13 / 80
片想い(高校生)
大好きなお兄ちゃん
しおりを挟む
自転車がパンクした。
部活が終わって暗くなる前に帰ろうと思っていたのに、本当についていない。
黄昏時間で徐々に日が沈む中、街灯も少ないのに歩くしかないなんて。
人通りがあるから怖くはないけれど、でもいい人ばかりだとも限らない。
ヤダな、と思ったときに、ふと思い出す。
修理できる人が身近にいる。
仕事中でも帰宅中でも、お兄ちゃんはこういうことのプロだ。
お兄ちゃん、もう仕事は終わったかな?
しばらくスマホを手に悩んだけれど、思いきって通話ボタンを押してみる。
スリーコールで、つながった。
「どうした?」
前置きも何もないいつもの声に、なんだか泣きたくなるぐらいほっとした。
「あのね、自転車がパンクしちゃった」
ああ、と気のない感じに気が引けたけど、すぐに「今どこ?」と続いたので安心した。
場所を伝えると近くのコンビニに向かうように言われたので、わかったとうなずく。
よかった、おにいちゃんがなんとかしてくれる。
ゆっくり歩いてコンビニに向かい、言われたとおりに店内でお兄ちゃんを待つ。
二十分ほどでお兄ちゃんが車でやってきた。
個人事業主の自動車修理屋さんに就職していて、作業着のままだ。
車も会社名のはいった軽トラだったからちょっと驚いたけど、自転車を運ぶのに借りてきたと言われてちょっと笑ってしまった。
トラックに自転車を積み込んで、お兄ちゃんの職場に向かう。
社長さんは「大変だったね」って笑うと、自転車の修理が終わったら持ち帰るのに軽トラの使用を、明日の朝まで許可してくれた。
気のいい社長さんは陽気なおじさんでいつもニコニコしている。
修理屋さんと看板は出ているけれど、いわゆる街の便利屋さんだと思う。
自動車整備が主な仕事だけど修理を持ち込まれたら自転車もバイクも直してくれるから、お客さんも多く人気はあるみたいだ。
自転車の修理が終わったら店の戸締りをしてくれと言って、社長さんは隣にある母屋に帰ってしまった。
簡単に店じまいしてから自転車を直しているお兄ちゃんの後ろで、イスに座って私は作業を見守る。
大きな背中は、お父さんにも私にも似ていない。
お母さんとお兄ちゃんは顔立ちや鼻筋がそっくりだけど、私には似ていない。
それは私たちが本当の兄妹ではないから。
お父さんとお母さんが再婚したから、私たちは家族になった。
初めて会ったときとても大きく見えて、今度は高校生になると聞いてものすごく怖かったのを覚えている。
お兄ちゃんはお兄ちゃんで小学生の、しかも低学年の女の子がいきなり妹になって、戸惑っていたに違いない。
ぶっきらぼうだったけれど、それでもお兄ちゃんはいつも優しかった。
困ったときは気のない返事をしながらも、一番先に駆けつけてくれた。
今だってそれは変わらない。
良いところも悪いところも見てきたけれど、気がつくとなぜかお兄ちゃんに気持ちが向かっている。
年季の入ったよくわからない部品や、古ぼけているけれど丁寧に扱われている道具の中で、修理をするお兄ちゃんはとても馴染んでいた。
このままずっとこうしていられたらな、なんて思ってしまう。
特別だって感じ始めたのはいつだろう?
それは口にしてはいけない特別だけど。
ガタン、と音をたててお兄ちゃんは立ち上がった。
自分の考えに沈んでいたからビックリして目を向けると、修理が終わったみたいだった。
タイヤの調子を確かめて、お兄ちゃんは振り向く。
目が合うと「直ったぞ」と笑った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
顔がほころぶのが自分でもわかる。
「ごめんね、迷惑をかけちゃって」
謝ると、バカを言うな、となんだか不機嫌になった。
「こういうときは連絡すればいいんだよ。危ないだろうが」
どこかツンツンした言い方だけど私のことを考えてくれている言葉に、うん、とうなずくしかない。
胸苦しさが込み上げている私に気がつかず、お兄ちゃんはクツクツと笑いだす。
「お兄ちゃんがいてくれてよかった」
「ばーか。俺はお前の兄貴だよ、この先もずっと」
ちょこんとおでこをはじかれた。
すぐに離れていく骨ばった指先は、ただの妹へ向ける愛情だった。
その軽い痛みはそのまま私の心の痛みに似て、泣きたくなったけれど。
大きく膨らみそうな気持ちを押し隠して、いつもの調子で微笑んでみせる。
「うん、そうだね……この先もずっとお兄ちゃんだよね」
当たり前だと言い放つお兄ちゃんのカラリとした笑顔がまぶしい。
どんなに想ったって、お兄ちゃんはずっと、私のお兄ちゃんのままだ。
それはとても悲しくて、嬉しいことかもしれなくて。
届かないってわかっているけれど、私の気持ちを言葉にして伝える。
「お兄ちゃん、大好き」
【 おわり 】
部活が終わって暗くなる前に帰ろうと思っていたのに、本当についていない。
黄昏時間で徐々に日が沈む中、街灯も少ないのに歩くしかないなんて。
人通りがあるから怖くはないけれど、でもいい人ばかりだとも限らない。
ヤダな、と思ったときに、ふと思い出す。
修理できる人が身近にいる。
仕事中でも帰宅中でも、お兄ちゃんはこういうことのプロだ。
お兄ちゃん、もう仕事は終わったかな?
しばらくスマホを手に悩んだけれど、思いきって通話ボタンを押してみる。
スリーコールで、つながった。
「どうした?」
前置きも何もないいつもの声に、なんだか泣きたくなるぐらいほっとした。
「あのね、自転車がパンクしちゃった」
ああ、と気のない感じに気が引けたけど、すぐに「今どこ?」と続いたので安心した。
場所を伝えると近くのコンビニに向かうように言われたので、わかったとうなずく。
よかった、おにいちゃんがなんとかしてくれる。
ゆっくり歩いてコンビニに向かい、言われたとおりに店内でお兄ちゃんを待つ。
二十分ほどでお兄ちゃんが車でやってきた。
個人事業主の自動車修理屋さんに就職していて、作業着のままだ。
車も会社名のはいった軽トラだったからちょっと驚いたけど、自転車を運ぶのに借りてきたと言われてちょっと笑ってしまった。
トラックに自転車を積み込んで、お兄ちゃんの職場に向かう。
社長さんは「大変だったね」って笑うと、自転車の修理が終わったら持ち帰るのに軽トラの使用を、明日の朝まで許可してくれた。
気のいい社長さんは陽気なおじさんでいつもニコニコしている。
修理屋さんと看板は出ているけれど、いわゆる街の便利屋さんだと思う。
自動車整備が主な仕事だけど修理を持ち込まれたら自転車もバイクも直してくれるから、お客さんも多く人気はあるみたいだ。
自転車の修理が終わったら店の戸締りをしてくれと言って、社長さんは隣にある母屋に帰ってしまった。
簡単に店じまいしてから自転車を直しているお兄ちゃんの後ろで、イスに座って私は作業を見守る。
大きな背中は、お父さんにも私にも似ていない。
お母さんとお兄ちゃんは顔立ちや鼻筋がそっくりだけど、私には似ていない。
それは私たちが本当の兄妹ではないから。
お父さんとお母さんが再婚したから、私たちは家族になった。
初めて会ったときとても大きく見えて、今度は高校生になると聞いてものすごく怖かったのを覚えている。
お兄ちゃんはお兄ちゃんで小学生の、しかも低学年の女の子がいきなり妹になって、戸惑っていたに違いない。
ぶっきらぼうだったけれど、それでもお兄ちゃんはいつも優しかった。
困ったときは気のない返事をしながらも、一番先に駆けつけてくれた。
今だってそれは変わらない。
良いところも悪いところも見てきたけれど、気がつくとなぜかお兄ちゃんに気持ちが向かっている。
年季の入ったよくわからない部品や、古ぼけているけれど丁寧に扱われている道具の中で、修理をするお兄ちゃんはとても馴染んでいた。
このままずっとこうしていられたらな、なんて思ってしまう。
特別だって感じ始めたのはいつだろう?
それは口にしてはいけない特別だけど。
ガタン、と音をたててお兄ちゃんは立ち上がった。
自分の考えに沈んでいたからビックリして目を向けると、修理が終わったみたいだった。
タイヤの調子を確かめて、お兄ちゃんは振り向く。
目が合うと「直ったぞ」と笑った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
顔がほころぶのが自分でもわかる。
「ごめんね、迷惑をかけちゃって」
謝ると、バカを言うな、となんだか不機嫌になった。
「こういうときは連絡すればいいんだよ。危ないだろうが」
どこかツンツンした言い方だけど私のことを考えてくれている言葉に、うん、とうなずくしかない。
胸苦しさが込み上げている私に気がつかず、お兄ちゃんはクツクツと笑いだす。
「お兄ちゃんがいてくれてよかった」
「ばーか。俺はお前の兄貴だよ、この先もずっと」
ちょこんとおでこをはじかれた。
すぐに離れていく骨ばった指先は、ただの妹へ向ける愛情だった。
その軽い痛みはそのまま私の心の痛みに似て、泣きたくなったけれど。
大きく膨らみそうな気持ちを押し隠して、いつもの調子で微笑んでみせる。
「うん、そうだね……この先もずっとお兄ちゃんだよね」
当たり前だと言い放つお兄ちゃんのカラリとした笑顔がまぶしい。
どんなに想ったって、お兄ちゃんはずっと、私のお兄ちゃんのままだ。
それはとても悲しくて、嬉しいことかもしれなくて。
届かないってわかっているけれど、私の気持ちを言葉にして伝える。
「お兄ちゃん、大好き」
【 おわり 】
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ブラック企業出身の私が男装してアイドルのマネージャーに転職するなんて誰が予想した?
そら
恋愛
オタクを極めて26年。ブラック企業に勤めて4年目。彼氏と別れて3年目。こんな私、「藍田累」は友達の紹介でアイドルのマネージャーに転職?!
ただ、条件が一つ。
「女とバレてはいけない」
きゅんと切ないアイドル×男装女子の恋愛小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる