「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

文字の大きさ
上 下
75 / 80
あなたを想う(大学生・社会人)

おでんウォーズ

しおりを挟む
 今日は十月の第一土曜日。

 さぁ、困った。
 私はカレンダーを見ながら、苦笑してしまう。
 おでんを仕込みながら、困ったと言うのも変な話だけど。
 とうとうこの日が来てしまった。

 また、おでんの季節が訪れたのだ。

 一昨年から一緒に暮らし始めた浩介と、また些細なバトルが始まる予感がする。
 本当にくだらない理由なんだけどね。
 醤油出汁がベースなのは、お互いの郷里に共通しているんだけど。
 そこからがまずい。

 味付けは薄口醤油か、濃い口醤油か。
 つけるのは和辛子か、味噌ダレか。

 そんなの小さなことだって思うでしょう?

 でもね、私は昆布出汁でほんのり淡い卵と大根が好きなのよ。
 どうしてシッカリ色づいた黒い大根なのかが、わからない。
 ブツ切りの豚バラ肉まで入れて、こっくり濃く色づいた大根のビジュアルは初めて見たときは衝撃だった。

 これっておでんって呼ぶより、普通に煮物じゃないのかしら?

 それにね。
 絶対入れてと頼まれる、ちくわぶ。
 この近くには売ってないのよね。

 毎回、訪問配達のチラシで注文しているって、気がついてないでしょう?
 手に入れるだけで大変。

 本当にわかっていないんだから、なんて。
 小さくぼやきながら、十月から二月までカレンダーの第一土曜日には赤ペンで、第三土曜日に青ペンで丸をつけていく。

 赤ペンは私好み。
 青ペンは浩介好み。

 おでんウォーズのくだらなさに、お互いイーブンの条件をつけたのは去年のこと。
 毎回どっちに合わせるか話し合うのは面倒だから、先に決めておこうよなんて浩介から提示された時は嬉しかった。

 どちらかを否定するのは簡単だけど、お互い様なら自分のやり方にこだわらなくてすむし。
 月に二回のおでんの日を決めてるって、私たちだけじゃないかしら?

 だからといって、些細なバトルが終結した訳じゃないんだけどね。
 ため息と一緒に、カレンダーをめくる。

 お正月はもっと大変。
 四角いお餅でないと我慢できない浩介と、丸餅派の私。
 お雑煮に入れるお餅を焼くのか煮るのかだけで言い合いになって、結局は元旦は浩介好みに、二日は私好みに合わせる事になっている。

 ホントはね、四角いお餅だって悪くないのよ。
 嫌じゃないわ、慣れないだけで。
 味は一緒なのに、ビジュアルがちょっと違ってるから、落ち着かないだけ。
 包丁でちょっぴり角を落として、無理やり丸に見せかけてみるけど、やっぱり何か違う気がする。

 なんて、ね。
 本当は気にいっているのよ。
 浩介の好きな味も。
 私の知っているモノとは、何かが違っているけど、それでも新鮮。

 クツクツと大根を煮ながら、時計を見る。
 もうすぐ浩介が帰ってくる。
 今日は十月の第一土曜日だから、久しぶりのおでんの日。

 仕事の後に私好みのおでんなんて、ちょっとかわいそうかな?

 でもね、いつもいつも浩介と二人でおでんを囲むとき。
 新しい世界への扉を開ける気分なの。
 私に馴染みのある味なのに、違う顔を見せてくれるから。

 どっちの好みが正しいのかなんて、誰が決めるの?

 だから楽しんでほしい。
 私の好みに染まるのではなく、慣れてほしいのよ。
 お互いにイーブンのままで。

 そんなことを考えていたけど、ふと気付く。

 あら嫌だ。
 色ペンを二本も握りしめニヤニヤしてるなんて、かなり変な状況。

 一緒に暮らし始めて二年も経つのに。
 いまだに新しい発見のある毎日なんて、ちょっとお得な関係かもしれない。

 その時、玄関の鍵が開く音がした。
 うん、予想通りの帰宅時間。

 おでんの具材にも、ほどよく味が染み込んでいる。
 きっと、今日は色なし卵か~なんてぼやくに決まっているけどね。
 そのお約束のセリフも予想がつきすぎて、なんだか愛しい。
 小さなバトルくらい、夕食の付け合わせに変えてみせるわ。

 思わず笑みがこぼれて、私は玄関へ歩きだす。
「おかえりなさい」を言うために。


【 おわり 】

2012.11.13

おでんって、一年間で一番消費量が多いのは10月らしいです。
西日本在中なので、初めて関東のおでんを見たとき、黒い大根とちくわぶは衝撃でした( *´艸`)
これを書いたときにはちくわぶは生協で注文するしかなかったのですが、去年はスーパーで売ってるのを見ました。

おでん、奥が深い食べ物だと思います。
同じ名前なのに、別の食べ物みたいに見えるのって不思議。
おでんってご当地ネタも多くて、調べると面白いですよ~見慣れぬ具材も試したら美味しくて好き♪
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...