4 / 51
私はあなたの嫁ではありません!
しおりを挟む
(ま、また車に乗っちゃった……)
いったい自分はどれだけ学習しないのか。助手席で流れる景色を視界の外に捉えながら、情けなさに苛まれる。
そんな私の思考をよんだようにして、
「悪いな、これが一番早くて確実な移動手段だったんだ」
(たしかに、来てくれるのがあと数秒遅ければ、私は今頃――)
回避されたその瞬間が想起され、嫌悪感にぞっと肌が粟立つ。
平々凡々、可愛げもなければ地味な私がまさか、身の危険を感じるような出来事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
(片原さん、"一年も待った"って言ってた)
ということは、契約を結んだ時からすでに、今日の計画を立てていたということなのだろうか。
私を"彼女に"と思うほど好いてくれている様子なんて、全然。いや、ただ私が気付かなかっただけなのかもしれない。
私はどうにも昔から、恋愛絡みの感情に疎い。
「あの、片原さんは……大丈夫なのでしょうか」
もしかしたら、私がもっと早くに対応を変えていたら、彼は考えを改めていたのかもしれない。
そんな小さな罪悪感に訊ねると、運転中の彼は「ん? ああ」と前を向いたまま、
「もう二度とあんな"悪さ"をしないよう、お灸を据えただけだ。具体的にはそうだな、身体や車のボディをちょいと噛まれたり、引っかかれたりってところだな。大怪我にはならないから、心配は無用だぞ」
(それって大怪我にはならなくとも、大ごとではあるんじゃ……!)
「あ! 猫ちゃん、置いて来てしまっています!」
「ん? ああ、あの猫たちはあの辺に住んでる奴らで、俺の飼い猫じゃないぞ」
「そう……なのですか?」
「ああ、"仕事"を済ませたら各々解散するはずだ」
口振りからして、彼があの場に猫たちを集めたのは間違いなさそうだ。
おまけに"仕事"まで指示できるなんて……。
(もしかして、ペットショップの店員さんとか、トレーナーさんなのかな)
「猫っていう事をきくものなのですね……」
感慨深く呟いた私に、
「そうだな、認めた相手には義理堅いところがあるぞ」
彼はいたずらっ子な視線を私に向ける。
「あの男、俺の嫁に手を出したってのに、かわいい"仕置き"ですんで幸運だったな」
まただ。彼ははっきりと私を"俺の嫁"と呼ぶ。
彼は視線を前に戻すと、
「そういえば、この後の予定は大丈夫だったか? つっても、嫁を迎えにいくって出てきちまったから、今日は一緒に来てもらわないとにはなっちまうんだけど。悪いな、やっと会えたってのに慌ただしくて。俺もなあ、やっとの再会を今すぐにでももっと実感したいんだけれどなあ。そうにもいかなくって。ああ、帰りの心配はいらないからな。今夜は泊まっていけばいい。そんで、今後についてはゆっくり話し合って……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
楽し気にころころと話される内容に、慌てて待ったをかける。
どうかしたか? と小首を傾げてみせた彼に、私は自分がおかしいような錯覚を覚えながら、
「助けていただいたことには感謝しています。ですが、"俺の嫁"、"俺の嫁"って……。私はあなたの嫁になった覚えはありませんし、そもそも初対面ですよね? 大変言いにくいことなのですが、おそらく人違いをされているのではないかと……」
「…………ま、さか」
魂が抜けたかのごとく呆然とした表情で、彼が私を見つめる。
とはいえ今は絶賛運転中で。
「あの! 前! 前見てください……っ」
「あ、ああ、すまん」
離れた視線に、ほっと息を吐きだしのもつかの間。
彼はなにやらぶつぶつと、
「そうか、その可能性もあったのか。俺はてっきり……いや、考え無しだったのは俺のほうか。まあ、これはこれで……」
くっと頬を引締めて、彼が真剣な顔で尋ねてくる。
「何も、覚えていないのか? 俺のことも自分のことも……約束、も」
ねね、と。彼が発した名に、思わず肩が跳ねる。
その反応がどう映ったのか、「ねね?」といぶかしむ彼に、私はぎゅうと鞄を抱く腕に力を込め、
「あなたのことは……夢の中で、見たことがあります。"ねね"というお名前も、その夢のなかで。どうして、私の夢に知らないはずのあなたが何度も現れたのかは、わかりません。ですが"ねね"さんを探されているのなら、私ではありません」
「……そう、か」
彼はふうーっと長い息を吐きだして、しばらくの沈黙。
これが落胆なのか、怒りなのか。判断がつないけれど、傷つけてしまったことに変わりはない。
もっと早く言うべきだった。後悔に痛む胸を無意志におさえながら、「あ、あの」と謝罪しようとした刹那、
「人違いではないさ」
「…………え?」
「夢で俺を見たのだろう? 俺も、"繋がった"夢で見たのはその姿だった。だから見つけられたのだしな。俺が呼びかけていたのは"ねね"の魂で、俺達は互いにつながったのだから、間違いはない。それに……俺にしかわからないだろうが、あの頃の面影が残っている」
細められた双眸は、ひたすらに優しく甘い。
思わずドキリと跳ねた心臓。私は慌てて"ねね"さんじゃないんだから、と必死に戒める。
いったい自分はどれだけ学習しないのか。助手席で流れる景色を視界の外に捉えながら、情けなさに苛まれる。
そんな私の思考をよんだようにして、
「悪いな、これが一番早くて確実な移動手段だったんだ」
(たしかに、来てくれるのがあと数秒遅ければ、私は今頃――)
回避されたその瞬間が想起され、嫌悪感にぞっと肌が粟立つ。
平々凡々、可愛げもなければ地味な私がまさか、身の危険を感じるような出来事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
(片原さん、"一年も待った"って言ってた)
ということは、契約を結んだ時からすでに、今日の計画を立てていたということなのだろうか。
私を"彼女に"と思うほど好いてくれている様子なんて、全然。いや、ただ私が気付かなかっただけなのかもしれない。
私はどうにも昔から、恋愛絡みの感情に疎い。
「あの、片原さんは……大丈夫なのでしょうか」
もしかしたら、私がもっと早くに対応を変えていたら、彼は考えを改めていたのかもしれない。
そんな小さな罪悪感に訊ねると、運転中の彼は「ん? ああ」と前を向いたまま、
「もう二度とあんな"悪さ"をしないよう、お灸を据えただけだ。具体的にはそうだな、身体や車のボディをちょいと噛まれたり、引っかかれたりってところだな。大怪我にはならないから、心配は無用だぞ」
(それって大怪我にはならなくとも、大ごとではあるんじゃ……!)
「あ! 猫ちゃん、置いて来てしまっています!」
「ん? ああ、あの猫たちはあの辺に住んでる奴らで、俺の飼い猫じゃないぞ」
「そう……なのですか?」
「ああ、"仕事"を済ませたら各々解散するはずだ」
口振りからして、彼があの場に猫たちを集めたのは間違いなさそうだ。
おまけに"仕事"まで指示できるなんて……。
(もしかして、ペットショップの店員さんとか、トレーナーさんなのかな)
「猫っていう事をきくものなのですね……」
感慨深く呟いた私に、
「そうだな、認めた相手には義理堅いところがあるぞ」
彼はいたずらっ子な視線を私に向ける。
「あの男、俺の嫁に手を出したってのに、かわいい"仕置き"ですんで幸運だったな」
まただ。彼ははっきりと私を"俺の嫁"と呼ぶ。
彼は視線を前に戻すと、
「そういえば、この後の予定は大丈夫だったか? つっても、嫁を迎えにいくって出てきちまったから、今日は一緒に来てもらわないとにはなっちまうんだけど。悪いな、やっと会えたってのに慌ただしくて。俺もなあ、やっとの再会を今すぐにでももっと実感したいんだけれどなあ。そうにもいかなくって。ああ、帰りの心配はいらないからな。今夜は泊まっていけばいい。そんで、今後についてはゆっくり話し合って……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
楽し気にころころと話される内容に、慌てて待ったをかける。
どうかしたか? と小首を傾げてみせた彼に、私は自分がおかしいような錯覚を覚えながら、
「助けていただいたことには感謝しています。ですが、"俺の嫁"、"俺の嫁"って……。私はあなたの嫁になった覚えはありませんし、そもそも初対面ですよね? 大変言いにくいことなのですが、おそらく人違いをされているのではないかと……」
「…………ま、さか」
魂が抜けたかのごとく呆然とした表情で、彼が私を見つめる。
とはいえ今は絶賛運転中で。
「あの! 前! 前見てください……っ」
「あ、ああ、すまん」
離れた視線に、ほっと息を吐きだしのもつかの間。
彼はなにやらぶつぶつと、
「そうか、その可能性もあったのか。俺はてっきり……いや、考え無しだったのは俺のほうか。まあ、これはこれで……」
くっと頬を引締めて、彼が真剣な顔で尋ねてくる。
「何も、覚えていないのか? 俺のことも自分のことも……約束、も」
ねね、と。彼が発した名に、思わず肩が跳ねる。
その反応がどう映ったのか、「ねね?」といぶかしむ彼に、私はぎゅうと鞄を抱く腕に力を込め、
「あなたのことは……夢の中で、見たことがあります。"ねね"というお名前も、その夢のなかで。どうして、私の夢に知らないはずのあなたが何度も現れたのかは、わかりません。ですが"ねね"さんを探されているのなら、私ではありません」
「……そう、か」
彼はふうーっと長い息を吐きだして、しばらくの沈黙。
これが落胆なのか、怒りなのか。判断がつないけれど、傷つけてしまったことに変わりはない。
もっと早く言うべきだった。後悔に痛む胸を無意志におさえながら、「あ、あの」と謝罪しようとした刹那、
「人違いではないさ」
「…………え?」
「夢で俺を見たのだろう? 俺も、"繋がった"夢で見たのはその姿だった。だから見つけられたのだしな。俺が呼びかけていたのは"ねね"の魂で、俺達は互いにつながったのだから、間違いはない。それに……俺にしかわからないだろうが、あの頃の面影が残っている」
細められた双眸は、ひたすらに優しく甘い。
思わずドキリと跳ねた心臓。私は慌てて"ねね"さんじゃないんだから、と必死に戒める。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~
椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。
あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。
特異な力を持った人間の娘を必要としていた。
彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。
『これは、あやかしの嫁取り戦』
身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ――
※二章までで、いったん完結します。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※5話は3/9 18時~より投稿します。間が空いてすみません…
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる