私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

文字の大きさ
7 / 51

北鎌倉のお屋敷へ

しおりを挟む
(ホントにきちゃった……)

 マオに促されるまま車を降りた私は、実はとんでもないことを引き受けてしまったのかもと、若干の後悔を抱えながら周囲を見渡す。
 もはや家なのではないかと錯覚しそうなほどに大きい車庫を出ると、私の日常の大部分を占めるアスファルトと乱立するビル群とは、まったく異なる景色。

 緑の茂った木々が当然のように立ち並び、空との境界もまた、緑豊かな山々が自然の印影を描いている。
 空が広い。夕陽とはこんなにも、繊細なグラデーションを描くものだっただろうか。

(って、和んでいる場合じゃない……)

「茉優、こっちが玄関だ」

 マオに手を引かれ歩く石畳の左右には、丁寧に手入れが施された庭に、井戸の名残り。
 続く先の扉は重厚感のある引き戸で、格子状の木の隙間からは白色のガラスがのぞいている。
 軒下に置かれた、子供ほどの大きさのタヌキの置物。丸い笠を頭後ろにひっかけた姿はよく知るものだけれど、ぽってりとしたお腹はきちんと着物に隠れている。

 右方は台所があるのだろうか。白色の壁の上方に木製の面格子。左方はまっすぐに伸びる縁側と、曇りのない大判のガラス窓が。
 開いた本を伏せ置いたかのようななだらかな三角屋根には、鈍色の瓦が整然と並んでいる。
 おそらくは、というか、確実に"豪邸"と呼んで差し支えない邸宅だろう。

(ス、スーツでよかった……!)

 うっかり私服の時に連れ出されていたら、事情説明どころか門前払いだったに違いない。

「あ、あの、マオさん。つかぬことをお伺いするのですが……」

「うん?」

「その、マオさんのお父様、私のことをお金目当てに嘘の前世を語る結婚詐欺師だと待ち構えていたりはしませんか……?」

 こんな豪邸を持つ家のご子息ならば、悪い女に騙されやしないかと警戒しているに違いない。
 ましてや前世だなんて、他者には真偽のわからない話が基準とあっては、丁度いい口実を得た悪女だと考えるのが当然では。
 けれどマオさんは、にかっと笑って、

「なんだ、金を積んだら嫁になってくれるのか? いくらほしい?」

「な!? ちちちち違います!! お金で嫁にはなりません!」

「だろ? ちゃーんとわかってるし、親父も人を見る目は俺以上だ。むしろ、親父のほうが俺よりも嫁として迎えようとしてくるだろうから、押し負けないように気を付けてな」

(そ、それは余計に不安なやつでは!?)

 あわあわと戦慄いている間に、マオさんは引き戸に手をかけ「ただいまー」と開いてしまった。

「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

 深々と頭を下げる、和服姿の女性。声の感じと、上げられた顔から推測するに、七十代前後だろうか。背筋の伸びた凛とした立ち姿が美しく、いまいち年齢が読み取れない。
 マオさんとは少し異なりグレーに近い白髪と、きりっと鮮やかな赤い口紅が印象的だ。

(坊ちゃま……って、マオのことだよね)

 やっぱり彼は"坊っちゃん"らしい。
 口振りからして、マオの母親や祖母というよりは、お手伝いさんのように思える。
 年月を感じさせる洗練された雰囲気にうっかり見惚れていると、

「無事にお連れできたようで、なによりでございます」

「!」

 ばちりと合った視線に、慌てて頭を下げる。

「と、突然お邪魔して申し訳ありません! 私、白菊茉優といいます。手土産もなく恐縮ですが、マオさんとご一緒に事情をご説明させていただければと、厚かましくも連れ立っていただきました次第でして……っ」

「これはこれは、ご丁寧にありがとう存じます。こちらにて長い事仕えております、タキと申します。茉優様にお会いできる日を、それはもう楽しみにしておりました。さ、お上がりくださいませ。大旦那様も今か今かとまあ、うっとおしい……おほん、心待ちにされているようでして」

(いま、うっとおしいって言った)

 その一言でまだ見ぬ大旦那様と、タキさんの力関係がうっすら察せる。
 目を合わせたマオに頷かれ、靴を拭ぎ家に上がる。

「お部屋にご案内いたします」

 先導してくれるタキさんに着いていこうとすると、

「坊ちゃま。坊ちゃまはまず、お着替えを」

「な……このままで構わないだろ」

「とんでもありません。大旦那様に茉優様をご紹介する大事な晴れの日なのですから、きちんと整えてくださいませんと」

「だが……っ、それじゃあ美優がひとりになっちまうだろ」

「坊ちゃま」

 ぴしゃりと名を呼んで見せるタキさんと、引く気はないと凄んでみせるマオの睨み合い。
 二人からすれば、よくあることなのだろうか。とはいえ今は、"大旦那様"を待たせているはず。

「あ、あの……マオさん」

 うっかり雷光がみえるせめぎ合いが、私の情けない声にふと緩む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~ 【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

処理中です...