ロゼは知らない

真朱マロ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

ロゼは知らない

しおりを挟む
 鍛冶師の生活は不規則だ。
 従業員は定時に出勤し定時に帰宅するが、煉獄の幻魔堂の主人であり特殊鍛冶師であるゴードンの生活リズムは、仕事の進捗に左右される。

 特に退魔の武器を手掛けている時は、材料になる幻魔や魔物の核や結晶を御して鋼に叩きこむため、数日掛りで大槌や小槌を振るう。
 その間、飲食はもちろんの事、睡眠もまともに摂れない。
 だから、ひとつの武器を完成させると、精魂尽き果て倒れ込むように眠ることもしばしば。
 集中している間は、時間も疲れも感じないと本人が言っていても、見守るロゼは気が気ではない。

 今日も今日とて、寝室まで辿り着けず、居間の床にパタリと倒れ込むように眠っている。
 毛布を用意してそっとゴードンにかけたロゼは、クカァ~と気の抜けた寝息を立てるその厳つい顔をジッと見つめた。

 ロゼがゴードンと出会ったのは、深い森の奥だった。

 ロゼは幻魔の生贄だった。
 一年ほど前、生まれ育った僻地の小さな村の近くに、月夜に死霊を引き連れて暴れる幻魔が現れたのだ。
 退魔の使徒に討伐を依頼しても彼らが訪れるまでの間、時間稼ぎのために捧げられた生贄がロゼだった。
 微弱ながらも魔法が使えるので生かされたが、生まれながらに左半身に赤い痣があり、その痣は生き物のようにグルリとうごめくおぞましい物であったから、ロゼを惜しむものは誰もいなかった。
 ロゼ自身も自分のおぞましさを受け入れていたから、特に何も思わなかった。
 村人たちにも厭われはしたが、ずっと村の一員としての役割は与えられ、必要な者として扱われていたので、彼らが助かるならそれでいいと思った。

 手枷と足枷を付けられ、昼の間に作られた森の祭壇に一人座っていた。
 夜になれば、幻魔が現れるはずだ。
 その時をただ待ち、ぼんやりと森を見ていた。
 おそらくは見聞きする最後になるはずの、葉擦れの音にも小鳥の声にも、特に感慨はわかなかった。

 もう、どうでもいい。

 そんな淡々とした心持ちを打ち砕いたのは、底抜けに明るい男の声だった。
 あまりに意外過ぎる言葉に、最初は自分の事だと思わなかった。

「別嬪さんだなぁ! なんで、こんなとこに別嬪さんが? 女神か?」

 カラカラ笑う間にも目の前に来ていて、ロゼの顔を覗き込んでその男は笑った。
 太い眉。意志の強そうなグリリとした眼。ゴツゴツした厳つい顔。
 ともすれば異相になりそうだが愛嬌のある表情が人間らしさを醸し出し、巌のような武骨さが人に成りすましたような、巨躯を持つ男はゴードンと名乗った。

「貴方は誰?」と尋ねると「闘う鍛冶屋さんだ」とおどけて笑う。
 ロゼを見て「別嬪だ、女神だ」とあまりにしつこく言うので、自分の左半分を見せて「コレが見えないの?」と睨みつけてやったら、呵々と更に笑った。

「綺麗な魔力だ。あんたにはソレの使い方を教えてくれる奴がいなかったんだな」

 生まれ持った魔力が大きすぎて制御を失い身体の中で暴れているだけだと、その大きな手がロゼの頭をなでた。
 そんなこと知らない、と振り払いたかったけれど、出来なかった。
 武骨でゴツゴツした大きな手が、いたわるように、何度もなでた。
 皮手袋に包まれた手は、あたたかくもなんともなく、乾いたただの皮の感触だったけれど。
 気が付くと、ロゼは泣いていた。

「魔力の使い方がわかったら変わるの?」と尋ねたら、ゴードンが「教えるのは構わねぇが、村に帰らないのか?」と言うから、ロゼは「生贄だもの」と笑ってやった。
 ロゼの表情に何を思ったのか、一瞬苦しそうな表情をしたゴードンは「よしわかった。俺があんたの面倒みてやらぁ。任せろ」と勝手に請け負った。

 退魔の武器は、幻魔や魔物を材料にする。
 その夜、繰り広げられたのはまさに死闘だった。

 幻魔と向き合い、背丈ほどもある巨大なハンマーを振るうゴードンは雄々しかった。
 ミチミチと力のあふれた筋肉は膨れ上がり、巨躯を更に大きく見せて、荒ぶる炎のような闘志が全身にみなぎっていた。
 人が振るうには大きすぎるヘッドをものともせず、ブンと重く空気ごと叩きのめし、幻魔の顎をかちあげてブレスをそらす。
 軽快なフットワークは巨体である事を忘れさせるほど速く、跳ねれば鳥のように空に舞った。
 一介の村人であるロゼが、魔物類を見る機会は今までなかったし、ましてや幻魔と対峙する戦闘を目にするのは初めてだったが、瞬きをするのも苦しいほどの激しさだった。

 巨大なハンマーを振り回すゴードンの、闘志を炎に変えて幻魔を打ち砕くその姿は、まるで不死鳥のようだと、ロゼはただただ見惚れていた。

 煉獄の翼。

 ゴードンが一介の鍛冶屋で収まらず、そう呼ばれるほどの名うての冒険者だと知るのは、王都の彼の店に辿り着いてからだが、ロゼはもうすでに恋に落ちていた。
 魔力の制御を覚える間は、ゴードンの煉獄の幻魔堂で働きながら、家政婦もすることで面倒を見てもらうことになった。

 太い眉。巌のような顔。ゴツゴツと筋肉の塊のような巨躯。
 太腿は片足だけで、子供一人分よりも大きい。

 背も、手も、身体も、とても大きくて、頼りがいで出来ていて。
 愛嬌のあるその眼差しが、とてもとても愛しいのに。

「俺みたいな醜男に縁組なんぞあるか」

 そんな風に笑いながら、ロゼには「あんたの縁組は任せろ」なんて見合いを持ってくる唐変木。
 それでも、そんなところも愛しいからどうしようもない。

 ロゼはしばらくの間、幸せそうにグーグー寝ているゴードンの寝顔を見つめていた。
 今なら、何を言っても、何をしても、目覚めないに違いない。
 そう思ったので、そっと手を伸ばしてゴードンの腕に触れる。
 頼りがいのある筋肉質の腕をやわらかくなで、目覚めない事を確かめてから、そっと顔を近づける。

「ずっと、貴方だけよ。どうか、私に囚われて」

 武骨な頬に落とした口付けは、真実の愛と小さな祈り。
 ほんのわずかに触れた接吻を残して、ロゼは立ち去った。
 店も開けなくてはならないし、洗濯や家事があるのだ。

 だから、ロゼは知らない。

 バチリと目を開いたゴードンが頬に手を当てて「ふぉぉぉぉぉ~?!」と奇声を上げたことを。
 そのまま動揺して、両手で顔を覆ったままゴロゴロと床を転がって、筋肉ダルマの巨体が勢い余って壁に激突したことを。
 その顔を覆う両手の隙間から、ちょっとだけ鼻血が出ていたことを。

 幸せな。
 とても幸せな。
 武骨なプロポーズの言葉が贈られることを、まだロゼは知らなかった。


Fin





 


 画・鳥尾巻様

 ロゼさん可愛いー♬
 ゴードンさん男前☆
 嬉しいねぇ( *´艸`)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...