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23 慰めてくれた女
しおりを挟むワンルームの暗い玄関に、女と二人。
俺を心配して送ってくれた彼女を、すぐに追い出す理由もなく、いてほしい訳でもなく、自分の気持ちがわからなかった。
「一緒に何か食べよう?買い物に行こう!」
彼女は明るく言った。
俺はバイトのつもりだったから、その前に少し食べていた。彼女がそうではないのなら、つきあうか。
財布以外は部屋に置き、外に出た。
近くのコンビニで、彼女は軽食とスイーツと酒を選び、ポンポンと籠に入れた。俺に何かを促したようだったが、
「俺は未成年だから……」
短くそう言って、自分の飲み物にとお茶を籠に入れた。
彼女は少し俺から離れて、戻って来たときには四角い箱を持ってきて、振ってみせた。それって!
「ちょっと。飲まないうちから酔ってるんですか?」
努めて冷静に言った。
「持ってる?」
「持ってない。戻してきてください」
「別に、私とってわけじゃないわよ!買ってあげる!」
俺から籠ごと奪い取ってレジに行ってしまった。
いろいろとあきらめて俺の部屋に戻った。
引っ越したばかりで、ピアノとベッドくらいしか物はなかった。小さなテーブルに買った食べ物を置き、床に座った。
「俺はさっき食べたから、どうぞ。食べて」
「はーい!いただきまーす!」
金持ちそうな身なりの良い綺麗な女が、俺の部屋でちょこんと正座して、コンビニで買ったものをご機嫌で食べている。たまに、そのフォークで俺の口許に一口持ってくる。俺は断る理由もなく口に入れた。
スイーツは甘かったが、そんなに嫌じゃなかった。その甘さは特別好きだと思っていなかったのに。慰められるって、こういうことだろうか。
またフォークが近づいてきた、と思ったら、彼女だった。
その唇は甘いかと思ったが、それは杏の酒の味だった。
彼女は優しく、それがいけないことだと思わせない行為だった。
杏の酒を飲んでいた彼女は、俺と舌を絡ませ、味が薄まるとまた酒を飲み、俺に少しずつ移していった。おそらく強い酒ではなかったが、俺は初めてだ。酒も、女も。こんなこと何一つしたことはない。溺れそうになる。
「ね、練習」
何の練習だよ……。
彼女は、
「してみたいことを、してもいいよ」
と小さい声で言った。
俺は、ゆっくり手を動かして、抱きしめた。細くて、柔らかかった。ベッドで、彼女は俺のしたいようにさせてくれ、時折俺を正すようにした。その表情は笑顔ではないのに、それより綺麗で、俺が何かする度に反応した。俺は、その反応を一つも逃さないように見つめていた。
「名前を呼んで、慎二くん」
「梢……」
たくさん会話した訳でもないのに、それ以上の距離を一気に縮めてしまった。
「で?」
で?って……。
そうだよな。
仰向けに横になった俺に、乗ってきた。
俺は観念して話した。
「自分でこんなにショックを受けると思っていなかった」
何から話すか。
「高一から音大の教授に習っていて、それだけでも幸運だと言い聞かせてきた。この前教授に言われて、音大の『優秀者演奏会』を聴きに行った。門下生の槇の演奏が聴きたかったんだ。俺は本当は音大に行きたかったけど、親に反対されて……」
彼女は何も言わなかった。
「槇は、いい演奏だったよ。毎回レッスンで前後だったから上手いのは知ってた。性格がいいのも知ってた。ステージの槇は……想像以上だった。なのに、皆に褒められていても、『自分はまだまだ』だって言うんだ。俺の『まだまだ』なんて、それよりもっと、途方も無い……」
「『槇るり子先生』の息子さんでしょ?」
彼女が口を開いた。
知ってるんだ?
「私は今年卒業したから入れ違いだけど、『槇慎一』って名前は知ってる。るり子先生の門下生は少ないけど、私の先輩も後輩も、全員彼を尊敬してた。相当弾けるけど、嫌味なタイプじゃなく、謙虚ないい子ちゃんなんでしょ?来年度の特待生は彼で決まりだろうって皆言ってた」
「特待生?」
「学内の教授の推薦と、入試の成績、人物的な総合評価で、学年で一人だけ学費免除になるの」
俺は、自分の心がどこかに向けて決まったような気がした。
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