私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

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新たな依頼人とプロのペット

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 次の仕事も案外早く入りそうだ。
 そう言っていた狸絆さんの言葉通り、あれから一週間と経たずに次の仕事を告げられた。

 今回の依頼者は渋谷に住む、二十二歳の寺崎里香てらさきりかさん。
 渋谷のスペイン坂のカフェで働いているのだという。

 指定された午前九時に、私とマオは依頼者の住む木造アパートに赴いた。
 二階の一番奥が、里香さんの部屋。時間になったのを腕時計で確認して、部屋の呼び鈴を押した。
 ほどなくして、扉が開く。

「……アンタ達が、"そう"?」

 気だるげな雰囲気を纏った、すらっと背の高い女性。
 肘と太ももまでが隠れる黒いカットソーを着ていて、ウルフカットの黒髪からは、アクアブルーのインナーカラーが覗いている。

(カッコいい人)

 この人が里香さんかなと思いながら、マオと共に名を告げる。
 本日はお願いします、と頭を下げると、「入って」と興味なさそうに告げて、部屋に戻ってしまった。

「お、お邪魔します!」

 急いで上がらせてもらうと、すぐにキッチンがあった。その後ろの扉は水場だろう。部屋の扉は開いていて、里香さんの姿が。
 依頼は直接指示を受けてほしいと言われている。
 ちなみに、里香さんがなんのあやかしの血を引いているのかも、教えられていない。

 と、里香さんががばりとカットソーを脱ぎ始めた。着替えだろうか。
 私は慌てて後ろを向き、ついでにマオも背を向けているのを確認して、

「あの、今日は何をお手伝いしましょう?」

「あー……んじゃ、適当に掃除しておいて。あと、飼ってるやつのご飯も。そんで、アタシが帰ってくるまで、絶対に部屋にいて」

「かしこまりました」

(ペットがいるのかな)

 部屋の中はちらりとしか見えなかったので、ペットらしき存在まではわからなかった。
 今のところ、鳴き声も足音もしない。ということは水中系か……爬虫類?

「じゃ、あとよろしく」

 え、と声を上げたと同時に、「邪魔」と肩を押され隣を里香さんが通っていく。
 マオも同じように押しのけられていて、あっという間に家を出ていってしまった背中。

「なんだあの態度!?」

 押しのけられた際、シンクに腰をぶつけたらしいマオが「いてて」とさすりながら呻く。
 私は「大丈夫ですか、マオさん」と無事を確認してから、

「すみません。お帰りの時間、聞くの忘れてしまいました」

「いやあれは誰がどーみても茉優のせいじゃないからな」

 まだ怒りが収まらないのか、マオが早口で気遣ってくれた、その時。

「僕が教えましょうか?」

 部屋から届いた男性の声に、思わずマオと顔を見合わせる。
 まだ人がいたらしい。

(でも、あれ? たしか事前の資料だと、里香さんは一人暮らしだったような……)

 となると、里香さんの恋人かもしれない。先ほど彼の前で着替えていたわけだし。
 私は「すみません、失礼します」と、半開きだった扉を開けて入室する。

「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。私共は里香さんのご依頼で参りました、つづみ商店の家政婦派遣サービスの者でし……て」

 名刺を差し出す手が、うっかり止まる。
 壁に寄せられたシングルベッドの上に、腰かける男性。
 前髪にかかる黒い髪に黒い瞳と、色に奇抜さはないのに、思わず目が吸い寄せられるような色気のある人だ。

 白いシャツにラフな黒いパンツ。
 にこにこと人の良い微笑みが彼の雰囲気をさらに柔らかなものしているけれど、私が思わず動揺してしまったのは、そんな彼の美貌に当てられたからではない。

 シャツの襟もとから覗く、しなやかな首。
 そこに付けられているのは、真っ黒な首輪。

(あ、なるほどそういうファッションか)

 あまり触れたことのない文化だったために、少し驚いてしまった。
 納得の心地で名刺を手渡すと、彼は「ご丁寧にありがとうございます」と笑んで、

「主人からお話は伺っておりますので、好きにしてください。わからないことがありましたら、僕に」

 主人、という言い回しにひっかかりを覚えたのを気付かれたのか。
 彼は「申し遅れました」と自身の首輪をついと指先で軽くひっぱり、

「僕は冴羽玄影さえばはるかげと申します。プロのペットをしていまして、今のご主人様が里香さんになります」

(ペット? ご主人様?)

 もしかして、さっき里香さんの言っていた"飼ってるやつ"って、まさか……!

「……きょ」

 背後から妙な声がして、「マオさん?」と視線を遣る。刹那、

「教育上よろしくない!!!!」

「マオさん!?」

 がばりと後ろから目隠しをされ戸惑っていると、

「あんっのタヌキ親父! ぜってえ知っていたくせに茉優を寄こすなんて何考えてるんだ! 茉優、電車賃は出すから今すぐ家に戻っていい。あとは俺がひとりでやっておく」

「ちょっ、マオさん落ち着いてください」

「おや、喧嘩ですか?」

「アンタはちょっと黙っててくれ……!」

「マオさん、駄目ですよ声を荒げたら。ご依頼主様の大切な方なんですから。それに」

 私はよいしょとマオの手を引き剥がして、

「私はとっくに立派な大人です。ご心配には及びません」

「なあ……っ!?」

 真っ青な顔で、マオがピキリと固まる。

(え? 私って年齢言ってなかったっけ?)

 いやでも、言っていなかったとしても、どう見ても未成年には見えないだろうし。
 誰が見たって"立派な大人"だと思うのだけれど。

「茉優……本当、なのか。その……とっくに、立派な大人っていうのは」

 あわあわと訊ねてくるマオが、いったい何にそんなに衝撃を受けているのかわからない。
 ひとまず私が大人なのは事実なので「はい」と頷くと、マオは崩れ落ちる用にしてフローリングに両手をつき、

「だが……っ、たとえ茉優がすでに"大人"だったとしても、俺の愛が揺らぐことはない……!」

(……マオさんってもしかして、未成年が好きなタイプだったのかな)

 え、だとしたら必死に探していた"ねね"も、もしかして。
 確かに昔なら、今でいう成人よりも早い年齢で嫁ぐこともあったはずだし……。

「……マオさん。マオさんの性的嗜好に口を出すつもりはありませんが、犯罪にはならないよう注意されたほうがいいかと」

「ん? 待ってくれ、突然なんの話だ?」

「それと、すみません。未成年のうちにお会いできなくて」

「だから茉優、なんの話だ!?」

「ふぐっ」

 妙な音にマオと揃ってベッド上の彼を見遣る。
 と、こらえきれないといった風にお腹と口元に手をなりながらくっくっと笑い、

「大変失礼いたしました。あまりにお二人のやり取りが、可愛らしいもので」

「な!? おま、かんっぜんに馬鹿にしてんだろ……!」

「マオさん、お前ではなく冴羽さんです」

「玄影でいいですよ。冴羽の姓はあまり好きではないので」

 玄影さんは「ああ、面白い」と小さく呟いて、にこりと人の良い笑みを浮かべた。

「今日は退屈しなくて済みそうです。よろしくお願いしますね」
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