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20 全て、話すことができたなら……
しおりを挟む四月になってから、六年生になった筈の美桜ちゃんがレッスンに来なくなった。
お母様からは、事前に連絡をいただいた。
四月の一週目は風邪、二週目は都合がつかない。三週目の今日は、欠席することを謝られただけだ。おかしい。
美桜ちゃんは、いつだったかすごーくピアノを頑張っていた時期があったけれど、またぱたっと練習しなくなってしまった。楽譜は少し読めるようになったし、レッスンには休まずに来ていたから、少しずつ進めた。でも、このままでは、六年生が終わるまでにバイエルが終わるかどうか……。もどかしい!少しずつでもいいから一緒に進めたい!
気持ちを落ち着かせようと、美桜ちゃんの空いたレッスン時間に自分の練習を始めた瞬間、インターフォンが鳴った。画面を見ると、制服姿の男の子……あ、もしかして。
「はい」
「こんにちは。美桜の兄です」
「どうぞ!」
やっぱり美桜ちゃんのお兄ちゃんだ。私は玄関に行って彼をレッスン室に招き入れた。
「すみません」
彼はまず謝った。
「ええと、ごめんなさい、美桜ちゃんのお兄様、お名前を伺ってもいい?」
「あ、加藤健です」
「タケルくん、美桜ちゃんは……」
「本当にすみません。母にも美桜にも言わないでここに来ました」
「わかった。私も言わないわ」
「美桜、高田先生のこと、大好きで……」
私は頷きながら、静かに聞くことにした。
三年生の夏休みにピアノを頑張っていたら学校の宿題をやらなかったこと。
夏休み明けのテストから、だんだん成績が下がっていったこと。
ピアノの練習を止めて勉強したけれど、皆も頑張るから順位は上がらないし、授業のスピードは速く、どんどん勉強がわからなくなっていったこと。
中学までは上がれるけれど、高校にはある程度の成績が必要なこと。もう附属高校に上がれることはないだろう。高校受験するとなると、この近くだと中高一貫ばかりで高校から入学できる学校が少ないこと。そのために、私立中学を受験することになったこと。
それも、六年生になった今から勉強する状態で、遅すぎる。僕がピアノを手伝ったように美桜の勉強を手伝いたいけれど、両親からは「もう手伝うな、自分の勉強をしろ」と。……あ、僕は小学校でいつも10番位で……慎一もだいたい同じ位で……。美桜は下から10番……5番とか……。
タケルくんは言葉を濁した。
「それより高田先生はきっと心配してくださっているかと思うと、黙って来てしまいました。僕にはどうすることも出来ないんです。それも辛くて……慎一にも言えないんです。父に止められて……」
「慎一くんにも?なぜ止められてしまったの?」
タケルくんは躊躇した。
インターフォンが鳴った。
次の生徒の時間だ。
「ありがとう。秘密は厳守します」
「すみません、失礼します」
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