「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

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あなたを想う(大学生・社会人)

秋刀魚のクルクルドレス

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「俺、魚って苦手なんだよね」

 新婚生活の第一日目。
 朝食のその席で、克己の口から飛び出したのは、衝撃的な言葉だった。
 聞いた瞬間に私の脳は受け取りを拒否して、思わずフリーズしてしまう。
 気分的には膝から崩れ落ちそうだったけれど、何とか持ちこたえる。

 友人に紹介されて、なんとなく気が合って付き合い出した。
 そして、なんとなくタイミングもちょうど良くて、交際を始めた一年後に結婚した。
 長いとは決して言えない交際期間の中で、モリモリ食べる好き嫌いのない人という認識を持っていたから、苦手な物が存在することそのものが驚きである。
 しかも苦手が、魚、という広範囲だったとは。

 確かに、ファミレスで選ぶのもハンバーグやステーキといった「肉!」といったメニューが多かったし、バーベキューでもお肉をモリモリ食べていて鮭のホイル焼きには手を伸ばしていなかったから、お肉が好きなのね~とそのぐらいは感じていた。
 感じてはいたけれど、苦手としている事には気が付かなかった。

 だって、エビフライは食べていたから。
 夏祭りでイカ焼きも食べていたよ、それも二つも。
 回転寿司に行くと、アサリの味噌汁を必ず頼むよね!

 まぁ、エビもイカもアサリも、魚ではないけどさ。
 食べているのも卵やエビやアナゴや唐揚げ軍艦だったような気がするけど、回転寿司に喜んでいける人という認識だった。
 しかもものすごく美味しそうに食べていたから、それらが魚ではない事にも気付いてなかったよ、私は。

「魚、嫌いだったの?」
「うん、まぁ……嫌いまではいかないかな。あ、一応は食べるよ。給食も残さず食べた。付き合うぐらいはできるけど、家ではあんまり欲しくないなぁ。まぁ、朝からは勘弁な。だからこれは、美樹ちゃんどーぞ」

 ハイ、ととても良い笑顔で克己の分の焼き鮭を渡されたけれど、なんだか気持ちがシュンと沈んだ。
 ありがとうととりあえず答えて、モソモソと焼き鮭をつつく。
 我ながら良い焼き加減なのに、楽しめるのは私だけというのはつまらない。
 日本食らしいご飯とお味噌汁と焼き鮭の朝食を出したことで、克己の新しい一面を知ってしまった。

 それにしても、酷い話である。
 嗜好に関する重要なことは、結婚する前に言ってくれ、と思った私は悪くないと思う。
 交際から結婚までに、同棲期間がなかったのはまずかっただろうか。
 明日からの朝ご飯も悩むが、取り急ぎ今夜の晩御飯も難問である。
 二人分の同じメニューを作るのは苦ではないけれど、別々のメニューを二つ作るのは面倒なのだ。

「魚、私、結構好きなんだ。昨日、秋刀魚を買っちゃったから、今夜は秋刀魚の予定なんだけど……どうしよう?」
「大丈夫だよ、今夜はそれで。俺もたまになら付き合うし、食べれない訳でもない」

 それで朝食の会話は終わり。
 克己はそれから仕事に向かったけれど、私は新居の片づけである。
 明日からの朝ご飯はパンにしようかな、なんてちょっぴりしょっぱい気持ちで新居を整えた。

 なんと昨日。
 秋刀魚が安かったから、四匹も買ってしまった。
 秋刀魚は魚だ。まごうことなき秋の魚の代表である。
 二本を塩焼きにして、残りは南蛮漬けにしようと思っていたけれど、その二つを克己が喜んでくれるとはとても思えなかった。

 フッと思いつく。
 そういえば、克己は揚げ物が好きだった。
 揚げたら魚の生臭さも少し和らぐし、何とかなるのでは?

 なんてことを考えながら、夕方、秋刀魚を冷蔵庫から取り出した。
 目が透き通って、身もプリプリしていて、本当に美味しそうだ。
 まずは頭を落とし、丸っこいお腹にシュッと包丁を入れて開いて、中骨を取る。
 ニンジンを7センチぐらいの長さの棒状に切って、軽くレンジで火を通す。
 きぬさやの筋を取っておき、下茹でも忘れない。
 そして、秋刀魚のみに軽く小麦粉をふって、野菜を芯にして頭から尾の方に向かってクルクルと巻いた。
 巻き終わりは爪楊枝で止めて、下ごしらえは完了である。

 揚げるのは克己が帰ってきてからにするとして、先にソースを作る。
 オーソドックスなのは大根おろしと醤油味。
 もう一つはハーブソルトで味付けしたフレッシュなトマトソース。
 
 二種類のソースが出来上がった頃に、ピロリン、と通話アプリに連絡が入った。
 克己が最寄り駅の改札を出て、もうすぐ帰ってくる合図だ。
 二人で決めた合図だけど、初めての連絡なのでちょっぴり気恥ずかしい。

 クルクル巻きの秋刀魚に衣をつけてジュワッと挙げる。
 基本は卵と水と小麦粉。
 いたってシンプルな衣である。

 ちょっと考えてから、それを二等分して、カレー粉を入れてみた。
 安直だが、困ったときにはカレー粉である。
 魚の匂いに対抗できるスパイスには、活躍してもらわねばならない。

 パチパチと弾ける油の音に、ちょっぴり気分が高揚した。
 カラリと揚げて、食べやすい大きさに切れば出来上がりだ。
 クルクルと巻いた渦巻きが綺麗に見えるように、大き目のパーティ皿に盛り付けた。
 きぬさやの緑とニンジンの赤が鮮やかで、地味な魚の身を華やかなドレスに変えたように見えた。
 
 秋刀魚のクルクルドレスだよって出したら、克己はどんな顔をするだろう?
 塩焼よりはマシだって思ってくれるかな?
 それとも、揚げ物は魚臭さがないから好きって言うかな?

 ちょっぴりの不安と、わずかな期待。
 苦手な物を、好きになれとは言わない。
 せめて、苦手は苦手なりに受け入れ可能な範囲を広げて、まぁいいか、と思って欲しいとは思う。

 まぁ、私がどんなに試行錯誤しても、苦手な物は、苦手なままだろうけどね。

【 終わり 】
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