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猫又様の贈り物
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(大変なことになってしまった)
歓迎会と称された夕食の席。
座するのは大旦那様とマオと私だけで、タキさんや朱角さんを初めとするお手伝いの方が、入れ代わり立ち代わりで給仕をしてくれている。
色鮮やかな鎌倉野菜たっぷりのお料理と、見るからに上等そうなお酒。
私はアルコールを受け付けないので、美味しい食事を堪能させて頂いているのだけれど……。
(あまりにお嬢様な扱いすぎて、落ち着かない……っ)
あの後。タキさんに部屋へと案内された私は、勧められるままにお風呂をいただいたのだけれど。
広いだろうと予想していたお屋敷は想像以上で、なんとガラス張りの渡り廊下を進んだ先に湯殿があった。
お風呂場じゃない。湯殿、だ。
竹林を背にした庭園を望みながら、足を伸ばしてもあり余るほどの露天風呂と、檜の香りが爽やかな内風呂が備わっていた。
おまけに定期的に通っているという湯番さんの妖力で、お湯には疲労回復、血行促進、美肌効果など、温泉の効能に近い作用があるという。
タキさんはこの家に住み込みで働くあやかしも、同じお風呂を使っていると言っていたけれど。
足の伸ばせない浴槽に慣れしたんだ私には、やっぱり、とてつもない贅沢に感じてしまう。
(着せてもらったこの浴衣だって、明らかに良いモノだろうし)
和服に不慣れな私にはこちらのほうが楽だろうと、タキさんが見繕い、着付けてくれたこの浴衣。
生成色の生地に、桃色から紅色のグラデーションの牡丹と水色の蝶が描かれていて、纏うだけでお淑やかないいところのお嬢様になった気分になる。
けれど気分になるだけで、中身はただの平々凡々な庶民であって。
「あの、タキさん。こんなに素敵な浴衣、私、汚してしまうかもしれませんし……。着てきた服をもう一度着ては駄目でしょうか?」
「汚れたなら汚れたで結構でございますよ。陽の目を見ることなく、しまわれていたものですので。このまま褪せていくよりは、茉優様に汚していただいた方が、服としての役目を果たせるというものです」
タキさんはまったく、と着付けを進めながら嘆息して、
「坊ちゃまにも困ったものです。いつお会いできるかも分からないというのに、"いつか"のためにと買い込んで」
「え……?」
「こちらの浴衣、坊ちゃまから茉優様への贈り物にございますよ。といいましても、坊ちゃまの息抜きの副産物のようなものですから、あまり大事に捉えずにいてくださって結構かと存じます」
「そんな……」
戸惑う私に、タキさんは「さて」と鏡台の椅子を引き、
「えらく久しぶりにお嬢様を着飾れるとあって、このタキ、こうみえて浮かれているのですよ。茉優様がお嫌でなければ、私を助けると思ってタキの好きに着飾らせてくださいな」
そんな言われ方をしたら、強く断るなど出来ない。
結局、勧められるままに腰かけた鏡台で髪を整えられ、香りのいい化粧品で薄化粧を施され。見た目だけば立派な"お嬢様"が出来上がってしまった。
それはもう、夕食の準備が整ったからと部屋に呼びに来てくれたマオが、私を一目みるなり廊下にうずくまり、
「茉優……っ、そんなに艶やかな姿になって、いったい俺をどうしたいんだ……! よし、今夜は俺と二人きりの食事に変えてもらおうな。それで、俺に何をしてほしい? モノでも行動でも、茉優がねだってくれるのならなんだって叶えてみせるぞ?」
「あの、いえ、そうではなくてですね……っ!」
先ほどまでの泣き顔はどこへやら。
物語の王子さながら、きりっとした顔でキラキラと顔を輝かせたマオに両手をとられ、戸惑っていると、
「茉優様がお綺麗なのは元よりのことでございます。それから、茉優様はタキめのお遊びにお付き合いくださっただけにございますので、なにも坊ちゃまにおねだりをするためではありません。茉優様の謙虚さは、坊ちゃまのほうがご存じでしょう」
「そりゃあな。けれど愛い相手のこんなに愛らしい姿を見せられたら、何かしてやりたくなるだろう? それに、他に見せたくはないと考えるのだって、当然の男心だと思うんだが」
「お気持ちは分かりますが、坊ちゃまの"我儘"にて茉優様の自由を制限なさるのは、反対にございます。今後とも茉優様を他者にいっさい会わせぬおつもりですか? それとも、茉優様が見目を整えるのを制限なさるおつもりで?」
「わーかった、わかった。このまま茉優を連れていく。ったく、タキは相変わらず手厳しいな……」
「坊ちゃまが道を誤らぬよう、戒めるのも私めの仕事のひとつでございます」
しずしずと低頭するタキさんが、「いってらっしゃいませ」と告げる。
なんだかポカンとしている間に、二人の間で話がついてしまった。
「行こうか、茉優」
マオに手を引かれ、私ははっとタキさんを振り返る。
「ありがとうございました」
浴衣を着たのは、それこそ随分と昔に、おばあちゃんに着せてもらった以来で。
微笑んでくれたタキさんに、おばあちゃんの顔が重なって見えた。
懐かしい胸のあたたかさを噛みしめていたのも、つかの間。
(って、マオさん、手……!)
いや、これはエスコートをしてくれているだけのそれだと、理解してはいるのだけれど。
歓迎会と称された夕食の席。
座するのは大旦那様とマオと私だけで、タキさんや朱角さんを初めとするお手伝いの方が、入れ代わり立ち代わりで給仕をしてくれている。
色鮮やかな鎌倉野菜たっぷりのお料理と、見るからに上等そうなお酒。
私はアルコールを受け付けないので、美味しい食事を堪能させて頂いているのだけれど……。
(あまりにお嬢様な扱いすぎて、落ち着かない……っ)
あの後。タキさんに部屋へと案内された私は、勧められるままにお風呂をいただいたのだけれど。
広いだろうと予想していたお屋敷は想像以上で、なんとガラス張りの渡り廊下を進んだ先に湯殿があった。
お風呂場じゃない。湯殿、だ。
竹林を背にした庭園を望みながら、足を伸ばしてもあり余るほどの露天風呂と、檜の香りが爽やかな内風呂が備わっていた。
おまけに定期的に通っているという湯番さんの妖力で、お湯には疲労回復、血行促進、美肌効果など、温泉の効能に近い作用があるという。
タキさんはこの家に住み込みで働くあやかしも、同じお風呂を使っていると言っていたけれど。
足の伸ばせない浴槽に慣れしたんだ私には、やっぱり、とてつもない贅沢に感じてしまう。
(着せてもらったこの浴衣だって、明らかに良いモノだろうし)
和服に不慣れな私にはこちらのほうが楽だろうと、タキさんが見繕い、着付けてくれたこの浴衣。
生成色の生地に、桃色から紅色のグラデーションの牡丹と水色の蝶が描かれていて、纏うだけでお淑やかないいところのお嬢様になった気分になる。
けれど気分になるだけで、中身はただの平々凡々な庶民であって。
「あの、タキさん。こんなに素敵な浴衣、私、汚してしまうかもしれませんし……。着てきた服をもう一度着ては駄目でしょうか?」
「汚れたなら汚れたで結構でございますよ。陽の目を見ることなく、しまわれていたものですので。このまま褪せていくよりは、茉優様に汚していただいた方が、服としての役目を果たせるというものです」
タキさんはまったく、と着付けを進めながら嘆息して、
「坊ちゃまにも困ったものです。いつお会いできるかも分からないというのに、"いつか"のためにと買い込んで」
「え……?」
「こちらの浴衣、坊ちゃまから茉優様への贈り物にございますよ。といいましても、坊ちゃまの息抜きの副産物のようなものですから、あまり大事に捉えずにいてくださって結構かと存じます」
「そんな……」
戸惑う私に、タキさんは「さて」と鏡台の椅子を引き、
「えらく久しぶりにお嬢様を着飾れるとあって、このタキ、こうみえて浮かれているのですよ。茉優様がお嫌でなければ、私を助けると思ってタキの好きに着飾らせてくださいな」
そんな言われ方をしたら、強く断るなど出来ない。
結局、勧められるままに腰かけた鏡台で髪を整えられ、香りのいい化粧品で薄化粧を施され。見た目だけば立派な"お嬢様"が出来上がってしまった。
それはもう、夕食の準備が整ったからと部屋に呼びに来てくれたマオが、私を一目みるなり廊下にうずくまり、
「茉優……っ、そんなに艶やかな姿になって、いったい俺をどうしたいんだ……! よし、今夜は俺と二人きりの食事に変えてもらおうな。それで、俺に何をしてほしい? モノでも行動でも、茉優がねだってくれるのならなんだって叶えてみせるぞ?」
「あの、いえ、そうではなくてですね……っ!」
先ほどまでの泣き顔はどこへやら。
物語の王子さながら、きりっとした顔でキラキラと顔を輝かせたマオに両手をとられ、戸惑っていると、
「茉優様がお綺麗なのは元よりのことでございます。それから、茉優様はタキめのお遊びにお付き合いくださっただけにございますので、なにも坊ちゃまにおねだりをするためではありません。茉優様の謙虚さは、坊ちゃまのほうがご存じでしょう」
「そりゃあな。けれど愛い相手のこんなに愛らしい姿を見せられたら、何かしてやりたくなるだろう? それに、他に見せたくはないと考えるのだって、当然の男心だと思うんだが」
「お気持ちは分かりますが、坊ちゃまの"我儘"にて茉優様の自由を制限なさるのは、反対にございます。今後とも茉優様を他者にいっさい会わせぬおつもりですか? それとも、茉優様が見目を整えるのを制限なさるおつもりで?」
「わーかった、わかった。このまま茉優を連れていく。ったく、タキは相変わらず手厳しいな……」
「坊ちゃまが道を誤らぬよう、戒めるのも私めの仕事のひとつでございます」
しずしずと低頭するタキさんが、「いってらっしゃいませ」と告げる。
なんだかポカンとしている間に、二人の間で話がついてしまった。
「行こうか、茉優」
マオに手を引かれ、私ははっとタキさんを振り返る。
「ありがとうございました」
浴衣を着たのは、それこそ随分と昔に、おばあちゃんに着せてもらった以来で。
微笑んでくれたタキさんに、おばあちゃんの顔が重なって見えた。
懐かしい胸のあたたかさを噛みしめていたのも、つかの間。
(って、マオさん、手……!)
いや、これはエスコートをしてくれているだけのそれだと、理解してはいるのだけれど。
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