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第1章 引越先は訳ありでした

5. 初めての外出

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 リリィがミントをじっと見つめる……やはり犬が話すというのは、こちらの世界でも無い話か。

「あ、あ、失礼しました。さ、さすが、勇者の国のご家族。犬まで喋るとは、恐れ入りました」
「あー、これの事は気にしないで。こっちもついさっき、犬が喋るという驚愕な事実に向き合ったばかりだから」
「そうなんですか。ふむ、こちらに降臨された影響でしょうか。わかりました」

 なんだか良く分からない納得の仕方をしてくれたが、良しとしよう。

「それでリリアナさん」
「リリィとお呼びください」
「リリィさん。まずは聖地とは何だろうか?」
「聖地とは、光のカーテンがある場所の事を指します。光のカーテンは、聖ダビド王国内に92箇所見つかっており、その全てが聖地とされています」
 
 リリィは、光のカーテンと言いながら、俺たちが通ってきた光の壁を指差していた。これが92箇所もあるのか。聖地の大盤振る舞いだな……

「ここは我が王国の中では一番辺境にあるのと、場所が場所なため、このような丸太小屋しかありませんが、場所によっては立派な神殿などで祀られております」

 光のカーテンは元々存在していて、そこに小屋や神殿を作ったりしているんだな。

「そして、神託では聖地の場所の指定がなかったため、王族を長とする迎賓部隊が全ての聖地に派遣されました。それが4か月ほどの前の事です………が……、救世主様が現れたという情報がいつまでも来ないため……みんな、先に帰ってしまい……私一人でここに残って……」

 あれ、少し涙ぐんでる?

「今は、この先の村に下宿させていただき……さすがに無償で置いてもらう訳にもいかないので……農作業などを手伝いながら……お金なんて持っていませんしね……毎日毎、こちらへ救世主様が降臨していないか……ずっと階段の下で……」

 ぼっちだったのか。

「……もう正直、無理だと思っていました。きっと、中央の神殿かなんかに救世主様が現れて、それをしばらく経ってから手紙かなんかで知って、自力で帰還という指令が来るんだろうな、でも、ここから一人で王都に戻るなんて危ないし、旅費は無いし、もういっその事、下宿先の近所の農家の息子に嫁ぐのもいいかな……なんて。男爵家の従士って言っても、所詮平民扱いですし、基本的に現物支給なのでお金は無いし、それだったら農家の嫁も悪くないかな……って、なんでこんな事になっちゃったんだろう、私」

 妻がリリィのために箱ティッシュとお茶を持ってきました。

「あー、まぁ何ていうか。頑張って下さい」
 涙を拭いて、鼻をかんで下さい。

「あ、変な話をしてすみません。お茶ありがとうございます」

----------

「話を戻しすと、救世主という話と世界を救うという話がありましたが……」
「神託では、現在、この世界は危機に瀕しているそうなので、この世界の創造主である孫神まごがみが勇者の国から救世主を聖地に送ってくれる事になっています」

 孫神? これは後で確認しよう。

「そうですか……お話はわかりました。ただ、先に誤解の無いように言っておきますが、私たち家族は救世主ではありません。確かに他の世界から、連れてこられたようですが……」

「そんな事はありません!」

 力強く否定された。

「先ほど失礼ながら奥様が光のカーテンを使って出入りするのを確認させていただいています。まさに神託通りなんです」
「いや、そこは普通に通り抜けられるし、向こう側もただの部屋だしなぁ」
「ご冗談を……光のカーテンは通り抜けられません」
「そんな事は無いって、ちょっとやってみましょう」

 そう言いながら光の中へ手を入れる。

「ほらね」

「いえ、入りません」

 リリィも手を伸ばすが、何かに阻まれるように手が止まる。
 それを見て、ひとえがリリィの手を持って、そのまま光の中へ入れようとするが……

「駄目ね。磁石の同じ磁極を合わせたみたいな抵抗があるわ」

 我々家族しか入れないのか? 荷物なんかは出し入れできていたんだけどな……

「リリィさん、何か持ち物を貸してくれないかな? 何でも良いけど……」
「持ち物……こんなものでも良いでしょうか」

 首に下げていた小さな巾着袋を受け取った。ジャラジャラ言っているので、小銭入れだろう……それを光の中へ放ってみる。巾着袋は何の抵抗もなく、光の中へ入った。物は大丈夫そうだ。

「ありがとう、ん? リリィ?」
「わ、私の全財産……」
「小銭じゃねーのか」

 思わず突っ込んだ。
 再び涙目になったリリィに、妻が新しいティッシュをそっと差し出す。
 いくら救世主だと思っても、初対面の人間に全財産預けるっていうのは、セキュリティ意識が無さすぎるだろう。
 さっきから薄々は感じていたが、こりゃ、かなり残念な子だな。

「僕が取ってくるよ」

 足元で座っていたミントがさっと光の中へ入り、巾着袋を咥え、すぐ出てきた。リリィの前でおすわりをし、尻尾を振っている。

「ありがとうございます。ミント様」
「いえいえ、どういたしまして。リリィ」

「とりあえず、タナカ家の皆様は勇者の国から来た救世主様で間違いありません」
「うーん、困ったな。別の世界から来たのは事実だからいいとして、そこは勇者の国でも無いし、特に何かを救うといった使命を帯びてきたわけでも無いんだけどな。チンチクリンな神様に無理矢理連れてこられた憐れな家族として大切に扱ってもらえると助かる」

「申し訳ありません。私は救世主様が降臨された場合、村から早馬を出すようにとしか指示を受けていないので……」
「そうですか……あ、食料の調達などで、その村にはご挨拶させていただきたいのですが、村まで案内していただいてもよろしいでしょうか」

 リリィの了解が取れたので、

「俺だけで、先に村に行ってきてもいいかな。ちょっと様子を見たいし。村の偉い人かなんかに挨拶だけして戻ってくるよ。みんなは時差の解消に、もう寝ちゃった方がいいと思う」
「そうね、浩太……は寝てるし、ユイカももう寝た方がいいわ。私も先に休ませてもらうわね」
「パパさん、僕も連れて行って!」

 ミントがこちらをじっと見つめ、尻尾を振る。

「……という事で、ひとまず私だけになりますが、村に連れて行ってください」
「解りました。もうすぐ出発できますか?」

 まだ尻尾を振っている……仕方が無い。

「大丈夫です。それと、ミントも連れて行って大丈夫でしょうか」
「それは大丈夫だと思います。村で喋り出すと、ちょっとびっくりされると思いますが……」
「そこは気をつけよう。いいな、ミント」
「わん」

 いや、口で「ワン」と言ってちゃ駄目だろう……

「あ、ちなみに今、何時くらいになりますか?」
「え、あ、はい。そうですね。ここだと正確な時間は解りませんが、だいたい正午を過ぎたくらいの時間のはずです」
「1日は何時間?」
「24時間です。王都の市街区では朝の6時から夜の6時まで1時間ごとに鐘を鳴らして時間を知らせているんですよ。ただ、この近くの村の様な辺境では、明るくなったら朝で暗くなったら夜くらいの区切りしかありませんので、時間がわからないんです」

 1日は24時間、日本との時差が約12時間くらいって事か。あとで腕時計を合わせよう。

「だいたいの時間は太陽の位置で、わからりますよね?」
「太陽? それは何でしょうか?」
「え? 空にある太陽ですが……?」
「すみません。空に太陽というものはありませんが……」

 ようやく、異世界っぽい設定がきたね。しかし、どうやって明るくなったり暗くなったりしているのだろう……
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