11 / 78
第2章 フェロル村
10. 日用品
しおりを挟む
痛みの記憶が恐怖となって、震えが来る。
明日以降、この恐怖で身が竦んだりしないよう、己を鼓舞し、克服しなければならない。妻がリリィとの話しを終え、寝室に戻ってきた。俺は、妻にしがみつき、その体温にようやく安心し、深い眠りに落ちた。
----------
一晩寝たら元の世界に戻るなんて事は無かった。だが、期待してしまうのはお約束というものだろう。
起きた瞬間にカーテンを開け、現実を改めて知る。
「お父さん! お姉ちゃんがリリィと変な事してる!」
息子が寝室のドアを開けて叫んだ。
ミントも一緒に入ってくる。
「朝からどうした?」
その声に、ひとえも目を覚ました。
息子の表情から、危険が迫っているというより、何か、言いつけに来たという感じだったので、ゆっくりと起き上がり、リビングまで行く。
「ユイカ、どうした…………あ?」
リビングへ入ると、ジャージ姿に鉢巻をし、雑誌でメガホンを作っている娘と、その前でテレビに向かい、ヘッドフォンをつけながら楽しそうに踊っているリリィの姿だった。
「あ、パパ、おはよう。リリィはダンスの才能があるわ。顔がいいだけじゃアイドルはやっていけないもんね。歌って踊れて顔面偏差値! これが揃わないと、トップは目指せないわ」
「いや……何をやっているんだ……」
「彼女は最高よ!」
もう鼻血が出てるじゃん。
ミントがティッシュを1枚くわえてきて、ユイカに渡した。
「おはよう。リリィさん」
後ろから妻の声がした。
「は、はひー。奥様、おはようございます」
リリィが直立不動になる。昨晩はかなり締め付けられたみたいだね。
「昨日もお約束したとおりユイカ様の指導の元、練習しております」
「はい。結構。それでは昨日伝授した、タナカ家の家訓を大きな声で」
「はっ」
そこでリリィが立ち上がり、直立不動の姿勢。両手は後ろに組んで、
「アイドルは恋愛禁止、つり橋効果は死の病!」
「近づきません中年に! トキメキません中年に!」
「命をかけて守ります。このタナカ家の未来と自分の操!」
豪快な宣言だった。
ひとえが冷ややかにこちらを見る。
「み、水しかでないけど、とりあえずシャワー浴びてくるよ」
「あ、僕も浴びる」
俺はその場を逃げ出した。浩太と二人で風呂に向かった。
----------
親子で仲良くシャワーを浴び、身体を拭いて着替えてから、洗濯機を回す。
「あー、洗剤と柔軟剤のストックが切れたら困るなぁ」
食料だけなく、この家で快適に生活するには必要な日用品が沢山ある。
「ひとえ、トイレットペーパーのストックは、どのくらいある?」
「あー、あと3本くらい。外に出かけるついでに、トイレットペーパーを買って来て……っていう訳にはいかないわね……どうしましょう……って、あら」
「ん、どうした?」
リビングに戻る。
食卓を囲んで、皆が呆然としている。
「えーと、これ、トイレットペーパー?」
「そう……みたいなのよね」
食卓の上に未開封のトイレットペーパー12ロール(ダブル)が乗っている。
「これ新品だよね、どうしたの?」
「今、あなたと話をしていたら突然、食卓の上に出てきたの」
「気がついたら目の前にあったよ」
「家族とリリィさん以外、誰も動いていない」
ユイカもミントも、トイレットペーパーがなぜ食卓にあるのか解からないみたいだ。
こ、これはもしかして……
「ひとえ、さっきみたいに何か必要なものを言ってみて」
「え、えーと、ティッシュペーパー」
何も起こらない。
何か足りないんだな。
「『買って来て』って、後ろにつけて、もう1回言ってみて」
「ティッシュペーパーを買って来て」
食卓の上にティッシュペーパー6箱セットが現われた。
よし。
「あ、これは便利ね」
ひとえが、神に祈った力。「生活に困らない」が電気ガス水道以外にも活きていた。そりゃそうだ。電気ガス水道だけじゃ生活は出来ない。この生活にようやく希望が見える。
その後、食材や日用品を色々と出してみた。常識的なストックの範囲であれば現れてくるようだ。ティッシュ100箱のような事は出来なかった。転売目的……とはいかないようだ。
「自転車を買って来て」
自転車は出た。
階段の上なので、下まで持って行かないと使えないけど……
「自動車を買って来て」
ちょ、ちょっと待て。食卓の上に車はまずいし、玄関からも出せない。
……と焦ったが、出てこなかった。危なかった。
階段の下に軽自動車があれば便利だけどな。
「ひとえ、とりあえず、その辺で……購入するお金がどこから出ているのか怖いし」
一応、あとはひとえに任せよう。目先の話として一番大切な家族の安全と日常生活の担保ができた。
明日以降、この恐怖で身が竦んだりしないよう、己を鼓舞し、克服しなければならない。妻がリリィとの話しを終え、寝室に戻ってきた。俺は、妻にしがみつき、その体温にようやく安心し、深い眠りに落ちた。
----------
一晩寝たら元の世界に戻るなんて事は無かった。だが、期待してしまうのはお約束というものだろう。
起きた瞬間にカーテンを開け、現実を改めて知る。
「お父さん! お姉ちゃんがリリィと変な事してる!」
息子が寝室のドアを開けて叫んだ。
ミントも一緒に入ってくる。
「朝からどうした?」
その声に、ひとえも目を覚ました。
息子の表情から、危険が迫っているというより、何か、言いつけに来たという感じだったので、ゆっくりと起き上がり、リビングまで行く。
「ユイカ、どうした…………あ?」
リビングへ入ると、ジャージ姿に鉢巻をし、雑誌でメガホンを作っている娘と、その前でテレビに向かい、ヘッドフォンをつけながら楽しそうに踊っているリリィの姿だった。
「あ、パパ、おはよう。リリィはダンスの才能があるわ。顔がいいだけじゃアイドルはやっていけないもんね。歌って踊れて顔面偏差値! これが揃わないと、トップは目指せないわ」
「いや……何をやっているんだ……」
「彼女は最高よ!」
もう鼻血が出てるじゃん。
ミントがティッシュを1枚くわえてきて、ユイカに渡した。
「おはよう。リリィさん」
後ろから妻の声がした。
「は、はひー。奥様、おはようございます」
リリィが直立不動になる。昨晩はかなり締め付けられたみたいだね。
「昨日もお約束したとおりユイカ様の指導の元、練習しております」
「はい。結構。それでは昨日伝授した、タナカ家の家訓を大きな声で」
「はっ」
そこでリリィが立ち上がり、直立不動の姿勢。両手は後ろに組んで、
「アイドルは恋愛禁止、つり橋効果は死の病!」
「近づきません中年に! トキメキません中年に!」
「命をかけて守ります。このタナカ家の未来と自分の操!」
豪快な宣言だった。
ひとえが冷ややかにこちらを見る。
「み、水しかでないけど、とりあえずシャワー浴びてくるよ」
「あ、僕も浴びる」
俺はその場を逃げ出した。浩太と二人で風呂に向かった。
----------
親子で仲良くシャワーを浴び、身体を拭いて着替えてから、洗濯機を回す。
「あー、洗剤と柔軟剤のストックが切れたら困るなぁ」
食料だけなく、この家で快適に生活するには必要な日用品が沢山ある。
「ひとえ、トイレットペーパーのストックは、どのくらいある?」
「あー、あと3本くらい。外に出かけるついでに、トイレットペーパーを買って来て……っていう訳にはいかないわね……どうしましょう……って、あら」
「ん、どうした?」
リビングに戻る。
食卓を囲んで、皆が呆然としている。
「えーと、これ、トイレットペーパー?」
「そう……みたいなのよね」
食卓の上に未開封のトイレットペーパー12ロール(ダブル)が乗っている。
「これ新品だよね、どうしたの?」
「今、あなたと話をしていたら突然、食卓の上に出てきたの」
「気がついたら目の前にあったよ」
「家族とリリィさん以外、誰も動いていない」
ユイカもミントも、トイレットペーパーがなぜ食卓にあるのか解からないみたいだ。
こ、これはもしかして……
「ひとえ、さっきみたいに何か必要なものを言ってみて」
「え、えーと、ティッシュペーパー」
何も起こらない。
何か足りないんだな。
「『買って来て』って、後ろにつけて、もう1回言ってみて」
「ティッシュペーパーを買って来て」
食卓の上にティッシュペーパー6箱セットが現われた。
よし。
「あ、これは便利ね」
ひとえが、神に祈った力。「生活に困らない」が電気ガス水道以外にも活きていた。そりゃそうだ。電気ガス水道だけじゃ生活は出来ない。この生活にようやく希望が見える。
その後、食材や日用品を色々と出してみた。常識的なストックの範囲であれば現れてくるようだ。ティッシュ100箱のような事は出来なかった。転売目的……とはいかないようだ。
「自転車を買って来て」
自転車は出た。
階段の上なので、下まで持って行かないと使えないけど……
「自動車を買って来て」
ちょ、ちょっと待て。食卓の上に車はまずいし、玄関からも出せない。
……と焦ったが、出てこなかった。危なかった。
階段の下に軽自動車があれば便利だけどな。
「ひとえ、とりあえず、その辺で……購入するお金がどこから出ているのか怖いし」
一応、あとはひとえに任せよう。目先の話として一番大切な家族の安全と日常生活の担保ができた。
0
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
【完結】精霊言語の通訳者
入魚ひえん
ファンタジー
国の辺境に位置する領主の令嬢フェアルは、入ることを禁じられた森で一晩を過ごし、帰ってきた時には、人ではない姿となっていた。
呪われていると家族から疎まれ、婚約は破談となり、それ以来幽閉されている。
ある日、とある王子と小窓ごしに話していると、10年ぶりに外へ連れ出された。
「ごめんなさい! 私を助けるために、ほぼ一文無しにさせてしまって!」
「フェアルを助けるなんて、俺、言ってないけど」
「え」
「なんか勘違いしてるみたいだけど。おまえ、呪われていないからな」
******
閲覧ありがとうございます、完結しました!
シリアスとコメディ混在のファンタジーです。恋愛要素あり。甘めなおまけ付き。
お試しいただけると嬉しいです。
結婚までの120日~結婚式が決まっているのに前途は見えない~【完結】
まぁ
恋愛
イケメン好き&イケオジ好き集まれ~♡
泣いたあとには愛されましょう☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
優しさと思いやりは異なるもの…とても深い、大人の心の奥に響く読み物。
6月の結婚式を予約した私たちはバレンタインデーに喧嘩した
今までなら喧嘩になんてならなかったようなことだよ…
結婚式はキャンセル?予定通り?それとも…彼が私以外の誰かと結婚したり
逆に私が彼以外の誰かと結婚する…そんな可能性もあるのかな…
バレンタインデーから結婚式まで120日…どうなっちゃうの??
お話はフィクションであり作者の妄想です。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを
なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。
二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。
勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。
思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。
そして気付けば赤ん坊に。
異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。
ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。
★★★ ★★★ ★★★
本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。
現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。
【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。
さくっと読める短編です。
※完結しました。ありがとうございました。
閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。
(次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)
チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~
クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。
だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。
リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。
だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。
あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。
そして身体の所有権が俺に移る。
リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。
よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。
お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。
お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう!
味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。
絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ!
そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる