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第一章 旅立ち

しきりなおし

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 ふむ。どうやらアプローチを間違えたようじゃ。
 異世界から勇者を召喚したら断られてしもうた。
 
 家族も恋人も友人もいない独り身で、急にいなくなっても世界に与える影響が限りなく小さく、本人の意思でこちらに来ると決めた人間なら召喚してよしという取り決めで召喚した男が去ろうとしている。

 向こうの世界では小さくとも今のわしには結構な問題じゃ。困った。
 
 他の者と契約できなくもないが、それにはまずあの者の契約を切り、そしてまた一から話を持っていき勇者となるものが現れるのを待たねばならぬ。

 めんどうだのう。

 主神から魔王討伐の命を頂くまではだらだ・・・いや、のんびりと暮らしていたのに、たまには亜神としての務めを果たせと勇者を導く役目を賜り、幾多の世界と交渉して勇者が来るのを大木のもとで待ち続け、ようやくひとつ進めると思ったものを。勇者がおらねば役目が果たせぬ。のんびりした生活に戻れぬではないか。
 
 あの者を勇者となるよう説得するか、他の者に変えるか。どちらにしろめんどうな。

 いや、待てよ。むりに説得せずともよいのではないか?

 要は、魔王討伐が果たせればよいのじゃ。幸い他の亜神にも同様の命があったときく。そのうちの誰かが魔王を倒すまであの者と共に居り導いて(説得して)おれば役目を果たしていないとは言えぬはず。

 さすれば、わしはゆるゆるとあの者を説得しよう。あくせくと働くことなくのんべんだらりとした生活に戻れるという心算!
 
 むろん、あの者がやる気になればそれはそれでよし。
 完璧じゃ。

 そうとなればあの者の後を追い説得にかかろう。
 もちろん強制はせぬよ。


「なんでついてくるんだ?」
「お主が勇者にならずとも、わしにはお主をこの世界に召喚した責がある。よって同行いたそう」

「余計なお世話だ」
「そう邪険にするでない。ところで、どこにいくつもりなのじゃ?」
「それは・・・」

 自由になると宣言して勢いで歩き出したものだから考えていなかった。そもそもここがどこなのかすらわからない。

「ふむ。とりあえずその血を洗い落とすかの?あっちに川があるぞ」 
 確かにまっぱに血だらけな状態なのは何とかしたい。特にまっぱを。だが現状では無理だ。せめて血だけでも落としておこう。

「・・・どこに?」
「わしについてまいれ」

 先導するねこの神様・・・ねこ神様とよぼう。ねこ神様について行き、川についた。
 川は膝下と浅いが広く、澄んだ水が流れていた。

「おお。きれいな川だな」

 水浴びをするより先に手のひらで水を汲んで喉をうるおした。生水は衛生的によくないとわかっているが今は気にしてられない。少なくとも美味しい水だった。

 心地よい冷たさの川に入って三歩目。川の流れに足をとられて転び川底に頭を打った。

「ぶばっ・・・っ!ぐうぅぅぅ」
 川のなかに座り込んでたんこぶを押さえていると、ねこ神様があきれたように言った。

「勇者よ、死んでしまうとは情けない」
「死んでないっ、たんこぶができただけだ!」

 なんでそのネタを知っている?偶然か?言っていいのか?
 疑問はあるがそれはともかく。

「勇者って呼ぶのはやめてくれ。自分は勇者になるつもりはない」
「なぜならん?勇者となれば王公諸侯から歓迎されように」

「歓迎するのと一緒に無理難題も押し付けてくるだろう。勇者だからってムチャぶりされるのは嫌なんだよ。能力もないのに無理にあがくと自分だけじゃなく回りにも被害が出かねない。だから無理せず身の丈にあったことをしていきたいんだよ」

「ほぉ」
 岩の上に箱座りしているねこ神様が目を細めた。

「なんだよ」
「わしへの反発心から断っているのかと思っておったのだ。しかし、お主はお主で考えがあった。感心じゃ」

 反発心もちょっとあるけどね。なんでやたらと偉そうなんだ。何様のつもり・・・神様か。

「時間をかければ身の丈も成長しよう」
「ん?成長?」
 なぜだろう。成長という言葉に漠然とした不安を感じる。

「さよう、成長する。成長するということは老いることにつながる。お主は死なぬ身だから、老いて体を動かせず骨と皮だけのミイラになろうと生き続けられる」
「もはや呪いじゃねえか!解除方法は?」

「二つある。ひとつは契約を破棄することだが、これをやるとお主は死ぬ。ホーンラビットに殺されたお主が生きているのは契約あってこそ。契約がなくなれば命もなくなる」

「ふ、二つ目は?」
「魔王を倒すこと。さすれば、契約は完了し、限りある命にもどるじゃろう」
「結局、魔王を倒せってことか・・・」

 こんな罠があるとは思わなかった。

 がくりと肩を落とす。
 
 せっかく異世界に来たんなら旅して見て回ろうかと思ってたのに。
 しかし、魔王を倒さないと将来ミイラになる。死なないとはいえ一人で倒せるだろうか。誰か協力者・・・。そうだ、他の人間!

「なぁ、もし自分以外の奴が魔王を倒したらどうなるんだ?」
「お主自身で倒さねば褒美は与えられぬが、契約は終わる。この場合も限りある命に戻るじゃろう」 
 褒美?そういえばメールにあったな。だがそんなことはどうでもいい。

「よし。なら魔王のことは誰かに任そう」
 最終手段でミイラになる前に契約を切ろう。

「それほど勇者になりたくないか。・・・まあ好きにすればよい」
「いいのか?」
「お主の人生じゃからな」

 もっとしつこく魔王を倒せと言ってくるかと思ったが、自分の意思を尊重するのか。言動はあれだが意外といい神様なのかもしれない。
 
 川のなかに座って話しているうちに血も流れたので川から上がる。ねこ神様が座っているのとは別の岩に座って乾くのを待つ。温暖な気候でよかった。寒いところだったら風邪を引くところだ。

「ねこ神様」
「誰がねこ神じゃ!?」
 敬称でよんだのに怒られた。

「名前を知らないし」
「そういえば名乗っておらなんだな。わしは主神レイクウェンシルにつかえる亜神ベルラロロシアルじゃ」

「じゃあシアルとよぶよ」
「よび捨てか!?」
「長いから」
「ああ・・・。いや違う!敬称をつけよ!」

「シアルねこ神様?」
「ねこ神様はのけよ!」
「シアル」
「おおぅ・・・」
 頭を抱えるねこなんてはじめて見た。

「自分は横山勇太。ユータとよんでくれ。これからよろしく、シアル」
「・・・ふぅ、しかたないのう」

 しぶしぶという様子だがシアルとよんでいいようだ。
 
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