カフェで見つけた先生

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 一目惚れした先生が何の先生かは秘密。


 出会った時、その人は座っていても背が高くて眼鏡をかけていて、一人で勉強していた。


 この街にはたくさんの学生が住んでいる。私が通う女子大を入れて三つの大学がある。音楽大学もあるし、街全体的に女子が多い。


 私は一人暮しをしているマンションの近くのカフェで勉強していた。一つ向こうの席で勉強していた彼が気になった。あーこの人、絶対勉強できる人だって思った。それに、カッコイイ。


 カフェは食事じゃなくて勉強するために、たまに利用していたけれど、その日は珍しく空いていて、ほとんど人がいなかった。私は勇気を出してその人に話しかけてしまったのだ。

 勉強がわからなすぎるから!


 初めて個人的に教えてもらった時、まるで「どの教科でも教えられます」みたいな感じだった。私はといえば、どの教科もわかりません……な女子大生だった。秘密って、つまりそういうこと。この近くの女子大の、保育学科にだけ合格したのだ。


 教えてもらえたことに安心してしまった私は、来週またここで教えてもらう約束をした。





 二回め。私は嬉しかったのと緊張とで、肝心な教科書を忘れてしまった。完全にデート気分だった。

「何しに来たの?」
と言われて、呆れられたことに気づいた。私ってバカだ。近くだったから、マンションに取りに帰った。



 そんな始まりだったのに、先生は意外にも私とつきあってくれることになった。私からアプローチしたのに意外にも、というのは変だけど、ちょっと押してみてダメだったらあきらめようと思っていた。私の周りにはいないタイプだし、断られたら合わないと思うことにしようと思っていた。

 私は頭が良くないし、本当は全然勉強が好きじゃない。保育のことが勉強したいわけでもなかった。そこしか受からなかったから……とは恥ずかしいから言わないつもり。


 私から好きになってつきあうのは初めてだった。これまで、相手に好かれてつきあうパターンばかりだった。それは私がかわいいとかモテるとかじゃなく、男の子から見て、単純で、隙だらけで、きっと落としやすく見えるだけなんだろう。
 私は勉強はできなくても、そういう勘は働いたし、本当はそういう男の子はあまり好きになれなかった。


 先生と出会って勉強を教えてもらうことになった時、一番悩んで一番恥ずかしかったのは、私がどれだけ頭が悪いか、先生にバレてしまうことだ。それなら好きな人に教わらなければいいんだろうけど、好きな人に教われば絶対にがんばるだろうという、背に腹は代えられない事情があった。

 単位だ。

 同じような出来の友達同士で何とかしようとしてもお互いに無理だということがわかった。友達には頼れないことがわかった。お互いに卒業がかかっている。頼っている場合じゃないことも。時間もなかった。


 それなのに、私は先生のことが大好きだったから、声に聞き惚れてしまったり、横顔や仕草に見とれてしまったりした。教えてくれて、何よりすぐ近くにいる。内容はさっぱり頭に入っていなかった。
 尤も、勉強ができない私には、そもそも頭に入るとか、問題が解けることがどんな感じかすら知らない。そんなだから、授業はなかなか終わらなかった。できるまで終わらなかったし、同じ内容で質問を変えられて、わかるまで終わらせてくれなかった。


 私は、わからないことよりも、今までやろうとしなかったことが恥ずかしくなった。そして、実際にやってみたら、こんなに大変なことだったのかとわかった。


 私は頭が疲れて、明らかに口数が減った。先生が授業をおしまいにする雰囲気になった。疲れたかどうか、私に聞いた。
 いえ、あの、疲れたのは、先生だよね。すみません、こんな私にありがとう……私は何も言えなかった。


 一ヶ月くらいだろうか、週末にこうして同じカフェで会って勉強を教えてもらった。

 お互いに多少慣れてきた頃。ちょっと休憩に、違う話題を振ってみた。

「ピアノもまずいんだよな……慎二くんて、まさかピアノも教えられたりする?」

 勉強の時以外では「慎二くん」と呼んだ。

「多分ね」

 マジで?
 そこは流石に絶対無理かと思ったのに!

「教えてくれる?」

 私はできるだけさりげなく聞いてみた。

「いいよ?」


 ピアノの腕までバレてしまうなんて……本当に練習しておけばよかった。


 カフェから私のマンションに移動した。

 背の高い先生がピアノの前に立つと、アップライトピアノが小さく見えた。部屋も狭く感じる。
 先生は弾いてはくれなかったけれど、練習につきあってくれた。その言葉の一つ一つはちゃんとしたアドバイスで、それは紛れもないレッスンだった。簡単な曲なのにちっともできない私は、真面目に弾くことすらできなかった。


「花菜、ピアノもちゃんと練習しようね」

 先生は、ふざけてばかりの私の頭をポンポンとして帰っていった。


 先生のその言葉に、私は本当にがんばろうと思った。

















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