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告白(高校生)
バニラアイスをいくらでも
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夏を証明するような、カンカンと照り付ける太陽。
ジリジリと肌を焼くその日差しを御簾越しに見ながら、縁台に腰かけた海月(みづき)は無駄な戦いを始めようとしていた。
「これが、航太の好きなアイスコーヒー!」
キラキラと瞳を輝かせながら、強烈な太陽光にグラスを透かし見ているが、その仕草はいまだに子供時代のままだ。
本人が気合を入れているので止めないが、海月は甘党なのですでに敗北は確定している。
カランと澄んだ音を立てる氷が多少は薄めていても、重く苦みがガツンとくる珈琲が俺のお気に入りなので、絶望と悶絶しかない未来はすぐそこだ。
「おまえの好きなメロンクリームソーダもあるぞ」
「いいの、今日こそは大人の階段をのぼるの」
マーライオンになった過去の屈辱を晴らす! などと変に燃えている。
これ以上口をはさむとムキになりそうなので、そーかい、と俺は流すしかない。
そういえば、マーライオン事件は海月が本物の小学生時代だった。
俺たちが出会ったのは、海月が小学一年生、俺が中学一年生の時だ。
友人たちと連れ立って泳ぎに行ったら、ギャーっと叫びながら沖に流される子供がいた。
事件である。
浜育ちの俺も友人たちも人命救助は初めてだったが、協力し合って何とか無事に救出できたのは幸運だった。
良かったな、と思ったのは本当だ。
満ち足りた気持ちになれたのは、ほんのわずかな時間だったが。
救助者と被害者の縁は、その場限りのものだと思っていたが、そうではなかった。
次の日から海月は「助けてもらったクラゲですー!」と元気よく叫びながら、彼女は俺の家に現れた。
ハリケーンやタイフーンのごとく傍若無人に、自然災害を思い出させる勢いで急襲してきた。
一度や二度ではない。
夏休み、冬休み、春休みと、学校の長期休暇に、ほぼ毎日現れた。
現れるたびに、航太航太とまとわりつき、笑って怒って泣いて拗ねて立ち直って、くるくると表情を変えて、最後は「最高に可愛い笑顔だけ覚えといてね!」と嵐のように去っていく。
それが、そのまま延々と10年以上も続くとは……神様だってあきれているだろう。
俺はといえば、男友達とつるんでいた中学生の頃はまだしも、嬉し恥ずかし男女交際真っ最中の高校時代は、海月襲来は大迷惑で極寒対応しかしていない。
自分でも冷たいと思うが、彼女とイチャイチャしているところを、小学生に見られたいと思うか?
冗談じゃないぞ、本当に。
だけど、海月は毎日のように俺の家に現れた。
そしてなぜか俺の彼女と仲良くなって、宿題をしたり一緒に海水浴をしたり、まるでファミリーのような付き合い方をして、彼女から海月への塩対応を「優しくしてあげて」って俺の方が叱られた。
そして長期休暇が終わって少しすると「航太君って子供に冷たいよね」なんて俺が彼女に振られるのが定番になった。
ひとりや二人ではないのが、かなしい事実である。
なんでそうなる。俺が冷たいのは海月だけだ。
実に理不尽な理由で、俺の青春は終わり続けていた。
マーライオン事件は二人目の彼女の時だった。
「航太のアイスコーヒーって美味しいの? 一口ちょうだい!」
宿題を終えた海月が我儘を言ったが、そんなの拒否一択に決まっている。
しかし、海月がやたらと粘るものだから、俺と同じものを飲んでいた彼女が「味見してみる?」と自分のアイスコーヒーを差し出した。
ちょっと戸惑いながらも、サッと俺のストローをかすめ取った海月は、おもむろに彼女のコーヒーをチューッと吸って、そのままマーライオンのごとくブハーっと噴射した。
「大人って……大人って……」
ベソベソと海月は泣きだし、彼女はオロオロして慰め、俺は後片付けに追われた。
縁台で気分転換をしていた時だったので被害は少なかったが、いろいろと大惨事になった。
思い返せば、思い出が多すぎて、どこをどう語ればいいのかも謎だ。
とにかく、海月は普通の子ではなかった。
友達とグラビアの水着特集で盛り上がっているのを横から見ていたらしく、次の夏にはビキニで現れた。
小学生低学年のビキニなんか、見たい奴がいるか?
色っぽいお姉さんたちのマネをして変なポーズまで披露してくれたが、俺たちがドン引きしたのは言うまでもない。
将来、なりたい職業を聞いたら、輝く笑顔で言い切った。
「航太のスペシャリスト!」
なんだそれ、職業ですらない。
というか、一歩間違えればストーカーで犯罪者予備軍だ。
こいつ、バカなんじゃねーの?
そんな疑惑は、いつだったか忘れたが、簡単に打ち砕かれた。
ドラマで見た知的美人って最高にいいなぁなんてバカな話をしていたのを聞いていたらしく、滅多に見れない高評価が並んだ通知表や高得点のテストを持って現れたからだ。
頭は良いのか、こんなにアホなのに。
知性とは、学力ではなかった!
普通に暮らしていたなら気付かなかったはずの驚愕の真実を、まざまざと見せつけるなんて、恐ろしい子だ。
こいつは俺が説教してもマトモにならないが、俺のふとした言動でまともから遠ざかり、誤解してどこまでも暴走する。
例えば、ビキニのお姉さんに見とれただけで、小学生のビキニ女児が出来上がったように。
彼シャツの女の子に萌えると言っただけで、干されていた俺のTシャツをお袋にねだってまとい、クルクル踊っていたように。
眼鏡女子っていいよなって話しているのを聞いて、祖母の老眼鏡を借りてきてくそ真面目な顔をしながら歩いて、柱に激突したように。
やめろっつってんのに、ちっとも言うことを聞かない。
ただ、俺も少しは海月のことを理解し始めていた。
勉強はできても、こいつはバカだ。
バカなうえに、アホの子だ。
正真正銘、真正のあんぽんたんである。
俺にできるのは、暴走スイッチを押す原因を減らすことだけ。
無駄な言動をひかえると、愛想は悪くなるが必要悪だ。
まぁ、ぶっきらぼうに邪険な対応をしても、海月は渋いとうっとりしていたが。
見捨てればいいと思うだろ?
それを実行するには、海月の成長は早かった。
中身はこんちくしょうのクソガキのままなのに、海月はどんどん大人になっていく。
ツルペタの子供が見るたびにしなやかに育ち、小学生から中学生・中学生から高校生と、幼虫がさなぎに・さなぎが蝶になるのと似た変化を遂げる。
俺は実のところ、海月の扱い方に困っていた。
中身は少しも成長しないのに、身体は大人になっていく。
小学生に懸想するようなロリではないが、身体は大人で心は小学生の精神ロリに懸想するのは、犯罪になるのか否か。
もうすぐ二十歳なの、と言ってビキニで現れた時には、目のやり場に困った。
海に行く前に俺の家によるのは良いが、海まで遠いのに水着でウロウロするのはどうかと思う。
仕方ないので、着ていたTシャツを脱いでそのままかぶせたら、彼シャツー!! と叫びながら飛び跳ねていた。
作戦成功、とうかつな叫びもあげていたから、俺からTシャツを奪い取るために海月は水着でうろついていたらしい。
お前ってやつは……乙女の精神をどこにやった。
というか俺の家は食堂で、男友達や近所のおっさんたちもたむろっているから、水着で現れるのはやめろ。
落ち着きなく動き回っているせいか、海月は引き締まった体つきをしている。
運動も得意だと言っていたから、学力だけでなくそっちもできる子らしい。
クリクリした目が印象的な顔も可愛いし、本来なら才色兼備になるはずなのに、なぜ残念な子なのか。
海月はあんぽんたんで残念な子だが、一途でかわいい。
というか、彼女以上に俺に夢中になるような異性は、一生出会えない気がする。
ストレス・マックスだった高校時代を乗り切ったので、今更、嫌いにもなれない。
だが、心は小学生のままだ。
それを証明するように、助けられたクラゲですよー! と小学生の頃のネタを今でも使っている。
しかし、身体は大人である。
航太―! と言って腕にぶら下がると、押し付けられた胸がたゆんと揺れている。
見事に育ったもんだと思っていたら、さわる? と聞かれて思わず頭をどついてしまった。
本当にこいつは、色々とタチが悪い。
どうしたものか。
悶々としていたが、あっさりとその不毛は解決した。
俺が見合いをすると勘違いした海月が暴走して、盛大に泣いた挙句に、告白されたのだ。
「航太、好き」
「知ってる」
知ってるけど、直接言われるとくるものがある。
思い切り照れた。
照れたついでに二人になったとき、憧れていると前に言っていた壁ドンをしてみたら、腰を抜かしていた。顎クイをしてみたら、目を開けたまま気絶した。
海月の反応は、いちいち面白い。
ただ、面白すぎて、甘い時間にならない。
まぁでも、面白いからいいか、とも思う。
海月は告白してきた日から、助けられたクラゲですよ、とは言わなくなった。
どうやら、あの言葉は俺をポイ捨てする宣言と同じだったと気付いたと、ベソベソと泣いていたから、また斜めに思考を暴走させたらしい。
なぜ、俺がクラゲにポイ捨てされるのが嫌で壁を作っている悲劇の人、みたいな扱いになるのか。
意味が分からない。
俺は、精神ロリに懸想するのは犯罪じみている気がして、海月がずっと小学生と同じ精神構造のまま暴走することが悩ましかった。
だが、異類婚姻譚なんて知ったことじゃないのだ。
少しは大人になれよ、と言いたい。
言いたいが、斜めに行動して事件が起こりそうだから、なにも言わない。
今も、大人の階段をのぼると言って、アイスコーヒーと無駄な戦いをしようとしている。
やめとけ、またマーライオンになるぞ。
心の中だけでそう告げて、俺は家の冷蔵庫からとっておきを持ち出した。
「海月、とっておきの愛って欲しいか?」
「航太の愛ならいくらでも!」
即答である。
目は強敵であるアイスコーヒーから離さず、可愛い返事を返してくるものだから、俺は笑ってしまった。
「そーか、いくらでもくれてやるよ」
甘くて白いバニラアイスをすくって、珈琲の上にドンと乗せてやる。
店で出すコーヒーフロートの三倍は載せられたアイスの量に、ほわぁ! と海月は間の抜けた声をあげた。
目がキラキラと輝いている。
「クールな航太の愛は、美味しいね」
「良かったな、珈琲リベンジが叶って」
「航太の愛があるからね! 航太、大好き」
むふぅと満足そうな笑顔に、そーかい、と俺は気のない返事をしておく。
自分で言って、自分で照れてる海月は可愛いが、どこからどう見ても反応が幼い。
まぁ、憧れのシチュエーションが壁ドンや顎クイってところで、推しはかれるものがあった。
早く大人になってほしいところだが、一生この精神状態のまま海月は変わらない気もする。
今更、急ぎはしないけどな。
俺は酒のほうがいいけど、海月にはやっぱりコーヒーフロートか。
本当に大人の階段をのぼる時のお供には、なにがいいだろう? なんて不埒なことも考える。
いくらでも、大人同士でしかできないことを教えてやりたいのに。
タイミングは重要なので、いけない大人のアレコレを教えるのはもう少し先になりそうだった。
おわり。
ジリジリと肌を焼くその日差しを御簾越しに見ながら、縁台に腰かけた海月(みづき)は無駄な戦いを始めようとしていた。
「これが、航太の好きなアイスコーヒー!」
キラキラと瞳を輝かせながら、強烈な太陽光にグラスを透かし見ているが、その仕草はいまだに子供時代のままだ。
本人が気合を入れているので止めないが、海月は甘党なのですでに敗北は確定している。
カランと澄んだ音を立てる氷が多少は薄めていても、重く苦みがガツンとくる珈琲が俺のお気に入りなので、絶望と悶絶しかない未来はすぐそこだ。
「おまえの好きなメロンクリームソーダもあるぞ」
「いいの、今日こそは大人の階段をのぼるの」
マーライオンになった過去の屈辱を晴らす! などと変に燃えている。
これ以上口をはさむとムキになりそうなので、そーかい、と俺は流すしかない。
そういえば、マーライオン事件は海月が本物の小学生時代だった。
俺たちが出会ったのは、海月が小学一年生、俺が中学一年生の時だ。
友人たちと連れ立って泳ぎに行ったら、ギャーっと叫びながら沖に流される子供がいた。
事件である。
浜育ちの俺も友人たちも人命救助は初めてだったが、協力し合って何とか無事に救出できたのは幸運だった。
良かったな、と思ったのは本当だ。
満ち足りた気持ちになれたのは、ほんのわずかな時間だったが。
救助者と被害者の縁は、その場限りのものだと思っていたが、そうではなかった。
次の日から海月は「助けてもらったクラゲですー!」と元気よく叫びながら、彼女は俺の家に現れた。
ハリケーンやタイフーンのごとく傍若無人に、自然災害を思い出させる勢いで急襲してきた。
一度や二度ではない。
夏休み、冬休み、春休みと、学校の長期休暇に、ほぼ毎日現れた。
現れるたびに、航太航太とまとわりつき、笑って怒って泣いて拗ねて立ち直って、くるくると表情を変えて、最後は「最高に可愛い笑顔だけ覚えといてね!」と嵐のように去っていく。
それが、そのまま延々と10年以上も続くとは……神様だってあきれているだろう。
俺はといえば、男友達とつるんでいた中学生の頃はまだしも、嬉し恥ずかし男女交際真っ最中の高校時代は、海月襲来は大迷惑で極寒対応しかしていない。
自分でも冷たいと思うが、彼女とイチャイチャしているところを、小学生に見られたいと思うか?
冗談じゃないぞ、本当に。
だけど、海月は毎日のように俺の家に現れた。
そしてなぜか俺の彼女と仲良くなって、宿題をしたり一緒に海水浴をしたり、まるでファミリーのような付き合い方をして、彼女から海月への塩対応を「優しくしてあげて」って俺の方が叱られた。
そして長期休暇が終わって少しすると「航太君って子供に冷たいよね」なんて俺が彼女に振られるのが定番になった。
ひとりや二人ではないのが、かなしい事実である。
なんでそうなる。俺が冷たいのは海月だけだ。
実に理不尽な理由で、俺の青春は終わり続けていた。
マーライオン事件は二人目の彼女の時だった。
「航太のアイスコーヒーって美味しいの? 一口ちょうだい!」
宿題を終えた海月が我儘を言ったが、そんなの拒否一択に決まっている。
しかし、海月がやたらと粘るものだから、俺と同じものを飲んでいた彼女が「味見してみる?」と自分のアイスコーヒーを差し出した。
ちょっと戸惑いながらも、サッと俺のストローをかすめ取った海月は、おもむろに彼女のコーヒーをチューッと吸って、そのままマーライオンのごとくブハーっと噴射した。
「大人って……大人って……」
ベソベソと海月は泣きだし、彼女はオロオロして慰め、俺は後片付けに追われた。
縁台で気分転換をしていた時だったので被害は少なかったが、いろいろと大惨事になった。
思い返せば、思い出が多すぎて、どこをどう語ればいいのかも謎だ。
とにかく、海月は普通の子ではなかった。
友達とグラビアの水着特集で盛り上がっているのを横から見ていたらしく、次の夏にはビキニで現れた。
小学生低学年のビキニなんか、見たい奴がいるか?
色っぽいお姉さんたちのマネをして変なポーズまで披露してくれたが、俺たちがドン引きしたのは言うまでもない。
将来、なりたい職業を聞いたら、輝く笑顔で言い切った。
「航太のスペシャリスト!」
なんだそれ、職業ですらない。
というか、一歩間違えればストーカーで犯罪者予備軍だ。
こいつ、バカなんじゃねーの?
そんな疑惑は、いつだったか忘れたが、簡単に打ち砕かれた。
ドラマで見た知的美人って最高にいいなぁなんてバカな話をしていたのを聞いていたらしく、滅多に見れない高評価が並んだ通知表や高得点のテストを持って現れたからだ。
頭は良いのか、こんなにアホなのに。
知性とは、学力ではなかった!
普通に暮らしていたなら気付かなかったはずの驚愕の真実を、まざまざと見せつけるなんて、恐ろしい子だ。
こいつは俺が説教してもマトモにならないが、俺のふとした言動でまともから遠ざかり、誤解してどこまでも暴走する。
例えば、ビキニのお姉さんに見とれただけで、小学生のビキニ女児が出来上がったように。
彼シャツの女の子に萌えると言っただけで、干されていた俺のTシャツをお袋にねだってまとい、クルクル踊っていたように。
眼鏡女子っていいよなって話しているのを聞いて、祖母の老眼鏡を借りてきてくそ真面目な顔をしながら歩いて、柱に激突したように。
やめろっつってんのに、ちっとも言うことを聞かない。
ただ、俺も少しは海月のことを理解し始めていた。
勉強はできても、こいつはバカだ。
バカなうえに、アホの子だ。
正真正銘、真正のあんぽんたんである。
俺にできるのは、暴走スイッチを押す原因を減らすことだけ。
無駄な言動をひかえると、愛想は悪くなるが必要悪だ。
まぁ、ぶっきらぼうに邪険な対応をしても、海月は渋いとうっとりしていたが。
見捨てればいいと思うだろ?
それを実行するには、海月の成長は早かった。
中身はこんちくしょうのクソガキのままなのに、海月はどんどん大人になっていく。
ツルペタの子供が見るたびにしなやかに育ち、小学生から中学生・中学生から高校生と、幼虫がさなぎに・さなぎが蝶になるのと似た変化を遂げる。
俺は実のところ、海月の扱い方に困っていた。
中身は少しも成長しないのに、身体は大人になっていく。
小学生に懸想するようなロリではないが、身体は大人で心は小学生の精神ロリに懸想するのは、犯罪になるのか否か。
もうすぐ二十歳なの、と言ってビキニで現れた時には、目のやり場に困った。
海に行く前に俺の家によるのは良いが、海まで遠いのに水着でウロウロするのはどうかと思う。
仕方ないので、着ていたTシャツを脱いでそのままかぶせたら、彼シャツー!! と叫びながら飛び跳ねていた。
作戦成功、とうかつな叫びもあげていたから、俺からTシャツを奪い取るために海月は水着でうろついていたらしい。
お前ってやつは……乙女の精神をどこにやった。
というか俺の家は食堂で、男友達や近所のおっさんたちもたむろっているから、水着で現れるのはやめろ。
落ち着きなく動き回っているせいか、海月は引き締まった体つきをしている。
運動も得意だと言っていたから、学力だけでなくそっちもできる子らしい。
クリクリした目が印象的な顔も可愛いし、本来なら才色兼備になるはずなのに、なぜ残念な子なのか。
海月はあんぽんたんで残念な子だが、一途でかわいい。
というか、彼女以上に俺に夢中になるような異性は、一生出会えない気がする。
ストレス・マックスだった高校時代を乗り切ったので、今更、嫌いにもなれない。
だが、心は小学生のままだ。
それを証明するように、助けられたクラゲですよー! と小学生の頃のネタを今でも使っている。
しかし、身体は大人である。
航太―! と言って腕にぶら下がると、押し付けられた胸がたゆんと揺れている。
見事に育ったもんだと思っていたら、さわる? と聞かれて思わず頭をどついてしまった。
本当にこいつは、色々とタチが悪い。
どうしたものか。
悶々としていたが、あっさりとその不毛は解決した。
俺が見合いをすると勘違いした海月が暴走して、盛大に泣いた挙句に、告白されたのだ。
「航太、好き」
「知ってる」
知ってるけど、直接言われるとくるものがある。
思い切り照れた。
照れたついでに二人になったとき、憧れていると前に言っていた壁ドンをしてみたら、腰を抜かしていた。顎クイをしてみたら、目を開けたまま気絶した。
海月の反応は、いちいち面白い。
ただ、面白すぎて、甘い時間にならない。
まぁでも、面白いからいいか、とも思う。
海月は告白してきた日から、助けられたクラゲですよ、とは言わなくなった。
どうやら、あの言葉は俺をポイ捨てする宣言と同じだったと気付いたと、ベソベソと泣いていたから、また斜めに思考を暴走させたらしい。
なぜ、俺がクラゲにポイ捨てされるのが嫌で壁を作っている悲劇の人、みたいな扱いになるのか。
意味が分からない。
俺は、精神ロリに懸想するのは犯罪じみている気がして、海月がずっと小学生と同じ精神構造のまま暴走することが悩ましかった。
だが、異類婚姻譚なんて知ったことじゃないのだ。
少しは大人になれよ、と言いたい。
言いたいが、斜めに行動して事件が起こりそうだから、なにも言わない。
今も、大人の階段をのぼると言って、アイスコーヒーと無駄な戦いをしようとしている。
やめとけ、またマーライオンになるぞ。
心の中だけでそう告げて、俺は家の冷蔵庫からとっておきを持ち出した。
「海月、とっておきの愛って欲しいか?」
「航太の愛ならいくらでも!」
即答である。
目は強敵であるアイスコーヒーから離さず、可愛い返事を返してくるものだから、俺は笑ってしまった。
「そーか、いくらでもくれてやるよ」
甘くて白いバニラアイスをすくって、珈琲の上にドンと乗せてやる。
店で出すコーヒーフロートの三倍は載せられたアイスの量に、ほわぁ! と海月は間の抜けた声をあげた。
目がキラキラと輝いている。
「クールな航太の愛は、美味しいね」
「良かったな、珈琲リベンジが叶って」
「航太の愛があるからね! 航太、大好き」
むふぅと満足そうな笑顔に、そーかい、と俺は気のない返事をしておく。
自分で言って、自分で照れてる海月は可愛いが、どこからどう見ても反応が幼い。
まぁ、憧れのシチュエーションが壁ドンや顎クイってところで、推しはかれるものがあった。
早く大人になってほしいところだが、一生この精神状態のまま海月は変わらない気もする。
今更、急ぎはしないけどな。
俺は酒のほうがいいけど、海月にはやっぱりコーヒーフロートか。
本当に大人の階段をのぼる時のお供には、なにがいいだろう? なんて不埒なことも考える。
いくらでも、大人同士でしかできないことを教えてやりたいのに。
タイミングは重要なので、いけない大人のアレコレを教えるのはもう少し先になりそうだった。
おわり。
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