上 下
7 / 80
恋の始まり(高校生)

危機一髪

しおりを挟む
「あっぶねぇー!」

 ドン! と背中を押されて吹っ飛んだ瞬間。
 隣から伸びてきた見知らぬ腕に、腰を巻かれた。
 掃除当番でゴミ箱を抱えて階段を下りていた途中だったので、その腕が止めてくれなかったら、私は階段数十段分の高さを空中ダイブしていたに違いない。

 ありえないほどの腹部圧迫で「ぐえっ」と思わず変な声が出るぐらい勢いがついていたけど、危機一髪で階段落ちから助けてくれた人の腕は力強くて、私の体重にも揺らがなかった。
 強く引き上げられたから勢い余って、体当たりじみた勢いで胸にぶつかってしまったけれど、その人の心臓も私と同じくありえない速さでバクバク脈動していた。

「バカヤロー! 階段でふざけてんじゃねぇぞ!」

 遅れて聞こえてきたその人の怒鳴り声と、見ていた子たちの悲鳴と、ふざけながら階段を走り降りて私にぶつかった人たちの謝罪と……大騒ぎである。
 多種多様な大声が混在した空間は、なんだかカオスだった。

 いつもと同じ放課後で。
 掃除当番だからゴミ捨て場まで、ポヤポヤ歩いていただけだったのにな。
 なんだか、夢の中に居るみたい。

 驚きが大きすぎると気持ちが剥離して、なんだか他人事みたいになる。
 でも、抱き寄せている腕が痛いぐらい力強いから、これは夢じゃない。
 怒って大きな声で色々と説教じみた言葉をぶつけている、助けてくれた人の身体が張り詰めた感じで小さくブルブルと震えているから、ようやく私は自分の身に起こった事に実感を持てた。
 運が悪ければ、危うく死んでしまう所だったのだ。
 
「ありがとう、助けてくれて」

 ポンポン、と助けてくれたその人の腕を軽く叩く。
 大丈夫だから怒らないでほしい、と思いながら見上げて、互いの顔の近さに驚いた。
 同じ色のネクタイを付けているから同学年だとわかるけれど、クラス違いで顔も知らない人だった。

 明るく染めた髪色と、軽く着崩した制服。
 口調の粗さそのままの不良っぽさは、優等生街道を進む私とはタイプが違う。
 だけど、強く真っすぐな眼差しが私を真っすぐに見るから、心臓がトクンとはねた。

「わ……わたし……」

 今もまだ腕が緩まないので密着した体温もダイレクトに伝わってくるから、急に恥ずかしくなる。
 力強い腕も固い胸も全部、初めて触れる男の人だった。

 動揺してポロリと私の手から滑り落ちたゴミ箱が、ガラガラガランゴロゴロとありえないほど大きな音を立てて、階段下へと転がり落ちていった。
 落下しながら飛び散ったゴミの大惨事具合は、一言では語れない。
 周囲から巻き起こった阿鼻叫喚の悲鳴の渦に絶望的な気持ちで居たら、ふはっと明るい笑い声が耳元で響いた。
 おかしくてたまらないといった感じで笑いながら、その人は言った。

「なぁ、片付けはぶつかったアイツ等に任せて、保健室に行こうぜ」
「え? 大丈夫? どこか傷むの?」

 軽い口調の誘いだったけれど、自分の体重を知っているから腕が脱臼でもしていたら困ると思って慌てて尋ねたら、「さぁな」ってさらに笑い出す。
 そして本当に掃除をぶつかってきた人たちに押し付けて、私の手を引いて騒ぎの中心から連れ出してくれた。

 長い脚なのに、私の歩調に合わせてくれているのにも、すぐに気が付いた。
 私も怪我をしていないか尋ねた後で、怪我をしていたら姫抱っこってヤツが出来たのにって笑うので、どう返事していいのかもわからなくなる。

 保健室に向かう間、ずっと繋がれた手が、熱くて火傷しそうだ。
 胸がドキドキして、言葉が上手く出てこない。

 チョロいな、私。
 名前もまだ知らない人なのに。

 ゴミ箱を取り落とすよりもずっと簡単に、恋に落ちてしまうのだ。


『 おわり 』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

処理中です...