Conductor

K

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accompanist

3 やってしまった

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 仁が所属するアンサンブル演奏会が明日に迫った。

 最後のアンサンブル練習日は一日練習で、各自お昼ご飯を持参してのカリキュラムが組まれていた。私は、仁が好きな具を挟んだサンドウィッチを作った。


 いつもなら休憩時間もそのまま席を立たずに練習を続けていた仁だったけれど、今日は少し休憩させた方がいいかもしれないと思いながら見学していた。


 保護者席は、小さい子供の保護者しかいない。小さい子供といっても小学校低学年くらいで、高学年の保護者がいるのは遠方から連れてくるためらしかった。小さな声でおしゃべりをしている母親たちもいた。
 休憩時間は私以外は話に花を咲かせていた。私は用事がなければ話しかけなかったし、挨拶以外で話しかけられることもなかった。私は心が乱されずに、子供たちの練習を集中して聞くことができた。


 仁は、月齢の割には身長の高い子供だったから、多分もう少し歳上に見られることが多かった。幼稚園には行っていないけれど、年少の学年で、誕生日もまだだから三才の幼児なのに、見た目よりも更に子供だった。それに、私自身も…………周りの母親たちと比べて母親らしくなく、子供みたいだった。
 母親同士のやりとりで、明らかに私のことだろうなと聞こえてくることが度々あった。そういったことは妊娠中、出産後もあったからわかる。
 私は17歳で結婚、18歳で出産、大学を中退、夫がピアニスト、仁が幼稚園に入れなかったことは、「人と比べて変わっていると思われるだろう」と慎一さんに教えられていた。
そして、「皆と同じでなくても構わない、他人と比べなくてもいい、他人よりも能力があればそれを伸ばし、頑張っても出来ないことがあれば他人に手伝ってもらって生きていこう」と教えられた。それは、小さい頃からパパが言ってくれたことと同じだった。
 私はまだ、誰かのお手伝いをすることができない。仁のヴァイオリンの練習でピアノ伴奏をすることくらいだろうか。


 休憩時間になった。仁を外に連れて行こう。仁は走らせると良い気分転換になる。近くに広い場所がある。私が話しかけるより早く、アンサンブルの男の子達が仁を誘ってくれた。よかった。皆、楽器をケースに入れて外に出た。仁も自分の楽器を片付けた。弓の木の部分を拭く、松ヤニのついた弦を拭くなど、周りの男の子達がしないこともしていたため、外に出るのが少し遅れた。


 あ、いけない。仁が走る!

 走っただけならば、まだよかった。瞬発力のある仁が走り始めたその瞬間、死角……近くの入り口から入って来た女の子にぶつかった。


 仁は運動神経がよかったから、咄嗟に抱きしめて倒れさせなかった。びっくりして落としてしまった女の子の手提げ鞄を拾い、埃を払ってその手に握らせた。
 仁は「ごめんなさい」と謝り、女の子が「ありがとう」と言っているのが見えた。女の子の楽器はヴァイオリンで、それは側にいた母親が持っていた。


 私は急いでそこに行って、その親子に謝った。幸いケガもなく、ちょっとびっくりしただけの様子だった。

「どうぞお気になさらず。優しい男の子さんね」
と言われた。その親子は、初めて見学に来たこと、小石川先生を探してご挨拶したいと私に言った。私は小石川先生のいらっしゃる控え室の場所を説明すると、親子はそちらに行った。女の子は、小学校低学年くらいだった。




 私は、仁に辛い一言を言わなければならなかった。仁はそれを理解しているようで、遊びに行くことはなく、そこに立ったまま呆然としていた。

 私は仁に確認した。

「約束は覚えているのね?」
「……はい」

「楽器を持っていらっしゃい」
「……はい」


 仁は、練習場所に置いていた自分のヴァイオリンと楽譜と鉛筆を持ってこちらにきた。

「小石川先生にご挨拶に行きましょう」 
「…………はい」

 仁はついて来た。




 先生方の控え室に行くと、先程の女の子の親子が出てくるところだった。

「あら、さっきの紳士君。優しくしてくれて、王子様みたいだったわ~、ね、リカ?」

 真意が解らず、私はとにかく頭を下げた。

 小石川先生が仰った。

「仁、どうしたの?かおりさんも暗い顔をしちゃって。リカちゃんと知り合い?」
「いいえ、それでは見学させていただきます。失礼いたします」
 その母親はそう言って、女の子を連れて練習場所に戻っていった。




「ごめんなさい」
 仁が小石川先生に謝った。

「小石川先生、仁が走ってしまい、先程の女の子にぶつかってしまいました。お怪我はなかったでしょうか」
 私も先生にご報告した。

「大丈夫よ。それより、それを報告に来たの?」
「はい」

 小石川先生は、私達がここに来た理由がわかったようだった。

「そうね。お約束ですからね」

「大変、申し訳ありませんでした。こんな時に……こんなお願いをして……個人レッスンには継続して伺っても……よろしいでしょうか」

「それはもちろんよ。お待ちしているわ。仁、あなたは音楽を辞めさせられる訳ではないのよ。このアンサンブルに来られないだけのこと。では次回のレッスンでね」

「短い間でしたがお世話になりました。先生方にもよろしくお伝え頂けますでしょうか」

「承知しました」

 私達は休憩時間の間にそこを去った。
 せっかくできたお友達に、挨拶もできなかった。



 皆の練習の妨げになってはいけない。

 初めてのアンサンブル演奏会の、前日のことだった。


















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