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恋の始まり(大学生・社会人)
シルバーリング
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「またね」
そんな約束をして、彼との恋は始まった。
卒業式の日に告白されたのだ。
すごくいい人そうだし、私に気持ちを向ける必死な感じを応援したくて、うん、とうなずいた。
彼とは同級生だったけれど、同じクラスになったことはない。
もちろん話したこともなかった。
だから、ほんの数回会っただけ。
そんな実感を持ちにくい「好きなんだ」の後に、そのまま「またね」が来たので私は茫然とした。
「ごめん、どうしても君に気持ちを伝えたかったから」
何度もくりかえす言い訳に似た言葉も、彼が口にするとけなげな感じがして、仕方ないかと思った。
女の子なら「伝えたかったから」の後は、このままお別れだとなぜか割り切ってて、サラッと「元気で、サヨナラ」なんて別れを口に出したりするんだけど。
口下手だけど焦りながら会話をする様子が、やっぱりなんだか可愛くて。
すぐに距離的なお別れがやってくるとしても、いいよって言った。
そう、彼は県外の大学に進学が決まっていたのだ。
「たとえば君が……えっと、その、まぁ、なんだ」
何か言いかけたけどけっきょく言い淀み、明日の朝の新幹線に乗っていってしまうと告げた後で、彼はモジモジしていた。
当分会えなくなるんだなぁと思ったらやっぱり寂しくかった。
卒業式の後の短い間で何度か会い、いい人から好きな人に変わりかけてる。
強烈な気持ちに育つまで待たずに離れる現実に、自分の胸の中がもやもやしていたから、言葉の続きがひどく気になった。
しばらく爪先を見つめて言い淀んでいたけど、キュッと唇を噛んで彼は顔を上げた。
決死隊みたいな表情だった。
余裕のなさが伝わってきて、私もキュッと気持ちが引き締まった。
手を出すように言われて、左手を出す。
「なぁに?」
「離れた場所にいるからって、不安がらなくていいから」
そんなふうに言って、彼はぎこちない手つきで私の左手に指輪をはめた。
シルバーリング。
キラキラした銀の輝きが、私の指にちょうど良くおさまっていた。
「人差し指なの?」
ウッともグッともつかない妙な息ののみ方に、私は笑ってしまった。
その一途な慌て方に、カチリ、と心のピースがはまる。
「ふふ、冗談だよ。嬉しい。ありがとう」
目に見える物は、やっぱり嬉しい。
「導き、なんだって」
「え?」
「離れても、お互いが迷わないように」
指輪をはめる指ごとに意味があると、とつとつと語る。
そういう彼の左手の人差指にも、ちゃっかりペアリングがはまっていた。
ロマンティックなのか、不安がっているのかわからないけれど、彼と本当に気持ちが繋がっている気がした。
大きく息を吸い込んで。
彼は「またね」の後で当然のように、未来につながる約束をたくさん口にした。
またね、たくさん話そう。
またね、たくさん笑おう。
またね、君と一緒に歩きたいんだ。
好きだって言う代わりに、彼はそんなふうに不器用な言葉で未来を描きだしていく。
「たとえば君が……不安になったとしても、僕の気持ちはここにあるから」
うん、と私はうなずいた。
大丈夫、始まったばかりの恋だけど。
淋しくなんかない。不安だって去っていく。
きっと、この指輪が私たちを導いてくれる。
心安らぐ未来に……
【 おわり 】
そんな約束をして、彼との恋は始まった。
卒業式の日に告白されたのだ。
すごくいい人そうだし、私に気持ちを向ける必死な感じを応援したくて、うん、とうなずいた。
彼とは同級生だったけれど、同じクラスになったことはない。
もちろん話したこともなかった。
だから、ほんの数回会っただけ。
そんな実感を持ちにくい「好きなんだ」の後に、そのまま「またね」が来たので私は茫然とした。
「ごめん、どうしても君に気持ちを伝えたかったから」
何度もくりかえす言い訳に似た言葉も、彼が口にするとけなげな感じがして、仕方ないかと思った。
女の子なら「伝えたかったから」の後は、このままお別れだとなぜか割り切ってて、サラッと「元気で、サヨナラ」なんて別れを口に出したりするんだけど。
口下手だけど焦りながら会話をする様子が、やっぱりなんだか可愛くて。
すぐに距離的なお別れがやってくるとしても、いいよって言った。
そう、彼は県外の大学に進学が決まっていたのだ。
「たとえば君が……えっと、その、まぁ、なんだ」
何か言いかけたけどけっきょく言い淀み、明日の朝の新幹線に乗っていってしまうと告げた後で、彼はモジモジしていた。
当分会えなくなるんだなぁと思ったらやっぱり寂しくかった。
卒業式の後の短い間で何度か会い、いい人から好きな人に変わりかけてる。
強烈な気持ちに育つまで待たずに離れる現実に、自分の胸の中がもやもやしていたから、言葉の続きがひどく気になった。
しばらく爪先を見つめて言い淀んでいたけど、キュッと唇を噛んで彼は顔を上げた。
決死隊みたいな表情だった。
余裕のなさが伝わってきて、私もキュッと気持ちが引き締まった。
手を出すように言われて、左手を出す。
「なぁに?」
「離れた場所にいるからって、不安がらなくていいから」
そんなふうに言って、彼はぎこちない手つきで私の左手に指輪をはめた。
シルバーリング。
キラキラした銀の輝きが、私の指にちょうど良くおさまっていた。
「人差し指なの?」
ウッともグッともつかない妙な息ののみ方に、私は笑ってしまった。
その一途な慌て方に、カチリ、と心のピースがはまる。
「ふふ、冗談だよ。嬉しい。ありがとう」
目に見える物は、やっぱり嬉しい。
「導き、なんだって」
「え?」
「離れても、お互いが迷わないように」
指輪をはめる指ごとに意味があると、とつとつと語る。
そういう彼の左手の人差指にも、ちゃっかりペアリングがはまっていた。
ロマンティックなのか、不安がっているのかわからないけれど、彼と本当に気持ちが繋がっている気がした。
大きく息を吸い込んで。
彼は「またね」の後で当然のように、未来につながる約束をたくさん口にした。
またね、たくさん話そう。
またね、たくさん笑おう。
またね、君と一緒に歩きたいんだ。
好きだって言う代わりに、彼はそんなふうに不器用な言葉で未来を描きだしていく。
「たとえば君が……不安になったとしても、僕の気持ちはここにあるから」
うん、と私はうなずいた。
大丈夫、始まったばかりの恋だけど。
淋しくなんかない。不安だって去っていく。
きっと、この指輪が私たちを導いてくれる。
心安らぐ未来に……
【 おわり 】
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