蒼天のアダム

真朱マロ

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私とアダム

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 私が就学したのは歴史の古い伝統校で、裕福な子息子女がメインのセレブな学校である。
 私のような研究者を親に持つ者は稀で、国内外を問わず富裕層が集まっていた。
 国外からやんごとなき王族もいらっしゃると聞いて、ちょっと遠い眼になってしまったけれど、幸い同学年にそこまで高貴な人はいなかった。
 ただ他の学年にはいらっしゃるし、それに準ずる人たちも入学や留学して普通に過ごしている。
 それが当たり前の日常なので、鉄壁のセキュリティーを敷かれている。
 もっと普通の学校に行きたかったと愚痴ったときも、フォワース様のご息女なら仕方ないわ、と同級生に笑われてしまった。

 そうか、フォワース博士の娘なら仕方ないのか。
 お父様、貴方はいったい何者なの?
 うん、天才博士だよね。
 パパはすごいんだよとドヤ顔で高笑いしていたけれど、どうやら本当らしい。

 小学部・中学部・高等部・大学部の四つが敷地内にあり、寄宿舎も棟が幾つもある学園は建築物まで優雅だ。
 そして、敷地がやたらと広い。小さな街みたいなものだと思う。
 校舎も大きいが、公演や遊歩道もあるし、購買はデパートと変わらない。
 外装こそレトロで品がある形をしているけれど、寄宿舎だって寄宿舎という名の高級ホテルとしか思えない。

 小学部は寄宿舎から5分ほど歩いた距離にあるし、中学部はその中間ぐらいに存在する。
 高等部が20分と少々遠いのは幼い子を優先すれば仕方ないことで、実をいうと寄宿舎から出発する生徒専用の送迎車もある。

 そう、バスではないのだ。
 送迎車という名の隊列を組む高級車の群れだ。
 一台に最大二組しか乗れない小回りの利く車なので、登校時に連なる通学者の情景は圧巻である。

 形状は黒塗り装甲のきらびやかな高級車だ。
 学校の中央システムで管理されているので、人間の運転手は存在せずAIに制御されている。
 乗り込めば内装はもふわふわのクッションが敷き詰められ、移動する貴賓室みたいだ。

 私は乗り降りの際の待ち時間が面倒で、豪雨の日ぐらいにしか利用しない。
 それに、歩けば気分転換にもなるし健康に良いので、通学は歩くことにしている。
 学校生活は想像していたよりも穏やかだ。

 たぶん……たぶん穏やか?
 ごめん、嘘をついた気がする。
 私のように優雅さの欠片もない育ちの人間は少数なのだ。

 行動からして入学当初の私は浮いていた。
 思考回路もやんごとない人たちとは違っているし、なにより変人と紙一重の天才であるお父様に育てられているから、行動基盤が周囲とはまるで違っている。
 違っているとかズレているとか、やってる最中にあれぇ? とは思うのだけど、それなりに途中修正してギリギリ許容範囲ぐらいに擬態はできたので遠巻きにされてはいないと思う。

 なによりも、私の側にはいつもアダムとアップルがいた。
 見目麗しい美青年とふわふわ愛らしい癒しの毛玉。
 その傍にいるのが優雅さのない私だから、それだけで目立つのは仕方あるまい。

 目立ってしまうと、何が起こるか。
 あからさまな排除行動は少ないけれど、違和感を醸し出すものへの感情だ。
 忌避感ならいい。相手から避けてくれるから。
 問題は、直接行動に移る相手がゼロではない事だったりする。

 どこぞの国の貴族のお坊ちゃんや財閥の御曹司に、後ろから小突かれて「おまえなんか出てけ」ってからまれたときには、遠慮なくお返しをした。
 偉いのも金持ちなのもお前ではなく親だから威張るなと言って、お尻を蹴とばしてやった。
 どうやら親がアンドロイド否定派らしく、フォワース博士がいるから機械人形がのさばるんだと口を荒らすから影響を受けていて、私が目障りらしい。
 そのまま取っ組み合いになってしまったけれど、相手は複数だったし手加減なんてしなかった。

 肉体言語(小突く)には、肉体言語(蹴り)だ。
 威力の差は関係ない。

 嫌がらせが続いたら面倒くさいし、他の奴にまで「嫌がらせをしても良い相手」と判断されたくないもの。
 お父様も言っていた。初めて手を出してきた相手には遠慮するなと。
 先手必勝。二度と私に絡みたくないと思わせたら勝ちなのだと思う。
 それが私のポリシー! なんて拳と足で戦ったのだけど。

 「イヴリン様、ここは格闘を習う場所ではありません」
 風のように現れたアダムに首根っこを掴まれて、捕獲された猫のようにプラプラ揺らされることになった。
 あれ? 書類に不備が見つかった連絡が来て手続きがあるから事務局によるって、別行動したのに帰ってくるのがめちゃくちゃ早い。

「放して、アダム!」
「ちくしょー! おろせ!」

 私だけじゃない。
 取っ組み合いの相手二人も片手で襟首を器用にまとめて捕まえて、三人そろって首根っこプラプラ仲間になってしまった。

「速やかに自室に戻るならば放します」

 憎らしいぐらい淡々とした声だった。
 まぁ、アンドロイドだから、どんな時も淡々としているのだけど。

「いやよ! 出てけって叩かれたんだもの」
「蹴とばしてきた奴から謝れ!」

 アダムにプラプラされながらそんなことを叫ぶ私たちは、相当間抜けだったと思う。
 授業がすべて終わって下校時だったのもあって、他の生徒たちが遠巻きで見ていた。
 群れて観察していないで、速やかに帰ればいいのに。

「どちらも謝らなくてよろしい。形だけの謝罪をするなど意味はないでしょう。自室で自身の行動を振り返りなさい」

 アダムはいつもすました真顔で、笑ったり怒ったりといった表情はないのだけれど、あのときは明らかに怒りのオーラを見せていた。
 表情がいつも通りなのが、むしろ怖いやつだ。
 いや、アンドロイドだから当然か?

「え? 仲直りしろって言わないの?」
「仲直りとは何です?」
「えっと、せーのでごめんを言いあって、喧嘩をなかったことにする儀式?」

 良いも悪いもなく、とりあえず体裁を整える過程だ。
 大人が寄ってたかって「お互いに悪かった」ことにすり替えて、原因をうやむやにして終わらせるちゃんちゃらおかしい決まりごとが仲直りだと思う。
 ただ、それが当然の流れだと思っていたから虚を突かれて、私とプラプラ小僧はきょとんとしてしまう。

「今、それをする意味は?」
「……ないわ。だって、私、自分に嘘をつくことになるもの」

 お気に召さないからと言って、出てけなんて言葉をなかったことにしたくない。
 相手だって同じだろう。
 私にはわからない、聞いても理解なんて絶対したくない理由があって、からんできたのだ。
 仲直りなんてしたくない者同士だから、ハードな肉体言語を駆使した。
 たとえ仲直りごっこをしたとしても、私の人生にはいらない学友だ。
 からんできた子たちはそれを聞いて、ばつの悪そうな顔をしておとなしく黙ってしまった。

「では、帰りましょう」
 ポイッとごみを捨てるよりも簡単に首根っこを放して、男の子たちを無造作に放置し、アダムは私と手をつないだ。
 何もなかったような涼しい態度だ。
 さすがはアンドロイドである。

「お待ちください。坊ちゃまたちの怪我は、そちらのお嬢さんの仕業です」

 歩き出してすぐに呼び止められた。
 私がどつかれた時も何もせず、取っ組み合いが始まってもオロオロするばかりで、こういうトラブルを回避するために子供の側にいる世話役のくせに、欠片も止めなかった侍女の声だ。
 それを言うなら、私にあるひっかき傷も打ち身も、そちらの坊ちゃまたちの仕業で、最初に絡んできたのもそちらの坊ちゃまたちである。

 まだ他にもぶつぶつとその人は言いかけていたけれど。
 アダムが振り向いたら、ヒュッと相手は息をのんだ。

「何か問題が?」

 けんか相手の次女や侍従は、アダムと目が合っただけで真っ青になってガクブル震えだした。
 ただ見つめあっているだけなのに、相手は明らかにおびえていた。

「入学式の後からずっと、クラスも違うイヴリン様のところに暴言を吐くためだけにやってきたことは、すべて記録しています。学校側はすでに把握していますし、このことをフォワース博士が知れば明確な敵意を持って対応するでしょう」

 うん、お父様は家族至上主義だからね。
 子供同士のトラブルで済むうちは我慢するけど、親や身分を持ち出されたら容赦しないだろう。
 身分には身分だと高笑いしながら、相手の国の国王様を親友だと連れてきて、平気で立会人にしちゃう予感がする。この学校のOBだからか、セレブ関係にもやたら顔が広いのだ。
 この子たちの親も、その辺のことは言い含めていると思うんだけどな。
 なんでちょっかいかけてくるんだろう~解せぬ。
 などと私が悶々としている間に、アダムは周囲の空気をブリザードに変えていた。

「今日は引きますが、次はありません」

 奇麗な顔ですごむアンドロイド……なんだか存在そのものが怖い。
 アップルだけは何もなかったように空を飛んでいたけれど、寒い体験になってしまった。

 うん、でも……ありがとうアダム。

 問題提起され、この取っ組み合いを丸ごとデータ化してお父様に送られたら、たぶん私もこってり絞られるから、引いてもらえて嬉しい。
 きっと、私が怒られて傷つかないように配慮してくれたんだと思う。

 にこにこと笑って、別にいいよって流して、物分かりのいいフリをすれば、きっと平和。
 わかっていても実行できないって、後ろめたい部分が大きいから、その配慮がうれしかった。

 マスターを守るというプログラムから、思考を駆使して導き出した行動は、いつだって素晴らしい私ファーストなのだ!

 時々、だからこそだろうか。
 言葉で説明はできないけれど、感覚で感じてしまうのだ。
 アダムは、人間ともロボットとも違う存在だと。

 アダムはいつでもそんな風で、他の大人たちとは違う論理で淡々と動いていた。
 ヘッド・ストーンがあるからアンドロイドだと見た目で判断できるけれど、行動が画一的なプログラムから離れている。

 中学生にもなると、見目麗しいアダムは女の子たちから熱い視線を送られていた。
 アンドロイドなのにラブレターやお菓子までもらっていた。
 本人はいつも通り淡々として興味すら持たなかったけど。
 手紙は寄宿舎に入るなり封をしたまま捨てるし、お菓子はアップルを呼んで成分分析を即座にし、問題のない物は私のおやつになった。
 中身に問題があったらしいものは、粛々と成分をデータ化して、しかるべきところに送っていた。
 その先、送ってきた相手がどうなったかは知らないけれど、その後、生徒の人数が減ったといううわさも流れてくるのでガクブルである。

 アダムは護衛としても優秀だった。
 学校に侵入した不審者を取り押さえたこともある。
 セレブなセキュリティーを突破してきたつわものだった。
 別の学部にいるどこぞの国の王子様を目当てにやってきて、セレブな散策道を身をひそめながら走っていた。

 私の横にいたアダムは不審者を捕捉した瞬間、ヒュンッと風の音を残して移動し、相手の背後を取り拘束し、片手で武器らしきものを握りつぶしていた。
 ゴリゴリと音を立てて変形していく武器だったはずの鋼鉄の塊に、やっぱりアダムはアンドロイドなんだなぁ~なんて思いながら、私はポカーンと立ち尽くすばかりだった。

 だって、散策道が見える渡り廊下……しかも二階なのに、窓から飛び出して瞬きするより早く、悪人を確保するのが現実だって思う?

 首根っこを掴まれてプラプラされたり、早く寝てくださいと片手でベッドに放り込まれるのはいつものことだけれど、ゴリゴリマッチョの特殊訓練を受けているおっさんを無傷で捕まえるなんて、いくらアンドロイドでもおかしいと思うの。

 そのことをお父様にポソッと伝えたら、フハハハハって高笑いをして「パパは天才だからね!」といい気になったので、褒めてないからねと言って通信をプチっと切っておいた。

 すべてが終わってアダムに「ケガはない?」って尋ねたら、いつものすました顔で「アンドロイドはケガをしません」と当たり前に返されて、思わず枕に八つ当たりをしたのは内緒だ。

 情緒は皆無だけど、これだけ優秀なアンドロイドは他にはなく、アダムを欲しがる人もたくさんいた。
 だけどアダムのマスターは私で、どれだけお金を積まれてもマスターを書き換えることは不可能だとお父様はシレッとしていた。
 断るだけではなく、研究所を支援してくれている企業のパンフレットを、もれなく笑顔で配っていたのはさすがだと思う。

「一般販売も始まった汎用型アンドロイドはいかがでしょう? あなたが唯一無二のマスターになれますし、性能も安定していますし、ボディーからオプションまでお望みのままですよ」

 この商売上手め。
 お父様は悪魔の親戚だと思う。

 美形のアンドロイドは性別だけでなく、髪の色から体つきまでカスタマイズできると聞いて、飛びつく人間は多かった。

 特に、アダムにラブレターを送っていた子の動きは素早かった。
 今では着替えなどの日常の世話は今まで通り人間の侍女に手伝ってもらい、お出かけの時はアンドロイドとデート気分で外出するそうだ。

 執事希望の子女とは違い、男子は美少女を希望する子息が大半を占めているらしい。
 当たり前だ、思春期だもの。

 女の子たちとは違って他人に見せないように自宅や宿舎にアンドロイドを置くのが流行りらしい。
 らしい、というのも、人前に連れ出さないと私がアンドロイドの様子を知ることができないからだ。
 どんな扱われ方をしているのかわからないので、室内で進化するAIの過程を知ることができないので残念だ。

 幼いころに私と取っ組み合いをしたお坊ちゃまたちも、おめめぱっちりのキュートな美少女を連れ帰ったとか。
 喧嘩をしたときはアンドロイド否定派だったのに、時代が変われば甘受するのも人間らしい行動だ。

 今はまだ、セレブの日常にしか姿を見せていないけれど。
 思考型AIを持つアンドロイドは、量産され始めている。

 私も18歳になり、アダムとの付き合いは13年になり、ロボットやアンドロイドも活躍の場を広げていく。
 これから大人になっていく私に何ができるのか、将来を見据えて考える時が来ていた。
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