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片想い(高校生)

大好きなお兄ちゃん

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 自転車がパンクした。
 部活が終わって暗くなる前に帰ろうと思っていたのに、本当についていない。
 黄昏時間で徐々に日が沈む中、街灯も少ないのに歩くしかないなんて。
 人通りがあるから怖くはないけれど、でもいい人ばかりだとも限らない。

 ヤダな、と思ったときに、ふと思い出す。
 修理できる人が身近にいる。
 仕事中でも帰宅中でも、お兄ちゃんはこういうことのプロだ。

 お兄ちゃん、もう仕事は終わったかな?
 しばらくスマホを手に悩んだけれど、思いきって通話ボタンを押してみる。
 スリーコールで、つながった。

「どうした?」
 前置きも何もないいつもの声に、なんだか泣きたくなるぐらいほっとした。
「あのね、自転車がパンクしちゃった」
 ああ、と気のない感じに気が引けたけど、すぐに「今どこ?」と続いたので安心した。
 場所を伝えると近くのコンビニに向かうように言われたので、わかったとうなずく。

 よかった、おにいちゃんがなんとかしてくれる。
 ゆっくり歩いてコンビニに向かい、言われたとおりに店内でお兄ちゃんを待つ。
 二十分ほどでお兄ちゃんが車でやってきた。
 個人事業主の自動車修理屋さんに就職していて、作業着のままだ。
 車も会社名のはいった軽トラだったからちょっと驚いたけど、自転車を運ぶのに借りてきたと言われてちょっと笑ってしまった。

 トラックに自転車を積み込んで、お兄ちゃんの職場に向かう。
 社長さんは「大変だったね」って笑うと、自転車の修理が終わったら持ち帰るのに軽トラの使用を、明日の朝まで許可してくれた。
 気のいい社長さんは陽気なおじさんでいつもニコニコしている。
 修理屋さんと看板は出ているけれど、いわゆる街の便利屋さんだと思う。 
 自動車整備が主な仕事だけど修理を持ち込まれたら自転車もバイクも直してくれるから、お客さんも多く人気はあるみたいだ。

 自転車の修理が終わったら店の戸締りをしてくれと言って、社長さんは隣にある母屋に帰ってしまった。
 簡単に店じまいしてから自転車を直しているお兄ちゃんの後ろで、イスに座って私は作業を見守る。
 大きな背中は、お父さんにも私にも似ていない。
 お母さんとお兄ちゃんは顔立ちや鼻筋がそっくりだけど、私には似ていない。
 それは私たちが本当の兄妹ではないから。
 お父さんとお母さんが再婚したから、私たちは家族になった。

 初めて会ったときとても大きく見えて、今度は高校生になると聞いてものすごく怖かったのを覚えている。
 お兄ちゃんはお兄ちゃんで小学生の、しかも低学年の女の子がいきなり妹になって、戸惑っていたに違いない。
 ぶっきらぼうだったけれど、それでもお兄ちゃんはいつも優しかった。
 困ったときは気のない返事をしながらも、一番先に駆けつけてくれた。
 今だってそれは変わらない。

 良いところも悪いところも見てきたけれど、気がつくとなぜかお兄ちゃんに気持ちが向かっている。
 年季の入ったよくわからない部品や、古ぼけているけれど丁寧に扱われている道具の中で、修理をするお兄ちゃんはとても馴染んでいた。
 このままずっとこうしていられたらな、なんて思ってしまう。

 特別だって感じ始めたのはいつだろう?
 それは口にしてはいけない特別だけど。

 ガタン、と音をたててお兄ちゃんは立ち上がった。
 自分の考えに沈んでいたからビックリして目を向けると、修理が終わったみたいだった。
 タイヤの調子を確かめて、お兄ちゃんは振り向く。
 目が合うと「直ったぞ」と笑った。

「ありがとう、お兄ちゃん」
 顔がほころぶのが自分でもわかる。
「ごめんね、迷惑をかけちゃって」
 謝ると、バカを言うな、となんだか不機嫌になった。
「こういうときは連絡すればいいんだよ。危ないだろうが」
 どこかツンツンした言い方だけど私のことを考えてくれている言葉に、うん、とうなずくしかない。
 胸苦しさが込み上げている私に気がつかず、お兄ちゃんはクツクツと笑いだす。

「お兄ちゃんがいてくれてよかった」
「ばーか。俺はお前の兄貴だよ、この先もずっと」

 ちょこんとおでこをはじかれた。
 すぐに離れていく骨ばった指先は、ただの妹へ向ける愛情だった。
 その軽い痛みはそのまま私の心の痛みに似て、泣きたくなったけれど。
 大きく膨らみそうな気持ちを押し隠して、いつもの調子で微笑んでみせる。

「うん、そうだね……この先もずっとお兄ちゃんだよね」

 当たり前だと言い放つお兄ちゃんのカラリとした笑顔がまぶしい。
 どんなに想ったって、お兄ちゃんはずっと、私のお兄ちゃんのままだ。
 それはとても悲しくて、嬉しいことかもしれなくて。
 届かないってわかっているけれど、私の気持ちを言葉にして伝える。

「お兄ちゃん、大好き」


【 おわり 】

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