11 / 44
11 演奏とは、自分の全てを見せる決意
しおりを挟む二月も終わりの平日。
かおりの音楽教室入室手続きで書類を届けに行くのについてきた。私も私服に着替えてヴァイオリンを持ってきた。
大学のロビーには、同じ書類を提出すると思われる親子連れや学生が不自然なくらいたくさん来ていた。やっぱりね。私が紛れていても全く問題なさそうだ。
待ち合わせしたロビーに行くと、槇さんがいた。
かおりがパタパタと駆け寄る。私も後からついていく。
「先生、遅くなってごめんなさい」
「槇さん!こんにちは!」
槇さんは、優しい表情で私達に微笑んだ。うわぁ、大人の余裕がある!前より素敵だ。自信をつけたなと思わされた。今までの何割増しも格好良かった。
「まだ時間前だ。大丈夫だよ。やあ、マヤちゃん。君も生徒になる?え、ヴァイオリン持ってる。本当に?」
「私は趣味ですから。定期的にレッスンなんて遠慮しておきます!でも、今日は書類提出でいろいろな人が学内にいるなら、紛れても大丈夫かな、なんて。かおりの護衛がてら見学に来ちゃいました!ヴァイオリン持っていると、それっぽいでしょ?あ、招待状を受け取りました!ご結婚おめでとうございます!お祝いはまた改めて」
「ありがとう。じゃ、提出に行こうか」
動き出そうとしたら、音大生と思われる女の人がたくさん来て、槇さんを囲んだ。
「あれ~槇くん!こんなところで何してるの?」
「……来年度の音楽教室の生徒の事務手続き」
槇さんは無表情で手短に答えた。う、わぁ、……冷たい。さっきと全然違う。驚いた。かおり以外の女の人には、そういう態度なの?これだけモテるならそういう対応にならざるを得ないのかな。
「講師になるって本当なんだ?何で大学院に行かないの?絶対行くと思ってたのに!」
「……そもそも院に行くつもりなかったから。通してくれない?」
「受からなかったわけじゃないんでしょ?受けてもいないの?何で行かないの?留学もしないの?」
納得した。そりゃそうだな。この顔に、この身長に、特待生って聞いたし、ピアノもすごいんだろうから。かおりも大変だな……。
そこへ、「藤原先生!」と声がした。
振り向くと、槇さんの知り合いらしい人が現れた。
「あ!高橋くんだ!槇くんと高橋くんが揃った~!キャー!」
また、たちまち賑やかになった……。
「もう、名前が馴染んでいるんですか?早速指輪着けて、愛妻家ですね。向こうから光って見えましたよ?」
その人は、そこにいた女の人達に聞こえるように言った。……もしかして、かおりを守ってる?女の人達は静かになった。やっぱり。面白がってるみたいだけど、悪い人じゃない。
「高橋の声がしたから振り向いただけだ。……目敏いな」
「それだけ長身なんですから、いやでも目立ちますよ。指輪もね」
そうだ。二人ともかおりを守ってるんだ。
私は、かおりから離れて、勇気を出して槇さんの前に立った。
注目される対象から逸らす、それだけじゃない。
「あの!槇さん、こちらの方、私に紹介していただけませんか?」
「え、あぁ、教授の門下の後輩で、高橋だ」
私は、『今』だとわかった。
真っ直ぐに彼の方に体を向けた。
「お名前は存じ上げておりました。初めまして。私は小石川ミヤ子の娘で、マヤと申します。お会いできて嬉しいです」
私は、一生懸命丁寧に腰から折ってお辞儀をした。本当は彼のことは知らなかった。でも、咄嗟にかおりを守ったと感じた、あの機転の利く態度。
「マヤちゃんのお母さんが、小石川先生?ヴァイオリンの助教授の?」
槇さんはびっくりしていた。そうか、槇さんは私のことをあまり知らなかったのか。では、改めて。
「はい。申し遅れました。ですから、母とヴァイオリンコンチェルトの演奏会に行った時に、招待席にいらっしゃる槇さんとかおりのこと、遠くから何度か拝見しておりました」
「あぁ、だから僕の顔と名前を知っていたのか」
「えぇ、槇さんはやっぱり目立ちますから。それで、高橋さん」
そう言って、私はもう一度高橋さんを見た。
「高橋さんの演奏、聴かせていただきたいです。機会をいただけませんか?」
「ヴァイオリンが弾けるの?じゃ君はヴァイオリン聴かせてくれる?」
うそ、本当に?私、このためにヴァイオリン習ってたの?弾くわ!プロじゃないんだから、下手だって構いやしない。
「私は趣味ですけど……かおり、伴奏してくれる?」
「うん。初見で弾けるくらいしか出来ないけど」
「はい。私も弾きます!お願いします!」
「書類を提出したら、レッスン室に案内する予定だから、そこでどうかな」
槇さんが提案してくれた。
「ありがとうございます!」
事務室に行った。
高橋さんも槇さんにちゃんとついてきてる!
「槇先輩。僕、いいことしたつもりなんですけど」
「そうだったのか。ありがとう」
何か悪巧み?何でもいい。
それより私は今、この場で何が弾ける?アレしかない。伴奏譜もある。持っててよかった。
武者震い…………。
私は最初のヴィブラートを印象的にするため、指先に意識を集中した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる