「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

文字の大きさ
上 下
35 / 80
kiss(高校生)

キスまでのカウントダウン

しおりを挟む
「誕生日プレゼント、何がいい?」

 ヒロ君の優しい声にうながされた時、思わず口から出そうになった言葉が唐突すぎて、自分自身が驚いてしまった。
 だって、キスしたい、なんて。

 下校時間の教室に同級生がいる中で言い出せるはずもなく、思考ごとフリーズし口ごもったままうつむいてしまう。
 どうしよう……声には出していないけど、無意識に浮かんだお願いが恥ずかしすぎる。

 キス、なんて。
 お付き合いをしているから別におかしくはないけど、まだ早い気がする。
 ヒロ君と私は付き合い始めたばかりで、告白してOKの返事をもらってから、まだ二週間しかたっていないのだ。
 それとも、もう二週間もたっているのに、手をつないだ事もないって、進展が遅すぎるのだろうか?

 なにより。
 私から「好き」って言ったけど、ヒロ君から「好き」って言われた事もない。
 ストレートに、私の事ってどう思ってる? なんて問いかけられるわけもなく、ずっと魚の小骨みたいに喉の奥で引っ掛かったままだ。
 自分一人で温めながらふくらんでいく好きと、ふたりでゆっくり育てていく好きって、同じ「好き」のはずなのに「好き」の向かう方向が違いすぎて困る。

 ちょっぴり不安だから、キスしたいとか。
 もっとヒロ君に近づきたいから、キスしたいとか。
 言葉よりも「好き」が伝わりそうだから、キスしたいとか。
 触れることでわかる事もありそうな気がするから、キスしたいとか。
 理由はいろいろあるけど、いきなり「キスしたい」なんて言えるはずもなくて。

 ずっと遠くから見つめていた人がすぐ側にいるなんて、それだけで嬉しいけどどうしていいかわからない。
 うまく話そうとか、ちゃんと笑わなきゃと思えば思うほど、手のひらにじっとり汗をかいて何も言えなくなってしまう。
 このままじゃ、つまらない子だって思われてしまうかもしれない。
 不自然にモジモジして挙動不審になっていたら、ヒロ君がスッと身をかがめてきた。

「どした?」

 顔をのぞかれて、ひゃぅ! と変な声が出てしまった。
 冷や汗が出てくるし、心臓が異様に早くなるし、目の前が真っ白になりそうで、どうしていいかわからない。
 絶対、変な子だとだと思われた。

「あの! また、明日までに考えとく!」

 じゃぁね、と走り去ろうとしたんだけど、足がもつれてからまってしまう。
 床に転がりそうになったところで、二の腕をつかまれた。
 ひょいっと軽々とヒロ君は私を引き寄せて立たせると、プッと遠慮なく吹き出す。

「ほんと、理沙ちゃんって面白いよな」

 あははって楽しそうな笑い声が、ザクザクと私の気持ちを突き刺していくのが悲しい。
 恋の相手から、いつの間にかお笑い担当になっているのかもしれない。
 思いきり肩を落としていたら、ひとしきり笑った後でヒロ君はポンポンと私の頭を軽く叩いた。

「慌てなくていいよ。そういうとこ、好きだから」

 思わず見上げたら、ヒロ君は真顔だった。
 今まで見た事もないような真面目な表情から目が離せない。
 私のこと好きって初めて言われた事に気がついて、自然に息が詰まる。
 反応の仕方がわからなくてドギマギしていたら、伸びてきたヒロ君の手が私の頬に触れた。
 壊れ物を触るような優しい動きに、ドクドクと激しく動きすぎて心臓が壊れそうになる。

「今度、恋人らしい事しようか?」

 恋人らしい事って? なんて聞き返す前に、ヒロ君の人差し指が私の唇に触れた。
 長い人差し指がゆっくりと唇の輪郭をなぞるから、背筋がゾクゾクして気が遠くなる。
 今日はお預けって少し残念そうにつぶやいて、名残惜しそうな動きでヒロ君の指が離れていく。

「だからね、リサちゃんが思ってるよりもずっと、俺は君の事が好きだから」

 当たり前のように言うと、フッと悪戯っぽくヒロ君は笑った。
 わざわざ私の目の前でチュッと音をたてながら、唇で自分の人差し指に触れた。

「間接キスだね」

 心臓が、止まるかと思った。
 そんなのひどい、と言っていいのか。
 そんなのずるい、と言っていいのか。
 恥ずかしすぎて、自分の気持ちがわからない。
 だけど、ハッキリしてる事もちゃんとあって。

「私も、ヒロ君の事、好きだから」

 一緒に帰ろうねと言って歩き出したヒロ君の服の裾を、キュッとつかんで引き止める。
 ちょっとビックリした顔をして、それから嬉しそうにヒロ君は笑った。
 目元や頬がほんのり赤くて、照れてるんだなってわかる。
 あのね、と続けようとして、ふと気がついた。
 チクチクと刺さるような視線を感じる。
 ソロリとその方向に視線をやると、教室に残っていた同級生たちがわざとらしく横を向いた。
 不自然な沈黙が痛い。

 いたたまれない気持ちで一人焦っていたら、帰ろ、と言ってヒロ君は私のカバンも持ってさっさと歩き出した。
 急いでその背中を追いかける。
 靴を履いて、玄関を抜けると、それまで急ぎ足だったヒロ君が振り向いて、ふわっと笑った。

「今度、ふたりきりの時に恋人らしい事しようね」

 その声があまりに優しくて、声が出なくなる。
 恋人らしいことって? って聞き返したいけどうまく言えなくてモジモジしていたら、ハハッとヒロ君は声を出して笑った。

「大丈夫、俺、我慢強いほうだから、ステップ踏むのも急がない」

 ゆっくりじっくり教えてあげるね、なんて艶のある表情のまま。
 思わせぶりに微笑んでくるから、私は赤くなることしかできない。
 どこまでも、ヒロ君にはかなわない気がする。

 たぶん、きっと。
 こうして交わす言葉のひとつひとつが、キスまでのカウントダウン。


【 おわり 】

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

処理中です...