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第3章 4歳児、悪役令嬢を助ける

1. 港町ビッチェ

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「おーい」

 アラルコンを出発して10日。
 飽きてきた。
 途中、御者役のクマ族と人族のハーフ、クマを煽って、超ダッシュしてみたのは楽しかったのだが、後からエリカに無茶苦茶怒られた。

 エリカの迫力に、『俺』の方が耐えられたのだが、『僕』はしっかりとびびって、ほんのちょっぴり、股間がしめってしまったのは秘密だ。速攻、癒やしの魔法を掛けて綺麗にしたけどね。回復だけじゃなくて洗浄効果があるというのは便利だ。

 スンには魔法の無駄遣いとして呆れられたけど……

「おーい」

 はぁ、それにしても暇だなぁ……

 この馬車には、まさに女子供しかいないという事もあって、どこかで情報が漏れたのか、まるでそれを知っているかのように襲ってくる山賊がいたり、弱そうだからと群れで襲ってきたオオカミなど、馬車での移動ではお約束のようなイベントが何回か発生したんだけど、僕がスンを構え、ちょっとだけ気合いをいれると、その場で180度回頭、もの凄い勢いで逃げていった。

 あいつら、こういう場所で生きているだけあって、危機把握能力が高いんだろうな。

 だが、それも最初の1週間だけだった。
 ここ3日は、そのイベントすら発生しない。

 あー、退屈だ。

「おーい」

 はぁ、天気がいいのが救いだ。

「おーい」

 ……うるさいな。

「エリカさん、ロランがさっきから呼んでいるよ」

 僕は定位置となった屋根から幌の中に顔を出し、僕たちが進んでいる街道の反対側から、こちらに近づいてきている馬車列の先頭で、しきりに手を振って呼びかけてくるロランの事を、馬車の中で呑気に寝ていたエリカに教えた。

「……ふにゃ……ロラン? うーん、ロラン……好き」
「エリカさん!」
「ふわぃ! 痛い!」

 エリカが幌の中で急に立ち上がろうとして、中にある柱に額をぶつけていた。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫……え? シャルル君、ロランって言った?」
「うん、言ったよ」

 エリカが服についている埃をはたきながら、まだ寝ぼけているのか、

「それでロランがなんだって?」

 と聞いてきた。

「だから、ロランさんが正面から近づいてきているよ。あと1、2分ですれ違う」
「へっ」

 エリカが慌てて、幌の中から顔を出し、進行方向を見つめる。

「あ、あの馬車の列?」
「そう。あの隊列にロランとエズの生き残りがいるはず」

 正確にはエズの難民かな。

「ほら、呼んでいるの聞こえない?」

 そういって、エリカに手を伸ばし、屋根の上に登ろうとしているのを手伝う。この馬車は荷台の前後に木枠が付けられており、間にある何本かの柱と木枠で幌を支えている構造だ。

 僕とスン、それにムササビ族と人族のハーフ、忍びのシノブは、日中は基本的に木枠の上にいる。

「うわ……高い……あ、あの手を振っているのがロランね」
「おーい」

 こっちが返事をしないものだから、ロランはまだ手を振りながら呼びかけ続けていた。
 焦らなくても、同じ道を進んでいるんだから、すぐ会えるのに……

 そう思って、僕は特に返事をしなかったのだが……面倒だったからでは無い。

「おーい、おーい、ロラン!」

 エリカが伸びのある声で呼びかけに答え、そして大きく手を振った。すると、ロランはこちらが反応したのがよほど嬉しかったのか、さらに大きく両手を振リ返してきた。

 エズの村と僕たちが目指しているビッチェの街は、アラルコンから最短距離で移動する場合、エズから2日ほど手前の分岐までは、同じ道をたどる。僕たちはその分岐を西側に折れてビッチェへ向かう予定だった。

 エズを出て1ヶ月はかかると行っていたロランと、アラルコンから、やはり1ヶ月くらいの旅程を計画していた僕たちは、ロランが地図に無いような道を迂回する事がなければ、10日から半月ほどの間にすれ違うのが当たり前だ。

 むしろ、すれ違う事を計算して、確実に情報交換が出来るよう出遅れた僕たちは急いだともいえる。けっして、馬車がジェットコースターのような速度が出たのが楽しくて調子に乗った訳ではない。

 結果、僕の判断が正しかったわけだ。予定よりは1,2日ほど早くロランに出会うことが出来た。

 僕は馬車列とすれ違えそうな場所があったので、そこまで進めた後、端に寄せてロラン達を待つようにクマに指示をした。やがて、ロランさん達一行がどんどん近づいてきて、僕たちの馬車と並ぶようにして止る。

 整備されているとはいえ、こんな何も無い道で、20台以上の馬車が並んでいるのは壮観だ。僕は何だか疲れた顔をしているロランさんに、馬車から飛び降りて、挨拶をした。

「ロランさん、お久しぶり」
「ああ、シャルル、無事だったか」

 僕への挨拶もそこそこに、ロランは、すぐに視線を幌の上で立っているエリカに向けた。
 ふん、そりゃ、恋人の方がいいよね。

「エリカ、大丈夫だったか?」
「ロラン……ふえぇん……ロラン!」
「お、おい、危ない」

 エリカがロランの胸を目がけて屋根の上から飛び降りた……のだが、いや、それ危ないって。
 いくらなんでも、位置的に僕たちの馬車を引いていた馬を2頭ばかり飛び越える必要があるので、エリカでは届かない。

「エリカァ!」

 咄嗟のことで、馬車の御者台から動けなかったロランは引きつった顔で手を伸ばすが、届くわけもなくタイミング的に間に合わない。エリカは、2頭の馬は何とか飛び越えたが、その先のロランまでは届かず、馬車と馬車の間へ真っ逆さまに落下していった。

 婚約者を亡くしたばかりの僕に気を遣う事なく、恋人同士の熱い時間を作ろうとした二人にイラッとはしたけど、さすがに普段からお世話にもなっている恩義もあるので、涙目で両手を広げたアホづらのまま落下するエリカが、地面に張り付く直前に、優しく足で落下速度を殺した上で、ロランの方にゆっくりと蹴り飛ばしてあげた。

「ロランー!」

 恋する乙女(30歳)は、すごいね。
 悲鳴一つあげず、そのままロランの胸に飛び込んでいく。ロランはそのエリカをしっかりと抱きしめた。

「ロラン! 怖かった! 殺されそうになった! 近衛師団が一杯やってきて! シャルル君がいなかったら死んでいた! もう会えないと思った!」

 とか言いながら、エリカはロランの胸で思い切り泣いている。

「いや、エリカ! 今が一番死にそうだったから。シャルルがいなかったから死んでいたから!」

 ロランはロランで、抱きしめながらそんな事を言っている。

 平気そうな顔をしていたので気がつかなかったけど、ここまで、たった一人の大人としてエリカは相当気を張っていたのだろう。見た目はともかく、同じ大人として申し訳ない事をした。ロランもロランで、僕を先行させたけど、エリカの事が心配でたまらなかったんだろうな。

 僕の事をないがしろにした事については目を瞑ろう。
 これが大人の対応というものだ。
 スンが馬車の上で、頷いていた。

***

 5分経過した。
 まだ、エリカはグズグズ泣いている。

***

 10分経過した。
 泣き止んだエリカと、ロランはいつのまにか熱いキスを……

***

 15分経過した。
 ロランを殴った……スンがどこから出したのかスリッパで。

「すまん、調子に乗った!」
「ごめんね、スンちゃん、シャルル君。久しぶりだったのと、今までの緊張が緩んで、つい……」

 僕たちだけでは無い。
 馬車に乗っていた子供達、ロランが連れてきたエズの難民。

 全員で取り囲んで、ぶつぶつと二人に文句を言っている。言葉の割に、みんなニコニコしているのは、久しぶりに、ホッとするような話題だからだろうか。

「それで、公都の状態はどうだ?」
「近衛騎士団の副団長が反乱を起こしたけど、首謀者2人をたまたま鎮圧したら、おとなしくなった。今は大きな問題は出ていないみたい」
「そうか……やはり反乱がおきたか……」
「ただ、僕が帰るのがもう半日遅れていたら、どうなっていたか解らないね。そういう意味ではロランさんの判断は正しかったと思うよ」

 僕の言葉に、ほっとしたようにロランは頷き、横目でエリカを見た。
 エリカも、誇らしげにロランを見つめる。

 どっかでやってくれ。

「僕たちは予定通り、ビッチェの街を目指しているけど、いいんだよね?」
「ああ、頼む。俺も予定通りアラルコンまで彼らを送ったあと、ビッチェへ向かう。運がよければ、ビッチェで追いつくだろう」

 その言葉にエリカが反応した。

「運が悪かったら?」
「先に行ってくれ。俺は他の船を使うか、別の港までいって、ジョウドを目指す」
「時間がかかるの?」
「最悪でも半年くらい……か」
「嫌! 今まで散々待たされて、また心配しながら、知らない土地で生活するなんて、私耐えられない!」
「エリカ……」

 エリカってロランには、こんな我が儘言う人だったんだ。僕たち子供と接している時の姿からは解らなかったな。

「だから、ビッチェでちゃんと待つ。ちゃんと待っているから、必ず迎えに来て。お願い、ロラン」
「……ああ、解った。全力を尽くす」

 なんだか二人で盛り上がっている所を悪いが……

「それって、僕らがロランさんが来るまでビッチェで待っていればいいだけだよね? 船もタニア商会の貨物船で、僕たちとタニアさん達の引っ越しのために用意してもらうから、日付の都合は着くよ。それにタニアさんも、遅れてくるしね……」

 と、水を差してみた。

「そうなの」
「うん」
「そうなのか?」
「うん」

 そこで二人は改めて周囲の生温い視線に気がついて、いつのまにか握り合っていた手を離す。

「じゃ、じゃぁ、そういう事で俺たちは行くよ」
「大丈夫? なんか疲れているみたいだけど……」

 気まずさに行こうとするロランだったが、先ほどから、少し疲れているような表情が気になっていたのだ。

「いや……隊列が長いせいもあって、いつもより襲われる回数が多かったのだ」
「そうなんだ」
「ああ、なんか必死な形相でこちらに向かってくる盗賊とか、これまたもの凄い速度で、こちらに向かってくるオオカミの群れとか……いつもなら、これほど多く襲われる事は無いんだけどな」

 なんでだろうね。
 何か原因があるのかな。僕以外の理由で。

「そういう事もあるんだね。僕たちも気をつけよう」
「ん」

 僕と僕の隣に座っていたスンは、顔を見合わせ頷き合う。

「それに、ここまでの道でそんなに襲われたって事は、この後、アラルコンまでは平穏だと思うよ」

 今頃、エズの村あたりで山賊の集団とオオカミの集団が闘っていたりして。

「道中、気をつけてね」
「お互いにな」

 最後は、国際ライセンス持ちの冒険者らしく、キリリとした表情でロランは隊列を率いて、出発した。

「さて、僕らも出発しますか。ロランさんの話では分岐まで2週間はかからないくらい。分岐から5日くらいでビッチェに着くはずだって」

***

 その後の道中もこれといったイベントもなく、天候にも恵まれた事で、ロランと別れてから16日後。予定よりも4日早いペースで、ビッチェの街へ到着した。

「女と子供だけ? どこから来た」

 街道沿いにある街の入口に衛兵が立っており、それこそ、女子供だけで特に怪しくないはずの僕たちは誰何された。
 
「怪しいな」

 いや、怪しまれていたのか? こんなに可愛いのに?

「アラルコンから避難してきました」
「避難……そうか。それは大変だったな」

 その言葉に衛兵はすぐに同情したような表情になる。どうやらアラルコンの事情が伝わっているらしい。

「ここまでお前達だけでここまで来たのか……ここよりも近いエズへはいかなかったのか?」

 という問いには、道中でエズの避難民に会って情報を仕入れた事にした。そして、伝手を頼って、クロイワ大公国まで行こうとしている事を告げた。

「そうか。伝手があるなら、その方がいいかもな。エズの村の壊滅は、調査団を出したので確認できたが、公都の状況は、先日、同じようにアラルコンから来た者から、公王陛下が行方不明だという話しか入っていないのだ。今、公都はどうなっている?」

 そう衛兵から質問を受けたので、エリカが解っている範囲で正直に答えた。

「公王陛下だけでなく、公王一家が全滅、しかも近衛騎士団の反乱だと……」

 公都の状況を聞いた衛兵は僕たちがタニア商会に身を寄せると説明すると、衛兵はタニア商会の場所を説明した上で、街の中へ導き入れた。

「私はすぐに上司に公都の状況を報告しにいく」

 と行って、走り去ってしまった。
 衛兵が誰もいなくなったけど、大丈夫なのかな……と思って眺めていると、すぐに別の衛兵が走ってきて、入り口に立った。

 まだ入り口付近でウロウロしていた僕たちを見ると、早く行けというばかりに手を振った。

「行こうか……」

 そういって、少し馬車を進めると、突如視界が開けた。

「うわぁ……」
「きれい!」
「すごーい」

 街への入口を入ってすぐ先から海まで、なだらかに下っているため、街が一望にできた。
 僕たちはその景色に魅せられ、口々に感嘆の声を漏らす。

 ビッチェの街は、アラルコンとは違い、低い建物ばかりが立ち並んでいる。海へ向かう緩やかな丘陵地帯に構成された街なのだろう。海岸の真ん中には何本かの桟橋が並んでおり、そこに小舟が並んでいた。沖合には大型船が浮かんでいて、桟橋とその大型船の間を小舟が往復しているようだった。

 海岸線は砂浜なので、大型船用に港を着くって停泊という訳にはいかなかったんだろうな。

 丘陵部に建てられている建物にも特徴があった。ほとんどの建物は、白い壁とオレンジかかったような色の屋根で統一されており、街全体が芸術作品のように仕上がっている。

「あの建物がなければ完璧なのになぁ」

 一箇所だけ異彩を放つ建物が建ち並んでいた。
 せっかく低い建物と同系色で統一されているのに、街の中央部に黒い壁で囲まれ、あちらこちらに金の装飾がある、これまた黒色の大きな建造物が6つほど並んでいるのだ。

 統一された風景の中で際立っている姿は、悪趣味意外の何者でもない。

「そうね。何の建物でしょうね……」

 エリカも同じように感じたのだろうか、その口調には若干、批難しているような雰囲気があった。

 だが、観光に来たわけではないし、さすがに1ヶ月弱の馬車旅には疲れてしまった。いつまでも街を眺めているよりは、ゆっくりと休みたい。

 という事で、

「とりあえず、タニア商会を探して、宿を紹介してもらおう。久しぶりにベッドで眠るぞ!」

 と僕は提案。蒼龍の鱗があるので、多少の贅沢も出来る。
 僕の言葉に、馬車に乗っていた子供達は、喝采を上げて喜んだ。
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