34 / 80
kiss(高校生)
「催涙雨」 ~ 七夕恋想 ~
しおりを挟む
「今年の七夕は雨だったね」
年に一度だけの天にいる恋人たちの逢瀬は、翌朝まで降り続く雨で、笹の葉サラサラどころではなかった。
受験の成功をお願いしたけれど、空までちゃんと届く気がしない。
短冊に願いを書くなんて気休めで、日頃の勉強が重要ってわかっているけど、やっぱり運を味方につけたいって思ってしまう。
「雨でも願い事は叶うのかな?」と私が独り言のようにつぶやくと、花崎君はクスリと笑った。
それはアレコレ含みのない、思わずこぼれてしまったとわかる笑い方で、私は思わず手元にある本を見つめてしまう。
カァッと頭に血がのぼるのがはっきり分かって、本当に恥ずかしい。
「子供っぽいかな? 来年は大学生なのに、短冊に願い事を書くなんて」
「いいんじゃない? 来年は大学生になるなら。そのための努力しているから、お願いしても織姫たちは困らない」
なんでもないことのようにサラリと言って、花崎君は本を整理する手を止めなかった。
当たり前な調子にドキリとして、私は思わずその横顔を見つめてしまう。
花崎君と私は同じ三年生だけど、実は一度も同じクラスになったことがない。
もし図書委員にならなかったら、出会うはずもなかった人だ。
噂で聞いただけなのだけど、頭もよくて実家の医院を継ぐために医大を受けるらしい。
将来はお医者様を希望していると聞いても、なるほどとうなずけて全く違和感がないひとだった。
初めのころは緊張してドキドキしていたけれど、今は違う意味でドキドキする。
図書室のカウンターの中で一緒に作業していても、仲良く雑談するタイプではないけど居心地がいい感覚で言葉をかけてくれるのだ。
良く言えば知的でクール、悪く言えば愛想がない人だけど、選ぶ言葉も涼しげで心地いい。
隣にいることに慣れれば慣れるだけ、言葉を交わすことに私の心臓が跳ねるのはどうしてだろう?
「七夕の日に、雨が多い訳を知っているかい?」
不意に問いかけられて「え?」と声をあげてしまった。
そんなに雨の日が多いだろうか?
記憶を振り返ってみて、そういえば、と驚いた。
雨と曇りの日がほとんどで、晴れている日は少ない気がする。
天の川が見えた日なんてあっただろうか?
「梅雨だから? 年に一度しか会えないのに、どうしてこんな日を選んだのかなぁ?」
晴れの多い五月ごろにしておけば、天気の心配をすることもなかったはずなのに。
ただ、すぐに思い当たる。
「織姫も彦星も中国の人だから、梅雨なんて関係ないよね。日本のお天気に振り回されてるわけじゃないね、きっと」
中国では会ってるかも、と言うと、花崎君はハハッと笑いだした。
「園田さんのそういうところ、悪くないよ」
なんだか笑いが止まらなくなった感じに、私は「ひどい」とふくれるしかない。
そんなに笑わなくてもいいのに。
ひとしきり笑った後で「ごめんごめん」と花崎君は謝りながら、目じりに浮かんだ涙を指先でぬぐった。
「織姫星のベガと牽牛星のアルタイルが、七月七日に天の川をはさんで、一番強く輝くんだ」
うん、と私はうなずいた。
そのぐらいは聞いたことがある。
「君は、雨が降ったら、本当にあの二人が会えないと思っている?」
え? と思わず花崎君を見る。
君、なんて初めての呼び方だ。
花崎君も私に視線を向けていて、その真っ直ぐさに思わず身体が動かなくなった。
見つめあうって、胸が苦しくて、息が詰まる。
心臓が勝手に速度をあげて、ドキドキと激しく音をたててしまう。
彼にまで聞こえたらどうしよう?
幸い、図書館の中に誰もいなかった。
空調が壊れて窓を開けていても暑さが襲ってくるから、市民図書館に行っているのだ。
きっと冷房が復活するまで、図書室は閑古鳥だろう。
だから、今は私たち二人だけの空間。
スルリと花崎君が動いて、距離を詰めてきた。
不自然に近付いて見つめあう私たちに、気がつく人は誰もいない。
「雲は僕たちの目から星を隠すけど、星は雨の日でも空に輝いている」
あの扉と一緒だ、と花崎君は図書室の出入り口を指さした。
「織姫が雨雲で自分たちの姿を隠して、二人だけの甘い時間を過ごしているんだ」
言い終えると同時に、スウッと花崎君の顔が近づいてくる。
その涼しげな瞳に映る自分の顔に耐えられなくて、思わず視線を下げた。
なにをするの? なんて聞ける訳がないけど。
どうしよう? もう逃げられないし、逃げたくない。
それでも身体が緊張で固まって、フルフルと小刻みに震えてしまう。
第一ボタンをはずした襟元からのぞく、花崎君の骨ばった首筋が見える。
長い指が顎に触れて頬に息がかかり、至近距離で感じる体温が熱すぎて、私は思わず目を閉じてしまった。
「七夕の夜の雨を、催涙雨と呼ぶんだよ」
甘く熱っぽい囁きとともに、唇に花崎君の熱が落ちた。
彼の中にある「好き」が、私の中にある「好き」が、声にしなくてもお互いに伝わってしまう。
触れ合っているだけなのに、全身がとけそうに熱い。
図書室の扉のカギはかかっていないのに、こんなことするなんて。
誰か入ってきたらどうするの?
そんな臆病な問いかけも、花崎君の唇が封じていた。
お願い、今だけは誰も私たちを見ないで。
ああ、きっと。
織姫もそう願って、七夕の夜に雨を降らしているのね。
【 おわり 】
年に一度だけの天にいる恋人たちの逢瀬は、翌朝まで降り続く雨で、笹の葉サラサラどころではなかった。
受験の成功をお願いしたけれど、空までちゃんと届く気がしない。
短冊に願いを書くなんて気休めで、日頃の勉強が重要ってわかっているけど、やっぱり運を味方につけたいって思ってしまう。
「雨でも願い事は叶うのかな?」と私が独り言のようにつぶやくと、花崎君はクスリと笑った。
それはアレコレ含みのない、思わずこぼれてしまったとわかる笑い方で、私は思わず手元にある本を見つめてしまう。
カァッと頭に血がのぼるのがはっきり分かって、本当に恥ずかしい。
「子供っぽいかな? 来年は大学生なのに、短冊に願い事を書くなんて」
「いいんじゃない? 来年は大学生になるなら。そのための努力しているから、お願いしても織姫たちは困らない」
なんでもないことのようにサラリと言って、花崎君は本を整理する手を止めなかった。
当たり前な調子にドキリとして、私は思わずその横顔を見つめてしまう。
花崎君と私は同じ三年生だけど、実は一度も同じクラスになったことがない。
もし図書委員にならなかったら、出会うはずもなかった人だ。
噂で聞いただけなのだけど、頭もよくて実家の医院を継ぐために医大を受けるらしい。
将来はお医者様を希望していると聞いても、なるほどとうなずけて全く違和感がないひとだった。
初めのころは緊張してドキドキしていたけれど、今は違う意味でドキドキする。
図書室のカウンターの中で一緒に作業していても、仲良く雑談するタイプではないけど居心地がいい感覚で言葉をかけてくれるのだ。
良く言えば知的でクール、悪く言えば愛想がない人だけど、選ぶ言葉も涼しげで心地いい。
隣にいることに慣れれば慣れるだけ、言葉を交わすことに私の心臓が跳ねるのはどうしてだろう?
「七夕の日に、雨が多い訳を知っているかい?」
不意に問いかけられて「え?」と声をあげてしまった。
そんなに雨の日が多いだろうか?
記憶を振り返ってみて、そういえば、と驚いた。
雨と曇りの日がほとんどで、晴れている日は少ない気がする。
天の川が見えた日なんてあっただろうか?
「梅雨だから? 年に一度しか会えないのに、どうしてこんな日を選んだのかなぁ?」
晴れの多い五月ごろにしておけば、天気の心配をすることもなかったはずなのに。
ただ、すぐに思い当たる。
「織姫も彦星も中国の人だから、梅雨なんて関係ないよね。日本のお天気に振り回されてるわけじゃないね、きっと」
中国では会ってるかも、と言うと、花崎君はハハッと笑いだした。
「園田さんのそういうところ、悪くないよ」
なんだか笑いが止まらなくなった感じに、私は「ひどい」とふくれるしかない。
そんなに笑わなくてもいいのに。
ひとしきり笑った後で「ごめんごめん」と花崎君は謝りながら、目じりに浮かんだ涙を指先でぬぐった。
「織姫星のベガと牽牛星のアルタイルが、七月七日に天の川をはさんで、一番強く輝くんだ」
うん、と私はうなずいた。
そのぐらいは聞いたことがある。
「君は、雨が降ったら、本当にあの二人が会えないと思っている?」
え? と思わず花崎君を見る。
君、なんて初めての呼び方だ。
花崎君も私に視線を向けていて、その真っ直ぐさに思わず身体が動かなくなった。
見つめあうって、胸が苦しくて、息が詰まる。
心臓が勝手に速度をあげて、ドキドキと激しく音をたててしまう。
彼にまで聞こえたらどうしよう?
幸い、図書館の中に誰もいなかった。
空調が壊れて窓を開けていても暑さが襲ってくるから、市民図書館に行っているのだ。
きっと冷房が復活するまで、図書室は閑古鳥だろう。
だから、今は私たち二人だけの空間。
スルリと花崎君が動いて、距離を詰めてきた。
不自然に近付いて見つめあう私たちに、気がつく人は誰もいない。
「雲は僕たちの目から星を隠すけど、星は雨の日でも空に輝いている」
あの扉と一緒だ、と花崎君は図書室の出入り口を指さした。
「織姫が雨雲で自分たちの姿を隠して、二人だけの甘い時間を過ごしているんだ」
言い終えると同時に、スウッと花崎君の顔が近づいてくる。
その涼しげな瞳に映る自分の顔に耐えられなくて、思わず視線を下げた。
なにをするの? なんて聞ける訳がないけど。
どうしよう? もう逃げられないし、逃げたくない。
それでも身体が緊張で固まって、フルフルと小刻みに震えてしまう。
第一ボタンをはずした襟元からのぞく、花崎君の骨ばった首筋が見える。
長い指が顎に触れて頬に息がかかり、至近距離で感じる体温が熱すぎて、私は思わず目を閉じてしまった。
「七夕の夜の雨を、催涙雨と呼ぶんだよ」
甘く熱っぽい囁きとともに、唇に花崎君の熱が落ちた。
彼の中にある「好き」が、私の中にある「好き」が、声にしなくてもお互いに伝わってしまう。
触れ合っているだけなのに、全身がとけそうに熱い。
図書室の扉のカギはかかっていないのに、こんなことするなんて。
誰か入ってきたらどうするの?
そんな臆病な問いかけも、花崎君の唇が封じていた。
お願い、今だけは誰も私たちを見ないで。
ああ、きっと。
織姫もそう願って、七夕の夜に雨を降らしているのね。
【 おわり 】
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる