私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

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結婚とあやかしの血

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「マオさん! 昨夜は多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」

 狸絆さんのいない朝食の席。浴衣を借りて早めにお座敷で待機していた私は、同じく浴衣姿のマオが現れたと同時に勢いよく土下座した。
 畳に打ち付けた頭上から、「どっ、どうしたんだ茉優!? なんの話だ!?」と焦った声がする。

 昨夜、「それじゃ、俺達はこれからデートだからお暇するな」とマオの機転で沙雪さんたちと別れたあと、方便ではなく本気だったマオに、品川駅近くの商業施設で夕食をご馳走になってしまった。
 そればかりか、あろうことか帰りの車内で爆睡してしまい……。
 気が付いた時には自室用にと借りている部屋のベッドの上だった。

「眠ってしまった上に、車から運んでいただいて……。本当、いったいどうお詫びをしたらいいか……っ!」

 ちなみに詳細を教えてくれたタキさんは、寝ている私の化粧を落としてくれたうえに、夜中に目覚めた時にと水やら寝巻やらを部屋に用意してくれていた。
 当然、タキさんにも土下座済みなのだけれど、「茉優様、今後タキめへの土下座をいっさい禁じさせていただきます」と言われてしまった。

(でも、マオさんへは駄目だって言われていないし)

「謝ってすむ問題ではないのはよく理解しています! お詫びは何でお返ししたら良いでしょうか。お金でしょうか、労働でしょうか」

「ま、まってくれ茉優! そもそも俺は迷惑だなんて思っていないし、むしろとてつもなく嬉しかったんだが!?」

「へ……?」

「だって考えてもみてくれ、俺は茉優が好きだ。そんな好いている相手が、自分の運転する隣で寝てくれたんだぞ? 寝てしまうくらいに心を開いてくれたってことだし、貴重な寝顔は堪能できるし、今回に至っては"やむなし"という大義名分のもとこの腕で抱き上げることまでさせてもらえたんだ……! これのどこが迷惑だ! むしろご褒美でしかないだろう!?」

「えー……っと」

 演説さながらの力説っぷりに、圧倒されてしまう。
 マオははっとしたようにして、コホンとひとつ咳ばらいをすると、

「それに、寝てもいいと言ったのは俺だしな。だから茉優は謝らないでくれ。どうしても気になるというのなら、"ありがとう"とだけ言ってくれればいい」

 照れたようにして頬をかくマオに、心臓がきゅんと鳴る。

(きゅん!? あ、あーなるほど、これが噂の"萌え"ってやつ……!)

 アイドルを熱心に応援していた後輩ちゃんが語っていた症状を思い起こしながら、初めての体験に嬉しいような恥ずかしいような感覚を堪能していると、

「茉優? ええと……引いたか?」

「いえ! とんでもないです! では、改めさせていただきまして……ありがとうございました、マオさん」

「ん、どういたしまして」

 くすぐったそうに笑むマオがなんだか直視できなくて、私は視線を斜め下に落としながら、「すみません、朝食前に」と席に着くよう促した。
 私達が着席したのを見計らったようにして、世話係として働く女性が朝食を運んで来てくれる。

 温かな真っ白のご飯に、少量のネギを散らした豆腐とわかめの味噌汁。
 焼鮭の切り身の横には黄色の鮮やかな出し巻き卵が並び、さらにはふんわりとした大根おろしが添えられている。
 ほうれん草のお浸しの上には、たっぷりの鰹節が。

(なんて理想的な和朝食……!)

 感謝に手を合わせてありがたくいただきながらも、今日中には離れの掃除も終えなきゃと使命感にかられる。
 早いとこ、"お客様"から脱さなければ。

「やっぱり茉優に頼んで正解だったな」

 唐突な賞賛に、発したマオを見遣る。
 彼は柔らかな卵焼きを箸で半分に切りながら、

「俺達じゃ、茉優のようには解決してやれない」

(沙雪さんたちのことだ)

 そんなこと、と言いかけて、飲み込んだ。
 沙雪さんは"人間"である私に話せたことが、勇気に繋がったのだと言ってくれた。
 それは、あやかしであるマオたちには、どんなに望もうと出来ないこと。

「……少しでも役に立てたのなら、良かったです。けど、私ひとりでは解決出来ませんでした。マオさんが、いてくれたから」

「茉優にそう言ってもらえるのは、嬉しいな。あやかしであってよかったと思ってしまうくらいに」

 マオは味噌汁を嚥下して、ことりと置く。

「茉優は、夫婦になるのなら人間がいいか?」

「え……?」

 問われた内容に、思わず掴んでいた鮭がほろりと皿に落ちる。
 マオは「ああ、いや」と頬を掻いて、

「茉優の答えがどうであれ、俺の愛に変わりはないんだがな。だが……言ったろう。茉優には幸せになってほしいんだ。沙雪はあやかしの血が混ざっていた上に、自身とは異なる"人間"を愛してしまったがゆえに苦しんだ。血が異なるとはそういうことだ。子供だって……望むのなら、生まれた子にあやかしの血が混ざるのは避けられない。今回の件で、思うところがあったんじゃないかとな」

「……」

(マオは、本当に私との結婚を考えているんだ)
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