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11 演奏とは、自分の全てを見せる決意
しおりを挟む二月も終わりの平日。
かおりの音楽教室入室手続きで書類を届けに行くのについてきた。私も私服に着替えてヴァイオリンを持ってきた。
大学のロビーには、同じ書類を提出すると思われる親子連れや学生が不自然なくらいたくさん来ていた。やっぱりね。私が紛れていても全く問題なさそうだ。
待ち合わせしたロビーに行くと、槇さんがいた。
かおりがパタパタと駆け寄る。私も後からついていく。
「先生、遅くなってごめんなさい」
「槇さん!こんにちは!」
槇さんは、優しい表情で私達に微笑んだ。うわぁ、大人の余裕がある!前より素敵だ。自信をつけたなと思わされた。今までの何割増しも格好良かった。
「まだ時間前だ。大丈夫だよ。やあ、マヤちゃん。君も生徒になる?え、ヴァイオリン持ってる。本当に?」
「私は趣味ですから。定期的にレッスンなんて遠慮しておきます!でも、今日は書類提出でいろいろな人が学内にいるなら、紛れても大丈夫かな、なんて。かおりの護衛がてら見学に来ちゃいました!ヴァイオリン持っていると、それっぽいでしょ?あ、招待状を受け取りました!ご結婚おめでとうございます!お祝いはまた改めて」
「ありがとう。じゃ、提出に行こうか」
動き出そうとしたら、音大生と思われる女の人がたくさん来て、槇さんを囲んだ。
「あれ~槇くん!こんなところで何してるの?」
「……来年度の音楽教室の生徒の事務手続き」
槇さんは無表情で手短に答えた。う、わぁ、……冷たい。さっきと全然違う。驚いた。かおり以外の女の人には、そういう態度なの?これだけモテるならそういう対応にならざるを得ないのかな。
「講師になるって本当なんだ?何で大学院に行かないの?絶対行くと思ってたのに!」
「……そもそも院に行くつもりなかったから。通してくれない?」
「受からなかったわけじゃないんでしょ?受けてもいないの?何で行かないの?留学もしないの?」
納得した。そりゃそうだな。この顔に、この身長に、特待生って聞いたし、ピアノもすごいんだろうから。かおりも大変だな……。
そこへ、「藤原先生!」と声がした。
振り向くと、槇さんの知り合いらしい人が現れた。
「あ!高橋くんだ!槇くんと高橋くんが揃った~!キャー!」
また、たちまち賑やかになった……。
「もう、名前が馴染んでいるんですか?早速指輪着けて、愛妻家ですね。向こうから光って見えましたよ?」
その人は、そこにいた女の人達に聞こえるように言った。……もしかして、かおりを守ってる?女の人達は静かになった。やっぱり。面白がってるみたいだけど、悪い人じゃない。
「高橋の声がしたから振り向いただけだ。……目敏いな」
「それだけ長身なんですから、いやでも目立ちますよ。指輪もね」
そうだ。二人ともかおりを守ってるんだ。
私は、かおりから離れて、勇気を出して槇さんの前に立った。
注目される対象から逸らす、それだけじゃない。
「あの!槇さん、こちらの方、私に紹介していただけませんか?」
「え、あぁ、教授の門下の後輩で、高橋だ」
私は、『今』だとわかった。
真っ直ぐに彼の方に体を向けた。
「お名前は存じ上げておりました。初めまして。私は小石川ミヤ子の娘で、マヤと申します。お会いできて嬉しいです」
私は、一生懸命丁寧に腰から折ってお辞儀をした。本当は彼のことは知らなかった。でも、咄嗟にかおりを守ったと感じた、あの機転の利く態度。
「マヤちゃんのお母さんが、小石川先生?ヴァイオリンの助教授の?」
槇さんはびっくりしていた。そうか、槇さんは私のことをあまり知らなかったのか。では、改めて。
「はい。申し遅れました。ですから、母とヴァイオリンコンチェルトの演奏会に行った時に、招待席にいらっしゃる槇さんとかおりのこと、遠くから何度か拝見しておりました」
「あぁ、だから僕の顔と名前を知っていたのか」
「えぇ、槇さんはやっぱり目立ちますから。それで、高橋さん」
そう言って、私はもう一度高橋さんを見た。
「高橋さんの演奏、聴かせていただきたいです。機会をいただけませんか?」
「ヴァイオリンが弾けるの?じゃ君はヴァイオリン聴かせてくれる?」
うそ、本当に?私、このためにヴァイオリン習ってたの?弾くわ!プロじゃないんだから、下手だって構いやしない。
「私は趣味ですけど……かおり、伴奏してくれる?」
「うん。初見で弾けるくらいしか出来ないけど」
「はい。私も弾きます!お願いします!」
「書類を提出したら、レッスン室に案内する予定だから、そこでどうかな」
槇さんが提案してくれた。
「ありがとうございます!」
事務室に行った。
高橋さんも槇さんにちゃんとついてきてる!
「槇先輩。僕、いいことしたつもりなんですけど」
「そうだったのか。ありがとう」
何か悪巧み?何でもいい。
それより私は今、この場で何が弾ける?アレしかない。伴奏譜もある。持っててよかった。
武者震い…………。
私は最初のヴィブラートを印象的にするため、指先に意識を集中した。
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