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もふもふの攻防

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(だから、近いんですって……!)

 間近で懇願するように眉を八の字にされると、きらきらオーラ―で圧倒されてしまう。
 二十五年間生きて来て、面食いなつもりはなかったけれど……。いや、たぶん、マオがあまりに規格外なのだろう。
 マオはあわあわと固まるだけの私ににこりと笑むと、今度は鋭い目つきで狸になった狸絆さんを睨む。

「俺が言う前にあやかしだって伝えちまうなんて。もっと距離を縮めてから告げようと思ってたのに、台無しじゃないか」

「おや、大事なことは先に伝えるべきじゃないかい? それも、夫婦として今後を共にすると誓った仲ならば余計に」

「事情が変わったんだ。どうせ、茉優の話なんて聞かずにホイホイ進めようとしていたんだろ」

 マオは私と狸絆さんの間に割り込むようにして、着席する。
 やっとのことで離れた距離にほっとしたのもつかの間、彼は当然のように私の右手をぎゅっと握りしめてきた。

 マオさん、と声をかけそうになったのを、喉元で押しとどめる。
 なぜなら狸絆さんを向くその横顔は真剣で、狸絆さんもまた、つぶらな黒目で見極めるようにして、マオを見上げていたから。

「それは、茉優さんは嫁にはならないということかな?」

「いや、嫁には、なる。じゃない、"なってほしい"だ。俺はこれまでもこれからも、嫁は茉優しか考えられない。けど、茉優にはちゃんと、自分で決めてほしいと思っている。前世の記憶がなくても、時間がかかってもいいから、俺を好いてほしい」

 ぐっと、力を込められた掌。マオが私へと視線を移した。
 赤い瞳が、まっすぐに私の姿を閉じ込める。
 その眼差しの強さと掌の熱さに、マオの切実な願いが込められている気がした。

「マオさん……」

 目が逸らせない。かすかな息苦しさを覚えるのは、心臓が強く胸を叩きすぎるからだろうか。
 マオは「茉優」と優しく両目を緩め、空いた右手でそっと私の頬に触れると、

「だからまずは、茉優の願いを叶えないてやらないとな」

「………え?」

 ボフン! と既視感のある白煙。
 立ち上がったのは、マオのいた場所。

「さ、撫でるなり抱きしめるなり、好きにしてくれ!」

 煙が薄れ、嬉々とした声と共に現れたのは。

「……あれ?」

 ぴんと上を向いた三角の耳。しなやかな体躯は狸のそれとは違い、赤い目もまた、彼の養父のようにつぶらなまん丸ではなく、目尻がくっと上がっている。

「……マオさんは、化け猫さんだったのですか?」

「正確には、猫又だな。ホラ、尻尾が二つあるだろ」

 示すようにして振られた細長い尻尾は、確かに二本ある。
 猫又。猫のあやかし。

(だから、たくさんの猫ちゃんを……)

「ほら、いつでもいいぞ。それとも、猫は嫌いか?」

「いいえ。猫は好きですが……」

 撫でられ待ちをしてくれているのは分かるし、正直、とても撫でたいのだけれど。
 どうしてか、狸絆さんの時よりも人間姿のマオの影がちらついて、どうにも緊張が勝ってしまう。

「まったく、わかっていないねえ」

 やれやれといった風にして、狸絆さんが首を振る。

「いいかい? 茉優さんはそもそも、私を撫でたがっていた。癒しのもふもふを所望していたってことだよ。マオの毛並みでは、もふとは程遠いからねえ。つまり、今この場で茉優さんの願いを叶えられるのは、この私しかいないってことになる」

 えへんと胸を張った狸絆さんが、「ということで、そこを退いてくれ」と短い前脚をちょいちょいと振る。
 と、マオは「な……っ!」と尻尾をピンとたて、明らかなショックを受けた顔で私を振り返り、

「そうなのか茉優!? 求めているのはモフなのか!? いやだが俺の毛並みも高級毛布さながらの艶やかさのはずで! そ、それに尻尾なら! もふみも少しはあるだろう!?」

(もふみ……)

「嘆かわしい。愛しい女性に我慢を強いるのかい? そのような鬼畜に育てた覚えはないのだがね」

「よくもまあいけしゃあしゃあと……! そのそも息子の好いた相手に撫でられようって方がおかしいだろ!」

「事情持ちの息子のためにも、好意を持っていただくためのスキンシップだよ。私ってば、なんて出来た父親なんだ」

「自分でいうな! それに、だとしても順序ってものが……!」

(ど、どうしよう)

 余裕綽々の狸と、毛を逆立てた猫。
 二人の言い合いを止めるにも、うまい言葉がまったく見当たらない。

(いっそ二人同時に撫でさせてもらうとか? ううん、それはマオが納得してなそうだし……)

 あやかし同士の対立、というよりは、動物園のふれあい広場を彷彿させる二匹の攻防。
 うっかり和んでいる場合じゃない。
 大切な話をさせてもらうためにも、二人をとめなくては。

(でも、どうやって……)

 瞬間、スパン! と勢い良く、私側の襖が開いた。
 顔を跳ね向けると、立っていたのはなんとも姿勢の良い、タキさんで。

「いい加減、お茶をお出しして良いものかお伺いに参りましたら……。大旦那様、坊っちゃま、お二人ともそのようなお姿で、いったいどのような要件ですか」

 ピタリと静止した二匹の空気が、一気に冷えていく。

「悪いことをしたね、タキ。私としたことが、声をかけるのをすっかり忘れていたよ。それでこれはだね、茉優さんに私たちあやかしを好いてもらおうと、ちょっとしたスキンシップをはかろうとしてだね」

「俺は悪くないぞ! 俺だって撫でてもらうだなんてしてないのに、先に親父がなんて許せないって純粋な男心で……っ」

「お二人とも、言い訳は無用にございます」

 ぴしゃりと言い放ったタキさんに、二匹がぴっと尻尾を立てて硬直する。
 タキさんはそんな二人を目だけで見下ろして、

「互いの欲を先行して、もてなすべき茉優様を困らせるなど言語道断! お二人とも、そこにお直りなさいませ!」
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