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大旦那様の提案
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これは彼の気遣いなのだろう。伝わる心が温かい。
けれど本当に、いいのだろうか。狸絆さんは……この家は後継者となるマオを共に支える"嫁"を欲しているのに、その願いを全て蹴散らして。
自分だけが"幸せ"であろうと、マオに全て背負わせてしまうのは。
(って、なにを結婚前提で考えているの私……!)
これこそ雰囲気に流されたということだろう。
私は胸中で両頬を叩いて、やはり別の方を嫁として迎えるべきだと告げようとした、刹那。
「さて、互いの腹の内も知れたことだし、ここで私から提案があるのだけれど」
にこりと笑んだ狸絆さんに言葉を飲み込むと、彼はゆるりと机に両肘を乗せ、
「なにごとも、知らねば選べもしないだろう? ということで、どうだろう。茉優さんには暫く生活を共にしてもらって、私たちのことをより知ってもらうというのは」
「……はい?」
(いま、生活を共にするとか聞こえたような?)
「親父、それはさすがに……!」
勢いよく立ち上がろうとしたマオが、膝頭を机にぶつけて「いっ!?」と悲鳴を上げる。
「マオさん、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……かっこわり……って、じゃなくてな、親父。うまい口車に乗せて茉優を囲おうだなんて、絶対にさせないからな!」
「おや、とんだ冤罪だなあ。私も現世生活が長いからね。予想が正しければ……茉優さん、例の不届き者と別れたあと、通信機器は確認したかい?」
「通信機器……いえ」
そういえば、片原さんに会うからと、スマホは消音モードにしてそのままだった。
「確認してみてはどうかな」
「っ、失礼します」
嫌な予感に、私は慌てて鞄からスマホを取り出す。と、
「……っ」
おびただしい連絡の数々に、思わず言葉を失う。
片原さんからの着信と、メッセージが数十着。それから上司からの着信と、届いているメッセージを震える指で開いた。
並んでいるのは叱咤の嵐と、片原さんからの"和解"条件。
「ま、茉優、どうした? 顔色が悪いぞ」
「あ……すみま、せ」
「謝罪に来いって、言われているでしょう? おそらくは、その不届き者の家に、一人でって」
「! どうして、それを……!」
狸絆さんの指摘通り、上司からのメッセージにはすぐに謝罪に行けと指示が来ていた。
絶対に一人で、あの人の家に。誠心誠意の謝罪をすれば、一方的にどなりつけて勝手に帰宅するという、無礼な態度は水に流すと。
(そんなこと、してないのに)
けれど片原さんが上司にそう告げたのなら、もはやそれが"真実"となっているのだろう。
(どうしよう、私から事情を説明したところで、聞いてもらえるとは思えないし……)
聞いてもらったところで、「ちょっと我慢すればいいだけでしょう」と。
結局は、あの人の家に行くことになるだろう。
「年の功、というには長く生き過ぎているけれど、まあ、どの時代も似た手口を思いつくものだねえ」
狸絆さんは皮肉げに目尻を吊り上げ、
「やり口からして相当ねちっこい男のようだったからね。行けば今度こそ、その身が危ないだろうね。かといってこのまま放っておけば、茉優さんは責任を取らされるだろうし、あの男だって、行動をエスカレートさせてくる可能性が高いだろう? 会社への嫌がらせに、自宅付近での待ち伏せ。どころか一方的に想いと憎悪を募らせて、刃傷沙汰なんてのも否定できないねえ」
「……っ」
恐怖にひゅっ、と喉を鳴らした私に、マオが慌てて「茉優、ゆっくり息を吸うんだ」と背を支えてくれる。
それから「親父!」と鋭い目つきを狸絆さんに向け、
「茉優を怖がらせるんじゃねえ!」
「私だって、なにも好きで怖がらせているわけではないさ。大なり小なり、このまま茉優さんが傷つけられる様を黙って見過ごせないって話だよ。だから、ね」
狸絆さんがコツリと指先で机上を鳴らす。
「ウチに来てくれたなら、この家の全員で茉優さんを守ってあげられる。特にマオと居住区を共にしていれば、万が一あの男に見つかったとしても、いい牽制になるだろうしね。茉優さんがうまいことマオやウチを気に入ってくれれば、嫁入りの可能性が高まるわけだし、勢いで婚姻を結んで後から苦労するよりは、先に見切りをつけてもらったほうが、互いにとっても傷が少ないと思うんだ」
優しい微笑みに、ぐらりと気持ちが傾く。
あの人のところに一人で行くなんて、絶対にしたくはない。けれどこのまま突っぱねていては、良くて減給。最悪、自主退職を勧められるだろう。
「あの下種野郎、手加減なんてしてやるんじゃなかったな。茉優。今は嫁とかはいいから、身の安全を考えてウチに来ないか? 茉優が何かされたらなんて、考えるだけで今すぐアイツを縛り上げてやりたくなる」
低い声に思わず「だ、駄目ですよマオさん!」とその手を掴むと、マオは「わかってるさ。今動いちまったら、茉優が疑われちまうだろうしな」と爽やかに言う。
笑んでいるようで笑んでいない目元。
(あ、本気なんだ)
悟った私は、それだけ自分がいま危険な状況にあるのだと実感する。
けれど本当に、いいのだろうか。狸絆さんは……この家は後継者となるマオを共に支える"嫁"を欲しているのに、その願いを全て蹴散らして。
自分だけが"幸せ"であろうと、マオに全て背負わせてしまうのは。
(って、なにを結婚前提で考えているの私……!)
これこそ雰囲気に流されたということだろう。
私は胸中で両頬を叩いて、やはり別の方を嫁として迎えるべきだと告げようとした、刹那。
「さて、互いの腹の内も知れたことだし、ここで私から提案があるのだけれど」
にこりと笑んだ狸絆さんに言葉を飲み込むと、彼はゆるりと机に両肘を乗せ、
「なにごとも、知らねば選べもしないだろう? ということで、どうだろう。茉優さんには暫く生活を共にしてもらって、私たちのことをより知ってもらうというのは」
「……はい?」
(いま、生活を共にするとか聞こえたような?)
「親父、それはさすがに……!」
勢いよく立ち上がろうとしたマオが、膝頭を机にぶつけて「いっ!?」と悲鳴を上げる。
「マオさん、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……かっこわり……って、じゃなくてな、親父。うまい口車に乗せて茉優を囲おうだなんて、絶対にさせないからな!」
「おや、とんだ冤罪だなあ。私も現世生活が長いからね。予想が正しければ……茉優さん、例の不届き者と別れたあと、通信機器は確認したかい?」
「通信機器……いえ」
そういえば、片原さんに会うからと、スマホは消音モードにしてそのままだった。
「確認してみてはどうかな」
「っ、失礼します」
嫌な予感に、私は慌てて鞄からスマホを取り出す。と、
「……っ」
おびただしい連絡の数々に、思わず言葉を失う。
片原さんからの着信と、メッセージが数十着。それから上司からの着信と、届いているメッセージを震える指で開いた。
並んでいるのは叱咤の嵐と、片原さんからの"和解"条件。
「ま、茉優、どうした? 顔色が悪いぞ」
「あ……すみま、せ」
「謝罪に来いって、言われているでしょう? おそらくは、その不届き者の家に、一人でって」
「! どうして、それを……!」
狸絆さんの指摘通り、上司からのメッセージにはすぐに謝罪に行けと指示が来ていた。
絶対に一人で、あの人の家に。誠心誠意の謝罪をすれば、一方的にどなりつけて勝手に帰宅するという、無礼な態度は水に流すと。
(そんなこと、してないのに)
けれど片原さんが上司にそう告げたのなら、もはやそれが"真実"となっているのだろう。
(どうしよう、私から事情を説明したところで、聞いてもらえるとは思えないし……)
聞いてもらったところで、「ちょっと我慢すればいいだけでしょう」と。
結局は、あの人の家に行くことになるだろう。
「年の功、というには長く生き過ぎているけれど、まあ、どの時代も似た手口を思いつくものだねえ」
狸絆さんは皮肉げに目尻を吊り上げ、
「やり口からして相当ねちっこい男のようだったからね。行けば今度こそ、その身が危ないだろうね。かといってこのまま放っておけば、茉優さんは責任を取らされるだろうし、あの男だって、行動をエスカレートさせてくる可能性が高いだろう? 会社への嫌がらせに、自宅付近での待ち伏せ。どころか一方的に想いと憎悪を募らせて、刃傷沙汰なんてのも否定できないねえ」
「……っ」
恐怖にひゅっ、と喉を鳴らした私に、マオが慌てて「茉優、ゆっくり息を吸うんだ」と背を支えてくれる。
それから「親父!」と鋭い目つきを狸絆さんに向け、
「茉優を怖がらせるんじゃねえ!」
「私だって、なにも好きで怖がらせているわけではないさ。大なり小なり、このまま茉優さんが傷つけられる様を黙って見過ごせないって話だよ。だから、ね」
狸絆さんがコツリと指先で机上を鳴らす。
「ウチに来てくれたなら、この家の全員で茉優さんを守ってあげられる。特にマオと居住区を共にしていれば、万が一あの男に見つかったとしても、いい牽制になるだろうしね。茉優さんがうまいことマオやウチを気に入ってくれれば、嫁入りの可能性が高まるわけだし、勢いで婚姻を結んで後から苦労するよりは、先に見切りをつけてもらったほうが、互いにとっても傷が少ないと思うんだ」
優しい微笑みに、ぐらりと気持ちが傾く。
あの人のところに一人で行くなんて、絶対にしたくはない。けれどこのまま突っぱねていては、良くて減給。最悪、自主退職を勧められるだろう。
「あの下種野郎、手加減なんてしてやるんじゃなかったな。茉優。今は嫁とかはいいから、身の安全を考えてウチに来ないか? 茉優が何かされたらなんて、考えるだけで今すぐアイツを縛り上げてやりたくなる」
低い声に思わず「だ、駄目ですよマオさん!」とその手を掴むと、マオは「わかってるさ。今動いちまったら、茉優が疑われちまうだろうしな」と爽やかに言う。
笑んでいるようで笑んでいない目元。
(あ、本気なんだ)
悟った私は、それだけ自分がいま危険な状況にあるのだと実感する。
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