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ロゼは知らない
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鍛冶師の生活は不規則だ。
従業員は定時に出勤し定時に帰宅するが、煉獄の幻魔堂の主人であり特殊鍛冶師であるゴードンの生活リズムは、仕事の進捗に左右される。
特に退魔の武器を手掛けている時は、材料になる幻魔や魔物の核や結晶を御して鋼に叩きこむため、数日掛りで大槌や小槌を振るう。
その間、飲食はもちろんの事、睡眠もまともに摂れない。
だから、ひとつの武器を完成させると、精魂尽き果て倒れ込むように眠ることもしばしば。
集中している間は、時間も疲れも感じないと本人が言っていても、見守るロゼは気が気ではない。
今日も今日とて、寝室まで辿り着けず、居間の床にパタリと倒れ込むように眠っている。
毛布を用意してそっとゴードンにかけたロゼは、クカァ~と気の抜けた寝息を立てるその厳つい顔をジッと見つめた。
ロゼがゴードンと出会ったのは、深い森の奥だった。
ロゼは幻魔の生贄だった。
一年ほど前、生まれ育った僻地の小さな村の近くに、月夜に死霊を引き連れて暴れる幻魔が現れたのだ。
退魔の使徒に討伐を依頼しても彼らが訪れるまでの間、時間稼ぎのために捧げられた生贄がロゼだった。
微弱ながらも魔法が使えるので生かされたが、生まれながらに左半身に赤い痣があり、その痣は生き物のようにグルリとうごめくおぞましい物であったから、ロゼを惜しむものは誰もいなかった。
ロゼ自身も自分のおぞましさを受け入れていたから、特に何も思わなかった。
村人たちにも厭われはしたが、ずっと村の一員としての役割は与えられ、必要な者として扱われていたので、彼らが助かるならそれでいいと思った。
手枷と足枷を付けられ、昼の間に作られた森の祭壇に一人座っていた。
夜になれば、幻魔が現れるはずだ。
その時をただ待ち、ぼんやりと森を見ていた。
おそらくは見聞きする最後になるはずの、葉擦れの音にも小鳥の声にも、特に感慨はわかなかった。
もう、どうでもいい。
そんな淡々とした心持ちを打ち砕いたのは、底抜けに明るい男の声だった。
あまりに意外過ぎる言葉に、最初は自分の事だと思わなかった。
「別嬪さんだなぁ! なんで、こんなとこに別嬪さんが? 女神か?」
カラカラ笑う間にも目の前に来ていて、ロゼの顔を覗き込んでその男は笑った。
太い眉。意志の強そうなグリリとした眼。ゴツゴツした厳つい顔。
ともすれば異相になりそうだが愛嬌のある表情が人間らしさを醸し出し、巌のような武骨さが人に成りすましたような、巨躯を持つ男はゴードンと名乗った。
「貴方は誰?」と尋ねると「闘う鍛冶屋さんだ」とおどけて笑う。
ロゼを見て「別嬪だ、女神だ」とあまりにしつこく言うので、自分の左半分を見せて「コレが見えないの?」と睨みつけてやったら、呵々と更に笑った。
「綺麗な魔力だ。あんたにはソレの使い方を教えてくれる奴がいなかったんだな」
生まれ持った魔力が大きすぎて制御を失い身体の中で暴れているだけだと、その大きな手がロゼの頭をなでた。
そんなこと知らない、と振り払いたかったけれど、出来なかった。
武骨でゴツゴツした大きな手が、いたわるように、何度もなでた。
皮手袋に包まれた手は、あたたかくもなんともなく、乾いたただの皮の感触だったけれど。
気が付くと、ロゼは泣いていた。
「魔力の使い方がわかったら変わるの?」と尋ねたら、ゴードンが「教えるのは構わねぇが、村に帰らないのか?」と言うから、ロゼは「生贄だもの」と笑ってやった。
ロゼの表情に何を思ったのか、一瞬苦しそうな表情をしたゴードンは「よしわかった。俺があんたの面倒みてやらぁ。任せろ」と勝手に請け負った。
退魔の武器は、幻魔や魔物を材料にする。
その夜、繰り広げられたのはまさに死闘だった。
幻魔と向き合い、背丈ほどもある巨大なハンマーを振るうゴードンは雄々しかった。
ミチミチと力のあふれた筋肉は膨れ上がり、巨躯を更に大きく見せて、荒ぶる炎のような闘志が全身にみなぎっていた。
人が振るうには大きすぎるヘッドをものともせず、ブンと重く空気ごと叩きのめし、幻魔の顎をかちあげてブレスをそらす。
軽快なフットワークは巨体である事を忘れさせるほど速く、跳ねれば鳥のように空に舞った。
一介の村人であるロゼが、魔物類を見る機会は今までなかったし、ましてや幻魔と対峙する戦闘を目にするのは初めてだったが、瞬きをするのも苦しいほどの激しさだった。
巨大なハンマーを振り回すゴードンの、闘志を炎に変えて幻魔を打ち砕くその姿は、まるで不死鳥のようだと、ロゼはただただ見惚れていた。
煉獄の翼。
ゴードンが一介の鍛冶屋で収まらず、そう呼ばれるほどの名うての冒険者だと知るのは、王都の彼の店に辿り着いてからだが、ロゼはもうすでに恋に落ちていた。
魔力の制御を覚える間は、ゴードンの煉獄の幻魔堂で働きながら、家政婦もすることで面倒を見てもらうことになった。
太い眉。巌のような顔。ゴツゴツと筋肉の塊のような巨躯。
太腿は片足だけで、子供一人分よりも大きい。
背も、手も、身体も、とても大きくて、頼りがいで出来ていて。
愛嬌のあるその眼差しが、とてもとても愛しいのに。
「俺みたいな醜男に縁組なんぞあるか」
そんな風に笑いながら、ロゼには「あんたの縁組は任せろ」なんて見合いを持ってくる唐変木。
それでも、そんなところも愛しいからどうしようもない。
ロゼはしばらくの間、幸せそうにグーグー寝ているゴードンの寝顔を見つめていた。
今なら、何を言っても、何をしても、目覚めないに違いない。
そう思ったので、そっと手を伸ばしてゴードンの腕に触れる。
頼りがいのある筋肉質の腕をやわらかくなで、目覚めない事を確かめてから、そっと顔を近づける。
「ずっと、貴方だけよ。どうか、私に囚われて」
武骨な頬に落とした口付けは、真実の愛と小さな祈り。
ほんのわずかに触れた接吻を残して、ロゼは立ち去った。
店も開けなくてはならないし、洗濯や家事があるのだ。
だから、ロゼは知らない。
バチリと目を開いたゴードンが頬に手を当てて「ふぉぉぉぉぉ~?!」と奇声を上げたことを。
そのまま動揺して、両手で顔を覆ったままゴロゴロと床を転がって、筋肉ダルマの巨体が勢い余って壁に激突したことを。
その顔を覆う両手の隙間から、ちょっとだけ鼻血が出ていたことを。
幸せな。
とても幸せな。
武骨なプロポーズの言葉が贈られることを、まだロゼは知らなかった。
Fin
画・鳥尾巻様
ロゼさん可愛いー♬
ゴードンさん男前☆
嬉しいねぇ( *´艸`)
従業員は定時に出勤し定時に帰宅するが、煉獄の幻魔堂の主人であり特殊鍛冶師であるゴードンの生活リズムは、仕事の進捗に左右される。
特に退魔の武器を手掛けている時は、材料になる幻魔や魔物の核や結晶を御して鋼に叩きこむため、数日掛りで大槌や小槌を振るう。
その間、飲食はもちろんの事、睡眠もまともに摂れない。
だから、ひとつの武器を完成させると、精魂尽き果て倒れ込むように眠ることもしばしば。
集中している間は、時間も疲れも感じないと本人が言っていても、見守るロゼは気が気ではない。
今日も今日とて、寝室まで辿り着けず、居間の床にパタリと倒れ込むように眠っている。
毛布を用意してそっとゴードンにかけたロゼは、クカァ~と気の抜けた寝息を立てるその厳つい顔をジッと見つめた。
ロゼがゴードンと出会ったのは、深い森の奥だった。
ロゼは幻魔の生贄だった。
一年ほど前、生まれ育った僻地の小さな村の近くに、月夜に死霊を引き連れて暴れる幻魔が現れたのだ。
退魔の使徒に討伐を依頼しても彼らが訪れるまでの間、時間稼ぎのために捧げられた生贄がロゼだった。
微弱ながらも魔法が使えるので生かされたが、生まれながらに左半身に赤い痣があり、その痣は生き物のようにグルリとうごめくおぞましい物であったから、ロゼを惜しむものは誰もいなかった。
ロゼ自身も自分のおぞましさを受け入れていたから、特に何も思わなかった。
村人たちにも厭われはしたが、ずっと村の一員としての役割は与えられ、必要な者として扱われていたので、彼らが助かるならそれでいいと思った。
手枷と足枷を付けられ、昼の間に作られた森の祭壇に一人座っていた。
夜になれば、幻魔が現れるはずだ。
その時をただ待ち、ぼんやりと森を見ていた。
おそらくは見聞きする最後になるはずの、葉擦れの音にも小鳥の声にも、特に感慨はわかなかった。
もう、どうでもいい。
そんな淡々とした心持ちを打ち砕いたのは、底抜けに明るい男の声だった。
あまりに意外過ぎる言葉に、最初は自分の事だと思わなかった。
「別嬪さんだなぁ! なんで、こんなとこに別嬪さんが? 女神か?」
カラカラ笑う間にも目の前に来ていて、ロゼの顔を覗き込んでその男は笑った。
太い眉。意志の強そうなグリリとした眼。ゴツゴツした厳つい顔。
ともすれば異相になりそうだが愛嬌のある表情が人間らしさを醸し出し、巌のような武骨さが人に成りすましたような、巨躯を持つ男はゴードンと名乗った。
「貴方は誰?」と尋ねると「闘う鍛冶屋さんだ」とおどけて笑う。
ロゼを見て「別嬪だ、女神だ」とあまりにしつこく言うので、自分の左半分を見せて「コレが見えないの?」と睨みつけてやったら、呵々と更に笑った。
「綺麗な魔力だ。あんたにはソレの使い方を教えてくれる奴がいなかったんだな」
生まれ持った魔力が大きすぎて制御を失い身体の中で暴れているだけだと、その大きな手がロゼの頭をなでた。
そんなこと知らない、と振り払いたかったけれど、出来なかった。
武骨でゴツゴツした大きな手が、いたわるように、何度もなでた。
皮手袋に包まれた手は、あたたかくもなんともなく、乾いたただの皮の感触だったけれど。
気が付くと、ロゼは泣いていた。
「魔力の使い方がわかったら変わるの?」と尋ねたら、ゴードンが「教えるのは構わねぇが、村に帰らないのか?」と言うから、ロゼは「生贄だもの」と笑ってやった。
ロゼの表情に何を思ったのか、一瞬苦しそうな表情をしたゴードンは「よしわかった。俺があんたの面倒みてやらぁ。任せろ」と勝手に請け負った。
退魔の武器は、幻魔や魔物を材料にする。
その夜、繰り広げられたのはまさに死闘だった。
幻魔と向き合い、背丈ほどもある巨大なハンマーを振るうゴードンは雄々しかった。
ミチミチと力のあふれた筋肉は膨れ上がり、巨躯を更に大きく見せて、荒ぶる炎のような闘志が全身にみなぎっていた。
人が振るうには大きすぎるヘッドをものともせず、ブンと重く空気ごと叩きのめし、幻魔の顎をかちあげてブレスをそらす。
軽快なフットワークは巨体である事を忘れさせるほど速く、跳ねれば鳥のように空に舞った。
一介の村人であるロゼが、魔物類を見る機会は今までなかったし、ましてや幻魔と対峙する戦闘を目にするのは初めてだったが、瞬きをするのも苦しいほどの激しさだった。
巨大なハンマーを振り回すゴードンの、闘志を炎に変えて幻魔を打ち砕くその姿は、まるで不死鳥のようだと、ロゼはただただ見惚れていた。
煉獄の翼。
ゴードンが一介の鍛冶屋で収まらず、そう呼ばれるほどの名うての冒険者だと知るのは、王都の彼の店に辿り着いてからだが、ロゼはもうすでに恋に落ちていた。
魔力の制御を覚える間は、ゴードンの煉獄の幻魔堂で働きながら、家政婦もすることで面倒を見てもらうことになった。
太い眉。巌のような顔。ゴツゴツと筋肉の塊のような巨躯。
太腿は片足だけで、子供一人分よりも大きい。
背も、手も、身体も、とても大きくて、頼りがいで出来ていて。
愛嬌のあるその眼差しが、とてもとても愛しいのに。
「俺みたいな醜男に縁組なんぞあるか」
そんな風に笑いながら、ロゼには「あんたの縁組は任せろ」なんて見合いを持ってくる唐変木。
それでも、そんなところも愛しいからどうしようもない。
ロゼはしばらくの間、幸せそうにグーグー寝ているゴードンの寝顔を見つめていた。
今なら、何を言っても、何をしても、目覚めないに違いない。
そう思ったので、そっと手を伸ばしてゴードンの腕に触れる。
頼りがいのある筋肉質の腕をやわらかくなで、目覚めない事を確かめてから、そっと顔を近づける。
「ずっと、貴方だけよ。どうか、私に囚われて」
武骨な頬に落とした口付けは、真実の愛と小さな祈り。
ほんのわずかに触れた接吻を残して、ロゼは立ち去った。
店も開けなくてはならないし、洗濯や家事があるのだ。
だから、ロゼは知らない。
バチリと目を開いたゴードンが頬に手を当てて「ふぉぉぉぉぉ~?!」と奇声を上げたことを。
そのまま動揺して、両手で顔を覆ったままゴロゴロと床を転がって、筋肉ダルマの巨体が勢い余って壁に激突したことを。
その顔を覆う両手の隙間から、ちょっとだけ鼻血が出ていたことを。
幸せな。
とても幸せな。
武骨なプロポーズの言葉が贈られることを、まだロゼは知らなかった。
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