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しおりを挟む翌日。
街が見えたのは太陽が一番高くなる頃だった。
石壁の外壁を見て、アイリスは安堵に涙が出そうになった。
「お前、アイリスか?」
門から入ろうとしたら門番に呼び止められた。
「え? あ、リジ兄?」
リジ兄は孤児院にいた。三年前に成人して出ていって、それから会うのは初めてだ。
「久しぶり。兵士になったんだ」
「まあ、な。それより、服についてるのは血か? 何があった?」
「え、ええと······」
今のアイリスの格好は、半袖のすその長いチェニックに、くるぶしまでのズボン、布靴だ。くすんだクリーム色のそれらに赤い血が飛び散っている。特にズボンがひどい。刺された場所には穴が空いているし、そこから下はほとんど真っ赤だ。
「こ、これは、その······染めようとしてっ、失敗しちゃってっ」
「······」
本当のことは言えない。あたふたとごまかそうとして目が泳ぎまくる。挙動不審になってしまった。リジ兄も怪しんでいる。
「言いたくないなら、無理に聞かねぇよ。いや、一つだけ、怪我はしてないな?」
「大丈夫」
「そうか。そういえば、アイリスは成人か?」
「うん。十五だよ」
「成人は街に入るとき税を払うことになってんだが······」
「え!?」
追求されずにほっとしたものの、困ったことにお金を今持っていない。家に帰ればわずかながら貯えがあるが、家は街の中にある。入れない。
「······今回は俺が払っといてやるが、次から気を付けろよ」
「ごめん、リジ兄。ありがとう」
「おう。子供は税はないから、もう二人とも通っていいぞ」
子供と言われてラビが眉をしかめたが、何事もなく街に入れた。
「ここに住んでんのか」
「うん。ここが私の家」
アイリス達は街に入ってすぐに家に帰った。
大通りから外れていりくんだ路地の中にある二階建てのアパート、その二階の一部屋をアイリスが借りている。
「狭いな」
ラビの呟きに、アイリスは苦笑した。
確かに部屋は狭い。人が三人寝転べば、それでいっぱいになる狭さだ。孤児院にいたときから使っているぺしゃんこの古いクッションと毛布、煙突掃除のための道具が、さらに部屋を狭くしている。
それでも、雨風を凌げる部屋があることをアイリスは幸運だと思っていた。
「そんじゃあ、魔力のーーいや、その前に方針を決めとくか」
「方針? あ、クッション使う?」
床に座ったラビは首をふった。
「いや、いい。お前はどのくらい強くなりたいんだ?」
「どのくらい······?」
戸惑いながらアイリスも座る。クッションは使わなかった。なんとなく。
「例えば、この世界で一番強くなりたいとか」
「ううん。そこまでは、え、できるの?」
「難しいな。······お前より強い奴を全員殺せばなんとか?」
「一番じゃなくていいです。生きていけるだけの強さがあればそれで」
アイリスはぶんぶんと首をふる。それだとほとんどの人が死んでしまう。
「ただの例えだ。鍛えられるだけ鍛える、でいいか?」
「うん」
「それでーー魔力の方だが」
ラビが握手のように手を出したのでアイリスはその手を握った。魔力が集まっているらしく熱い。
「俺の魔力をお前に流し込む。うまくいけば今日中に出来るようになるが、相性が悪いと使い物にならなくなったり、最悪死ぬ」
「き、危険なんだ?」
「魔力の扱いが下手な奴がやると死ぬ可能性が高くなるな」
時間がかかるけど安全な方法か、早いけど危険な方法か。
アイリスは悩むことなく選んだ。
「今お願い」
手を強く握って意思を伝える。
ラビは意外そうに目を見張り、すぐに笑って応えた。
握った手にピリッと静電気を感じたとたん、そこから全身に痛みが広がった。
「ああああああああッ!!」
体の中をビリビリと走り回る痛みに悲鳴が上がる。視界がちかちかとまたたいて頭のなかが真っ白だ。いつまでも続きそうな痛みが和らぐと、痺れたような鈍い感覚が残った。
「あ、ぁ、はぁ、······終わった、の?」
「終わった」
アイリスが息も絶え絶えに聞くとラビは頷いた。
痛みはもうないものの、すごく体が重い。繋いでいた手がいつの間にか外れている。ふっと意識が遠のいて床に倒れそうになったのをラビが支えた。
閉じようとする意識に抗えず、ラビに支えられたままアイリスは気を失った。
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