私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

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暴かれた秘め事

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「茉優さん、マオさん……!」

 タクシーから降りた沙織さんと風斗くんが、駆け足で向かってくる。

「すみません、急にお呼びだてをしてしまって」

「いえ、それで、その……」

「ママ、ここってどこ?」

「ここ、は……」

 息を切らしながら言い淀む沙雪さん。
 マオが風斗の頭を撫でて、しゃがみ込む。

「怖がることなんてないからな。パパに会いに行くだけだ」

「パパ……? ここにいるの?」

「ああ」

 絶句する沙雪さんの肩を、私は咄嗟に支える。

(マオさん、どうして……!)

 すっかり安心した様子の風斗くんの頭をぽんぽんとし、マオは立ち上がると、

「さ、行くぞ」

 風斗くんの手を引いて歩き出したマオに、私達も、足取り重くついていく。

(やっぱり、あの部屋に菜々さんと正純さんがいたんだ)

 けれど、どうして。どうしてわざわざ、沙雪さんと風斗くんを呼んだのだろう。
 親の浮気現場なんて、子供にはショッキングな光景に違いない。
 それは沙雪さんにとってもそうだし、なにより、これでは沙雪さんの意志を問わないまま、勝手に"壊す"選択だ。

 家族なのは私達じゃない。
 これからどうしたいか、決めるのは沙雪さんであるべきなのに。

「マオさん」

 軽快な足取りでエントランスへと入った、その名を呼ぶ。
 怒りとか、困惑とか。静止の色が強い声にも、マオは「大丈夫」と笑むだけで。
 インターホンに部屋番号を打ち込むと、ほどなくして、女性の声が響いた。

『はい』

「ほら、パパって呼んでみな」

「パパー?」

『! まって、まさか風斗なの!? なんで……!』

 慌てふためく後ろで、「風斗!?」と男性の声。

『風斗、どうして……まって、一緒にいるのは誰!? ママは!? とにかく今すぐいくから絶対にそこを――』

「菜々」

 発したのは沙雪さん。
 インターホン越しの声がピタリとやんで、『……沙雪?』と返ってくる。

「うん、ママも一緒だよ。あと、おにいちゃんとおねえちゃん」

「……菜々。パパも、一緒なのよね。あけて……くれる?」

『……うん』

 内部へと通じる自動ドアが開く。
 四人で揃ってエレベーターに乗り込んだ。

「ここって菜々ちゃんのお家だったんだ」

「……そうよ」

「パパだけあそびに来てるなんてズルい! ぼくも菜々ちゃんと遊びたいのに!」

「……そうね」

「あの、沙雪さん」

 今にも倒れそうなほど顔色の悪い沙雪さんを支えたまま、

「ごめんなさい、私……! 沙雪さんの気持ちを、一番大切にしないといけないのに」

「いいえ。これで、いいんです」

 沙雪さんは背をのばし、前を見据える。

「どちらにせよ、避けては通れないことでしたから。ちゃんと、向き合います」

「沙雪さん……」

 エレベーターの扉が開く。すると、廊下にひとりの男性が立っていた。
 正純さんだ。スーツのジャケットは脱いだシャツ姿で、腕はめくりあげている。

「パパ!」

 駆けだした風斗くんが、正純さんの胸に飛び込む。
 優し気な顔で受け止めた正純さんは、神妙な面持ちで私達を見遣った。

「沙雪……。それと、その人たちは……」

「……部屋の中にいれてもらえる? ここで話しては、近所迷惑よ。それとも……私が部屋に入っては、いけないの?」

「……っ!」

 苦悩の表情で、正純さんが目を閉じたその時。

「ちがうのよ! 沙雪!」

 勢いよく扉が開いて、菜々さんが飛び出してきた。
 裸足のまま、沙雪さんを抱きしめる。

「ごめん、ごめんね沙雪……! 私が馬鹿だった! こんな、考え無しなことをして……!」

「菜々……」

「違う、菜々さんは悪くないんだ、俺が、俺が沙雪に甘えすぎていたから、こんなことに……!」

「パパー? 菜々ちゃんも、ないてるの?」

 はっとした表情で顔を上げた菜々さんが、意を決したように沙雪さんから離れ、

「入って」

 ためらいを振り切るようにして、沙雪さんが上がる。
 続いて正純さんと風斗くんが。私たちも会釈して、上がらせてもらった。
 途端、鼻腔を掠める甘い香り。沙雪さんが「これは……」と足を止める。

 テレビ前に置かれた座卓には、鮮やかな画用紙とハサミやのり。
 床にころがる、金色のモール。そこには等間隔の空間をあけ、一字ずつ並んだ『HAPPY BIRTHDAY』の文字。
「あれ?」と発したのは風斗くんで、正純さんを見上げながら、

「りんごのシフォンケーキのにおいがする」

「!」

 跳ねるようにして見遣った調理台の上には、剥かれたリンゴの皮と、生地を混ぜたのだろうボールに泡だて器。
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