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一樽イッキ
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竜族は天を統べる。
鬼族は地を統べる。
壮大な力を持つ二つの種族は、致命的なほどそりが合わなかった。
竜が雷鳴をとどろかせれば、張り合うように鬼が地を揺らした。
竜が豪雨を呼べば、鬼が山から火を噴きあげた。
直接刃を交わすわけではない。
しかしどちらがより派手で目立つ災厄を起こすかを競われれば、たまらないのは空を飛び地の上に暮らす生き物たちだった。
小さきモノは口々に天の神に乞い願う。
どうか、この諍いに終わりをくださいと。
災厄に怯えず、ただその日の糧を得る事に心を砕ける、なにげない日々をくださいと。
そして、神の決断が下された。
どちらも優劣をつけられぬ愛し子であることに変わらず、力を誇示し張り合う必要はない。
世界に安寧の日々をもたらすために、婚礼を持って争いに終焉を望む、と。
もちろん両種族からは異論が噴き出した。
今まで理由がないのに競い合っていた相手である。
そう簡単に受け入れられるはずもない。
しかし、世界を産み育む神の決定である。
否やと拒絶すればその温情も失せ、一族そのものが滅びるだろう。
しぶしぶながらもお互いを受け入れることしかできない。
伴侶になるべく選ばれたのは竜族の末の姫と、若君と呼ぶには少々とうの立った鬼族の後継者だった。
そして、和平の宴がはじまる。
なにしろ両種族にとって、初めての輿入れである。
互いの威信をかけた華やかさになるのも当然のことだ。
煌々と輝く灯火に、金銀の屏風が綺羅と輝く。
翡翠の器に酒は注がれ、山海珍味が所狭しと並んでいた。
祝いの席についているのはこの世界を生きる者たちの代表で、獣もいれば虫もいる。
竜も鬼も本性のまま座につけば、客人を怯えさせるだけなので鱗や角は隠さずにいたが人の姿に擬態していた。
雑多な種族が一堂にそろうことも初めてで、思いのほか賑やかな笑い声に満ちている。
仏頂面のまま酒の杯ばかり見ている新郎と、角隠し越しでもそっぽを向いているのが丸わかりの新婦という主役をのぞけば、豪華絢爛という言葉がふさわしい華やかな婚礼の席であった。
宴がはじまってから半時もすれば、酒も入り次第に空気が和んでくる。
周囲の朗らかな調子に無言で通すと居心地が悪くなってきたのか、鬼の若君は手酌で飲んでいた酒をじっと見つめる。
そして、自分が呑んでいた杯を空けると、眼差しは床に落としたまま左手を姫君のほうへ差し出した。
「一献いかれよ」
と、言い終わる前に、カチッと硬質の音がしてはじかれた。
軽い衝撃は思いもよらぬことで隣を見れば、姫君も杯を差し伸べた姿勢で動きを止めていた。
奇しくも同時に杯を渡そうとしたのだ。
驚きに目を見開いて、マジマジと互いの顔を見つめあう。
こんな顔をしているのかとしげしげと観察し、ふと気付いたように互いに杯を差し伸べ合う。
「まずはそなたから」
「どうぞあなた様から」
さぁさぁと押し付け合うように杯を渡そうとするけれど、どちらも自分からは受け取ろうとしない。
次第にそろって眼差しが険しくなってくる。
「妻たるもの、良人をたて先に杯を受けるのが道理」
「良き背の君なれば、我の杯を受けるのが先であろう?」
先に呑むのは相手だと、どちらも譲らない。
とうとう「我が悪いと言うのか?」と同時に怒りだした。
奇しくも、怒りのタイミングもそろっていた。
「そんなことは言ってない!」
重なったあらぶる声に膳を囲んでいたモノたちも箸を置き、なんだなんだと高砂の二人に目をやった。
「俺の酒が呑めぬというのか?」
「我の酒を呑まぬというのか?」
互いを責める言葉が同じように口からこぼれ出て、そして同時に叫んだ。
「せっかくの好意を無にされるなど、我慢がならぬ!」
まなじりを釣り上げるとどちらもお前が悪いとばかりに杯を投げつけあって、仁王立ちに立ちあがる。
なぜか「勝負だ!」と口論を始めた新郎新婦を、周りにいるモノたちは見つめることしかできない。
「誰か樽を持てい! 先に飲み干したモノの勝ちだ」
「よかろう! 我が勝てば、そなたが先に我の杯を受けよ」
白木の樽を給仕のモノたちが抱えて持ち込めば、白無垢の姫と羽織袴の若君が仁王立ちでその前に立つ。
「その細い身体に樽酒が入るものか。謝るなら今のうちだぞ」
「ほほ! 我は竜ぞ。これしきの酒、酒のうちに入らぬ。そなたこそ巌のような筋肉しか持ち合わせておらぬではないか。樽酒が胃の腑に収まりきるものか!」
そこから壮絶な口論がはじまった。
鬼は酒にはめっぽう強いとか、竜はうわばみにまさるとか、自分の一族はこんなにすごいのだと言い募って勝ち誇ろうとしている。
祝いの席に諍いはよせと止めるには、ふたりともやたらと息があっているので、余興とばかりに居並ぶモノたちは囃したてはじめた。
次第に自慢のネタも尽きてきたのだろう。
口喧嘩のつもりらしいが「鬼のくせに顔がりりしいのが悪い」とか「竜だから白銀の鱗が綺麗すぎて困る」とか、お互いの特徴をあげつらっているのに、のろけあってるように聞こえるのは何故だろう?
「もうよい!」
叫んだのはどちらが先か。
言いたい事は言いつくしたものの、血の気の多い竜と鬼のサガは消すことができない。
プンプンと香る酒精がさらに血をたぎらせる。
なにしろ長い間、敵同士の間柄。気が合いすぎるからぶつかるなどとは思わない。
やんややんやと「仲睦まじいことだ」と周囲が盛り上がり、酒の肴にされていることにはお互いに気づいていなかった。
「いざ、勝負!」
互いに目の前の樽に手をかける。
何ゆえ勝負をはじめるのか、そんなことすらすっかり忘れている二人であった。
お互いに意地になっていたものの、初顔合わせとは思えぬほど息もそろっていた。
かかぁ天下か、亭主関白か。
今後の主導権を握る戦いが、今、始まる。
2017.09.17
飲み比べ、倒れるのはほぼ同時……きっと親族たちにぽーいと同じ布団へ放り込まれて、この日は終了。
朝が来て、同衾のままほぼ同時に目を覚まし「ほわぁ?!」だと思われる ( *´艸`)クス
竜と鬼の組み合わせっていいよね♪
尾岡レキさんとの「君とドラゴン企画」で書いた作品。
このころはいろいろと余裕があって、創作も交流もものすごく楽しかったのを覚えている。
鬼族は地を統べる。
壮大な力を持つ二つの種族は、致命的なほどそりが合わなかった。
竜が雷鳴をとどろかせれば、張り合うように鬼が地を揺らした。
竜が豪雨を呼べば、鬼が山から火を噴きあげた。
直接刃を交わすわけではない。
しかしどちらがより派手で目立つ災厄を起こすかを競われれば、たまらないのは空を飛び地の上に暮らす生き物たちだった。
小さきモノは口々に天の神に乞い願う。
どうか、この諍いに終わりをくださいと。
災厄に怯えず、ただその日の糧を得る事に心を砕ける、なにげない日々をくださいと。
そして、神の決断が下された。
どちらも優劣をつけられぬ愛し子であることに変わらず、力を誇示し張り合う必要はない。
世界に安寧の日々をもたらすために、婚礼を持って争いに終焉を望む、と。
もちろん両種族からは異論が噴き出した。
今まで理由がないのに競い合っていた相手である。
そう簡単に受け入れられるはずもない。
しかし、世界を産み育む神の決定である。
否やと拒絶すればその温情も失せ、一族そのものが滅びるだろう。
しぶしぶながらもお互いを受け入れることしかできない。
伴侶になるべく選ばれたのは竜族の末の姫と、若君と呼ぶには少々とうの立った鬼族の後継者だった。
そして、和平の宴がはじまる。
なにしろ両種族にとって、初めての輿入れである。
互いの威信をかけた華やかさになるのも当然のことだ。
煌々と輝く灯火に、金銀の屏風が綺羅と輝く。
翡翠の器に酒は注がれ、山海珍味が所狭しと並んでいた。
祝いの席についているのはこの世界を生きる者たちの代表で、獣もいれば虫もいる。
竜も鬼も本性のまま座につけば、客人を怯えさせるだけなので鱗や角は隠さずにいたが人の姿に擬態していた。
雑多な種族が一堂にそろうことも初めてで、思いのほか賑やかな笑い声に満ちている。
仏頂面のまま酒の杯ばかり見ている新郎と、角隠し越しでもそっぽを向いているのが丸わかりの新婦という主役をのぞけば、豪華絢爛という言葉がふさわしい華やかな婚礼の席であった。
宴がはじまってから半時もすれば、酒も入り次第に空気が和んでくる。
周囲の朗らかな調子に無言で通すと居心地が悪くなってきたのか、鬼の若君は手酌で飲んでいた酒をじっと見つめる。
そして、自分が呑んでいた杯を空けると、眼差しは床に落としたまま左手を姫君のほうへ差し出した。
「一献いかれよ」
と、言い終わる前に、カチッと硬質の音がしてはじかれた。
軽い衝撃は思いもよらぬことで隣を見れば、姫君も杯を差し伸べた姿勢で動きを止めていた。
奇しくも同時に杯を渡そうとしたのだ。
驚きに目を見開いて、マジマジと互いの顔を見つめあう。
こんな顔をしているのかとしげしげと観察し、ふと気付いたように互いに杯を差し伸べ合う。
「まずはそなたから」
「どうぞあなた様から」
さぁさぁと押し付け合うように杯を渡そうとするけれど、どちらも自分からは受け取ろうとしない。
次第にそろって眼差しが険しくなってくる。
「妻たるもの、良人をたて先に杯を受けるのが道理」
「良き背の君なれば、我の杯を受けるのが先であろう?」
先に呑むのは相手だと、どちらも譲らない。
とうとう「我が悪いと言うのか?」と同時に怒りだした。
奇しくも、怒りのタイミングもそろっていた。
「そんなことは言ってない!」
重なったあらぶる声に膳を囲んでいたモノたちも箸を置き、なんだなんだと高砂の二人に目をやった。
「俺の酒が呑めぬというのか?」
「我の酒を呑まぬというのか?」
互いを責める言葉が同じように口からこぼれ出て、そして同時に叫んだ。
「せっかくの好意を無にされるなど、我慢がならぬ!」
まなじりを釣り上げるとどちらもお前が悪いとばかりに杯を投げつけあって、仁王立ちに立ちあがる。
なぜか「勝負だ!」と口論を始めた新郎新婦を、周りにいるモノたちは見つめることしかできない。
「誰か樽を持てい! 先に飲み干したモノの勝ちだ」
「よかろう! 我が勝てば、そなたが先に我の杯を受けよ」
白木の樽を給仕のモノたちが抱えて持ち込めば、白無垢の姫と羽織袴の若君が仁王立ちでその前に立つ。
「その細い身体に樽酒が入るものか。謝るなら今のうちだぞ」
「ほほ! 我は竜ぞ。これしきの酒、酒のうちに入らぬ。そなたこそ巌のような筋肉しか持ち合わせておらぬではないか。樽酒が胃の腑に収まりきるものか!」
そこから壮絶な口論がはじまった。
鬼は酒にはめっぽう強いとか、竜はうわばみにまさるとか、自分の一族はこんなにすごいのだと言い募って勝ち誇ろうとしている。
祝いの席に諍いはよせと止めるには、ふたりともやたらと息があっているので、余興とばかりに居並ぶモノたちは囃したてはじめた。
次第に自慢のネタも尽きてきたのだろう。
口喧嘩のつもりらしいが「鬼のくせに顔がりりしいのが悪い」とか「竜だから白銀の鱗が綺麗すぎて困る」とか、お互いの特徴をあげつらっているのに、のろけあってるように聞こえるのは何故だろう?
「もうよい!」
叫んだのはどちらが先か。
言いたい事は言いつくしたものの、血の気の多い竜と鬼のサガは消すことができない。
プンプンと香る酒精がさらに血をたぎらせる。
なにしろ長い間、敵同士の間柄。気が合いすぎるからぶつかるなどとは思わない。
やんややんやと「仲睦まじいことだ」と周囲が盛り上がり、酒の肴にされていることにはお互いに気づいていなかった。
「いざ、勝負!」
互いに目の前の樽に手をかける。
何ゆえ勝負をはじめるのか、そんなことすらすっかり忘れている二人であった。
お互いに意地になっていたものの、初顔合わせとは思えぬほど息もそろっていた。
かかぁ天下か、亭主関白か。
今後の主導権を握る戦いが、今、始まる。
2017.09.17
飲み比べ、倒れるのはほぼ同時……きっと親族たちにぽーいと同じ布団へ放り込まれて、この日は終了。
朝が来て、同衾のままほぼ同時に目を覚まし「ほわぁ?!」だと思われる ( *´艸`)クス
竜と鬼の組み合わせっていいよね♪
尾岡レキさんとの「君とドラゴン企画」で書いた作品。
このころはいろいろと余裕があって、創作も交流もものすごく楽しかったのを覚えている。
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