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恋の始まり(大学生・社会人)
「俺の心で爪とぎを」
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「ほんとにほんとに、朝から大変だったんですよ~もう少しここにいろよって、最愛の彼が私を引きとめるんです」
部長を上目遣いで見上げている彼女の必死の言い訳に、俺はコーヒーを吹きそうになった。
就業時間を過ぎてからのこのこ出社してきて、会社に遅刻した言い訳が、それか?
新人とはいえ、いい根性をしている。
「君はその彼に引きとめられて、そして遅刻をしたのかね?」
「いいえ! 泣く泣く彼に別れを告げて家を出たら、私を誘う新しい出会いが……なかなかその手を放してくれない腹黒い人なんです。だから、あなただけじゃ物足りないのよってクールに決めてやったら、ちょっぴり白くなってなんとか振り切れたんですけど……こんな時間になりました」
「それは大変だったねと言いたいところだが……君、駅前のコーヒーショップで目撃されているんだよ……どう弁明する気だね?」
「あ、部長もあの店、ご存じなんですか? サクサククロワッサンのモーニングセットって、とっても珍しいですよね♪ お勧めメニューが腹黒コーヒーなんて、変なネーミングするマスターもおちゃめでした♡」
「君……もしかして最愛の彼は布団で、腹黒い人は挽きたてのコーヒーで、ミルク突っ込んだカフェオレで優雅に朝食を満喫した。遅刻したのは、そういう理解でいいのかね?」
「すごい! 部長は何でもお見通しなんですね♪」
パチンと嬉しそうに両手を合わせて、彼女はにこにこと笑っている。
怒鳴りかけた部長の口を封じるだけの威力を持った最強の笑顔がそこにあった。
おい、最愛の彼が布団ではなくマイクロフリースの毛布だと、三白眼になったままの部長に説明してどうする気だ?
お前には、部長の背負っているあの黒く歪んだオーラが見えないのか?
などと思っていたら、バチッと部長と目があった。
やべ、と思うと同時に、部屋の中にいたすべての社員が高速で机に突っ伏す。
顔をあげているのが俺だけという、不幸な状況に陥った。
「あ~ちょっときたまえ」
ちょいちょいと手招きをされて、一瞬、俺は顔が引きつる。
「きみ、一般常識から彼女に教えてあげなさい」
部長、どうして俺を指名するんですか?!
どう考えても、教えるのはムリだと思いませんか?
他に社員が何人もいるのに、どうして俺が教育係なんだ!
「先輩、よろしくお願いします♪」
よせ、そのご機嫌な笑顔は。
俺は一気に冷や汗だ。
両手を組み合わせて天使の笑顔を見せても、悪魔の尻尾がチョロリとうごめいている気がする。
「あ、私の事はニャンコでいいですよ♪ 名前が美弥子なので、ニャンコってずっと呼ばれてます」
仲良くしてくださいね~と手を差し出された手を、俺は恐ろしいと思いながら見つめることしかできない。
会社の同僚をニャンコと呼ぶわけがないのに、違う呼び方をするとうっとうしく拗ねそうな予感満載だ。
うごめいているのが悪魔の尻尾ではなく、ネコの尻尾だったとは。
ピカピカと輝く淡いパールのマニキュアは愛らしかったけれど、その艶はどこか気まぐれな猫の爪を思い出させた。
「ちゃんと腹黒コーヒーのクーポンをゲットしてきたから、先輩、今度一緒に行きましょうね♪」
こっそり耳打ちされて、俺は心臓が止まるかと思った。
この状況で、その発言。
ありえないぞ、ニャンコ!
「退社後にひとりで行ってくれ」
「え~? 一緒に行きましょうよ~モーニングセット、特に美味しいですよ♡」
どこまで発想が自由なんだろう?
自分が怒られたことすら忘れている奴の誘いに、俺が乗るわけないだろう。
ニャンコの気まま行動はずっと続きそうな嫌な予感にさいなまれる。
「おい……少しはこりてくれ」
これからしばらくの間。
彼女は自由な行動を繰り返し、俺の心で爪とぎをするのだろう。
そして俺は、傷だらけの心でため息をつく。
【 おわり 】
そして、面倒見の良い性格が災いして、にゃんこちゃんにズブズブとはまっていくのであった。
部長を上目遣いで見上げている彼女の必死の言い訳に、俺はコーヒーを吹きそうになった。
就業時間を過ぎてからのこのこ出社してきて、会社に遅刻した言い訳が、それか?
新人とはいえ、いい根性をしている。
「君はその彼に引きとめられて、そして遅刻をしたのかね?」
「いいえ! 泣く泣く彼に別れを告げて家を出たら、私を誘う新しい出会いが……なかなかその手を放してくれない腹黒い人なんです。だから、あなただけじゃ物足りないのよってクールに決めてやったら、ちょっぴり白くなってなんとか振り切れたんですけど……こんな時間になりました」
「それは大変だったねと言いたいところだが……君、駅前のコーヒーショップで目撃されているんだよ……どう弁明する気だね?」
「あ、部長もあの店、ご存じなんですか? サクサククロワッサンのモーニングセットって、とっても珍しいですよね♪ お勧めメニューが腹黒コーヒーなんて、変なネーミングするマスターもおちゃめでした♡」
「君……もしかして最愛の彼は布団で、腹黒い人は挽きたてのコーヒーで、ミルク突っ込んだカフェオレで優雅に朝食を満喫した。遅刻したのは、そういう理解でいいのかね?」
「すごい! 部長は何でもお見通しなんですね♪」
パチンと嬉しそうに両手を合わせて、彼女はにこにこと笑っている。
怒鳴りかけた部長の口を封じるだけの威力を持った最強の笑顔がそこにあった。
おい、最愛の彼が布団ではなくマイクロフリースの毛布だと、三白眼になったままの部長に説明してどうする気だ?
お前には、部長の背負っているあの黒く歪んだオーラが見えないのか?
などと思っていたら、バチッと部長と目があった。
やべ、と思うと同時に、部屋の中にいたすべての社員が高速で机に突っ伏す。
顔をあげているのが俺だけという、不幸な状況に陥った。
「あ~ちょっときたまえ」
ちょいちょいと手招きをされて、一瞬、俺は顔が引きつる。
「きみ、一般常識から彼女に教えてあげなさい」
部長、どうして俺を指名するんですか?!
どう考えても、教えるのはムリだと思いませんか?
他に社員が何人もいるのに、どうして俺が教育係なんだ!
「先輩、よろしくお願いします♪」
よせ、そのご機嫌な笑顔は。
俺は一気に冷や汗だ。
両手を組み合わせて天使の笑顔を見せても、悪魔の尻尾がチョロリとうごめいている気がする。
「あ、私の事はニャンコでいいですよ♪ 名前が美弥子なので、ニャンコってずっと呼ばれてます」
仲良くしてくださいね~と手を差し出された手を、俺は恐ろしいと思いながら見つめることしかできない。
会社の同僚をニャンコと呼ぶわけがないのに、違う呼び方をするとうっとうしく拗ねそうな予感満載だ。
うごめいているのが悪魔の尻尾ではなく、ネコの尻尾だったとは。
ピカピカと輝く淡いパールのマニキュアは愛らしかったけれど、その艶はどこか気まぐれな猫の爪を思い出させた。
「ちゃんと腹黒コーヒーのクーポンをゲットしてきたから、先輩、今度一緒に行きましょうね♪」
こっそり耳打ちされて、俺は心臓が止まるかと思った。
この状況で、その発言。
ありえないぞ、ニャンコ!
「退社後にひとりで行ってくれ」
「え~? 一緒に行きましょうよ~モーニングセット、特に美味しいですよ♡」
どこまで発想が自由なんだろう?
自分が怒られたことすら忘れている奴の誘いに、俺が乗るわけないだろう。
ニャンコの気まま行動はずっと続きそうな嫌な予感にさいなまれる。
「おい……少しはこりてくれ」
これからしばらくの間。
彼女は自由な行動を繰り返し、俺の心で爪とぎをするのだろう。
そして俺は、傷だらけの心でため息をつく。
【 おわり 】
そして、面倒見の良い性格が災いして、にゃんこちゃんにズブズブとはまっていくのであった。
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