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プロポーズ(大学生・社会人
歓喜の歌をあなたと
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掃除よし! 戸締りよし! 冬装備も完ぺき!
独り暮らしをはじめてから習慣づいた指さし確認をすませてアパートを出る。
これから明日の昼まで帰ってこないけど、それも毎年のお約束になっていた。
空気はすっかり冬で早足になるのも寒い日にはありがちなことなのに、歳末特有の浮き立つ空気があったかい気分をくれるから、知らず口元が緩んで楽しくなってくる。
大晦日だものね、あと数時間で新しい年がはじまるのだからソワソワするのが当然でしょう。
暮れかけた空を見上げると良く晴れていた。
今夜は星が綺麗に見えるだろう。
風もほとんど吹いていないから、冬の寒さも骨に染みることなく、白い息を吐きながら寒いねって笑える程度の夜になりそう。
一年の締めくくりに相応しい、好天に恵まれた最高の夜になる予感がする。
商店街では歳末バーゲンの呼びこみをやっていて心が揺れたけれど通り過ぎ、駅前の噴水前にたどりついたら待ち合わせの時間より十分も早いのに隆弘はすでに到着していた。
陽はほとんど落ちているからライトアップも始まっているけれど、噴水の水は十二月に入ってから止められているし、風はなくても完全な屋外だから寒そうだ。
お待たせと言う前に、私に気がついた隆弘が「よ!」と右手を挙げた。
時計を確認して「今から行けば、ちょうどいい感じだな」と口元をほころばせ、当たり前のように私の右手を握って歩きだす。
手袋ぐらいすればいいのに、隆弘の大きな左手はすっかり冷えていた。
「なんでこんなところにしたの?」
待ち合わせするなら駅中のカフェとかあったかい場所はたくさんあるのに、毎年のように噴水前にする理由がわからない。
「ん? 綺麗だろ?」
ゆっくりと陽が落ちて空の色が赤から紫、藍色に変わっていく中で、キラキラと輝くイルミネーションが存在感を増すのを見るのが好きだと隆弘は言った。
綺麗なのは否定しないけれど、どれだけ早く来ていたのか心配になってしまう。
「寒くない?」
「そこはあれだ、防寒インナーに感謝だな。晴れて良かった」
雨が降ったらカフェに入ってたよと笑うから、ちょっとだけほっとした。
大晦日に冷えて、新年早々風邪で寝込むなんてシャレにならないものね。
歩きながら繋いでいた手が唐突にギュッと握りこまれた。
「誕生日、おめでとう」
そんな優しい声に見上げると、はにかむように隆弘は笑っていた。
「うん、ありがとう」
照れくさくてすぐに目をそらしてしまったけど、私は隆弘の手をぎゅっと強く握り返す。
「隆弘が居てくれて、本当に良かった」
毎年、誕生日がくるたびに考えていたのだ。
どうして大晦日に生まれたのだろう? って、わりと深刻に。
十二月三十一日。
巡る一年の中で、一番最後の日。
家族にだっておめでとうなんて一度も言われたことがないし、掃除におせちにせわしなく動き続けるのがお約束。
誕生日ケーキなんて売ってないし、作るならケーキよりおせちだし、せめてコンビニスイーツを買えたらなんて思うけど、買いに行く暇もなかったりする。
誕生日会? 無理でしょ? 友達を誘うだけで嫌がらせになっちゃう。
友達からのプレゼント? 当然ながらありません。
お正月のカウントダウンはするのに、誕生日についてはノータッチ。
普通の誕生日の人は良いなぁ~って羨ましがっておねだりしても、もらえるのは新たな掃除場所と年越し蕎麦のエビが一本増量ぐらい。
妹の誕生日はケーキを買ってもらえるから、それがなんだか理不尽だと思うのだ。
アレは中学生の時だ。
そんな風に思いの丈をありのままぼやいていたら、たまたま横の席だった隆弘がクワッ! とものすごい勢いで語りだした。
なんと隆弘は、元旦生まれだったのだ。
「俺だって、絶望的なほどおめでとうって言われまくるけど、誕生日のおめでとうだった事は一度もないんだ! 誕生日プレゼントなんてお年玉を渡されて終わりだけど、弟と同じ金額だからあいつばっか誕生日プレゼントもらってて、俺に対してヒデーとおもわね? お兄ちゃんだから我慢しろっつったって、雑煮の餅を増やされても嬉しくね―って」
あまり話したことのない人の大暴走にビックリしたけれど、聞けば聞くほど私のモヤモヤと似た状況で、わかるー! ってそのまま話が盛り上がった。
「まぁ、だからって、妹の誕生日会をやめてほしいなんて、思わないんだけどね」
「そうそう、そうなんだよな~俺だって弟のをやめろって言ってるわけじゃねーもん。別にいいじゃん、元旦でもケーキ食わせろ」
そのまま私たちは両手を取りあって「同志よ!」と仲良くなった。
そうこう話をしているうちに、二人でごきげんな年末年始の過ごし方を考えて、お互いの誕生日に直接「おめでとう」を言える方法を探した。
大晦日に会って、元旦にも会うとなると、中学生にはハードルが高い。
夜中に除夜の鐘を突きに未成年二人で行くのは難しいし、親付き家族ぐるみで出かけるのはかなり遠慮したい。
常識的な時間に会うの、初詣に行くぐらいしか最初は思いつかなくて、大晦日はアプリでメッセージ交わして初詣で手を打とうと、私はあきらめかけていたのだけど。
隆弘は、あきらめなかった。
不屈の根性で探しまわり、見つけてきたのだ。
市民ホールで大晦日に第九を歌う会を。
なぜ第九? と思ったけれど、なんと指揮者が担任の先生だった。
参加希望者は大人から子供まで制限がなく、歌好きさんが本格的な音楽ホールで合唱を楽しみながら年を越し、演奏会の後はそろって初詣に行くのだ。
隆弘と二人で「どうしても参加したいんです!」と言うと、担任は「おまえら、そんなに音楽好きだったっけ?」と苦笑しながらも簡単に受け付けてくれた。
どうやら万年人手不足らしい。
うん、まぁ、大晦日だもんね。
担任が取りまとめのメインスタッフで引率してくれるから、親の了承はあっさりとれた。
そして、私と隆弘の「誕生日おめでとう」を直接言って解散の直前にプレゼント交換するって野望は、毎年叶っている。
最初は友達として仲良くなったけど「おめでとうを言いあう」なんて事を繰り返していれば当然のようにお互いに特別って意識するようになる。
高校に入学した年の大晦日に「アオハルだ~」って笑いながら、お互いにせーので「好きだ」って言って初めてのキスをした。
彼氏彼女になっての初デートは初詣で、付き合って何年目ってものすごく数えやすい。
もちろん喧嘩もしたし、なんどか危機も迎えたし、いろいろあったけど私たちは今もずっと第九を歌い続けている。
中学生で出会って、同じ高校に通って、同じ大学で学んで、就職は別々の会社だったけれど、私の人生の半分は隆弘と一緒だ。
もうそろそろ……なんてお互いに思い始めているけど、決定的な言葉はまだない。
市民ホールについて、更衣室に向かうため手を離そうとしたら、隆弘に強く握られグイッとひかれた。
あまりに唐突だったのでこけそうになったけれど、隆弘に支えられた。
「ちょっと……」
文句を言いかけたけれど、おでこに軽くキスをした隆弘はものすごい速度で離れた。
「後で、返事、聞かせろよ!」
真っ赤な顔で叫ぶように言いおいて、男性用の更衣室に向かってダッシュで逃げていく。
「なに、あれ?」
おでこに手を置いて、心臓がバクバクと激しく脈打っているのを感じながら、私はヘニャへニャと腰が抜けそうになっていた。
おでことはいえ、突然キスするなんて……付き合いは長いけれど、中坊の時とあまり変わっていない唐突さには驚かされるばかりだ。
それに、あとで返事っていったい?
訳がわからないと思いながら、ふと、コートのポケットがやけにかさばっているのに気がついた。
きっと、隆弘がさっきの一瞬で何かを突っ込んだのだ。
直接渡せばいいだけなのに……と思いながらその包みを取り出して、私は固まった。
指輪のケースだった。
どこからどう見ても新品の指輪のケース。
包みもリボンもないけれど、ちゃんとした宝石屋さんのものだ。
柄にもなく緊張して震える指で蓋を開けたら、ラピスラズリの深い青が美しく輝いていた。
ケースの蓋裏に英語で「Will you marry me?」って書いてある。
私の誕生石だなんて、どんな顔でお店に入って買ったのだろう?
そのままふわふわ浮きたつ気分で、着替えて舞台に立つ。
うん、答えは「Yes」一択なんだけどさ。
なんですぐに返事をさせてくれないのかな~隆弘の意地悪。
なんてことだ、本番前に集中力を木端微塵にするとんだ爆弾をもらってしまった。
後列に並んでいる隆弘と目が会うと、妙に赤い顔でへにゃっと笑った。
あ~アレは、照れ臭かったから仕方ないだろ許せ、の顔だ。
許すよ。当然のように、許すけどね。
婚約指輪なんて大切な物を、飴ちゃんを渡すのに似た適当さでポケットに突っ込むなんてひどいよね。仕返しに同じぐらい脅かしてもいいと思うんだ。
誕生日のプレゼント交換はいつも解散寸前だった。
婚約指輪に釣り合うプレゼントってなんだろう?
用意していた手編みのマフラーも悪くはないけど、指輪と同等かって聞かれるとやっぱり首をかしげてしまう。
う~んう~んと悩んだけど、やっぱりもらって嬉しいもののお返しだから、ものすごく隆弘が喜んでくれるものでなくちゃいけない。
なんて、一人で百面相をしているうちに本番が始まった。
第九.。
またの名を歓喜の歌。
今まで練習は重ねてきたけれど、今年の歌は特別で心が解放されていくみたい。
そうだ、私から隆弘にキスをしよう。
返事するから耳貸してってしゃがませて、唇を奪うぐらいいいよね。
驚く隆弘の顔を想像して、顔がほころんでしまう。
第九は今の気持ちにピッタリだ。
声を合わせ歌うことは祝福に似ている。
幸福と愛とよろこびを、力強く軽やかに歌う。
隆弘への想いも込めて。
私の誕生日を祝ってくれてありがとう。
元旦に生まれてくれてありがとう。
おめでとう。おめでとう、この世界に生きる私たち。
友達になったときも、恋人になったときも、私たちは歓喜の歌を歌っていた。
きっとこの先も、家族になって、家族が増えてからも、私たちは歓喜の歌を歌い続けるだろう。
【 おわり 】
独り暮らしをはじめてから習慣づいた指さし確認をすませてアパートを出る。
これから明日の昼まで帰ってこないけど、それも毎年のお約束になっていた。
空気はすっかり冬で早足になるのも寒い日にはありがちなことなのに、歳末特有の浮き立つ空気があったかい気分をくれるから、知らず口元が緩んで楽しくなってくる。
大晦日だものね、あと数時間で新しい年がはじまるのだからソワソワするのが当然でしょう。
暮れかけた空を見上げると良く晴れていた。
今夜は星が綺麗に見えるだろう。
風もほとんど吹いていないから、冬の寒さも骨に染みることなく、白い息を吐きながら寒いねって笑える程度の夜になりそう。
一年の締めくくりに相応しい、好天に恵まれた最高の夜になる予感がする。
商店街では歳末バーゲンの呼びこみをやっていて心が揺れたけれど通り過ぎ、駅前の噴水前にたどりついたら待ち合わせの時間より十分も早いのに隆弘はすでに到着していた。
陽はほとんど落ちているからライトアップも始まっているけれど、噴水の水は十二月に入ってから止められているし、風はなくても完全な屋外だから寒そうだ。
お待たせと言う前に、私に気がついた隆弘が「よ!」と右手を挙げた。
時計を確認して「今から行けば、ちょうどいい感じだな」と口元をほころばせ、当たり前のように私の右手を握って歩きだす。
手袋ぐらいすればいいのに、隆弘の大きな左手はすっかり冷えていた。
「なんでこんなところにしたの?」
待ち合わせするなら駅中のカフェとかあったかい場所はたくさんあるのに、毎年のように噴水前にする理由がわからない。
「ん? 綺麗だろ?」
ゆっくりと陽が落ちて空の色が赤から紫、藍色に変わっていく中で、キラキラと輝くイルミネーションが存在感を増すのを見るのが好きだと隆弘は言った。
綺麗なのは否定しないけれど、どれだけ早く来ていたのか心配になってしまう。
「寒くない?」
「そこはあれだ、防寒インナーに感謝だな。晴れて良かった」
雨が降ったらカフェに入ってたよと笑うから、ちょっとだけほっとした。
大晦日に冷えて、新年早々風邪で寝込むなんてシャレにならないものね。
歩きながら繋いでいた手が唐突にギュッと握りこまれた。
「誕生日、おめでとう」
そんな優しい声に見上げると、はにかむように隆弘は笑っていた。
「うん、ありがとう」
照れくさくてすぐに目をそらしてしまったけど、私は隆弘の手をぎゅっと強く握り返す。
「隆弘が居てくれて、本当に良かった」
毎年、誕生日がくるたびに考えていたのだ。
どうして大晦日に生まれたのだろう? って、わりと深刻に。
十二月三十一日。
巡る一年の中で、一番最後の日。
家族にだっておめでとうなんて一度も言われたことがないし、掃除におせちにせわしなく動き続けるのがお約束。
誕生日ケーキなんて売ってないし、作るならケーキよりおせちだし、せめてコンビニスイーツを買えたらなんて思うけど、買いに行く暇もなかったりする。
誕生日会? 無理でしょ? 友達を誘うだけで嫌がらせになっちゃう。
友達からのプレゼント? 当然ながらありません。
お正月のカウントダウンはするのに、誕生日についてはノータッチ。
普通の誕生日の人は良いなぁ~って羨ましがっておねだりしても、もらえるのは新たな掃除場所と年越し蕎麦のエビが一本増量ぐらい。
妹の誕生日はケーキを買ってもらえるから、それがなんだか理不尽だと思うのだ。
アレは中学生の時だ。
そんな風に思いの丈をありのままぼやいていたら、たまたま横の席だった隆弘がクワッ! とものすごい勢いで語りだした。
なんと隆弘は、元旦生まれだったのだ。
「俺だって、絶望的なほどおめでとうって言われまくるけど、誕生日のおめでとうだった事は一度もないんだ! 誕生日プレゼントなんてお年玉を渡されて終わりだけど、弟と同じ金額だからあいつばっか誕生日プレゼントもらってて、俺に対してヒデーとおもわね? お兄ちゃんだから我慢しろっつったって、雑煮の餅を増やされても嬉しくね―って」
あまり話したことのない人の大暴走にビックリしたけれど、聞けば聞くほど私のモヤモヤと似た状況で、わかるー! ってそのまま話が盛り上がった。
「まぁ、だからって、妹の誕生日会をやめてほしいなんて、思わないんだけどね」
「そうそう、そうなんだよな~俺だって弟のをやめろって言ってるわけじゃねーもん。別にいいじゃん、元旦でもケーキ食わせろ」
そのまま私たちは両手を取りあって「同志よ!」と仲良くなった。
そうこう話をしているうちに、二人でごきげんな年末年始の過ごし方を考えて、お互いの誕生日に直接「おめでとう」を言える方法を探した。
大晦日に会って、元旦にも会うとなると、中学生にはハードルが高い。
夜中に除夜の鐘を突きに未成年二人で行くのは難しいし、親付き家族ぐるみで出かけるのはかなり遠慮したい。
常識的な時間に会うの、初詣に行くぐらいしか最初は思いつかなくて、大晦日はアプリでメッセージ交わして初詣で手を打とうと、私はあきらめかけていたのだけど。
隆弘は、あきらめなかった。
不屈の根性で探しまわり、見つけてきたのだ。
市民ホールで大晦日に第九を歌う会を。
なぜ第九? と思ったけれど、なんと指揮者が担任の先生だった。
参加希望者は大人から子供まで制限がなく、歌好きさんが本格的な音楽ホールで合唱を楽しみながら年を越し、演奏会の後はそろって初詣に行くのだ。
隆弘と二人で「どうしても参加したいんです!」と言うと、担任は「おまえら、そんなに音楽好きだったっけ?」と苦笑しながらも簡単に受け付けてくれた。
どうやら万年人手不足らしい。
うん、まぁ、大晦日だもんね。
担任が取りまとめのメインスタッフで引率してくれるから、親の了承はあっさりとれた。
そして、私と隆弘の「誕生日おめでとう」を直接言って解散の直前にプレゼント交換するって野望は、毎年叶っている。
最初は友達として仲良くなったけど「おめでとうを言いあう」なんて事を繰り返していれば当然のようにお互いに特別って意識するようになる。
高校に入学した年の大晦日に「アオハルだ~」って笑いながら、お互いにせーので「好きだ」って言って初めてのキスをした。
彼氏彼女になっての初デートは初詣で、付き合って何年目ってものすごく数えやすい。
もちろん喧嘩もしたし、なんどか危機も迎えたし、いろいろあったけど私たちは今もずっと第九を歌い続けている。
中学生で出会って、同じ高校に通って、同じ大学で学んで、就職は別々の会社だったけれど、私の人生の半分は隆弘と一緒だ。
もうそろそろ……なんてお互いに思い始めているけど、決定的な言葉はまだない。
市民ホールについて、更衣室に向かうため手を離そうとしたら、隆弘に強く握られグイッとひかれた。
あまりに唐突だったのでこけそうになったけれど、隆弘に支えられた。
「ちょっと……」
文句を言いかけたけれど、おでこに軽くキスをした隆弘はものすごい速度で離れた。
「後で、返事、聞かせろよ!」
真っ赤な顔で叫ぶように言いおいて、男性用の更衣室に向かってダッシュで逃げていく。
「なに、あれ?」
おでこに手を置いて、心臓がバクバクと激しく脈打っているのを感じながら、私はヘニャへニャと腰が抜けそうになっていた。
おでことはいえ、突然キスするなんて……付き合いは長いけれど、中坊の時とあまり変わっていない唐突さには驚かされるばかりだ。
それに、あとで返事っていったい?
訳がわからないと思いながら、ふと、コートのポケットがやけにかさばっているのに気がついた。
きっと、隆弘がさっきの一瞬で何かを突っ込んだのだ。
直接渡せばいいだけなのに……と思いながらその包みを取り出して、私は固まった。
指輪のケースだった。
どこからどう見ても新品の指輪のケース。
包みもリボンもないけれど、ちゃんとした宝石屋さんのものだ。
柄にもなく緊張して震える指で蓋を開けたら、ラピスラズリの深い青が美しく輝いていた。
ケースの蓋裏に英語で「Will you marry me?」って書いてある。
私の誕生石だなんて、どんな顔でお店に入って買ったのだろう?
そのままふわふわ浮きたつ気分で、着替えて舞台に立つ。
うん、答えは「Yes」一択なんだけどさ。
なんですぐに返事をさせてくれないのかな~隆弘の意地悪。
なんてことだ、本番前に集中力を木端微塵にするとんだ爆弾をもらってしまった。
後列に並んでいる隆弘と目が会うと、妙に赤い顔でへにゃっと笑った。
あ~アレは、照れ臭かったから仕方ないだろ許せ、の顔だ。
許すよ。当然のように、許すけどね。
婚約指輪なんて大切な物を、飴ちゃんを渡すのに似た適当さでポケットに突っ込むなんてひどいよね。仕返しに同じぐらい脅かしてもいいと思うんだ。
誕生日のプレゼント交換はいつも解散寸前だった。
婚約指輪に釣り合うプレゼントってなんだろう?
用意していた手編みのマフラーも悪くはないけど、指輪と同等かって聞かれるとやっぱり首をかしげてしまう。
う~んう~んと悩んだけど、やっぱりもらって嬉しいもののお返しだから、ものすごく隆弘が喜んでくれるものでなくちゃいけない。
なんて、一人で百面相をしているうちに本番が始まった。
第九.。
またの名を歓喜の歌。
今まで練習は重ねてきたけれど、今年の歌は特別で心が解放されていくみたい。
そうだ、私から隆弘にキスをしよう。
返事するから耳貸してってしゃがませて、唇を奪うぐらいいいよね。
驚く隆弘の顔を想像して、顔がほころんでしまう。
第九は今の気持ちにピッタリだ。
声を合わせ歌うことは祝福に似ている。
幸福と愛とよろこびを、力強く軽やかに歌う。
隆弘への想いも込めて。
私の誕生日を祝ってくれてありがとう。
元旦に生まれてくれてありがとう。
おめでとう。おめでとう、この世界に生きる私たち。
友達になったときも、恋人になったときも、私たちは歓喜の歌を歌っていた。
きっとこの先も、家族になって、家族が増えてからも、私たちは歓喜の歌を歌い続けるだろう。
【 おわり 】
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