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最初の依頼者は雪女の血族のようです
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昼食をとり、タキさんをはじめとする従業員さんたちも巻き込んで離れの掃除に奮闘していた私とマオは、軽くお茶を頂いてから約束の十七時に着くように、依頼者の家がある武蔵小山に赴いた。
マオに品川駅まで運転してもらい、そこから電車で十分ほど。
依頼者は雪女の血を引く、三十五歳の主婦だという。六歳の男の子と、品川に勤める人間の旦那さんと暮らしている。
なんでも以前から狸絆さんに相談をされていたらしく、切羽詰まった状況だとか。
「私でちゃんと力になれるといいんですが……」
狸絆さんから貰ったメモに書かれた住所と、スマホに表示された現地の住所が一致していることを確認して、その家を見上げる。
街の景色に馴染んだ、"普通"の家だ。
クリーム色とグレーがかった二色の外装が温かみのある、二階建ての縦長なフォルム。上はベランダが突き出ている。
掃き出し窓の前には草木の育つプランターが並べられ、子供用の自転車が置かれている。
(ここに、あやかしの血を引く人が……)
「まーゆ」
わ、と思わず声をあげたのは、突如として視界を遮られたから。
マオが手で覆っているらしい。今日はゆったりとした半袖のティーシャツに細身のパンツと、カジュアルな装いだ。
マオは常の装いも和服を好む狸絆さんとは違って、普段はこうした服装が多いのだという。
ちなみに私はタキさんが用意してくれた、ジョガーパンツにティーシャツを着用している。
動きやすいほうが良いでしょう、と。スニーカーまで用意されていて、至れり尽くせりだ。
マオは私の目元を覆っていた手をぱっと開いて、
「俺もいるし、気負うことはないさ。失敗しちまったら謝ればいい。俺達は俺達に出来ることを、真摯にやってみよう」
にっと口角を吊り上げるマオに、緊張が緩まる。
「そうですね。ありがとうございます、マオさん」
そうだ。悩んでいたって仕方ない。
やると決めたのは自分なのだから、精一杯、出来ることを頑張ろう。
小さく深呼吸をして、表札と並んだチャイムを押す。
「つづみ商店から参りました、家政婦派遣サービスです」
「ありがとうございます、少々お待ちください」
私達を迎えれてくれたのは、依頼者の磯嶋沙雪さんだった。
アッシュブラウンに染められた髪は顎下で切りそろえられ、淡い水色のカットソーと、くるぶし丈のスカートが上品な女性。
恐縮した話し方や私達への気遣いから、優しくおっとりとした印象を受ける。
簡単に名前を告げると、沙雪さんは深々と頭を下げた。
「この度は私めのためにご足労いただきまして、ありがとうございます。若旦那様にも、ご迷惑をおかけして……」
「俺は仕事を受けて来たんだ。迷惑だなんて思っちゃいないさ。なあ、茉優」
「はい。精一杯、頑張らせていただきます」
(なんだか、"人間"にしか見えないなあ)
半妖である朱角さんと違って、あやかしと交わったのが何代も前だからだろうか。
見た目にも、雰囲気にも。沙雪さんにはこれといって特別な点は見当たらない。
沙雪さんは夫と同じ品川で、別の会社の会計事務として勤めているという。
お子さんがいるので時短勤務を活用しているのだと教えてくれた時、二階へ続く階段から、バタバタと男の子が駆け下りてきた。
黒い髪に、目。男の子は車の絵柄が書かれた胸元をぴんと伸ばし、
「こんにちは! 磯島風斗です!」
元気よく挨拶をする風斗くんに、マオと名前を告げ挨拶を返す。
と、風斗くんは待ちきれないといった風に足を上下させて、沙雪さんを見上げた。
「この人たちが一緒にあそんでくれるの?」
「ええ。けれど迷惑をかけては駄目よ。それと、ちゃんとご飯を食べて、歯磨きもすること」
「わかってるって! ぼく、さきにあっちいってる!」
興奮した様子で走り去っていく背中を見送って、私たちも上がらせてもらうと、沙雪さんが声を潜めて言う。
「すでにお聞きかもしれませんが、私は曾祖母が雪女でして……。このことは、夫や子供には黙っておいていただきたいのですが……」
つまりは、どちらも知らないということ。
マオと視線を交わし、「かしこまりました」と頷く。
今回の私達はあくまで、"ただの"家政婦だ。
リビングに通された私達は、持参した鞄から黒いエプロンを取り出して身に着ける。
風斗くんは待ちきれないようにして、食卓だろう机の上でお絵かきを初めた。画用紙に、クレヨンで色を重ねていく。
「依頼内容は、沙雪さんが外出している間の風斗くんの食事補助、遊び相手、寝支度と伺っていますが、変わりはありませんか?」
「はい。お風呂はもう済ませてますので、その内容でお願いできたらと。家のモノは好きにお使いいただいて構いませんし、細かな場所などは風斗に聞いていただければわかりますので」
「おにーさんとおねーさんも、一緒にごはん食べるの?」
「いえ、私達は……」
「ご迷惑でなければ、一緒に食べてあげてください。冷蔵庫にハンバーグをたくさん作っておきましたので、お嫌いでなければ。お米も予約で炊き上がるよう、多めに準備しておきましたので」
「いいのか? 助かるな、茉優」
「すみません、私達のぶんまでご用意いただいてしまって」
「いえ、本当にそれだけですので。すみませんが、汁物などはお願いします」
「ハンバーグ……」
風斗くんが、ぼそりと呟く。
沈んだ表情に違和感を覚えた刹那、「あ」と風斗くんが焦った声を上げた。
マオに品川駅まで運転してもらい、そこから電車で十分ほど。
依頼者は雪女の血を引く、三十五歳の主婦だという。六歳の男の子と、品川に勤める人間の旦那さんと暮らしている。
なんでも以前から狸絆さんに相談をされていたらしく、切羽詰まった状況だとか。
「私でちゃんと力になれるといいんですが……」
狸絆さんから貰ったメモに書かれた住所と、スマホに表示された現地の住所が一致していることを確認して、その家を見上げる。
街の景色に馴染んだ、"普通"の家だ。
クリーム色とグレーがかった二色の外装が温かみのある、二階建ての縦長なフォルム。上はベランダが突き出ている。
掃き出し窓の前には草木の育つプランターが並べられ、子供用の自転車が置かれている。
(ここに、あやかしの血を引く人が……)
「まーゆ」
わ、と思わず声をあげたのは、突如として視界を遮られたから。
マオが手で覆っているらしい。今日はゆったりとした半袖のティーシャツに細身のパンツと、カジュアルな装いだ。
マオは常の装いも和服を好む狸絆さんとは違って、普段はこうした服装が多いのだという。
ちなみに私はタキさんが用意してくれた、ジョガーパンツにティーシャツを着用している。
動きやすいほうが良いでしょう、と。スニーカーまで用意されていて、至れり尽くせりだ。
マオは私の目元を覆っていた手をぱっと開いて、
「俺もいるし、気負うことはないさ。失敗しちまったら謝ればいい。俺達は俺達に出来ることを、真摯にやってみよう」
にっと口角を吊り上げるマオに、緊張が緩まる。
「そうですね。ありがとうございます、マオさん」
そうだ。悩んでいたって仕方ない。
やると決めたのは自分なのだから、精一杯、出来ることを頑張ろう。
小さく深呼吸をして、表札と並んだチャイムを押す。
「つづみ商店から参りました、家政婦派遣サービスです」
「ありがとうございます、少々お待ちください」
私達を迎えれてくれたのは、依頼者の磯嶋沙雪さんだった。
アッシュブラウンに染められた髪は顎下で切りそろえられ、淡い水色のカットソーと、くるぶし丈のスカートが上品な女性。
恐縮した話し方や私達への気遣いから、優しくおっとりとした印象を受ける。
簡単に名前を告げると、沙雪さんは深々と頭を下げた。
「この度は私めのためにご足労いただきまして、ありがとうございます。若旦那様にも、ご迷惑をおかけして……」
「俺は仕事を受けて来たんだ。迷惑だなんて思っちゃいないさ。なあ、茉優」
「はい。精一杯、頑張らせていただきます」
(なんだか、"人間"にしか見えないなあ)
半妖である朱角さんと違って、あやかしと交わったのが何代も前だからだろうか。
見た目にも、雰囲気にも。沙雪さんにはこれといって特別な点は見当たらない。
沙雪さんは夫と同じ品川で、別の会社の会計事務として勤めているという。
お子さんがいるので時短勤務を活用しているのだと教えてくれた時、二階へ続く階段から、バタバタと男の子が駆け下りてきた。
黒い髪に、目。男の子は車の絵柄が書かれた胸元をぴんと伸ばし、
「こんにちは! 磯島風斗です!」
元気よく挨拶をする風斗くんに、マオと名前を告げ挨拶を返す。
と、風斗くんは待ちきれないといった風に足を上下させて、沙雪さんを見上げた。
「この人たちが一緒にあそんでくれるの?」
「ええ。けれど迷惑をかけては駄目よ。それと、ちゃんとご飯を食べて、歯磨きもすること」
「わかってるって! ぼく、さきにあっちいってる!」
興奮した様子で走り去っていく背中を見送って、私たちも上がらせてもらうと、沙雪さんが声を潜めて言う。
「すでにお聞きかもしれませんが、私は曾祖母が雪女でして……。このことは、夫や子供には黙っておいていただきたいのですが……」
つまりは、どちらも知らないということ。
マオと視線を交わし、「かしこまりました」と頷く。
今回の私達はあくまで、"ただの"家政婦だ。
リビングに通された私達は、持参した鞄から黒いエプロンを取り出して身に着ける。
風斗くんは待ちきれないようにして、食卓だろう机の上でお絵かきを初めた。画用紙に、クレヨンで色を重ねていく。
「依頼内容は、沙雪さんが外出している間の風斗くんの食事補助、遊び相手、寝支度と伺っていますが、変わりはありませんか?」
「はい。お風呂はもう済ませてますので、その内容でお願いできたらと。家のモノは好きにお使いいただいて構いませんし、細かな場所などは風斗に聞いていただければわかりますので」
「おにーさんとおねーさんも、一緒にごはん食べるの?」
「いえ、私達は……」
「ご迷惑でなければ、一緒に食べてあげてください。冷蔵庫にハンバーグをたくさん作っておきましたので、お嫌いでなければ。お米も予約で炊き上がるよう、多めに準備しておきましたので」
「いいのか? 助かるな、茉優」
「すみません、私達のぶんまでご用意いただいてしまって」
「いえ、本当にそれだけですので。すみませんが、汁物などはお願いします」
「ハンバーグ……」
風斗くんが、ぼそりと呟く。
沈んだ表情に違和感を覚えた刹那、「あ」と風斗くんが焦った声を上げた。
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