした甘さの中に香ばしさもあって、ザクザク感が楽しいです。紅茶ともよく合いますね」

「だろ? 俺はこのとろっとした甘さが気に入りなんだがな。冷やして食べると、また甘さがすっきりして違う食感が味わえるぞ。残りは冷やしてみるか?」

「ぜひ、やってみてもいいですか? 冷やしたバージョンも気になります」

「よし、んじゃこっちは冷蔵庫で留守番組だな」

 箱のリスを指先でコツリとつつくマオ。
 私は少しだけ迷ってから、今しかないだろうと口を開く。

「"ねね"さんのことって、聞いてもいいですか」

 踏み込まれたくはないだろうか。そんな不安に、チラリとマオを見遣る。
 マオは「ああ、いいぞ」とけろりと笑った。
 茉優が知りたいのなら、と記憶を探るようにして宙を見る。

「といっても、俺も全てを覚えているわけではないんだ。断片的なものだし、細部はぼやけちまっていてな」

 マオはゆっくりと語り出す。
 前世の彼は、流浪の三味線弾きだったのだという。
 顔は当然、今とは異なるけれど、同じように真っ白な髪と人間には珍しい薄紅色の目をしていたせいか、赤子のうちに捨てられて。
 それを、とある琵琶法師が拾って育ててくれたらしい。

「ちょうどその頃、琵琶法師たちがこぞって三味線に移行していた時でな。小間使いをしながら生きていく術として三味線を仕込まれた。そのまま師匠らと暮らす道もあったが、もう少し色々と見てみたくなってな。師匠から三味線を一本貰って、気の向くままに全国を回った」

 そうして辿り着いたある村で出会ったのが、"ねね"だったのだという。
 ほとんど一目惚れだな、と。マオは遠い記憶の彼女を慈しむように言う。

「黒く長い髪をした、可愛らしい娘でな。黙っていれば儚げな花のようなのに、まあ好奇心の強いお転婆だった。どこでも気味が悪いと言われる俺の容姿にも、興味津々どころの話じゃない。粋な色だと、この世で一等美しいと心から笑んでくれた彼女に、前世の俺は運命を決めたんだ」

 マオという名も、"ねね"からもらったものなんだ。
 マオは窓の外を静かに眺める。

「あの時の俺には名前などなかった。師匠を含め、俺を育ててくれた人たちは、"坊"と呼ぶだけだったからな。それを知ったねねが、名前がなけりゃ呼べもしない。こんなでっかい"坊"がいてたまるかといって、な」

「……ねねさんはどうして、"マオ"と?」

 マオの手が、ぴくりと動いた。
 遠くに投げられていた目が、私を向く。

「俺の髪の白が、ハマユウの花に似ているからと。ハマユウにはハマオモトという別名があるんだ。それで、マオがいいと」

「ハマユウの花……って」

「茉優も知っているはずだ。俺と出会った夢の中で、ヒガンバナに似た白い花が咲いていただろう? あの花がハマユウだ。前世の俺達が暮らした村に咲いていた」

 言葉に、もはや懐かしくもさえ感じるあの夢を鮮明に思い出す。
 でも、だからこそ、混乱してしまう。

「マオさん、あの……ハマユウって、たしか玄影さんが……」

『茉優さんはやはり、ハマユウの似合う人ですね』

 去り際に残された言葉。やはり、ということは、前々からそう考えていたということだ。
 前。……まさか。
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