カカオ55%

真朱マロ

文字の大きさ
上 下
10 / 18

花びらのように

しおりを挟む
「こういうときは、メインは私です、でいいだろ?」
「えぇ?」

 有無を言わせず当たり前みたいに脇と足に手を入れて、いわゆるお姫様だっこで抱き上げた。
 押し問答は面倒くさい。

 こういう時は押し切れば、口をとがらせながらも春菜は笑っていたし。
 真琴は小柄だった春菜なんかより体格がいいけど、想像より軽かったので寝室までの短い距離なら平気だろう。
 なんてことを思いながら歩き出すと、真琴は非常に慌てた。

「おろして! 私、重いから!」
「自覚があるなら、暴れると落ちるぞ」

 それは嘘じゃない。
 ジタバタする女性一人を抱えるなど、デスクワーク・オンリーですごしている俺には難しい。
 できればしっかりとしがみついてほしいところだ。

「それは……」

 絶句した後に、真琴は何かを言いかけては、落ち着かない様子で口をつぐむ。
 結局、唇をとがらせて俺の腕の中に大人しく収まった。
 不承不承って感じでも、かわいい拗ねかただった。

「なんだか違う人みたい」
「なら聞くけど、俺の何を知ってるんだ?」

 意地悪な質問だったから、真琴は悩んだらしく目を泳がせた。
 同じ部署になってからでも、たかが半年足らずだ。
 不機嫌に電卓をたたく姿以外を、知っているはずがない。

 子猫を拾った事を目撃されたことだけが、例外中の例外だけど。
 こうして真琴の部屋に押しかけるなんて、それだけでいつもの俺じゃない。

 何か言い返そうと思考を巡らせたみたいだけど、ストレートな性格の真琴に返答は難題だったらしく、結局は口をとがらせた。

「やっぱり、妬いてるみたい」
「妬かない」
 いつもの癖で即座に切り捨ててしまい、しまったと思ったけれど、真琴は笑った。
「そうでした。これは、大人の付き合い、でしたね」

 チリ、と胸が痛んだ。
 そうだ、確かに俺は前回そう言った。

 そのはずなのにこうやって真琴の口から聞いてしまうと、俺の方が動揺した。
 今夜は「妬く」という単語で生理的に受け付けない圭吾の顔を思い出したから、必要以上に強くはじいてしまっただけなのに。

 否定するべきだ。
 ここは否定すべき状況なんだと、痛いほどに感じる。

 違う、と言ってやればいい。
 そのぐらい簡単なはずだろ?

 それが本気かどうか、真琴は読み取ってしまうだろうけど。
 気休めという免罪符ぐらいにはなる。

 だけど、どうしてもその一言が言えない。
 心からの言葉でないと、真琴に対しては許されない気がする。

 だったらどうして?

 そんなふうに問いかけられたらと想像しただけで、返す言葉を思い浮かばない。

 だったらどうして?

 それを聞きたいのは、俺自身だから。
 真琴に与えてやれる、正しい答えが俺にはない。

 ただ、今は真琴に触れたい。
 触れて、抱きしめてやりたい。
 優しい感じで寄り添ってやりたい、なんて。

 今の俺ではケジメをつけた関係を持てるはずもないのに、なんでこんな気持ちになるんだろう?
 不確かすぎて惑うばかりだし、わき上がってくる想いがあいまいすぎて理解できず、気持ちそのものを持て余してしまう。

 真琴といると、気持ちが揺れてざわめく。
 特別な人だから、なんて嘘になるから、とても言えないけどな。

 ベッドにおろして、少し見つめ合った。
 ジッと目を見ると、真琴は不思議そうに俺を見つめ返した。
 普段は涼しげな目元が、恋の熱でほのかに色づいている。

 俺のこと好きか? なんて聞くだけ無粋だ。
 真琴の想いは、どこまでも透明でまっすぐだった。
 なのに、行き場のない顔をした俺は、透明な眼差しの中で揺れていた。

 俺、ホントに真琴のこと、何とも思っていないのか?
 確かめる方法があるといいのに。

「キス、していいか?」

 不意にそんな言葉が口をついて出てしまった。
 え? と真琴は驚きに目を見開いた。
 唐突過ぎるから戸惑ったのか、何かを問いかけようと唇が動きかけたけれど、言葉ごとそっと唇で塞いでみる。

 ああ、やっぱりだ。
 この感覚。

 懐かしくて、暖かい。
 胸苦しくて甘い感情がわき上がってくる。

 混じり合う吐息の甘さと、ゆるやかに愛撫する手に寄り添ってきた身体に、思いのほか優しい気分になっていく。

 春菜に向けていたような、形のあるくっきりとした気持ちじゃないけど。
 離れがたいって、こんな感じだ。

 愛しい、に近い。
 今日も明日もこんなふうに寄り添えたらいいのに、なんてひっそりと祈るようで満たされる。

 こんな懐かしさを、どうして感じるのだろう?
 真琴はちっとも春菜に似ていないのに。
 凛子が似てると言ったから、必要以上に意識してるんだろうか?

 その不確かな感情の揺らぎを、俺は制御する事もできなくて。
 どうしようもなく胸がざわめいた。

「今夜、泊めてくれ」

 自分でも驚くほどスルンと出た言葉だったが、真琴は悩んだのか少し言い淀んだ。
 当然だろう。
 こんな成り行きみたいな関係に、戸惑わないほうがおかしい。

 否定も、肯定も、されたくなかった。
 俺は返事を塞ぐように、真琴の濡れた体内に侵入する。
 唐突だったからか、あ、と小さく声をあげてフルッと身体を震わせた。

 それでも既に十分潤っていて、簡単に奥深くまで触れてしまう。
 熱い。締めつけてくるのはとろけそうな熱さだった。

 真琴の気持ちにそのまま包まれている気がする。
 理性までとろけそうなほど気持ちいい。

 ゆるゆると、心まで緩んで溶けていく。
 優しいほどにゆっくりと、俺たちは繋がったままで揺れはじめる。

「真琴……」

 思わず名前を呼ぶと、真琴の唇が微かにわなないた。
 それでも返す言葉を拒むように、唇が硬くひき結ばれる。

「真琴」

 もう一度呼ぶと、真琴はくっきりと笑ったけれど、その瞳から透明な涙がわき上がった。
 どうした? なんて聞けなかった。
 真琴自身も涙の理由を知らない気がしたから。

 ただ、俺はその涙に唇をよせて、そっと吸い取った。
 ほのかに舌先を刺激する、透明な雫の揺らぎ。

 真琴の好きなビターチョコよりもほろ苦い。

 近づく気持ちと、認めたくない関係。
 ほんの少しはみ出した五%のほろ苦さが、どっちつかずのまま繋がる俺たちの心まで揺らしていた。

 名前を呼べば呼ぶほど、俺を拒むように堅く閉じる瞳。
 もとより口が悪い俺には、気のきいた慰めなど浮かばない。

 動揺しながらも、涙の訳が俺自身の行動だと訳もなく思って、言葉にするのが怖かった。
 自分勝手すぎて、ゴメン、も、すまない、もきっと相応しくない。

 結局は無言になって、真琴を抱くことしかできない。
 こんなときは行為そのものを辞めて、ただ抱きしめてやればいいのに。
 もう泣くな、すら言ってやれないから、無力な上に卑怯だった。

 戸惑いと痛みを連れて、真琴の瞳からハラハラと涙がこぼれ続ける。
 儚く散り急ぐ、花びらのように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】

日下奈緒
恋愛
福住里佳子は、大手企業の副社長の秘書をしている。 いつも紳士の副社長・新田疾風(ハヤテ)の元、好きな気持ちを育てる里佳子だが。 ある日、出張旅行の同行を求められ、ドキドキ。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R-18】となりのお兄ちゃん

熊野
恋愛
となりの家のお兄ちゃんは…【R18】

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした

sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。 ※会話文、脳内会話多め ※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

処理中です...