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恋の始まり(大学生・社会人)
チョコバナナ
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また来た。
なんて言ってはいけないけれど、彼が現れると一瞬で空気が変わる。
通称、鬼瓦さん。
名付け親はショッピングモールのフードコーナーに努めているパートのおばちゃんたちだ。
本当の名前は知らない。
任侠映画に出てきそうな鋭い眼光。
グリっとした太い眉に、えらの張った厳めしい顔つき。
格闘技かラグビーの選手を想わせるがっちりとした体格。
鬼瓦さんの太い腕は、私がぶら下がっても、きっと平気。
そんな彼が真っ直ぐに向かってくるのは、私が勤めているクレープ屋さんだ。
はじめて会ったときから顔色一つ変えず、淡々と告げてくる注文はいつもチョコバナナ。
季節のお勧めを伝えてみても、一寸のぶれもなく淡々と告げられるのは「チョコバナナ」の台詞ひとつだけ。
ハッキリ言って、鬼瓦さんにスイーツは似合わないけれど。
私がこのショッピングモールのフードコーナーにあるクレープ屋さんに勤め出してから、週に二度は顔を見かけるので相当甘いものが好きらしい。
毎度のようにチョコバナナを頼んでいくので、他人の好みって本当にわからないものだなーと思う。
あきれてはいけないけれど、どんだけ好きなの?
淡々とチョコバナナを注文して、持ち帰りで受け取って、スタスタと去っていくので、鬼瓦さんとまともに会話をしたことはない。
だけど、やけに気になる人だった。
周りの視線もものともせず、いつもスーツで、当たり前のようにチョコバナナを買って、ただそれだけなんだけど。
クレープを受け取る一瞬に、フッと笑うのだ。
本当に一瞬だけ目を合わせて、とても嬉しそうに。
うん、まぁ、顔つきは鬼瓦で怖い感じだけど、表情ひとつで印象が変わる。
どこまでも一途で。
頑固なまでにわき目もふらず。
好みは、いつまでも変わらない。
大事そうに受け取るチョコバナナは、日常で関わる人に対する態度と同じに見える。
そんな鬼瓦さんに、惹かれない訳がなくて。
いつか店員とお客以外の立ち位置で話してみたいなーと思っていたら、なんとその機会は意外と早く訪れた。
昼休憩にお弁当を食べようと思ってショッピングモールの中庭に出たら、鬼瓦さんが一人で本を読んでいたのだ。
ふと思いついてクレープ屋に取って返し、チョコバナナを二つ買って中庭に行く。
「こんにちは」
思い切って鬼瓦さんに声をかけてみた。
「よかったらこれどうぞ」
クレープを差し出すとちょっと驚いた顔をしたけれど、私の手にしたお弁当箱に気がついたみたいだった。
鬼瓦さんは無骨な顔立ちに似合わず気の回る人なので、あっさり「座れば」と言われたので素直に従う。
ありがとう、と言って座ったものの、沈黙が落ちてしまう。
なんという不覚。
突撃して同じテーブルに着いたものの、まともな会話が思い浮かばない。
「クレープ、お好きですよね?」
場を取り繕うように質問をふって見ると、ハハッと鬼瓦さんは軽く笑った。
「いつも同じ物しか頼まないしな」
こだわりに突っ込んで気を悪くしたらどうしようと内心びくびくしていたので、明るい声になんだか救われた気がした。
「いつもチョコバナナですよね」
「いつもチョコバナナだよな」
「注文を選ぶのが苦手とか?」
「そういうあんたは、苦手そうだよな」
いきなり振られて、うっと言葉に詰まってしまう。
確かに季節の限定品に弱いし、好きなものがありすぎると目移りして選べなくなる。
「質問に、質問で返すのはずるいです」
拗ねて横を向くしかない。
だけど、やっぱり鬼瓦さんと話す機会は貴重なので、まっすぐに向き直った。
「甘い物、好きなんですね」
「いや、嫌い」
即答だった。
すっぱりと、きっぱりと、これ以上はないぐらいハッキリとした宣言に、私は戸惑った。
だって、鬼瓦さんの頼むチョコバナナは、甘いデザートの代表になれると思う。
「嫌いなんですか?」
うん、とうなずいた後、なにかモゴモゴと口の中で言いかけてごまかそうとしていた鬼瓦さんだけど、私に向けたのは真顔だった。
「チョコバナナってさ。ふりふりのブラウスに、チョコブラウンのエプロンって感じだろ? そっくりだ」
私の勤めるクレープ屋さんの制服は、白のふりふりブラウスに、チョコブラウンのカフェエプロンだけど。
鬼瓦さんの視線が痛いぐらい真っ直ぐだから、私の思考はついていかないけれどその視線のまっすぐさに、一気に顔がほてり始めた。
「好きな子を食べたいなんて変なこと言う奴が多いって思ってたんだけど、確かに似てるって思ったからな。こういうことかーって思ったんだよ」
甘すぎるぐらい甘いのも女の子みたいだ、なんて。
言うだけ言うと私の返事も待たずに、照れくさそうに横を向いてしまう。
鬼瓦さんはガブリと勢いよくクレープにかぶりついているけれど、口に出している言葉と重なると、妙に艶やかな想像をかきたてられてしまう。
「好きな子は、チョコバナナみたいな人なんですか?」
「あ~う~ん……まぁ、俺はそう思ってるけど、女の子がバナナってわけはないか。いや、アレだ。なんというか……好きな子と違ってクレープは食べても問題ないし……いや、食べちゃいたいってのは言葉のあやで……俺、なにを言ってんだかわからなくなってきた」
恥ずかしいじゃないか、と言って鬼瓦さんはしゃべらない言い訳をつくるみたいに、一気にクレープの残りを口の中に押し込んだ。
「悪い、今は勘弁してくれ」
言い残すと、ものすごい勢いで逃げて行った。
去り際に追加の台詞をごまかすため、白く唇を汚したクリームをそっと舌先で見えるようになめとったのは、わざとですか?
真っ赤になった横顔なんてギャップがありすぎるから、ときめいてしまうじゃないですか。
ほんとの名前も聞きそびれてしまったのに、ドキドキが止まらなくなる。
食べちゃいたいぐらい好きな人って、甘い甘いデザートみたいな言葉だから。
もしかして……なんて勘違いしたくなる。
跳ねあがる鼓動を抑えつけようとしても、一度速度を増した心臓は簡単には収まらない。
チョコと生クリームに甘く包まれたバナナは、私?
それとも……?
今度、あなたに尋ねてみたい。
不器用な私だけれど、いつかはあなたのチョコバナナ。
【 おわり 】
なんて言ってはいけないけれど、彼が現れると一瞬で空気が変わる。
通称、鬼瓦さん。
名付け親はショッピングモールのフードコーナーに努めているパートのおばちゃんたちだ。
本当の名前は知らない。
任侠映画に出てきそうな鋭い眼光。
グリっとした太い眉に、えらの張った厳めしい顔つき。
格闘技かラグビーの選手を想わせるがっちりとした体格。
鬼瓦さんの太い腕は、私がぶら下がっても、きっと平気。
そんな彼が真っ直ぐに向かってくるのは、私が勤めているクレープ屋さんだ。
はじめて会ったときから顔色一つ変えず、淡々と告げてくる注文はいつもチョコバナナ。
季節のお勧めを伝えてみても、一寸のぶれもなく淡々と告げられるのは「チョコバナナ」の台詞ひとつだけ。
ハッキリ言って、鬼瓦さんにスイーツは似合わないけれど。
私がこのショッピングモールのフードコーナーにあるクレープ屋さんに勤め出してから、週に二度は顔を見かけるので相当甘いものが好きらしい。
毎度のようにチョコバナナを頼んでいくので、他人の好みって本当にわからないものだなーと思う。
あきれてはいけないけれど、どんだけ好きなの?
淡々とチョコバナナを注文して、持ち帰りで受け取って、スタスタと去っていくので、鬼瓦さんとまともに会話をしたことはない。
だけど、やけに気になる人だった。
周りの視線もものともせず、いつもスーツで、当たり前のようにチョコバナナを買って、ただそれだけなんだけど。
クレープを受け取る一瞬に、フッと笑うのだ。
本当に一瞬だけ目を合わせて、とても嬉しそうに。
うん、まぁ、顔つきは鬼瓦で怖い感じだけど、表情ひとつで印象が変わる。
どこまでも一途で。
頑固なまでにわき目もふらず。
好みは、いつまでも変わらない。
大事そうに受け取るチョコバナナは、日常で関わる人に対する態度と同じに見える。
そんな鬼瓦さんに、惹かれない訳がなくて。
いつか店員とお客以外の立ち位置で話してみたいなーと思っていたら、なんとその機会は意外と早く訪れた。
昼休憩にお弁当を食べようと思ってショッピングモールの中庭に出たら、鬼瓦さんが一人で本を読んでいたのだ。
ふと思いついてクレープ屋に取って返し、チョコバナナを二つ買って中庭に行く。
「こんにちは」
思い切って鬼瓦さんに声をかけてみた。
「よかったらこれどうぞ」
クレープを差し出すとちょっと驚いた顔をしたけれど、私の手にしたお弁当箱に気がついたみたいだった。
鬼瓦さんは無骨な顔立ちに似合わず気の回る人なので、あっさり「座れば」と言われたので素直に従う。
ありがとう、と言って座ったものの、沈黙が落ちてしまう。
なんという不覚。
突撃して同じテーブルに着いたものの、まともな会話が思い浮かばない。
「クレープ、お好きですよね?」
場を取り繕うように質問をふって見ると、ハハッと鬼瓦さんは軽く笑った。
「いつも同じ物しか頼まないしな」
こだわりに突っ込んで気を悪くしたらどうしようと内心びくびくしていたので、明るい声になんだか救われた気がした。
「いつもチョコバナナですよね」
「いつもチョコバナナだよな」
「注文を選ぶのが苦手とか?」
「そういうあんたは、苦手そうだよな」
いきなり振られて、うっと言葉に詰まってしまう。
確かに季節の限定品に弱いし、好きなものがありすぎると目移りして選べなくなる。
「質問に、質問で返すのはずるいです」
拗ねて横を向くしかない。
だけど、やっぱり鬼瓦さんと話す機会は貴重なので、まっすぐに向き直った。
「甘い物、好きなんですね」
「いや、嫌い」
即答だった。
すっぱりと、きっぱりと、これ以上はないぐらいハッキリとした宣言に、私は戸惑った。
だって、鬼瓦さんの頼むチョコバナナは、甘いデザートの代表になれると思う。
「嫌いなんですか?」
うん、とうなずいた後、なにかモゴモゴと口の中で言いかけてごまかそうとしていた鬼瓦さんだけど、私に向けたのは真顔だった。
「チョコバナナってさ。ふりふりのブラウスに、チョコブラウンのエプロンって感じだろ? そっくりだ」
私の勤めるクレープ屋さんの制服は、白のふりふりブラウスに、チョコブラウンのカフェエプロンだけど。
鬼瓦さんの視線が痛いぐらい真っ直ぐだから、私の思考はついていかないけれどその視線のまっすぐさに、一気に顔がほてり始めた。
「好きな子を食べたいなんて変なこと言う奴が多いって思ってたんだけど、確かに似てるって思ったからな。こういうことかーって思ったんだよ」
甘すぎるぐらい甘いのも女の子みたいだ、なんて。
言うだけ言うと私の返事も待たずに、照れくさそうに横を向いてしまう。
鬼瓦さんはガブリと勢いよくクレープにかぶりついているけれど、口に出している言葉と重なると、妙に艶やかな想像をかきたてられてしまう。
「好きな子は、チョコバナナみたいな人なんですか?」
「あ~う~ん……まぁ、俺はそう思ってるけど、女の子がバナナってわけはないか。いや、アレだ。なんというか……好きな子と違ってクレープは食べても問題ないし……いや、食べちゃいたいってのは言葉のあやで……俺、なにを言ってんだかわからなくなってきた」
恥ずかしいじゃないか、と言って鬼瓦さんはしゃべらない言い訳をつくるみたいに、一気にクレープの残りを口の中に押し込んだ。
「悪い、今は勘弁してくれ」
言い残すと、ものすごい勢いで逃げて行った。
去り際に追加の台詞をごまかすため、白く唇を汚したクリームをそっと舌先で見えるようになめとったのは、わざとですか?
真っ赤になった横顔なんてギャップがありすぎるから、ときめいてしまうじゃないですか。
ほんとの名前も聞きそびれてしまったのに、ドキドキが止まらなくなる。
食べちゃいたいぐらい好きな人って、甘い甘いデザートみたいな言葉だから。
もしかして……なんて勘違いしたくなる。
跳ねあがる鼓動を抑えつけようとしても、一度速度を増した心臓は簡単には収まらない。
チョコと生クリームに甘く包まれたバナナは、私?
それとも……?
今度、あなたに尋ねてみたい。
不器用な私だけれど、いつかはあなたのチョコバナナ。
【 おわり 】
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