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雪女の告白
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「ママ……いや、沙雪! ほんっとうにごめん!」
正純さんが勢いよく土下座する。
「もうすぐ沙雪の誕生日だったろ? 毎年、俺達の誕生日は沙雪が美味いケーキを焼いてくれてさ、沙雪の誕生日も、自分で用意してたから……。今年は俺が、沙雪の好きなりんごのシフォンケーキを焼いたら、喜んでくれるかなと思って……。けれど家で練習するわけにもいかないからって、菜々さんに相談して練習してたんだ」
「私も! 私もごめんね沙雪!」
正純さんの隣に駆け寄った菜々さんが、同じく土下座をする。
「それならサプライズパーティーをしたらって提案しちゃったのは私なの! 今度の土曜、風斗くんと沙雪で買い出しに行ってもらって、その隙に正純さんがケーキを焼いて私が飾り付けをして……って。そしたら沙雪、びっくりしながらも、喜んでくれるんじゃないかなって……」
けど、と。
菜々さんは頭を下げたまま続ける。
「そうだよ、いくら仲が良いって言ったって、私は家族じゃないし、正純さんとは男と女だもんね。私、すっかり抜けてて……! もしかしたらって思うのが普通じゃんね。あーもう、なんでそんな単純なこと気が付かなかったのかな!」
「俺だってそうだ! 沙雪が気がついたらなんて、一ミリも考えないで……! 心のどこかで、菜々さんとなら平気だって思ってたんだ。沙雪を喜ばせようって思ってたくせに、こんな、悲しませることになって……! 本当にすまん!!」
しん、と室内を静寂が支配する。ジーっと低い、オーブンの音。
風斗くんは戸惑うようにして三人を見ていたけれど、尋常じゃない空気を察してか、黙ったままでいた。
視線の合ったマオが手で招いて、側に呼び寄せる。
沙雪さんが土下座を続ける二人から視線を外し、室内を見渡す。
香ばしくも甘酸っぱい、りんごの香り。
「……パパ、ううん、正純さん。あの林檎、正純さんが剥いたの? あんなに包丁を怖がっていたのに」
「あ……うん、全然、上手には剥けないけど。もったいないくらい皮も厚いし。けど、ケーキにしたら、形の悪さは分からないかなって」
「……菜々。机の上の本みたいなものはなに? 表紙が、我が家の三人の写真に見えるのだけれど」
「あ、うん。あれは、アルバムを作ってみたの。写真のデータ、正純さんに貰って……。ほら、家にも写真、飾ってるじゃない? だからデータじゃなくて、手元で見れるアルバムもいいかなって思って……。沙雪は、家族が大好きだから。買ってきたプレゼントよりも、こっちのが嬉しいかなって……思って……」
刹那、沙雪さんが両手で顔を覆った。
膝を折るようにして崩れ落ちる。
「沙雪!?」
「ごめんなさい、正純さん、菜々」
「な……どうして沙雪が謝るんだよ! 沙雪は何も悪くないだろ!」
「怒っていいのよ沙雪!」
「違う、違うの……。私が、二人を信じてなかったから。正純さんも菜々も、私を想って、私のために頑張ってくれてたのに……。二人とも、いつだって私を大切にしてくれているのに。なのに勝手に疑って、全部駄目にしてしまった。与えてもらっておいて、こんな酷い裏切り。本当に、ごめんなさい」
嗚咽を零しながら深々と頭を下げる沙雪さんに、正純さんと菜々さんが即座に駆け寄る。
悪いのは自分たちだと諭しながらその身体を支える二人に、沙雪さんは俯いたまま、けれどはっきりとした声で「きいて」といった。
「ずっと、二人に隠していたことがあるの。私……ただの、人間じゃないの」
え、と。沙雪さんに寄り添っていた二人が、困惑に停止する。
沙雪さんは涙を拭って、二人を見上げた。
「私、あやかしの……雪女の血が、混じっているの。ずっと黙っていてごめんなさい。本当のことを言ったら、気味が悪がられると思って、死ぬまで黙っていようって、思ってたの。二人が大好きだから。けれど二人に嘘をついているのが、だんだん、心苦しくなってきて。……拒絶されたくない、だけど、嘘をついていたくない。そんな風に自分がやましいことを隠し続けているから、二人もきっと、私に嘘をついて隠し事をしているだなんて考えるのよ。裏切っていたのは、自分なのに」
「沙雪……。あやかしって、雪女って……本当の話なの? 沙雪のご両親も、そんなこと一度も……」
「それは私が黙っていてって頼んでいるから。聞けば本当のことを教えてくれるし、家系図も、見たければ見せてあげられるわ」
「……沙雪も、雪女だってこと?」
訊ねる正純さんに、沙雪さんが首を振る。
「いいえ。私はあやかしではない。けれど二人のように、純粋な人間でもない。あやかしの血が流れているのは、自分でもわかるの。昔から冬でも寒さなんて感じないし、雪の降り止みがわかるもの。理屈ではなく感覚で。こんなの……おかしいわ」
言葉に迷うようにして、正純さんと菜々さんが顔を見合わせる。
突然あやかしなどと言われて戸惑っているのだろう。無理もない。
私もそうだったから、よくわかる。
けれど。沙雪さんがこの告白をするのに、いったいどれほどの勇気を振り絞ったのか。
この言葉の数々に、どれだけの愛が込められているのか。
沙雪さんの決意を無駄にしたくないと思えるくらいには、私は"あやかし"を受け入れている。
正純さんが勢いよく土下座する。
「もうすぐ沙雪の誕生日だったろ? 毎年、俺達の誕生日は沙雪が美味いケーキを焼いてくれてさ、沙雪の誕生日も、自分で用意してたから……。今年は俺が、沙雪の好きなりんごのシフォンケーキを焼いたら、喜んでくれるかなと思って……。けれど家で練習するわけにもいかないからって、菜々さんに相談して練習してたんだ」
「私も! 私もごめんね沙雪!」
正純さんの隣に駆け寄った菜々さんが、同じく土下座をする。
「それならサプライズパーティーをしたらって提案しちゃったのは私なの! 今度の土曜、風斗くんと沙雪で買い出しに行ってもらって、その隙に正純さんがケーキを焼いて私が飾り付けをして……って。そしたら沙雪、びっくりしながらも、喜んでくれるんじゃないかなって……」
けど、と。
菜々さんは頭を下げたまま続ける。
「そうだよ、いくら仲が良いって言ったって、私は家族じゃないし、正純さんとは男と女だもんね。私、すっかり抜けてて……! もしかしたらって思うのが普通じゃんね。あーもう、なんでそんな単純なこと気が付かなかったのかな!」
「俺だってそうだ! 沙雪が気がついたらなんて、一ミリも考えないで……! 心のどこかで、菜々さんとなら平気だって思ってたんだ。沙雪を喜ばせようって思ってたくせに、こんな、悲しませることになって……! 本当にすまん!!」
しん、と室内を静寂が支配する。ジーっと低い、オーブンの音。
風斗くんは戸惑うようにして三人を見ていたけれど、尋常じゃない空気を察してか、黙ったままでいた。
視線の合ったマオが手で招いて、側に呼び寄せる。
沙雪さんが土下座を続ける二人から視線を外し、室内を見渡す。
香ばしくも甘酸っぱい、りんごの香り。
「……パパ、ううん、正純さん。あの林檎、正純さんが剥いたの? あんなに包丁を怖がっていたのに」
「あ……うん、全然、上手には剥けないけど。もったいないくらい皮も厚いし。けど、ケーキにしたら、形の悪さは分からないかなって」
「……菜々。机の上の本みたいなものはなに? 表紙が、我が家の三人の写真に見えるのだけれど」
「あ、うん。あれは、アルバムを作ってみたの。写真のデータ、正純さんに貰って……。ほら、家にも写真、飾ってるじゃない? だからデータじゃなくて、手元で見れるアルバムもいいかなって思って……。沙雪は、家族が大好きだから。買ってきたプレゼントよりも、こっちのが嬉しいかなって……思って……」
刹那、沙雪さんが両手で顔を覆った。
膝を折るようにして崩れ落ちる。
「沙雪!?」
「ごめんなさい、正純さん、菜々」
「な……どうして沙雪が謝るんだよ! 沙雪は何も悪くないだろ!」
「怒っていいのよ沙雪!」
「違う、違うの……。私が、二人を信じてなかったから。正純さんも菜々も、私を想って、私のために頑張ってくれてたのに……。二人とも、いつだって私を大切にしてくれているのに。なのに勝手に疑って、全部駄目にしてしまった。与えてもらっておいて、こんな酷い裏切り。本当に、ごめんなさい」
嗚咽を零しながら深々と頭を下げる沙雪さんに、正純さんと菜々さんが即座に駆け寄る。
悪いのは自分たちだと諭しながらその身体を支える二人に、沙雪さんは俯いたまま、けれどはっきりとした声で「きいて」といった。
「ずっと、二人に隠していたことがあるの。私……ただの、人間じゃないの」
え、と。沙雪さんに寄り添っていた二人が、困惑に停止する。
沙雪さんは涙を拭って、二人を見上げた。
「私、あやかしの……雪女の血が、混じっているの。ずっと黙っていてごめんなさい。本当のことを言ったら、気味が悪がられると思って、死ぬまで黙っていようって、思ってたの。二人が大好きだから。けれど二人に嘘をついているのが、だんだん、心苦しくなってきて。……拒絶されたくない、だけど、嘘をついていたくない。そんな風に自分がやましいことを隠し続けているから、二人もきっと、私に嘘をついて隠し事をしているだなんて考えるのよ。裏切っていたのは、自分なのに」
「沙雪……。あやかしって、雪女って……本当の話なの? 沙雪のご両親も、そんなこと一度も……」
「それは私が黙っていてって頼んでいるから。聞けば本当のことを教えてくれるし、家系図も、見たければ見せてあげられるわ」
「……沙雪も、雪女だってこと?」
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「いいえ。私はあやかしではない。けれど二人のように、純粋な人間でもない。あやかしの血が流れているのは、自分でもわかるの。昔から冬でも寒さなんて感じないし、雪の降り止みがわかるもの。理屈ではなく感覚で。こんなの……おかしいわ」
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私もそうだったから、よくわかる。
けれど。沙雪さんがこの告白をするのに、いったいどれほどの勇気を振り絞ったのか。
この言葉の数々に、どれだけの愛が込められているのか。
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