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両片想い(高校生)
金魚すくい
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「なぁ、今度の祭り、一緒に行かないか?」
「えっと、三人でもいいですか? 今度のお祭り、お兄ちゃんと先に約束しちゃって」
千佳がそんなことを言うから、思わずムッとしてしまう。
上目遣いの可愛い顔でのお願いは叶えてやりたくなるけど、お祭りデートに「お兄ちゃんと一緒」ってなんだ。
そこは、俺を優先するところじゃないのか?
ブラコンなのは知っていたけど、少しは俺の気持ちを考えろっての。
なんでもかんでも「お兄ちゃん」が最優先されることにイラっとした。
俺はいかない、と断ると、千佳は少し肩を落とした。
「えっと、だったら伊達先輩、お土産、何がいいですか?」
リンゴ飴や金魚はどうかなぁ~なんて、なんだか思考を巡らせているからよけいにいらついた。
お兄ちゃんと二人でお祭りを楽しむ計画なんて、誘いを断られた俺からすれば聞きたくない。
「いらねぇ」
「遠慮しなくっていいですよ、私、これでも金魚すくい得意なの」
「遠慮じゃないっての! 金魚なんて飼える訳ないだろ」
バカじゃね~のとつぶやいて、そのまま俺はサヨナラも言わずに帰ってしまった。
伊達先輩! と呼ばれても振り返りもしなかった。
俺が欲しいのはお土産なんかじゃないって、千佳は気付きもしない。
もともとおっとりのんびりしたところがあるから、少しぐらいのズレは可愛いものだが、さすがに許せる気分じゃなかった。
確かに千佳はずっと俺のことは怖がっていたし、お兄ちゃん経由でしか俺のことを知らないだろうけどさ。
思い返せば自分の小ささが嫌になるけど、何でもかんでも「お兄ちゃん最優先」になるってどうなんだ?
そのあと何度か千佳からラインやメールも入ったけど、けっきょく見ないままだ。
既読がつかないから、開けてすらないってばれてるだろう。
昼休みに教室へ何度かやってきたみたいだけど、俺はこそこそと逃げ回っている。
千佳の兄貴は俺と同じクラスだから、妹を泣かすなー! と文句を言いに来たけど、にらみつけてやった。
だいたい、元をたどればこいつが悪いのだ。
千佳千佳と妹をとことん甘やかしているから、俺と付き合っていても彼女は兄貴の姿しか見ていない。
「俺に妬いても仕方ないだろ? ふたりっきりで祭りに行こうって千佳を誘えばすむ話じゃないのか?」
「うるせーよ、二人で行こうって誘って、お兄ちゃんと先約があるって断られた俺の身になってみろ。三人で一緒に行きましょうよ~とは言われたけど、俺はごめんだ」
「……あ~なるほどねぇ。うん~あれだなぁ。まぁ、千佳ってそういう奴だから……」
途中で抜けるから二人で歩けよ、と言われたけれど、それもなんか違うからお断りする。
つまんないところでつまずいている気がするけど、今の気持ちのままでは楽しく過ごすなんて無理だ。
よけいなことを言ってしまうのが目に見えている。
好きなのは確かだし、想いをこじらせてる自覚はあるが、そう簡単に割り切れない。
結局、慰めの言葉も浮かばないのか、気の毒そうな目を向けられてしまった。
それから祭りまでの数日も、俺は千佳を無視してすごした。
意地を張っているとかじゃなくて、根本的な疑問を消すことができなかった。
俺と千佳、本当に付き合ってるのか?
嫌われてはいないと思うが、千佳に好かれている訳でもない。
交際開始もその場の流れというか、最初から俺ばっかり好きだった気がする。
千佳は親友の妹で、電車で体調が悪くなった時に自宅まで送り、その後のやり取りで俺が好きだってことがばれてしまった。
まだ好きかどうかわからないけど、これからお互いのことを知るのって素敵ですよね~なんて言われて、ちょくちょく一緒に帰ったり休日に出かけたりしていたのに。
もともと付き合っていたのかと問われると、悲しいことに「うん」とうなずけない俺がいるのだ。
目があったら千佳がぽっと赤くなったり、少しはにかんで手を伸ばしてくるから、もしかして好かれてんのかもと思いだして。
柄にもなくドキドキしながら、お手手つないだ時間は何だったんだろう?
アレコレしたい欲も抑えて手も出さずに、怖がられないよう俺に慣れるのを待っていたっていうのに。
我ながら純情すぎて涙が出そうだ。
友達に聞いた恋話も人それぞれで同じパターンなんて一つもないし、好きとか付き合うとかわけがわかんねーや。
お祭り当日も俺は家でふて寝していた。
そろそろはじまる頃かなぁと思っていたら、千佳の兄貴からラインが入った。
彼女ができたからこれから二人で祭りを回ると、浮かれたメッセージに思わず眉根を寄せる。
千佳は? と聞いたら速攻で、おまえと一緒だろ? と返ってきて、思わず飛び起きてしまった。
そんなの、知らない。
急いで確かめると、今日の昼、千佳からメッセージが届いていた。
時間と場所。そして「待っています」と。
ただそれだけの短い内容。
時計を確かめると、すでにその時間は過ぎていた。
飛び出すように家を出た。
祭り会場はそれほど遠くないけれど、気持ちばかり焦る。
バカみたいに全力で走って指定された鳥居の前に行くと、人待ち顔の群れの中に千佳がいた。
好きな子は特別に輝いて見えるって、やっぱり本当かもしれない。
俺ばっかり好きでもしかたねーかって思えるぐらい、千佳は不安な表情でも可愛かった。
かき分けて進まなければ辿りつけないほど人が多くても、すぐに見つけられる。
千佳は泣きそうな顔で、じっと鼻緒の赤を見つめてうつむいている。
「千佳!」
あともう少しなのに人が多くて進みづらい。
呼びかけると、びくっと身体をこわばらせて千佳は顔をあげた。
俺を見つけると大きな目にいっぱい涙がたまる。
なにか言おうとして言葉が出なかったように、口をなんどかパクパクさせた後で、タッと俺のところにかけてきた。
「伊達先輩!」
カラコロと下駄が鳴る。
ドスンとぶつかるように俺にしがみついて、ひっくひっくとすすり泣く。
反射的に小さな体を受け止めたものの、幼い子供みたいに泣いてるので手の置き場に困ってしまう。
頭をなでてやろうにも綺麗に結いあげられているし、抱きしめるのははばかられる。
結局、肩に手を置いてポンポンとあやすことしかできなかった。
ごめんなさいと千佳は繰り返すけれど、俺もごめんとしか返せない。
「泣きやんだら、リンゴ飴買ってやるから」
うん、と千佳が何度もうなずくから、少し戸惑いながら両手で抱き締めた。
見下ろすと白い首筋がなまめかしくて、遅れ毛にドキリとする。
浴衣ってずいぶんと女の子の印象を変えてしまうから、甘い砂糖菓子みたいな普段とは別人みたいだ。
子供みたいなところがある千佳が、一気に女性に見えた。
ごめんなさいと千佳はくりかえすが、泣かれると、困る。
つまんない意地を張って避けていたのは俺なのに。
俺こそごめんと言いかけたところで、お兄ちゃんを頼りすぎてごめんなさいと千佳は謝ってきた。
「私、先輩を好きになればなるほど、どうしていいかわからなくなるの」
その気持ちは、俺にも覚えがある。
好きだって思うと、なぜか普通にしゃべれない。
もっと笑わせたり、楽しませたりしたいって思えば思うほど、頭が真っ白になって言葉が出てこなくなる。
好きだって気持ちが膨らみすぎて、好かれたいって気持ちが行き過ぎて、嫌われたくないって錘(おもり)が言葉を鈍らせて動けなくなる。
見てるだけで満足していた時は、もっと自由に笑ったり話せたりしていたはずなのに。
本人を前にしただけで、不自由で不器用になってしまう自分がもどかしい。
自分だけが挙動不審になってると勘違いしていたけれど、泣き顔を見てそれが間違いだとわかった。
なんだ、千佳も一緒だったんだ。
どうやら俺は、少しは千佳に好かれているらしい。
牡丹柄の紺の浴衣に、桜色の兵児帯。
洒落たリボンみたいに複雑に結ばれた帯は、ふわふわやわらかな印象の千佳によく似合っていた。
千佳が身じろぎするたびに優雅に揺れる。
ああ、金魚みたいだ、と俺は思った。
しゃべりたくても言葉にならず、口をパクパクさせながら、戸惑ってしまう千佳。
鈍感で、泣き虫で、かわいい俺だけの金魚。
泣き顔よりも、笑った顔が見たいから。
大切に、大切に、両手ですくい上げるんだ。
【 おわり 】
「えっと、三人でもいいですか? 今度のお祭り、お兄ちゃんと先に約束しちゃって」
千佳がそんなことを言うから、思わずムッとしてしまう。
上目遣いの可愛い顔でのお願いは叶えてやりたくなるけど、お祭りデートに「お兄ちゃんと一緒」ってなんだ。
そこは、俺を優先するところじゃないのか?
ブラコンなのは知っていたけど、少しは俺の気持ちを考えろっての。
なんでもかんでも「お兄ちゃん」が最優先されることにイラっとした。
俺はいかない、と断ると、千佳は少し肩を落とした。
「えっと、だったら伊達先輩、お土産、何がいいですか?」
リンゴ飴や金魚はどうかなぁ~なんて、なんだか思考を巡らせているからよけいにいらついた。
お兄ちゃんと二人でお祭りを楽しむ計画なんて、誘いを断られた俺からすれば聞きたくない。
「いらねぇ」
「遠慮しなくっていいですよ、私、これでも金魚すくい得意なの」
「遠慮じゃないっての! 金魚なんて飼える訳ないだろ」
バカじゃね~のとつぶやいて、そのまま俺はサヨナラも言わずに帰ってしまった。
伊達先輩! と呼ばれても振り返りもしなかった。
俺が欲しいのはお土産なんかじゃないって、千佳は気付きもしない。
もともとおっとりのんびりしたところがあるから、少しぐらいのズレは可愛いものだが、さすがに許せる気分じゃなかった。
確かに千佳はずっと俺のことは怖がっていたし、お兄ちゃん経由でしか俺のことを知らないだろうけどさ。
思い返せば自分の小ささが嫌になるけど、何でもかんでも「お兄ちゃん最優先」になるってどうなんだ?
そのあと何度か千佳からラインやメールも入ったけど、けっきょく見ないままだ。
既読がつかないから、開けてすらないってばれてるだろう。
昼休みに教室へ何度かやってきたみたいだけど、俺はこそこそと逃げ回っている。
千佳の兄貴は俺と同じクラスだから、妹を泣かすなー! と文句を言いに来たけど、にらみつけてやった。
だいたい、元をたどればこいつが悪いのだ。
千佳千佳と妹をとことん甘やかしているから、俺と付き合っていても彼女は兄貴の姿しか見ていない。
「俺に妬いても仕方ないだろ? ふたりっきりで祭りに行こうって千佳を誘えばすむ話じゃないのか?」
「うるせーよ、二人で行こうって誘って、お兄ちゃんと先約があるって断られた俺の身になってみろ。三人で一緒に行きましょうよ~とは言われたけど、俺はごめんだ」
「……あ~なるほどねぇ。うん~あれだなぁ。まぁ、千佳ってそういう奴だから……」
途中で抜けるから二人で歩けよ、と言われたけれど、それもなんか違うからお断りする。
つまんないところでつまずいている気がするけど、今の気持ちのままでは楽しく過ごすなんて無理だ。
よけいなことを言ってしまうのが目に見えている。
好きなのは確かだし、想いをこじらせてる自覚はあるが、そう簡単に割り切れない。
結局、慰めの言葉も浮かばないのか、気の毒そうな目を向けられてしまった。
それから祭りまでの数日も、俺は千佳を無視してすごした。
意地を張っているとかじゃなくて、根本的な疑問を消すことができなかった。
俺と千佳、本当に付き合ってるのか?
嫌われてはいないと思うが、千佳に好かれている訳でもない。
交際開始もその場の流れというか、最初から俺ばっかり好きだった気がする。
千佳は親友の妹で、電車で体調が悪くなった時に自宅まで送り、その後のやり取りで俺が好きだってことがばれてしまった。
まだ好きかどうかわからないけど、これからお互いのことを知るのって素敵ですよね~なんて言われて、ちょくちょく一緒に帰ったり休日に出かけたりしていたのに。
もともと付き合っていたのかと問われると、悲しいことに「うん」とうなずけない俺がいるのだ。
目があったら千佳がぽっと赤くなったり、少しはにかんで手を伸ばしてくるから、もしかして好かれてんのかもと思いだして。
柄にもなくドキドキしながら、お手手つないだ時間は何だったんだろう?
アレコレしたい欲も抑えて手も出さずに、怖がられないよう俺に慣れるのを待っていたっていうのに。
我ながら純情すぎて涙が出そうだ。
友達に聞いた恋話も人それぞれで同じパターンなんて一つもないし、好きとか付き合うとかわけがわかんねーや。
お祭り当日も俺は家でふて寝していた。
そろそろはじまる頃かなぁと思っていたら、千佳の兄貴からラインが入った。
彼女ができたからこれから二人で祭りを回ると、浮かれたメッセージに思わず眉根を寄せる。
千佳は? と聞いたら速攻で、おまえと一緒だろ? と返ってきて、思わず飛び起きてしまった。
そんなの、知らない。
急いで確かめると、今日の昼、千佳からメッセージが届いていた。
時間と場所。そして「待っています」と。
ただそれだけの短い内容。
時計を確かめると、すでにその時間は過ぎていた。
飛び出すように家を出た。
祭り会場はそれほど遠くないけれど、気持ちばかり焦る。
バカみたいに全力で走って指定された鳥居の前に行くと、人待ち顔の群れの中に千佳がいた。
好きな子は特別に輝いて見えるって、やっぱり本当かもしれない。
俺ばっかり好きでもしかたねーかって思えるぐらい、千佳は不安な表情でも可愛かった。
かき分けて進まなければ辿りつけないほど人が多くても、すぐに見つけられる。
千佳は泣きそうな顔で、じっと鼻緒の赤を見つめてうつむいている。
「千佳!」
あともう少しなのに人が多くて進みづらい。
呼びかけると、びくっと身体をこわばらせて千佳は顔をあげた。
俺を見つけると大きな目にいっぱい涙がたまる。
なにか言おうとして言葉が出なかったように、口をなんどかパクパクさせた後で、タッと俺のところにかけてきた。
「伊達先輩!」
カラコロと下駄が鳴る。
ドスンとぶつかるように俺にしがみついて、ひっくひっくとすすり泣く。
反射的に小さな体を受け止めたものの、幼い子供みたいに泣いてるので手の置き場に困ってしまう。
頭をなでてやろうにも綺麗に結いあげられているし、抱きしめるのははばかられる。
結局、肩に手を置いてポンポンとあやすことしかできなかった。
ごめんなさいと千佳は繰り返すけれど、俺もごめんとしか返せない。
「泣きやんだら、リンゴ飴買ってやるから」
うん、と千佳が何度もうなずくから、少し戸惑いながら両手で抱き締めた。
見下ろすと白い首筋がなまめかしくて、遅れ毛にドキリとする。
浴衣ってずいぶんと女の子の印象を変えてしまうから、甘い砂糖菓子みたいな普段とは別人みたいだ。
子供みたいなところがある千佳が、一気に女性に見えた。
ごめんなさいと千佳はくりかえすが、泣かれると、困る。
つまんない意地を張って避けていたのは俺なのに。
俺こそごめんと言いかけたところで、お兄ちゃんを頼りすぎてごめんなさいと千佳は謝ってきた。
「私、先輩を好きになればなるほど、どうしていいかわからなくなるの」
その気持ちは、俺にも覚えがある。
好きだって思うと、なぜか普通にしゃべれない。
もっと笑わせたり、楽しませたりしたいって思えば思うほど、頭が真っ白になって言葉が出てこなくなる。
好きだって気持ちが膨らみすぎて、好かれたいって気持ちが行き過ぎて、嫌われたくないって錘(おもり)が言葉を鈍らせて動けなくなる。
見てるだけで満足していた時は、もっと自由に笑ったり話せたりしていたはずなのに。
本人を前にしただけで、不自由で不器用になってしまう自分がもどかしい。
自分だけが挙動不審になってると勘違いしていたけれど、泣き顔を見てそれが間違いだとわかった。
なんだ、千佳も一緒だったんだ。
どうやら俺は、少しは千佳に好かれているらしい。
牡丹柄の紺の浴衣に、桜色の兵児帯。
洒落たリボンみたいに複雑に結ばれた帯は、ふわふわやわらかな印象の千佳によく似合っていた。
千佳が身じろぎするたびに優雅に揺れる。
ああ、金魚みたいだ、と俺は思った。
しゃべりたくても言葉にならず、口をパクパクさせながら、戸惑ってしまう千佳。
鈍感で、泣き虫で、かわいい俺だけの金魚。
泣き顔よりも、笑った顔が見たいから。
大切に、大切に、両手ですくい上げるんだ。
【 おわり 】
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