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花びらのように
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「こういうときは、メインは私です、でいいだろ?」
「えぇ?」
有無を言わせず当たり前みたいに脇と足に手を入れて、いわゆるお姫様だっこで抱き上げた。
押し問答は面倒くさい。
こういう時は押し切れば、口をとがらせながらも春菜は笑っていたし。
真琴は小柄だった春菜なんかより体格がいいけど、想像より軽かったので寝室までの短い距離なら平気だろう。
なんてことを思いながら歩き出すと、真琴は非常に慌てた。
「おろして! 私、重いから!」
「自覚があるなら、暴れると落ちるぞ」
それは嘘じゃない。
ジタバタする女性一人を抱えるなど、デスクワーク・オンリーですごしている俺には難しい。
できればしっかりとしがみついてほしいところだ。
「それは……」
絶句した後に、真琴は何かを言いかけては、落ち着かない様子で口をつぐむ。
結局、唇をとがらせて俺の腕の中に大人しく収まった。
不承不承って感じでも、かわいい拗ねかただった。
「なんだか違う人みたい」
「なら聞くけど、俺の何を知ってるんだ?」
意地悪な質問だったから、真琴は悩んだらしく目を泳がせた。
同じ部署になってからでも、たかが半年足らずだ。
不機嫌に電卓をたたく姿以外を、知っているはずがない。
子猫を拾った事を目撃されたことだけが、例外中の例外だけど。
こうして真琴の部屋に押しかけるなんて、それだけでいつもの俺じゃない。
何か言い返そうと思考を巡らせたみたいだけど、ストレートな性格の真琴に返答は難題だったらしく、結局は口をとがらせた。
「やっぱり、妬いてるみたい」
「妬かない」
いつもの癖で即座に切り捨ててしまい、しまったと思ったけれど、真琴は笑った。
「そうでした。これは、大人の付き合い、でしたね」
チリ、と胸が痛んだ。
そうだ、確かに俺は前回そう言った。
そのはずなのにこうやって真琴の口から聞いてしまうと、俺の方が動揺した。
今夜は「妬く」という単語で生理的に受け付けない圭吾の顔を思い出したから、必要以上に強くはじいてしまっただけなのに。
否定するべきだ。
ここは否定すべき状況なんだと、痛いほどに感じる。
違う、と言ってやればいい。
そのぐらい簡単なはずだろ?
それが本気かどうか、真琴は読み取ってしまうだろうけど。
気休めという免罪符ぐらいにはなる。
だけど、どうしてもその一言が言えない。
心からの言葉でないと、真琴に対しては許されない気がする。
だったらどうして?
そんなふうに問いかけられたらと想像しただけで、返す言葉を思い浮かばない。
だったらどうして?
それを聞きたいのは、俺自身だから。
真琴に与えてやれる、正しい答えが俺にはない。
ただ、今は真琴に触れたい。
触れて、抱きしめてやりたい。
優しい感じで寄り添ってやりたい、なんて。
今の俺ではケジメをつけた関係を持てるはずもないのに、なんでこんな気持ちになるんだろう?
不確かすぎて惑うばかりだし、わき上がってくる想いがあいまいすぎて理解できず、気持ちそのものを持て余してしまう。
真琴といると、気持ちが揺れてざわめく。
特別な人だから、なんて嘘になるから、とても言えないけどな。
ベッドにおろして、少し見つめ合った。
ジッと目を見ると、真琴は不思議そうに俺を見つめ返した。
普段は涼しげな目元が、恋の熱でほのかに色づいている。
俺のこと好きか? なんて聞くだけ無粋だ。
真琴の想いは、どこまでも透明でまっすぐだった。
なのに、行き場のない顔をした俺は、透明な眼差しの中で揺れていた。
俺、ホントに真琴のこと、何とも思っていないのか?
確かめる方法があるといいのに。
「キス、していいか?」
不意にそんな言葉が口をついて出てしまった。
え? と真琴は驚きに目を見開いた。
唐突過ぎるから戸惑ったのか、何かを問いかけようと唇が動きかけたけれど、言葉ごとそっと唇で塞いでみる。
ああ、やっぱりだ。
この感覚。
懐かしくて、暖かい。
胸苦しくて甘い感情がわき上がってくる。
混じり合う吐息の甘さと、ゆるやかに愛撫する手に寄り添ってきた身体に、思いのほか優しい気分になっていく。
春菜に向けていたような、形のあるくっきりとした気持ちじゃないけど。
離れがたいって、こんな感じだ。
愛しい、に近い。
今日も明日もこんなふうに寄り添えたらいいのに、なんてひっそりと祈るようで満たされる。
こんな懐かしさを、どうして感じるのだろう?
真琴はちっとも春菜に似ていないのに。
凛子が似てると言ったから、必要以上に意識してるんだろうか?
その不確かな感情の揺らぎを、俺は制御する事もできなくて。
どうしようもなく胸がざわめいた。
「今夜、泊めてくれ」
自分でも驚くほどスルンと出た言葉だったが、真琴は悩んだのか少し言い淀んだ。
当然だろう。
こんな成り行きみたいな関係に、戸惑わないほうがおかしい。
否定も、肯定も、されたくなかった。
俺は返事を塞ぐように、真琴の濡れた体内に侵入する。
唐突だったからか、あ、と小さく声をあげてフルッと身体を震わせた。
それでも既に十分潤っていて、簡単に奥深くまで触れてしまう。
熱い。締めつけてくるのはとろけそうな熱さだった。
真琴の気持ちにそのまま包まれている気がする。
理性までとろけそうなほど気持ちいい。
ゆるゆると、心まで緩んで溶けていく。
優しいほどにゆっくりと、俺たちは繋がったままで揺れはじめる。
「真琴……」
思わず名前を呼ぶと、真琴の唇が微かにわなないた。
それでも返す言葉を拒むように、唇が硬くひき結ばれる。
「真琴」
もう一度呼ぶと、真琴はくっきりと笑ったけれど、その瞳から透明な涙がわき上がった。
どうした? なんて聞けなかった。
真琴自身も涙の理由を知らない気がしたから。
ただ、俺はその涙に唇をよせて、そっと吸い取った。
ほのかに舌先を刺激する、透明な雫の揺らぎ。
真琴の好きなビターチョコよりもほろ苦い。
近づく気持ちと、認めたくない関係。
ほんの少しはみ出した五%のほろ苦さが、どっちつかずのまま繋がる俺たちの心まで揺らしていた。
名前を呼べば呼ぶほど、俺を拒むように堅く閉じる瞳。
もとより口が悪い俺には、気のきいた慰めなど浮かばない。
動揺しながらも、涙の訳が俺自身の行動だと訳もなく思って、言葉にするのが怖かった。
自分勝手すぎて、ゴメン、も、すまない、もきっと相応しくない。
結局は無言になって、真琴を抱くことしかできない。
こんなときは行為そのものを辞めて、ただ抱きしめてやればいいのに。
もう泣くな、すら言ってやれないから、無力な上に卑怯だった。
戸惑いと痛みを連れて、真琴の瞳からハラハラと涙がこぼれ続ける。
儚く散り急ぐ、花びらのように。
「えぇ?」
有無を言わせず当たり前みたいに脇と足に手を入れて、いわゆるお姫様だっこで抱き上げた。
押し問答は面倒くさい。
こういう時は押し切れば、口をとがらせながらも春菜は笑っていたし。
真琴は小柄だった春菜なんかより体格がいいけど、想像より軽かったので寝室までの短い距離なら平気だろう。
なんてことを思いながら歩き出すと、真琴は非常に慌てた。
「おろして! 私、重いから!」
「自覚があるなら、暴れると落ちるぞ」
それは嘘じゃない。
ジタバタする女性一人を抱えるなど、デスクワーク・オンリーですごしている俺には難しい。
できればしっかりとしがみついてほしいところだ。
「それは……」
絶句した後に、真琴は何かを言いかけては、落ち着かない様子で口をつぐむ。
結局、唇をとがらせて俺の腕の中に大人しく収まった。
不承不承って感じでも、かわいい拗ねかただった。
「なんだか違う人みたい」
「なら聞くけど、俺の何を知ってるんだ?」
意地悪な質問だったから、真琴は悩んだらしく目を泳がせた。
同じ部署になってからでも、たかが半年足らずだ。
不機嫌に電卓をたたく姿以外を、知っているはずがない。
子猫を拾った事を目撃されたことだけが、例外中の例外だけど。
こうして真琴の部屋に押しかけるなんて、それだけでいつもの俺じゃない。
何か言い返そうと思考を巡らせたみたいだけど、ストレートな性格の真琴に返答は難題だったらしく、結局は口をとがらせた。
「やっぱり、妬いてるみたい」
「妬かない」
いつもの癖で即座に切り捨ててしまい、しまったと思ったけれど、真琴は笑った。
「そうでした。これは、大人の付き合い、でしたね」
チリ、と胸が痛んだ。
そうだ、確かに俺は前回そう言った。
そのはずなのにこうやって真琴の口から聞いてしまうと、俺の方が動揺した。
今夜は「妬く」という単語で生理的に受け付けない圭吾の顔を思い出したから、必要以上に強くはじいてしまっただけなのに。
否定するべきだ。
ここは否定すべき状況なんだと、痛いほどに感じる。
違う、と言ってやればいい。
そのぐらい簡単なはずだろ?
それが本気かどうか、真琴は読み取ってしまうだろうけど。
気休めという免罪符ぐらいにはなる。
だけど、どうしてもその一言が言えない。
心からの言葉でないと、真琴に対しては許されない気がする。
だったらどうして?
そんなふうに問いかけられたらと想像しただけで、返す言葉を思い浮かばない。
だったらどうして?
それを聞きたいのは、俺自身だから。
真琴に与えてやれる、正しい答えが俺にはない。
ただ、今は真琴に触れたい。
触れて、抱きしめてやりたい。
優しい感じで寄り添ってやりたい、なんて。
今の俺ではケジメをつけた関係を持てるはずもないのに、なんでこんな気持ちになるんだろう?
不確かすぎて惑うばかりだし、わき上がってくる想いがあいまいすぎて理解できず、気持ちそのものを持て余してしまう。
真琴といると、気持ちが揺れてざわめく。
特別な人だから、なんて嘘になるから、とても言えないけどな。
ベッドにおろして、少し見つめ合った。
ジッと目を見ると、真琴は不思議そうに俺を見つめ返した。
普段は涼しげな目元が、恋の熱でほのかに色づいている。
俺のこと好きか? なんて聞くだけ無粋だ。
真琴の想いは、どこまでも透明でまっすぐだった。
なのに、行き場のない顔をした俺は、透明な眼差しの中で揺れていた。
俺、ホントに真琴のこと、何とも思っていないのか?
確かめる方法があるといいのに。
「キス、していいか?」
不意にそんな言葉が口をついて出てしまった。
え? と真琴は驚きに目を見開いた。
唐突過ぎるから戸惑ったのか、何かを問いかけようと唇が動きかけたけれど、言葉ごとそっと唇で塞いでみる。
ああ、やっぱりだ。
この感覚。
懐かしくて、暖かい。
胸苦しくて甘い感情がわき上がってくる。
混じり合う吐息の甘さと、ゆるやかに愛撫する手に寄り添ってきた身体に、思いのほか優しい気分になっていく。
春菜に向けていたような、形のあるくっきりとした気持ちじゃないけど。
離れがたいって、こんな感じだ。
愛しい、に近い。
今日も明日もこんなふうに寄り添えたらいいのに、なんてひっそりと祈るようで満たされる。
こんな懐かしさを、どうして感じるのだろう?
真琴はちっとも春菜に似ていないのに。
凛子が似てると言ったから、必要以上に意識してるんだろうか?
その不確かな感情の揺らぎを、俺は制御する事もできなくて。
どうしようもなく胸がざわめいた。
「今夜、泊めてくれ」
自分でも驚くほどスルンと出た言葉だったが、真琴は悩んだのか少し言い淀んだ。
当然だろう。
こんな成り行きみたいな関係に、戸惑わないほうがおかしい。
否定も、肯定も、されたくなかった。
俺は返事を塞ぐように、真琴の濡れた体内に侵入する。
唐突だったからか、あ、と小さく声をあげてフルッと身体を震わせた。
それでも既に十分潤っていて、簡単に奥深くまで触れてしまう。
熱い。締めつけてくるのはとろけそうな熱さだった。
真琴の気持ちにそのまま包まれている気がする。
理性までとろけそうなほど気持ちいい。
ゆるゆると、心まで緩んで溶けていく。
優しいほどにゆっくりと、俺たちは繋がったままで揺れはじめる。
「真琴……」
思わず名前を呼ぶと、真琴の唇が微かにわなないた。
それでも返す言葉を拒むように、唇が硬くひき結ばれる。
「真琴」
もう一度呼ぶと、真琴はくっきりと笑ったけれど、その瞳から透明な涙がわき上がった。
どうした? なんて聞けなかった。
真琴自身も涙の理由を知らない気がしたから。
ただ、俺はその涙に唇をよせて、そっと吸い取った。
ほのかに舌先を刺激する、透明な雫の揺らぎ。
真琴の好きなビターチョコよりもほろ苦い。
近づく気持ちと、認めたくない関係。
ほんの少しはみ出した五%のほろ苦さが、どっちつかずのまま繋がる俺たちの心まで揺らしていた。
名前を呼べば呼ぶほど、俺を拒むように堅く閉じる瞳。
もとより口が悪い俺には、気のきいた慰めなど浮かばない。
動揺しながらも、涙の訳が俺自身の行動だと訳もなく思って、言葉にするのが怖かった。
自分勝手すぎて、ゴメン、も、すまない、もきっと相応しくない。
結局は無言になって、真琴を抱くことしかできない。
こんなときは行為そのものを辞めて、ただ抱きしめてやればいいのに。
もう泣くな、すら言ってやれないから、無力な上に卑怯だった。
戸惑いと痛みを連れて、真琴の瞳からハラハラと涙がこぼれ続ける。
儚く散り急ぐ、花びらのように。
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