30 / 51
結婚とあやかしの血
しおりを挟む
「マオさん! 昨夜は多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
狸絆さんのいない朝食の席。浴衣を借りて早めにお座敷で待機していた私は、同じく浴衣姿のマオが現れたと同時に勢いよく土下座した。
畳に打ち付けた頭上から、「どっ、どうしたんだ茉優!? なんの話だ!?」と焦った声がする。
昨夜、「それじゃ、俺達はこれからデートだからお暇するな」とマオの機転で沙雪さんたちと別れたあと、方便ではなく本気だったマオに、品川駅近くの商業施設で夕食をご馳走になってしまった。
そればかりか、あろうことか帰りの車内で爆睡してしまい……。
気が付いた時には自室用にと借りている部屋のベッドの上だった。
「眠ってしまった上に、車から運んでいただいて……。本当、いったいどうお詫びをしたらいいか……っ!」
ちなみに詳細を教えてくれたタキさんは、寝ている私の化粧を落としてくれたうえに、夜中に目覚めた時にと水やら寝巻やらを部屋に用意してくれていた。
当然、タキさんにも土下座済みなのだけれど、「茉優様、今後タキめへの土下座をいっさい禁じさせていただきます」と言われてしまった。
(でも、マオさんへは駄目だって言われていないし)
「謝ってすむ問題ではないのはよく理解しています! お詫びは何でお返ししたら良いでしょうか。お金でしょうか、労働でしょうか」
「ま、まってくれ茉優! そもそも俺は迷惑だなんて思っていないし、むしろとてつもなく嬉しかったんだが!?」
「へ……?」
「だって考えてもみてくれ、俺は茉優が好きだ。そんな好いている相手が、自分の運転する隣で寝てくれたんだぞ? 寝てしまうくらいに心を開いてくれたってことだし、貴重な寝顔は堪能できるし、今回に至っては"やむなし"という大義名分のもとこの腕で抱き上げることまでさせてもらえたんだ……! これのどこが迷惑だ! むしろご褒美でしかないだろう!?」
「えー……っと」
演説さながらの力説っぷりに、圧倒されてしまう。
マオははっとしたようにして、コホンとひとつ咳ばらいをすると、
「それに、寝てもいいと言ったのは俺だしな。だから茉優は謝らないでくれ。どうしても気になるというのなら、"ありがとう"とだけ言ってくれればいい」
照れたようにして頬をかくマオに、心臓がきゅんと鳴る。
(きゅん!? あ、あーなるほど、これが噂の"萌え"ってやつ……!)
アイドルを熱心に応援していた後輩ちゃんが語っていた症状を思い起こしながら、初めての体験に嬉しいような恥ずかしいような感覚を堪能していると、
「茉優? ええと……引いたか?」
「いえ! とんでもないです! では、改めさせていただきまして……ありがとうございました、マオさん」
「ん、どういたしまして」
くすぐったそうに笑むマオがなんだか直視できなくて、私は視線を斜め下に落としながら、「すみません、朝食前に」と席に着くよう促した。
私達が着席したのを見計らったようにして、世話係として働く女性が朝食を運んで来てくれる。
温かな真っ白のご飯に、少量のネギを散らした豆腐とわかめの味噌汁。
焼鮭の切り身の横には黄色の鮮やかな出し巻き卵が並び、さらにはふんわりとした大根おろしが添えられている。
ほうれん草のお浸しの上には、たっぷりの鰹節が。
(なんて理想的な和朝食……!)
感謝に手を合わせてありがたくいただきながらも、今日中には離れの掃除も終えなきゃと使命感にかられる。
早いとこ、"お客様"から脱さなければ。
「やっぱり茉優に頼んで正解だったな」
唐突な賞賛に、発したマオを見遣る。
彼は柔らかな卵焼きを箸で半分に切りながら、
「俺達じゃ、茉優のようには解決してやれない」
(沙雪さんたちのことだ)
そんなこと、と言いかけて、飲み込んだ。
沙雪さんは"人間"である私に話せたことが、勇気に繋がったのだと言ってくれた。
それは、あやかしであるマオたちには、どんなに望もうと出来ないこと。
「……少しでも役に立てたのなら、良かったです。けど、私ひとりでは解決出来ませんでした。マオさんが、いてくれたから」
「茉優にそう言ってもらえるのは、嬉しいな。あやかしであってよかったと思ってしまうくらいに」
マオは味噌汁を嚥下して、ことりと置く。
「茉優は、夫婦になるのなら人間がいいか?」
「え……?」
問われた内容に、思わず掴んでいた鮭がほろりと皿に落ちる。
マオは「ああ、いや」と頬を掻いて、
「茉優の答えがどうであれ、俺の愛に変わりはないんだがな。だが……言ったろう。茉優には幸せになってほしいんだ。沙雪はあやかしの血が混ざっていた上に、自身とは異なる"人間"を愛してしまったがゆえに苦しんだ。血が異なるとはそういうことだ。子供だって……望むのなら、生まれた子にあやかしの血が混ざるのは避けられない。今回の件で、思うところがあったんじゃないかとな」
「……」
(マオは、本当に私との結婚を考えているんだ)
狸絆さんのいない朝食の席。浴衣を借りて早めにお座敷で待機していた私は、同じく浴衣姿のマオが現れたと同時に勢いよく土下座した。
畳に打ち付けた頭上から、「どっ、どうしたんだ茉優!? なんの話だ!?」と焦った声がする。
昨夜、「それじゃ、俺達はこれからデートだからお暇するな」とマオの機転で沙雪さんたちと別れたあと、方便ではなく本気だったマオに、品川駅近くの商業施設で夕食をご馳走になってしまった。
そればかりか、あろうことか帰りの車内で爆睡してしまい……。
気が付いた時には自室用にと借りている部屋のベッドの上だった。
「眠ってしまった上に、車から運んでいただいて……。本当、いったいどうお詫びをしたらいいか……っ!」
ちなみに詳細を教えてくれたタキさんは、寝ている私の化粧を落としてくれたうえに、夜中に目覚めた時にと水やら寝巻やらを部屋に用意してくれていた。
当然、タキさんにも土下座済みなのだけれど、「茉優様、今後タキめへの土下座をいっさい禁じさせていただきます」と言われてしまった。
(でも、マオさんへは駄目だって言われていないし)
「謝ってすむ問題ではないのはよく理解しています! お詫びは何でお返ししたら良いでしょうか。お金でしょうか、労働でしょうか」
「ま、まってくれ茉優! そもそも俺は迷惑だなんて思っていないし、むしろとてつもなく嬉しかったんだが!?」
「へ……?」
「だって考えてもみてくれ、俺は茉優が好きだ。そんな好いている相手が、自分の運転する隣で寝てくれたんだぞ? 寝てしまうくらいに心を開いてくれたってことだし、貴重な寝顔は堪能できるし、今回に至っては"やむなし"という大義名分のもとこの腕で抱き上げることまでさせてもらえたんだ……! これのどこが迷惑だ! むしろご褒美でしかないだろう!?」
「えー……っと」
演説さながらの力説っぷりに、圧倒されてしまう。
マオははっとしたようにして、コホンとひとつ咳ばらいをすると、
「それに、寝てもいいと言ったのは俺だしな。だから茉優は謝らないでくれ。どうしても気になるというのなら、"ありがとう"とだけ言ってくれればいい」
照れたようにして頬をかくマオに、心臓がきゅんと鳴る。
(きゅん!? あ、あーなるほど、これが噂の"萌え"ってやつ……!)
アイドルを熱心に応援していた後輩ちゃんが語っていた症状を思い起こしながら、初めての体験に嬉しいような恥ずかしいような感覚を堪能していると、
「茉優? ええと……引いたか?」
「いえ! とんでもないです! では、改めさせていただきまして……ありがとうございました、マオさん」
「ん、どういたしまして」
くすぐったそうに笑むマオがなんだか直視できなくて、私は視線を斜め下に落としながら、「すみません、朝食前に」と席に着くよう促した。
私達が着席したのを見計らったようにして、世話係として働く女性が朝食を運んで来てくれる。
温かな真っ白のご飯に、少量のネギを散らした豆腐とわかめの味噌汁。
焼鮭の切り身の横には黄色の鮮やかな出し巻き卵が並び、さらにはふんわりとした大根おろしが添えられている。
ほうれん草のお浸しの上には、たっぷりの鰹節が。
(なんて理想的な和朝食……!)
感謝に手を合わせてありがたくいただきながらも、今日中には離れの掃除も終えなきゃと使命感にかられる。
早いとこ、"お客様"から脱さなければ。
「やっぱり茉優に頼んで正解だったな」
唐突な賞賛に、発したマオを見遣る。
彼は柔らかな卵焼きを箸で半分に切りながら、
「俺達じゃ、茉優のようには解決してやれない」
(沙雪さんたちのことだ)
そんなこと、と言いかけて、飲み込んだ。
沙雪さんは"人間"である私に話せたことが、勇気に繋がったのだと言ってくれた。
それは、あやかしであるマオたちには、どんなに望もうと出来ないこと。
「……少しでも役に立てたのなら、良かったです。けど、私ひとりでは解決出来ませんでした。マオさんが、いてくれたから」
「茉優にそう言ってもらえるのは、嬉しいな。あやかしであってよかったと思ってしまうくらいに」
マオは味噌汁を嚥下して、ことりと置く。
「茉優は、夫婦になるのなら人間がいいか?」
「え……?」
問われた内容に、思わず掴んでいた鮭がほろりと皿に落ちる。
マオは「ああ、いや」と頬を掻いて、
「茉優の答えがどうであれ、俺の愛に変わりはないんだがな。だが……言ったろう。茉優には幸せになってほしいんだ。沙雪はあやかしの血が混ざっていた上に、自身とは異なる"人間"を愛してしまったがゆえに苦しんだ。血が異なるとはそういうことだ。子供だって……望むのなら、生まれた子にあやかしの血が混ざるのは避けられない。今回の件で、思うところがあったんじゃないかとな」
「……」
(マオは、本当に私との結婚を考えているんだ)
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時に更新します。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる