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夢で出会った彼が旦那だと言うのですが

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「茉優ちゃん、彼氏いないっしょ? これまでいたこともないんだっけ。ならさ、ここらで一回経験的に付き合ってみるのもアリじゃん? 付き合ってるうちにさ、ホントに好きになってくるかもだし」

「あの、片原さん、冗談は……」

「ガチに決まってんじゃん。ねえ、いいでしょ? ちゃーんとがっつかないで、一年も待ったんだし。俺、けっこうマメだし優しいよ? まあ……"肉食"ってヤツではあるけど」

「!」

 背にあったはずの掌が、するりと腰から下に撫で降りていく。

(っ、やだ)

 ぞわりとした感覚は嫌悪のそれ。

「は、放して……っ」

「あーごめんごめん、びっくりさせちゃった? 大丈夫だって、言ったっしょ? 俺、優しいって。こーゆーのはさ、ちゃんと茉優ちゃんの気持ちが乗ってからにするから。今のはちょっとした冗談だって」

「っ、あの、本当に、彼女とか私には無理ですので」

「それって自分は可愛くないからとか、釣り合わないからとかゆー系? ぜーんぜん余裕だって。茉優ちゃん自分で思っている以上に魅力的だし?」

「ええと、だれかとお付き合いとか、考えていなくって」

「んじゃ今から考えたらいいじゃん。俺のこと、別に嫌いじゃないっしょ? 顔も悪くないし、金あるし。めちゃくちゃ条件いいじゃん」

(どうしよう、全然話が伝わらない……!)

 ぐいぐいと迫ってくる身体を必死に押し返そうにも、まったく歯が立たない。
 せめて掴まれている手だけでも振り払ってしまいたいのだけれど、相手はお客様だと思うと躊躇してしまう。

(もしかして、だから壁に近づいて駐車を?)

 私が、逃げだせないように。
 気づいた時には私は助手席のシートに背を押し付けられていて、瞳をぎらつかせた顔が迫ってくる。
 どうして、どうして勢いで乗車してしまったのか。

「ほーんと茉優ちゃんってさ、無自覚で煽ってくるよねえ」

「ちが、やめ……っ」

 激しい後悔と嫌悪に、涙が目尻に浮かんできたその時。

「んなーーー!」

 ビタン、と鈍い音に重なる、特徴的な声。
 動きを止めた片原さんと、示し合わせたようしにしてフロントガラスを見遣る。と、

「ね、猫……?」

 びたんと張り付いた、ふさふさのお腹。
 それも一匹だけじゃない。背を向けて腰を下ろした子や、尻尾を立ててボンネットを闊歩している子。今まさに飛び乗ってきた子に、この車に向かって歩いてきている子が更に数匹……。

「な、なんで猫がこんなに寄ってきてんだよ!?」

 にゃーにゃーと大合唱の猫たちに、片原さんが慌てて私から退いた。
 急いで運転席側の扉を開け、外に出ていく。

(今なら逃げられるかも)

 鞄を抱きしめ腰を浮かせた、刹那。

「俺の嫁に、なにをしてんだ?」

 開かれた扉から入り込んできた、凛と澄んだ声。
 空間の反響を纏わせてもなお通ったそれは、どこか、聞き覚えのある。
 コツコツと鳴るのは彼の靴音だろう。

「だ、誰だお前……!」

 取り乱したように声を荒げる片原さんの、視線の先を追う。
 薄暗い影の中、堂々たる足取りで現れたのは、ゆったりとしたシャツに細身のジーンズをまとった男性。
 彼は動揺する片原さんにも臆することなく車へと歩を進めてくると、車に乗る猫をちょいと撫でた。

(そんな、まさか。そんなはずは)

 予感に、心臓がばくりばくりと強く跳ねる。
 なおも猫にねだられた彼が俯いた拍子に、柔らかそうな白い髪がふわりと揺れた。

「俺か? 俺は彼女の旦那だ」

「だ、旦那!? はっ、んな嘘に騙されるわけ――」

「嘘ではないさ。なあ?」

 顔があげられる。
 かち合ったのは、薄暗さに負けない美しい赤い瞳。

(やっぱり、夢の――)

 固まる私に彼はとろりと瞳を緩めると、つかつかと片原さんを通り過ぎて、運転席の扉を開ける。

「遅くなって悪かったな、怖かったろ。もう心配ないからな」

 差し出された掌と、労わるような優しい声。心配げな微笑がちりりと胸をたきつけるのを感じながら、私も手を伸ばし、重ねた。
 嬉し気にいっそう笑みを深めた彼が、強すぎない力で私を引き上げる。

「出れるか? 足下、気を付けてな」

「なっ……なにしてんの、茉優ちゃん! 知りもしない男でしょ!? 危ないよ! ちょっと強引だったのは謝るから、早く車の中に戻って……!」

「だーから、言ったろ?」

 鞄を抱えるようにして歩き出した私の背を支えるようにして、彼が顔だけで片原さんを振り返る。

「俺は彼女の旦那だって。……人の嫁に無体を働いたんだ、それ相応の報復は受けてもらうからな」

「なっ……!?」

 途端、それまで静かだった猫たちが一斉に咆哮した。
 片原さんの悲鳴が響きわたる。

「片原さ……っ」

「見なくていい」

 振り返ろうとした私の瞼を、大きな手がそっと覆う。

「行こう。話したいことが山ほどある」

 ひどく優しいその声に、私は反射のようにこくりと頷いた。
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