君が奏でる部屋

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54 平山家の結婚式

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 僕たちの結婚式、僕の発表会が終わってすぐの平日、平山とマヤちゃんの結婚式だった。僕の都合を考慮して日程を決めてくれたらしい。新学期まであと数日。まだまだ桜が綺麗だった。

 結婚式会場のホテルに行くと、平山家・高橋家と書かれた会場と書かれた、一目でわかる華やかな両家のお客様でいっぱいだった。

 僕は槇慎一として高橋家の友人席で、かおりはマヤちゃんの友人として平山家のテーブルで、それぞれ数日ぶりの友好を暖めた。

 平山の友人席は、2つのテーブルがあり、平山が高橋として現役で進学した国立大学時代の友人と、音大のピアノ科の友人、ピアノ科以外で高橋が伴奏していたそれぞれの楽器のトップクラスの男性がいて、初対面でも盛り上がっていた。

 その中で、僕が通った国立の小中高から国立大学に進学した僕の友人、健がいた。共通の友人がいるなんて、新しい発見だった。健とは中学からクラスが別だったが、小学校では六年間同じクラスだったから久しぶりに話せて楽しかった。

 かおりと結婚したことを話したら、
「君がずっと可愛がっていた、幼なじみの小さい女の子と?幸せそうだな。よかったね」
と言った。

 確かにあの頃は小さかったが、かおりはあの通り背の高い女の子だ。

「今、ここにいるんだ」
 もう小さくはないなと笑って、かおりを目で呼んで紹介した。

 かおりは白い肌に淡い桜色のワンピースで、健に丁寧に挨拶をした。ずっと側に置いておきたいほど綺麗だった。

 新婦の友人席に戻ったかおりは、高等部を卒業したばかりのお友達と一緒にいた。話しているお友達の顔をかわるがわる見ては、にこにこして、お嬢様学校と言われる女子の中でも、不思議と幼く見えた。

 かおりは歓談中のBGM演奏を依頼されていた。BGMのピアノ演奏は、広い会場であっても、外連味のある音やキツい大きい音を出さず、遠くまで響くようなタッチで弾く。多少盛り上げる場面もあれば、ごく弱く弾くタイミングもあり、会場の空気を読んでメリハリのあるステージをつくりあげていた。僕のBGMの仕事場に何回か連れていったことが、良く生かされているようだった。

 かおりも、ピアノに関して言えばこの仕事ができるかもしれない。しかし、様々な時代、様々なジャンルのリクエストがあるし、酒の席でもあるし、客あしらいができないといけないので、僕がいないところではやらせたくない。……と思った矢先に、何人かの男性にピアノと共に囲まれていた。

 僕は、目の前の相手に「失礼」と話を切り上げてピアノのところに行った。

 かおりは口角を上げて笑顔をつくり、話しかけられるのを拒むように、曲の切れ目なく何コーラスもアレンジしたり、転調させてつないでは次の曲を弾いたりしていた。

 普通のお客様にはわからなくても、内心困っているのは、音色で明らかだった。

 僕はかおりの後ろに立ち、婚約指輪と結婚指輪を通してあるネックレスを外した。
 そして、小さな声で、
「ディミヌエンドして一旦、曲をおわらせて」
と伝えた。

 かおりは僕の言う通り、曲のボリュームをだんだん小さくしてリタルダンドして指先を置いた。すっと鍵盤から手を上げた瞬間、僕はかおりの指に結婚指輪と婚約指輪を重ねてつけた。

「次の曲をどうぞ」
 かおりにこっそり伝えた。

 男達は意味がわかったらしく、個包装のチョコレートやキャンディー、リキュールボンボンなどを譜面台に置き、笑顔で手を振って去っていった。譜面台は、たちまちお菓子でいっぱいになった。

 僕は、
「お酒が入っているものがあるから、一切食べないように」
とかおりの耳許に囁いた。すると、表情はそのままなのに、ピアノの音色だけが驚いていたのが可笑しかった。これがわかるのは、僕だけだ。僕が見ている前で一回食べさせてみようかな。どんな反応をするのかな。僕は想像して、一人で笑ってしまった。


 僕は、披露宴会場から出て、二階にあったジュエリーショップに行ってみた。

 ネックレスを外したから、かおりの首もとが空いてしまった。
 僕への誕生日プレゼントのお返しに、何かぴったりのものがあるだろうか。そういえば、僕たちは今まで、誕生日にプレゼントなんてしたことがなかった。双方お金に困る家庭ではないが、所謂おこづかいをもらっていなかったし、一緒にいられる幸福感に包まれていたから、特にイベントを気にしたことはなかった。

 それにしても、スウィートの宿泊チケットなんて、どうやって手に入れたのだろう。かおりのお父さんのカードだろうから、かおりのお父さんかな?ピンとこないな。マヤちゃんのアドバイス……でもないか。平山の入れ知恵……の可能性もあるのだろうか。

 自分で差し出しておいて、僕についてくるかおりはかわいかったな。

 ジュエリーショップには、今僕が選びたいものがいくつもあって、迷うほどだった。

 今日の桜色のワンピースに似合うものに絞り、イヤリングとネックレスが同じデザインのセットにした。すぐにプレゼントすると伝え、箱を開ければ簡単に取り出せるようにしてもらった。箱も小さくて可愛らしいデザインだった。


 急いで戻ると、かおりはまだ弾いていた。
 弾いているかおりに、何も言わずにイヤリングとネックレスをつけた。

 かおりは、最初は何をされているのかよくわかっていないみたいだったが、そのうちに虹がかかるように音が華やいでいったのがわかった。

 このうれしさ、これがわかるのは、僕だけ……と思いたいが、マヤちゃんのお母さんの小石川先生も、高橋もわかるだろう。教授も奥様も、ここにいらっしゃったら、きっとわかるだろう。


 そこへ、僕のところへ外国人の男性がやってきて、フランス語で話しかけられた。簡単な挨拶の後は英語で話してみたら通じた。予想通り、教授の奥様と入れ違いに来日したピアニストA氏で、かおりのレッスンを担当してくれる人物だった。

 かおりに演奏を止めさせて、一緒に挨拶をした。

 歓談中は平山も小石川先生も忙しく、僕たちだけでの顔合わせとなった。かおりとA氏はフランス語で話していた。教授に比べたら若干若いが、魅惑的な音色を奏でると評判の、高名なピアニストだった。まだ、直接演奏を聴いたことがなかった。今日会えるなんて。演奏を聴いてみたい。僕の表情で伝わってしまったのか、A氏はその場でショパンのワルツを弾いてくれた。

 その演奏は、僕もかおりも気に入った。

 平山がすぐにやってきた。

 平山も、教授の代わりにこのピアニストの門下となる。四年生はソリストオーディションに卒業試験もある。平山ならコンクールも受けるだろう。僕も機会を作ってレッスンしてもらえるよう、お願いした。今はリストの『バラード』を弾いている。聴いていただけるレベルに仕上げようと、気持ちが高揚した。

 平山と、今まで教授のレッスンはロシア語だったのが、英語が通じてよかったと安堵した。

「でも、お互いにフランス語はできた方がいいし、マヤちゃんにフランス語を教えてもらえば?フランス語でケンカできるんじゃないか?」
とロシア語で平山に言ったら、
「いや、日本語ですら勝てないから勝負する気はない」
とロシア語で返してきて、二人で笑った。

 僕は平山に、
「僕とはロシア語で内緒話ができるが、かおりは多少わかってきてたから注意な」
とこっそり伝えた。

「ЛaДHO」(了解)
 平山とこんな話もできるようになったのは嬉しい。


 大学4年のピアノ演奏科は、5月末のピアノコンチェルトオーディションが事実上の前期試験みたいなものだが、出場は任意だ。

 今年のコンチェルトは、オーケストラパートのかおりと組んだ平山が、学内トップのソリストを狙う。

 今日聴いたA氏の演奏からレッスンを想像して、久しぶりに興奮した。


 かおりは、その後から話さなくなった。

 表情は笑顔を作っていたし、話しかければ返事はしたが、何か考えているみたいだった。後で話してくれるだろうか。














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